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372.【ハル視点】弁解
エルフとドワーフの傑作だという貸出船は、しっかりと内装にもこだわっているようだ。
入口を入ってすぐの所にあるホールは、今すぐにパーティーでも開けそうな程の広さと豪華さだった。さりげなく配置されている椅子やテーブルも一見して地味に見えるものが多いが、きっちりと高級品で固められているようだ。
ちらりと周りを見渡してみれば、数人の船員の姿が目に留まった。目立たないようにと極力気配を消して立っている彼らの役目は、おそらくこの船の護衛なのだろう。
気配が薄すぎるせいで俺には不自然に見えてしまったが、周りの乗客たちは誰も気に留めていないようだ。練度も高そうだなと観察していると、不意にクリスが俺に声をかけてきた。
「ハル、これを渡しておきますね」
そう言いながら差し出されたのは、小さな魔石のついたカード式の鍵だった。ギルドカードに似た作りのせいか、なんだかやけに手に馴染んだ。
「ああ、ありがとう」
「この船の中では護衛は必要ありませんからね」
書面の確認の際にも言われてはいたが、護衛をしなくても本当に良いんだろうか。
「本当に良いのか?」
最終確認のつもりで尋ねれば、クリスは朗らかに笑って答えた。
「ええ、ゆっくりと船旅を楽しんでください」
ちらりと視線を動かせば、護衛役の船員たちの姿が見えた。先ほど観察していた事に気づいたのか俺の事を気にかけているようだが、表情にも立ち方にもその感情を出すような未熟さは無い。これなら大丈夫そうだな。
「ありがとう、クリス」
「ありがとうございます」
気にしないで下さいとクリスが返事をした瞬間、唐突にロビーに大きな声が響いた。
「ハル!ハルじゃないか?」
落ち着いたホールに響いた聞きなれたその声に、俺は慌てて振り返った。揃いの制服を着ている一団から、一人の男がこちらを目指して駆けていた。
気配が薄すぎる船員ばかり気にしていたせいで気づかなかったが、あの一団の制服は間違いなくウェルマール騎士団の簡易礼服だな。そしてこちらを目指して駆けてきているのは、間違いなく実の兄ウィリアム兄さんだった。
「会いたかったよ、ハル!」
勢いよく駆け寄ってきたウィル兄は、飛びつくように俺に向かって飛び込んできた。抱擁というよりも攻撃に近いその勢いを、俺は何とか足を踏ん張って耐えきった。ここで耐えれなければ、また地獄のしごきが待っているから必死だ。
「ああ、ハルの香りだ、本物だね」
数年ぶりに会うウィル兄は、俺の胸元に顔をうずめるようにして無邪気な笑顔と共に笑いかけてきた。
「…なんでここにいるんだ?」
「そんなの任務に決まってるだろ?」
楽し気に笑ったウィル兄に、俺は苦笑しながらも確かにと返した。よほど大事な任務でもなければ、ウィル兄がウェルマールから離れる事は無いだろう。こんなに人がたくさんいる場所で任務の内容を聞けるはずもないと、俺は話題を変える事にした。
「手紙は読んだのか?」
「読んだからハルって呼びかけたんだよ」
ああ、そういえばウィル兄は普段はハロルド呼びだったな。普段から俺をハルと呼んでいるのは、長兄のファーガス兄さんだけだった。そんな事を考えていた俺は、後ろから敵意をはらんだ視線が飛んできた事に驚いた。
慌てて視線を向ければ、そこには俺を睨みつけながら明るい声でアキトに声をかけるカーディさんの姿があった。
「なあ、アキト。今日は俺達の部屋に一緒に泊まらないか?」
何故急に俺に敵意を向けながらそんな事を言うんだろうと俺は困惑した。
「は?急にどうしたんだ?」
「クリスは、どう思う?」
