生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

文字の大きさ
436 / 1,471

435.【ハル視点】心の準備を

しおりを挟む
 唐突にそう切り出した俺に、アキトは驚いた顔をして俺を見上げてきた。

「言い難いんだけど…」
「うん」
「その襲撃が実際に起こったら…相手は人、かもしれない」

 出来る事なら、こんな話をしたくは無かった。

 アキトのいた世界は平和だったと聞いていたから余計にな。でも何も言わずに突然襲撃されたら、魔物としか戦った事の無いアキトは人を相手にする事に動揺してしまうかもしれない。

 もしそんな事になれば、アキトの危険度は一気に上がってしまう。それぐらいなら先に心の準備をしておいて欲しいと、そう思った。

 アキトは俺の言葉を聞いても表情を変えなかった。ただ黙って街道を進みながら、考えを巡らせていた。

 これは邪魔は出来ないなと見守っているのは、どうやら俺だけじゃないみたいだ。

 背後の二人の会話がぴたりと止まったから、多分俺の話が聞こえていたんだろうな。ちらりと視線を向ければ、クリスもカーディさんも少し心配そうにアキトを見つめていた。

 黙ったまま歩いていたアキトは、不意に眉間にしわを寄せてから、つらそうな表情を浮かべた。ほんの一瞬だけ浮かんだその表情に、俺は慌ててアキトの頭をそっと撫でた。

「アキト、ごめん。言い方が紛らわしかったね」
「え…?」

 俺の言う心の準備は、人を攻撃する覚悟をして欲しいという意味じゃない。人相手であっても、動揺せずに安全な場所にいて欲しい。ただそれだけだ。

「俺が言いたかったのはね、アキトが無理なら俺が助けるからって話だったんだ」
「でもそれじゃあ…っ!」
「相手を無力化すれば良いだけなら、俺は対人戦にも慣れてるからね。衛兵の手伝いにも駆り出されてたからそういう戦いも得意だよ」

 武装している相手で衛兵だけでは対処できないなんて時に、俺と相棒が駆り出されていたんだよな。だからむしろ衛兵達よりも、対人戦には慣れているかもしれない。

「突然人に襲撃されたらアキトが動揺するかもしれないから、先に言っておこうと思っただけなんだ」

 そう続けた俺に、アキトは少しだけ不服そうな表情を浮かべた。うん、思った通りだな。アキトはただ守られているだけじゃ嫌だと言うと思ってたよ。

「ただ…アキトが守られるだけじゃ嫌だって言うなら」
「…っ!うん!」
「襲撃があったら、得意の土魔法で敵を牽制してくれたら俺も助かるよ。アキトの土魔法の制御なら当てないのも簡単でしょう?」

 俺はそっとアキトに微笑みかけた。

「…本当にそれだけで良いの?」
「アキト、今、そんな簡単な事でって思った?」
「う…」

 この反応からして、俺の予想は正解だったみたいだな。

「アキトにとっては簡単な事かもしれないけど、実はかなり難しい事なんだよ?そこまで制御が完璧な冒険者なんて、A級ぐらいにしかいないよ」

 これはお世辞でも伴侶候補のひいき目でも無い。ただの事実だ。アキトには自覚が無いけれど、すごい事をしてるんだよと何度でも教えないとな。

「必ずしも攻撃を敵に当てる必要は無いんだ。ただ近くの地面や木を狙って魔法を打ってくれればそれで良い。それだけで相手は、こちらには遠距離の攻撃手段があると理解する」

 そして当てないのはこちらに余裕や余力があるからだと、勝手に思い込む。そうしたら更に動揺を誘えるからねと言いきれば、アキトは納得してくれたみたいだ。

「アキト、牽制してくれる?」
「うん、全力で牽制するね」

 嬉しそうに笑ってくれるアキトに、俺はホッと密かに息を吐いた。

「ごめん、話が聞こえたんだけどさ」

 カーディさんは少し申し訳なさそうに、後ろから声をかけてきた。もっと前から話を聞いていたのに今まで俺達の会話に口を挟まずにいてくれたんだから、むしろお礼を言いたいぐらいだ。

