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825.【ハル視点】両親との対話
兄弟たちとの会話がひと段落した頃、不意にアキトが声をあげた。
「あ、あの…ケイリーさん」
声をかけられた父は、嬉しそうにアキトに視線を向けた。あー怖がらずに名前を呼んで話しかけてくれたー嬉しいーとか思ってるんだろうな。
「俺、その…『ケイリー・ウェルマールの冒険』が愛読書なんです!黙っているのも何かおかしいかなと思ったので、伝えておきたくて」
恥ずかしそうに一気にそう告げたアキトに、父さんは一瞬だけ大きく目を見開いて驚いていたが、次の瞬間には薄っすらと笑みを浮かべた。
「アキトくんは、あの本を愛読書とまで言ってくれるのか」
これはあの本が好きですと、社交辞令やお世辞で言われた時の反応だな。まあそういう人も多いから仕方がないんだろうが。
でもアキトはそのレベルとは、本への思い入れが全く違うんだよな。そこを誤解されるのは困る。もしかしたら後でアキトには怒られるかもしれないけど、これはきちんと説明しないとな。
「あー、たぶん父さんが思っているよりも本気だからね。これはお世辞とか社交辞令とかそういうのじゃないよ」
「そうなのか?」
「アキトは何度も何度も繰り返し読んでるし、愛読書って言われたら最初にあの本をあげるぐらいだからね」
あの本が愛読書って事はつまりあなたの偉業や強さ、伝説をたくさん知っているのに、それでも普通に名前を呼んで話しかけられる。そんな子なんだよ。すごいでしょう?
そんな気持ちを込めた俺の笑顔をちらりと見て、父さんはアキトにむかってにっこりと笑いかけた。
「そうか、それは嬉しいな」
怖がらないでいてくれてありがとう。そんな気持ちもこめられた言葉だ。
「あの本にはあえて書かれていない裏話があるんだが、聞きたいかい?」
「聞きたいです!」
勢いよく返答したアキトの言葉に、様子を伺っていた周りも本当に愛読書なんだと笑いをこぼしている。あ、キースだけは、父さんはすごいと言いたげに誇らし気にしているのも可愛いな。
「私がグレースに初めて会ったのは、一番最初に領主としてスタンピード鎮静化に出向いた時だったんだよ」
「え、そうなんですか?」
あの本は、母の話題にはあえてあまり触れないようにしているからな。執筆者いわく、父と母の話を入れたら一冊にまとまらないので別で出しますだったか。実際にそちらも出ている筈だが、あまり人気が出なかったんだよな。
「ああ『強大な魔物の群れにも怯まず、共に戦ってくれる皆に心からの感謝を』って言ったのは、間近で見てたな」
母は懐かしいなーと笑いながら教えているけれど、アキトは頬をうっすらと赤く染めて興奮しながら聞いている。あれ本当に言った言葉なんだとか思って、感動しているんだろうな。
「あの時はまだ他の領主からの助けも期待できなかった頃だから、冒険者ギルドを通じて凄腕の冒険者が大勢来てくれていなかったら、危ない所だったんだ」
本当に感謝していると続けた父さんに、母さんはあからさまに苦笑を浮かべた。
「まあ、あれは冒険者ギルドときちんと交流を続けていた、ウェルマール家の先代達のおかげだがな」
「もちろんそれは分かってはいるんだが――それでも来てくれた事は事実だろう?」
「あーうん、魔物がいっぱいいて稼ぎ時だぞーってギルマスから声をかけられたから、大勢で押しかけたな」
何度聞いても思うんだが、スタンピードが起きると聞いて稼ぎ時だぞと金級に声をかけるギルマスってすごいよな。まあそれぐらい強い精神じゃないと、ここ辺境領のギルマスは出来ないんだろうが。
「あ、さっき言ってたアキトの師匠ドロシーも、ギルマスに呼び出されてその場にいたぞ」
ニコニコ笑顔で衝撃の事実を口にした母さんに、アキトは大きく目を見開いたまま固まってしまった。
「あれ?その反応…もしかして全く知らなかったのか?」
不思議そうにそう聞かれたアキトは、無言のままこくりと一つ頷いた。
「母さん、俺もそれは初耳だけど…?」
もちろんドロシーが金級な事は知っていたし、魔物の強い辺境領に来た事があるだろうとは思っていたが、スタンピードにまで参加していたとは知らなかった。
「あれ?話してなかったか?」
「なかったね」
思わず食い気味に返事をしたら、まあ興味があるならドロシー本人に聞いてみろよと、母さんは明るい笑顔で提案してくれた。
ああ、今度会ったら聞いてみるよ。
一番驚いたのはあの母さんが唐突に、アキトに気配の消し方のコツを教え始めた事だろう。
俺の気配の消し方や気配探知は、母のものを見て自分で考えて習得したものだ。二人の兄も同じく自力で学んで身に着けたものだったから、ついつい驚いてしまった。
「そんなすごい事を教えてもらって良いんですか?」
心配そうに尋ねるアキトへの母の返事は、それはもうあっさりしたものだった。
「気に入った奴になら、私は何でも教えるぞ」
「グレースはそういう人だからな」
いつもの事だよと父さんは微笑みながら続ける。
思わず視線を巡らせれば、驚いた表情の兄二人も俺を見つめていた。まだ気配の消し方も気配探知も覚えていないキースだけが、俺達の反応を不思議そうに見ている。
――なあ、今の聞いたか?