「そうですね、今日はアキトさんは俺達の部屋に来るべきでしょうね?少なくとも恋人の目の前で他の人に抱き着かれたままでいるような奴は、最低だと思いますから」
「待ってくれ?」
「そうだよなー元恋人だか何だか知らないけど、その距離感を見せつけるのは趣味が悪いと思うし、ちゃんと拒否しないと駄目だろう」
言いながらカーディさんは、俺からアキトが見えないようにと立ち塞がった。
「クリスだったら絶対に俺の前でそんな事はしないぞ」
「当然ですね」
「ちょっと待ってくれ」
二人の言葉を噛み砕きながら、客観的に今の俺の状況を考えてみた。
まず大前提として、ウィル兄と俺はあまり似ていないとよく言われる。ウィル兄の髪は赤みがかった茶色だし、顔立ちも母に似ている。俺は髪色から何から全て父親似だ。
そして俺は今、そんなウィル兄に抱き着かれている――と。うちの家流のただの腕試し兼、ただの家族の触れ合いだけれどアキトにはそんな話をした事は無い。
つまり、アキトは目の前で、誰とも知らない奴に抱き着かれたまま話し込んでいる俺の姿を誤解しているって事か。一瞬で目の前が真っ暗になった。
「…まあ、私はその方が誰かは知ってますけど、きちんと説明をしないと。今もあなたの大事な恋人を傷つけてるんですが気づいてますか?」
意味深にそう言ったクリスの言葉に、俺は慌てて抱き着いていたウィル兄を振りほどいた。危なっと叫んでいるけれど、今はそれどころじゃない。
「アキト、誤解しないで欲しい!」
「…誤解?」
アキトは俺をじろっと睨みつけながら、そう尋ねてくれた。無関心よりも怒ってくれる方がずっと良いし、少なくとも弁解を聞いてくれるつもりはあるって事だ。
慌てて口を開こうとした俺の前に、ウィル兄が立ち塞がった。いくらウィル兄でも今は邪魔をしないで欲しいんだが。
「ああ、この子が手紙に書いてたハルの大事な人?」
ニコニコと笑ったウィル兄は、嬉しそうにアキトの方へと近づいていった。
「初めまして、ウィリアム・ウェルマールです」
入口を入ってすぐの所にあるホールは、今すぐにパーティーでも開けそうな程の広さと豪華さだった。さりげなく配置されている椅子やテーブルも一見して地味に見えるものが多いが、きっちりと高級品で固められているようだ。
ちらりと周りを見渡してみれば、数人の船員の姿が目に留まった。目立たないようにと極力気配を消して立っている彼らの役目は、おそらくこの船の護衛なのだろう。
気配が薄すぎるせいで俺には不自然に見えてしまったが、周りの乗客たちは誰も気に留めていないようだ。練度も高そうだなと観察していると、不意にクリスが俺に声をかけてきた。
「ハル、これを渡しておきますね」
そう言いながら差し出されたのは、小さな魔石のついたカード式の鍵だった。ギルドカードに似た作りのせいか、なんだかやけに手に馴染んだ。
「ああ、ありがとう」
「この船の中では護衛は必要ありませんからね」
書面の確認の際にも言われてはいたが、護衛をしなくても本当に良いんだろうか。
「本当に良いのか?」
最終確認のつもりで尋ねれば、クリスは朗らかに笑って答えた。
「ええ、ゆっくりと船旅を楽しんでください」
ちらりと視線を動かせば、護衛役の船員たちの姿が見えた。先ほど観察していた事に気づいたのか俺の事を気にかけているようだが、表情にも立ち方にもその感情を出すような未熟さは無い。これなら大丈夫そうだな。
「ありがとう、クリス」
「ありがとうございます」
気にしないで下さいとクリスが返事をした瞬間、唐突にロビーに大きな声が響いた。
「ハル!ハルじゃないか?」
落ち着いたホールに響いた聞きなれたその声に、俺は慌てて振り返った。揃いの制服を着ている一団から、一人の男がこちらを目指して駆けていた。
