生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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720.【ハル視点】アキトの奮闘

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 アキトの食い入るような視線を感じながら、俺はゆったりと自身の手を動かしていく。ここで焦ったら色気なんて出せないから、出来る限りゆっくりと。アキトが煽られてくれるような動きが出来るようにと。指先にまで神経を集中する。

 ここまで気を使って服を脱ぐなんて初めての事だ。

 ようやく指が届きそうになった瞬間、不意にアキトが俺の名前を呼んだ。

「ハル」

 ちらりと視線を向けてみれば、アキトは困ったと言いたげな表情でじっと俺を見ていた。

「ハル…ごめんちょっと待って」

 あー、これは慌てて口から出たとかそういう類の静止の言葉ではないな。本気で待って欲しいと思って言ってる言葉だ。そう理解した俺は、そこでぴたりと動きを止めた。

 アキトが嫌だと言うなら、ここまでかな。

「もしかして…アキトは楽しくなかった?」

 止められた理由が知りたくて、俺は直球でそう尋ねてみた。アキトはゆるりと首を振ってから答えた。

「えっと…正直に言えば楽しかったよ。確かに、その…予想以上に…楽しかった…です」

 アキトの答える声はどんどん小さくなっていったけれど、俺の耳には最後までちゃんと届いていた。予想以上に楽しかったって事は、ちゃんと煽られてくれてはいたって事だよな。

「それは良かった。それなら最後まで見て欲しかったな」

 ちょっとだけ残念だと悪戯っぽく笑ってみせれば、アキトはしょんぼりと肩を落としてごめんねと可愛く謝ってくれた。謝らせたかったわけじゃないんだが、ちょっと言い方が悪かったか。

「謝らなくて良いんだよ」

 俺こそ文句をつけてごめんねと続けようとした瞬間、アキトは何かを決意したような顔でバッと顔ごと視線をあげた。ぱちりと視線が交わって、アキトがそっと口を開く。

 もうこの雰囲気に耐えられなかったとか、恥ずかしすぎてこれ以上は無理だと思ったとか、きっとそういう言葉が続くんだと思っていた。

 例えどんな理由であっても、それなら仕方ないねと笑って答えよう。そう決めていた俺の耳に飛び込んできたのはまさかの言葉だった。

「…ただ、えっと…あとはせっかくだし、俺が脱がせたいなーって」

 あまりに予想外の理由が飛び出してきた事に、俺は思わず大きく目を見開いた。

「えっ!?」

 無意識のうちにこぼれた俺の大きな声に、アキトがビクリと身体を揺らすのが見えた。怖がらせてごめん。

「その、思ったんだけど…」

 駄目だった?と心配そうに首を傾げるアキトには大変申し訳ないんだが、俺は咄嗟に何の反応も出来なかった。

 アキトがこんな事を突然言い出したのは、多分最初にアキトを抱いた時の俺の軽口が原因だろう。

 あの時慣れないながらも俺の服に挑戦してくれたアキトは、上半身の服は綺麗に脱がせてくれた。ただ下半身は『今はまだ無理』だと申し訳なさそうに断られたんだ。

 その時の慣れない様子なのに必死になって脱がせてくれる姿があまりに可愛くて、下半身はまたいつかお願いなんて軽口を叩いた。

 そんなちょっとした言葉を、今の状況で思い出して提案してくれたのか。

 そう思うとじわじわと嬉しい気持ちと愛おしい気持ちが湧いてくる。

 こんなに可愛い人が、俺の伴侶候補なんだよな。幸せすぎないか?

「あの…ハルが嫌だったら、もちろん…無理にとは…」

 断っても良いんだよと主張してくれているアキトを見ているうちに、ようやく俺の頭の中も落ち着いてきた。

「ね…アキトが、俺の服を脱がせてくれるの?」
「え、うん。ハルが嫌じゃない、なら」

 照れくさそうに小さな声が返ってくる。

「嫌なわけが無いよ!アキトは前に言った約束、ちゃんと覚えててくれたんだね?」

 実際には約束じゃなくただの軽口だったが、わざわざ守ろうとしてくれるって事はアキトにとっては約束だったんだろう。そもそもあんな些細な会話を、アキトが覚えてくれていたとは思わなかった。

「それじゃあお願い」

 俺はそう言うとさっと両手を上げた。せっかくアキトが頑張ろうとしてくれてるんだから、邪魔をするつもりは無いという意思表示だ。

「うん。えっと、じゃあ、し、失礼します?」

 何故かひどくかしこまった様子でそう声をかけてくるアキトが可愛くて、思わず笑ってしまった。

 アキトはゆっくりと近づいてくると、俺の前にちょこんとしゃがみこんだ。緊張しているのが分かるぎこちない動きが、たまらなく愛おしい。

 今日俺が履いているパンツは、よりによってボタンがいくつも並んでいる。アキトが脱がしてくれると知っていたら、もっと楽な服を選んだのにな。

 後悔しても遅いからと、俺はただじっとアキトの動きを見つめていた。
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