――聞いたが…嘘だろう?嘘だと言ってくれ
――これってもしかして、母に頼めば普通に教えてもらえたって事ー?
視線だけでそんな事を言い合う俺達の横で、母とアキトの会話は続いていく。
「それに、覚えておいて損は無いからな」
身に着けば良いなぐらいの軽い気持ちで聞いてくれと、母は優しい笑顔で続けた。
「ついでにキースも聞いておくか?」
「うん!勉強する!」
あ、どうやらキースは、アキトと一緒に学ぶ事ができるみたいだ。それならまあ良いかと、弟に甘い兄達は肩の力を抜いた。
母は真剣な表情を浮かべているアキトとキースに、あれこれと説明を続けていく。
屋場所が外で魔物が相手の時は、気配を消し切った方が安全。逆に人を相手にする時は屋外だろうと室内だろうと、気配を全て消すと逆に不自然になって気づかれやすくなる。そんな基本ではあるが重要な説明だ。
「さっきもちゃんと小鳥ぐらいの気配にしてたんだよ。まあハルにはすぐバレたけど」
「さすがにここの近くで攻撃されたら試しだとすぐに分かるから気づけたけど…普通に森の中とかだとちょっと自信は無いな」
ずっと気配探知は磨いてきたつもりだが、それでも攻撃前には気づけなかった。いくら油断していたとはいえ、攻撃されるまで気づかなかったのは事実だ。
「気配の消し方は俺の知ってる中だと、母さんが群を抜いてるからね」
悔しいけれど、力量はきちんと測らないといけない。そんな気持ちでぎこちなく褒め言葉を口にした俺に、母は楽し気に歌うようにして答えた。
「いやー息子に褒められるのは、嬉しいもんだな」
「あ、あの…ケイリーさん」
声をかけられた父は、嬉しそうにアキトに視線を向けた。あー怖がらずに名前を呼んで話しかけてくれたー嬉しいーとか思ってるんだろうな。
「俺、その…『ケイリー・ウェルマールの冒険』が愛読書なんです!黙っているのも何かおかしいかなと思ったので、伝えておきたくて」
恥ずかしそうに一気にそう告げたアキトに、父さんは一瞬だけ大きく目を見開いて驚いていたが、次の瞬間には薄っすらと笑みを浮かべた。
「アキトくんは、あの本を愛読書とまで言ってくれるのか」
これはあの本が好きですと、社交辞令やお世辞で言われた時の反応だな。まあそういう人も多いから仕方がないんだろうが。
でもアキトはそのレベルとは、本への思い入れが全く違うんだよな。そこを誤解されるのは困る。もしかしたら後でアキトには怒られるかもしれないけど、これはきちんと説明しないとな。
「あー、たぶん父さんが思っているよりも本気だからね。これはお世辞とか社交辞令とかそういうのじゃないよ」
「そうなのか?」
「アキトは何度も何度も繰り返し読んでるし、愛読書って言われたら最初にあの本をあげるぐらいだからね」
あの本が愛読書って事はつまりあなたの偉業や強さ、伝説をたくさん知っているのに、それでも普通に名前を呼んで話しかけられる。そんな子なんだよ。すごいでしょう?
