生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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740.忍者?

「とは言ってもこれはあくまでも私の側の都合だからね。もし時間をかけてゆっくりと行きたい理由が何かあるなら、もちろん無理はしなくて良いよ」

 そう言って優しく笑いかけてくれた領主様は、今はもうこの部屋の中にはいない。俺達二人を部屋に残したまま、応接室から出て行ってしまったからだ。

 出て行ってしまったって言っても、何か問題があったとかそういうわけじゃないんだけどね。

 普通に話していたトライプール領主様が、突然ハッと何かに気づいたような顔をして俺達に向き直ったんだ。あれには正直に言えば、俺もかなりびっくりした。一体何があったんだろうと緊張している俺と、怪訝そうなハルの顔を見比べてから、領主様はおおげさに身振りまで加えて続けた。

「ああ、なんて事だろう!こちらが招待した立場だというのに、飲み物も用意していなかったなんて!本当にすまないね、ハロルド、アキトくん」

 そうわざとらしく嘆いた領主様は、ちょっと待ってて頼みに行ってくるからねと続けると、あっという間に部屋から出て行ってしまったんだ。

 それはもうすごいスピードで、俺達が止める暇すら無かったよ。



 二人きりになった室内で、俺とハルは顔を見合わせた。

「びっくりしたね」
「ああ、そのために飲み物を用意してなかったんだな」

 エルソンがそこを忘れる筈が無いから、変だと思っていたんだとハルは苦笑を浮かべている。

「あー…ねぇ、ハル、さっきのって…やっぱり俺達に考える時間をくれるためだよね?」
「うん、まず間違いなくそうだろうね。二人だけで相談して良いよと言いたいんだと思う」

 そもそも例え飲み物が用意されていなかったとしても、領主自ら貰いに行くなんて事は普通に考えてあり得ないらしい。うん、そりゃあそうだよね。執事さんとかメイドさんとかを呼べば良いだけだって、こっちの世界の常識に疎い俺でもわかるもんな。

「やっぱりそうなんだ…領主様は良い人だね」
「ああ、否定はしないよ」

 こういう細かい気づかいができるところも、やっぱりハルに似てるように感じるんだよな。いや、でもハルならもっとスマートにするかもな。気づかわれた事にすら気づかせずにさらりとこなしてしまうような気がする。

 そんな事をぼんやりと考えていると、ハルはちらりと俺を見るとすぐに口を開いた。

「アキトは領主様の申し出はどう思う…?魔法陣で移動するのは嫌?」
「えっとね…魔法陣での移動に興味はあるよ」

 せっかく異世界に来たんだから、機会があれば転移の魔法陣も一度ぐらいは経験してみたいよね。だって物語やゲームでよく出てくる、あの定番魔法だよ?ぜひとも体験したいと思っちゃうよね。

「…でも…」

 そこで言い淀んだ俺に、ハルはうっすらと笑みを浮かべた。

「今はこの部屋にいるのは俺とアキトの二人だけだよ。だからアキトの考えてる事を、俺にも教えて欲しいな」

 優しい声と表情に促されるようにして、俺はそっと口を開いた。

「…あのさ、さっき俺達が一緒に行ったら、領主様の護衛が減るって――ハルが言ってたでしょ?」
「うん、たしかに言ったね」

 実際に減るのは確実だからねと続けたハルに、俺は小さな声で答えた。

「俺達が移動させてもらって護衛が減ったせいで、もし何かあったらってどうしても思っちゃうんだ」

 トライプールの領主様は、話せば話すほど本当に良い人なのが分かってくるんだよね。ハルの親戚だからーとかハルに似てる気がするからーとかそういう話じゃなくてね。

 好ましい人だなと思えば思うほど、気になるんだ。

 きっちりと護衛が着いていないと危険じゃない?とどうしても思ってしまう。そもそも辺境領はただでさえ魔物も強くて危険な土地だと言われているのに、俺達のせいで危険度が上がるなんて嫌だ。

 ぽつぽつと途切れ途切れにそう答えた俺に、ハルは優しい笑みを浮かべた。

「これはアキトだから話すんだけどね」

 ひそめた声で切り出された思わぬ前置きに、俺は慌ててハルを見つめた。

「え、何?」
「おそらく領主様は気づいてないんだけど、向こうに着いた時点で辺境領側の護衛もこっそりつくんだ」
「こっそり?」
「そうこっそりね」

 ハルによるとそういう任務を受け持つ人達が、辺境領の騎士団には存在しているらしい。

 基本的には対象を影からこっそりと護衛するもので、護衛される本人には可能な限り気づかれないようにするのが鉄則なんだって。

 何それ忍者みたい。

「もちろん全ての貴族につくとかってわけじゃないんだけどね。あの人は俺達一族にとっても大事な存在だから、確実につけられているよ」
「へー」

 ちなみにハルがさっき護衛が減るってわざわざ指摘したのは、実際の護衛の数がどうこうじゃなくて家来や部下から文句が出ないかって意味だったんだって。

 領主様を慕っている人からすれば、そりゃあ護衛は一人でも多い方が良いもんね。
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