生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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280.【ハル視点】ヌードル

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「あー…挨拶もできなかった…」

 何かを考えこんでいたアキトはカルツさんが既に立ち去った事に気づくなり、しょんぼりと肩を落とした。落ち込んでいる姿を見ていられなくて、俺はそっと手を伸ばすとアキトの頭をやんわりと撫でた。決して触れたかったからというわけじゃないぞ。

「また会いにくれば良いよ」

 カルツさんとの会話は、新しい発見や気づきに満ちている。俺も話していて楽しい相手だから大歓迎だ。何より嬉しそうなアキトの表情を見れるのも嬉しいからな。

「そっか、そうだね」

 アキトは自分に言い聞かせるように明るくそう言うと、ちらりと俺を見上げてきた。上目遣いのあまりの可愛さに、このまま抱きしめたくなるのを何とか堪えて、俺はそっとアキトの前に手を差し伸べた。一瞬の躊躇もなく繋がれる手がたまらなく幸せだ。

「行こうか」

 繋いだ手を振りながらゆっくりと歩き、今夜食べたいものを言い合っていく。

 どうやらアキトは、今日は肉って気分じゃないらしい。野菜がメインのレストランなんてものもあるが、あそこは味はともかく量が俺達向きじゃないだろう。それなら川魚料理なんてどうだろうかと考えていた俺は、ふと変わったお店が近くにある事を思いだした。

 この辺りでは珍しい、麺の入ったスープを出す店だ。

「アキト、ちょっと珍しい店が近くにあるんだけど…」
「どんなお店?」
「そこはスープに麺が入った、少し変わった料理を出してるんだ」

 俺の説明を聞くなり、アキトは一瞬にして目を輝かせた。あれ、この反応は。

「興味ある?」

 悪戯っぽくアキトの顔を覗き込んだ俺は、その表情を見るなり聞くまでもないねと思わず笑ってしまった。絶対そこに行きたいって、アキトの顔に書いてあったからね。

 これで次の目的地は決まったな。



 その店に行くのはかなり久しぶりだったが、場所はちゃんと覚えていた。この先だとアキトと話しながら角を曲がった瞬間、店の前にある行列が目についた。慌てて視線を向ければ、列の先にあるのは間違いなくヌードルを出すあの店だった。つまり、この列の全員があの店の客だって事か。

 前はこれほど混みあってなかったのに、俺が眠っている間にすっかり人気店になったみたいだな。

「アキト、並ぼう」
「うん!」
「ゆっくりするような店じゃないから、すぐに順番は回ってくると思うよ」

 待ち時間は短い筈だけどと伝えたけれど、アキトは特に気にした様子もなくあっさりと列に並んだ。異世界ではこういう行列に並んで待つのが普通の事なんだろうか。そう頭をよぎったけれど、これだけ人目のある場所でできる質問ではない。俺はその質問をぐっと飲みこんだ。

「はー楽しみだな」
「メニューは一種類しかないんだけど、人気なんだよ」
「一種類だけ?」
「ああ、量の違いだけで一種類だよ。量はね…」

 アキトのために詳しく説明していると、後ろに並んでいた親子までが真剣な顔で聞き耳を立てていた。アキトと同じように子どもが目を輝かせているのが微笑ましくて、自然と笑みがこぼれてしまった。



「はいよ」

 目の前にどんと置かれた大きな皿に、アキトの目は釘付けになった。そのキラキラした目をちらりと見てから、俺も目の前の皿に視線を向けた。

「うわー美味しそう!」
「ああ、前よりも更に美味しそうになってるよ」

 透き通ったスープのかかった麺の上には、赤と緑と黄色の野菜がちょんちょんと乗っている。以前は上に乗っていた焼いた肉の山は、別のお皿に盛り付けて添えられている。そのままでもスープに入れても良いのか。これは地味に嬉しい気配りだな。

「「いただきます」」

 久しぶりに食べるヌードルは、驚くほどに洗練された味に変わっていた。ちらりと確認した店主はどうやら変わっていないみたいだから、腕を磨いたって事なんだろうな。あっさりとした出汁を吸った麺は、するりと喉を流れていく。

 アキトは苦戦しながらも、無言のままで一心不乱に食べ進めていく。周りがわいわいと賑やかなせいで、無言のままのアキトと俺の姿は少し浮いているような気もするが、今は冷めてしまう前に食べる方が大事だから気にしない。

「おう、兄ちゃん、どうだい?うちのヌードルは!」

 幸せそうなアキトの笑顔に気づいた店主がそう尋ねれば、アキトはごくんと喉を鳴らした。

「すっっっっごく美味しいです!」

 口の中の麺を飲み込むなりそう叫んだアキトに、久々に見る店主は嬉しそうに笑った。
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