「あ、聞こえてた?」

 明るくそう言うアキトは、後ろの二人の会話が止まっていた事にも気づいていなかったみたいだ。

「アキト、対人は苦手だって奴は冒険者の中にもいるんだ」
「え、そうなの?」
「正直に言うと、俺も人相手はちょっと苦手だな」

 そうなのか。それはちょっと予想外だ。思わず目を見張った俺をちらりと見てから、カーディさんは苦笑しながら続けた。

「そういう奴らの合言葉を教えてやろう」
「合言葉…?」
「そう、これさえ知ってれば、少し気が楽になる魔法の言葉だ」

 そんな言葉があるのか?俺も聞いた事が無いな。

「人相手に攻撃するのが苦手なら」

 カーディさんはそう言うと、アキトをちらりと見た。

「人相手に攻撃するのが苦手なら…?」
「気絶させるか捕縛してから、衛兵に突き出せば良い!」

 続いた予想外の言葉には正直驚いてしまったけれど、確かにそれは良い考え方かもしれない。人相手に攻撃をするのは無理でも、アキトなら気絶させるか捕縛するぐらいはできると思う。

 カーディさんの言う魔法の言葉は、確かにいざという時にアキトの気持ちを楽にできるかもしれない。俺はカーディさんに深く感謝しながら、そっと笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 376

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

魔王の下僕は今日も悩みが尽きない

SEKISUI
BL
魔王の世話係のはずが何故か逆に世話されてる下級悪魔 どうして?何故?と心で呟く毎日を過ごしている

転生場所は嫌われ所

あぎ
BL
会社員の千鶴(ちずる)は、今日も今日とて残業で、疲れていた そんな時、男子高校生が、きらりと光る穴へ吸い込まれたのを見た。 ※ ※ 最近かなり頻繁に起こる、これを皆『ホワイトルーム現象』と読んでいた。 とある解析者が、『ホワイトルーム現象が起きた時、その場にいると私たちの住む現実世界から望む仮想世界へ行くことが出来ます。』と、発表したが、それ以降、ホワイトルーム現象は起きなくなった ※ ※ そんな中、千鶴が見たのは何年も前に消息したはずのホワイトルーム現象。可愛らしい男の子が吸い込まれていて。 彼を助けたら、解析者の言う通りの異世界で。 16:00更新

難攻不落の異名を持つ乙女ゲーム攻略対象騎士が選んだのは、モブ医者転生者の俺でした。

一火
BL
――聖具は汝に託された。覚醒せよ、選ばれし者 その言葉と共に、俺の前世の記憶が蘇る。 あれ……これもしかして「転生したら乙女ゲームの中でした」ってやつじゃないか? よりにもよって、モブの町医者に。 「早く治癒魔法を施してくれ」 目の前にいるのは……「ゲームのバグ」とまで呼ばれた、攻略不可能の聖騎士イーサン!? 町医者に転生したものの、魔法の使いをすっかり忘れてしまった俺。 何故か隣にあった現代日本の医療器具を「これだ」と手に取る。 「すみません、今日は魔法が売り切れの為、物理で処置しますねー」 「……は!?」 何を隠そう、俺は前世でも医者だったんだ。物理治療なら任せてくれ。 これが後に、一世一代の大恋愛をする2人の出会いだった。 ひょんな事から、身体を重ねることになったイーサンとアオ。 イーサンにはヒロインと愛する結末があると分かっていながらもアオは、与えられる快楽と彼の人柄に惹かれていく。 「イーサンは僕のものなんだ。モブは在るべき姿に戻れよ」 そして現れる、ゲームの主人公。 ――……どうして主人公が男なんだ? 女子高生のはずだろう。 ゲーム内に存在し得ないものが次々と現れる謎現象、そして事件。この世界は、本当にあの乙女ゲームの世界なのだろうか? ……謎が謎を呼ぶ、物語の結末は。 ――「義務で抱くのは、もう止めてくれ……」 ――結局俺は……どう足掻いてもモブでしかない。 2人の愛は、どうなってしまうのか。 これは不器用な初恋同士と、彼らの愉快な仲間たちが織り成す、いちばん純粋な恋の物語。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

処理中です...