気配が薄すぎる船員ばかり気にしていたせいで気づかなかったが、あの一団の制服は間違いなくウェルマール騎士団の簡易礼服だな。そしてこちらを目指して駆けてきているのは、間違いなく実の兄ウィリアム兄さんだった。
「会いたかったよ、ハル!」
勢いよく駆け寄ってきたウィル兄は、飛びつくように俺に向かって飛び込んできた。抱擁というよりも攻撃に近いその勢いを、俺は何とか足を踏ん張って耐えきった。ここで耐えれなければ、また地獄のしごきが待っているから必死だ。
「ああ、ハルの香りだ、本物だね」
数年ぶりに会うウィル兄は、俺の胸元に顔をうずめるようにして無邪気な笑顔と共に笑いかけてきた。
「…なんでここにいるんだ?」
「そんなの任務に決まってるだろ?」
楽し気に笑ったウィル兄に、俺は苦笑しながらも確かにと返した。よほど大事な任務でもなければ、ウィル兄がウェルマールから離れる事は無いだろう。こんなに人がたくさんいる場所で任務の内容を聞けるはずもないと、俺は話題を変える事にした。
「手紙は読んだのか?」
「読んだからハルって呼びかけたんだよ」
ああ、そういえばウィル兄は普段はハロルド呼びだったな。普段から俺をハルと呼んでいるのは、長兄のファーガス兄さんだけだった。そんな事を考えていた俺は、後ろから敵意をはらんだ視線が飛んできた事に驚いた。
慌てて視線を向ければ、そこには俺を睨みつけながら明るい声でアキトに声をかけるカーディさんの姿があった。
「なあ、アキト。今日は俺達の部屋に一緒に泊まらないか?」
何故急に俺に敵意を向けながらそんな事を言うんだろうと俺は困惑した。
「は?急にどうしたんだ?」
「クリスは、どう思う?」
「そうですね、今日はアキトさんは俺達の部屋に来るべきでしょうね?少なくとも恋人の目の前で他の人に抱き着かれたままでいるような奴は、最低だと思いますから」
「待ってくれ?」
「そうだよなー元恋人だか何だか知らないけど、その距離感を見せつけるのは趣味が悪いと思うし、ちゃんと拒否しないと駄目だろう」
言いながらカーディさんは、俺からアキトが見えないようにと立ち塞がった。
「クリスだったら絶対に俺の前でそんな事はしないぞ」
「当然ですね」
「ちょっと待ってくれ」
二人の言葉を噛み砕きながら、客観的に今の俺の状況を考えてみた。
まず大前提として、ウィル兄と俺はあまり似ていないとよく言われる。ウィル兄の髪は赤みがかった茶色だし、顔立ちも母に似ている。俺は髪色から何から全て父親似だ。
そして俺は今、そんなウィル兄に抱き着かれている――と。うちの家流のただの腕試し兼、ただの家族の触れ合いだけれどアキトにはそんな話をした事は無い。
つまり、アキトは目の前で、誰とも知らない奴に抱き着かれたまま話し込んでいる俺の姿を誤解しているって事か。一瞬で目の前が真っ暗になった。
「…まあ、私はその方が誰かは知ってますけど、きちんと説明をしないと。今もあなたの大事な恋人を傷つけてるんですが気づいてますか?」
意味深にそう言ったクリスの言葉に、俺は慌てて抱き着いていたウィル兄を振りほどいた。危なっと叫んでいるけれど、今はそれどころじゃない。
「アキト、誤解しないで欲しい!」
「…誤解?」
アキトは俺をじろっと睨みつけながら、そう尋ねてくれた。無関心よりも怒ってくれる方がずっと良いし、少なくとも弁解を聞いてくれるつもりはあるって事だ。
慌てて口を開こうとした俺の前に、ウィル兄が立ち塞がった。いくらウィル兄でも今は邪魔をしないで欲しいんだが。
「ああ、この子が手紙に書いてたハルの大事な人?」
ニコニコと笑ったウィル兄は、嬉しそうにアキトの方へと近づいていった。
「初めまして、ウィリアム・ウェルマールです」
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