そんな気持ちを込めた俺の笑顔をちらりと見て、父さんはアキトにむかってにっこりと笑いかけた。
「そうか、それは嬉しいな」
怖がらないでいてくれてありがとう。そんな気持ちもこめられた言葉だ。
「あの本にはあえて書かれていない裏話があるんだが、聞きたいかい?」
「聞きたいです!」
勢いよく返答したアキトの言葉に、様子を伺っていた周りも本当に愛読書なんだと笑いをこぼしている。あ、キースだけは、父さんはすごいと言いたげに誇らし気にしているのも可愛いな。
「私がグレースに初めて会ったのは、一番最初に領主としてスタンピード鎮静化に出向いた時だったんだよ」
「え、そうなんですか?」
あの本は、母の話題にはあえてあまり触れないようにしているからな。執筆者いわく、父と母の話を入れたら一冊にまとまらないので別で出しますだったか。実際にそちらも出ている筈だが、あまり人気が出なかったんだよな。
「ああ『強大な魔物の群れにも怯まず、共に戦ってくれる皆に心からの感謝を』って言ったのは、間近で見てたな」
母は懐かしいなーと笑いながら教えているけれど、アキトは頬をうっすらと赤く染めて興奮しながら聞いている。あれ本当に言った言葉なんだとか思って、感動しているんだろうな。
「あの時はまだ他の領主からの助けも期待できなかった頃だから、冒険者ギルドを通じて凄腕の冒険者が大勢来てくれていなかったら、危ない所だったんだ」
本当に感謝していると続けた父さんに、母さんはあからさまに苦笑を浮かべた。
「まあ、あれは冒険者ギルドときちんと交流を続けていた、ウェルマール家の先代達のおかげだがな」
「もちろんそれは分かってはいるんだが――それでも来てくれた事は事実だろう?」
「あーうん、魔物がいっぱいいて稼ぎ時だぞーってギルマスから声をかけられたから、大勢で押しかけたな」
何度聞いても思うんだが、スタンピードが起きると聞いて稼ぎ時だぞと金級に声をかけるギルマスってすごいよな。まあそれぐらい強い精神じゃないと、ここ辺境領のギルマスは出来ないんだろうが。
「あ、さっき言ってたアキトの師匠ドロシーも、ギルマスに呼び出されてその場にいたぞ」
ニコニコ笑顔で衝撃の事実を口にした母さんに、アキトは大きく目を見開いたまま固まってしまった。
「あれ?その反応…もしかして全く知らなかったのか?」
不思議そうにそう聞かれたアキトは、無言のままこくりと一つ頷いた。
「母さん、俺もそれは初耳だけど…?」
もちろんドロシーが金級な事は知っていたし、魔物の強い辺境領に来た事があるだろうとは思っていたが、スタンピードにまで参加していたとは知らなかった。
「あれ?話してなかったか?」
「なかったね」
思わず食い気味に返事をしたら、まあ興味があるならドロシー本人に聞いてみろよと、母さんは明るい笑顔で提案してくれた。
ああ、今度会ったら聞いてみるよ。
一番驚いたのはあの母さんが唐突に、アキトに気配の消し方のコツを教え始めた事だろう。
俺の気配の消し方や気配探知は、母のものを見て自分で考えて習得したものだ。二人の兄も同じく自力で学んで身に着けたものだったから、ついつい驚いてしまった。
「そんなすごい事を教えてもらって良いんですか?」
心配そうに尋ねるアキトへの母の返事は、それはもうあっさりしたものだった。
「気に入った奴になら、私は何でも教えるぞ」
「グレースはそういう人だからな」
いつもの事だよと父さんは微笑みながら続ける。
思わず視線を巡らせれば、驚いた表情の兄二人も俺を見つめていた。まだ気配の消し方も気配探知も覚えていないキースだけが、俺達の反応を不思議そうに見ている。
――なあ、今の聞いたか?
――聞いたが…嘘だろう?嘘だと言ってくれ
――これってもしかして、母に頼めば普通に教えてもらえたって事ー?
視線だけでそんな事を言い合う俺達の横で、母とアキトの会話は続いていく。
「それに、覚えておいて損は無いからな」
身に着けば良いなぐらいの軽い気持ちで聞いてくれと、母は優しい笑顔で続けた。
「ついでにキースも聞いておくか?」
「うん!勉強する!」
あ、どうやらキースは、アキトと一緒に学ぶ事ができるみたいだ。それならまあ良いかと、弟に甘い兄達は肩の力を抜いた。
母は真剣な表情を浮かべているアキトとキースに、あれこれと説明を続けていく。
屋場所が外で魔物が相手の時は、気配を消し切った方が安全。逆に人を相手にする時は屋外だろうと室内だろうと、気配を全て消すと逆に不自然になって気づかれやすくなる。そんな基本ではあるが重要な説明だ。
「さっきもちゃんと小鳥ぐらいの気配にしてたんだよ。まあハルにはすぐバレたけど」
「さすがにここの近くで攻撃されたら試しだとすぐに分かるから気づけたけど…普通に森の中とかだとちょっと自信は無いな」
ずっと気配探知は磨いてきたつもりだが、それでも攻撃前には気づけなかった。いくら油断していたとはいえ、攻撃されるまで気づかなかったのは事実だ。
「気配の消し方は俺の知ってる中だと、母さんが群を抜いてるからね」
悔しいけれど、力量はきちんと測らないといけない。そんな気持ちでぎこちなく褒め言葉を口にした俺に、母は楽し気に歌うようにして答えた。
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