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838.【ハル視点】マティ姉さん
ああ、これはまずいかもしれない。
隣に立つアキトを見ても一切目が合わない。ぴたりと固まったままじっと姉さんを見つめている。
部屋に入ってきた時はいつも通りのアキトの反応だったが、あの貴族らしい優雅な礼を見せられたことですこし圧倒されてしまったようだ。
どう声をかければ良いかと考えていると、不意に母さんが声をあげた。
「あー、そうだ、マティ!さっき決まったんだけど、アキトの前では礼儀は気にしなくて良い事になったんだ!」
にこやかに笑いながら続けられた母の言葉に、マティさんは驚いた様子で大きく目を見開いた。
「だから、もうそれ以上演技は続けなくて良いからな!」
何度か瞬きを繰り返してから、マティさんは部屋の中にいる皆に順番に視線を向けてくる。それぞれが頷くのを確認した次の瞬間には、にっこりと笑いながら母に話しかけた。
「それは嬉しいが、本当に良いのか?」
「ああ、ハルの伴侶候補はそういう細かい事を気にするタイプじゃないみたいだからな」
なーと言いたげに笑いかけた母さんに、アキトもぎこちないながらも笑みを返している。
うん、狙ってやったわけじゃないのかもしれないが、緊張が良い具合にほぐれたようだ。ありがとう、母さん。
「そうなのか?」
「ああ、それに、私の変わりっぷりを見ても動じないような子なんだぞーアキトは!」
何故か自慢げにそう説明し始めた母に、マティさんもふふと声をあげて笑っている。そうやって笑うと硬質な印象がなくなるんだよな。礼儀を無しにと決めていたのは、良い判断だったかもしれない。
「グレースが彼の事を随分気に入ったって事は分かったよ」
「ああ、すっごく気に入ったぞ!」
母とマティさんは、ぽんぽんと楽し気に会話を続けている。
本当に仲が良いんだよな、この二人。訓練だとかお茶会だとか、あれこれと予定を合わせているらしい。たまにファーガス兄さんが妬くぐらいだから、相当だ。
元々ファーガス兄さんとマティさんは幼馴染だから、母からすればマティさんも実の娘ぐらいの気持ちなのかもしれないが。
「では、私も彼に挨拶をさせて貰おうかな」
ゆっくりと俺達の方へと歩き出そうとしたマティさんを見て、俺はそっとアキトの顔を覗き込んだ。
まだ距離はあるけれど、もしかしたら耳の良いマティさんには聞こえるかもしれない。それでもアキトの方が大事だからと、俺は遠慮せずにそっと小さな声で尋ねた。
「アキト、大丈夫そう?」
「うん、大丈夫」
心配してくれてありがとうと俺を見上げて微笑むアキトに、俺は笑みを返しながらそっと手を繋いだ。きゅっとすぐに握り返してくれるのがすごく嬉しい。
「マティ、お手をどうぞ」
ドアの方から聞こえてきたファーガス兄さんのそんな言葉に、アキトはびっくりした様子で慌てて視線をあげた。
いつの間にあんな所まで移動したんだろうとか思っているんだろうな。マティさんが部屋に来た瞬間には、もう移動し始めていたんだが。本当に伴侶に弱い兄だ。
「ありがとう、ファーグ」
エスコートのために差し出された腕に、マティさんはすっと手を伸ばした。そのまま二人揃ってこちらへと歩き出すのを、アキトと俺は姿勢を正して見守った。
「はじめまして、私の名前はマチルダ。皆にはマティと呼ばれている」
もう分かってるとは思うが、ファーガスの伴侶だとマティさんは笑顔で続けた。隣にいるファーガス兄さんは、幸せそうに笑みを浮かべている。
「はじめまして、アキト ヒイラギです。よろしくお願いします」
「アキトくんと呼んでも?」
「もちろんです」
「私の事はマティでもマチルダでも好きに呼んでくれ」
「えっと、じゃあマチルダさんでお願いします」
特に萎縮した様子もなく会話が続いていく事に、俺は密かに安堵した。貴族の演技をしていない時のマティさんは、意外と話しやすいんだよな。
「マティさん、お久しぶりです」
「やあ、ハル。素敵な伴侶候補だな。私の演技を見ても素の姿を見ても本当に動じないんだもんな」
そう言ったマティさんは、楽し気にコロコロと笑いだした。
貴族らしい姿を見せた後で冒険者寄りの姿を見せると、嫌そうにされる事もあれば文句を言われる事もあると聞いた事がある。
せっかく美しいのにとか、粗野な姿を見せるなとか、好き放題言われるらしい。まあそんな奴らをファーガス兄さんが許す筈が無いんだが。
どうやらどちらの姿を見せてもすこしも態度の変わらないアキトの事を、気に入ってくれたらしい。
「ええ、アキトはこう見えて冒険者ですからね」
「なんだ冒険者なのか?お仲間じゃないか!」
そう言い放ったマティ姉さんは、嬉しそうにアキトを見つめながら今日一番の笑顔を浮かべた。
隣に立つアキトを見ても一切目が合わない。ぴたりと固まったままじっと姉さんを見つめている。
部屋に入ってきた時はいつも通りのアキトの反応だったが、あの貴族らしい優雅な礼を見せられたことですこし圧倒されてしまったようだ。
どう声をかければ良いかと考えていると、不意に母さんが声をあげた。
「あー、そうだ、マティ!さっき決まったんだけど、アキトの前では礼儀は気にしなくて良い事になったんだ!」
にこやかに笑いながら続けられた母の言葉に、マティさんは驚いた様子で大きく目を見開いた。
「だから、もうそれ以上演技は続けなくて良いからな!」
何度か瞬きを繰り返してから、マティさんは部屋の中にいる皆に順番に視線を向けてくる。それぞれが頷くのを確認した次の瞬間には、にっこりと笑いながら母に話しかけた。
「それは嬉しいが、本当に良いのか?」
「ああ、ハルの伴侶候補はそういう細かい事を気にするタイプじゃないみたいだからな」
なーと言いたげに笑いかけた母さんに、アキトもぎこちないながらも笑みを返している。
うん、狙ってやったわけじゃないのかもしれないが、緊張が良い具合にほぐれたようだ。ありがとう、母さん。
「そうなのか?」
「ああ、それに、私の変わりっぷりを見ても動じないような子なんだぞーアキトは!」
何故か自慢げにそう説明し始めた母に、マティさんもふふと声をあげて笑っている。そうやって笑うと硬質な印象がなくなるんだよな。礼儀を無しにと決めていたのは、良い判断だったかもしれない。
「グレースが彼の事を随分気に入ったって事は分かったよ」
「ああ、すっごく気に入ったぞ!」
母とマティさんは、ぽんぽんと楽し気に会話を続けている。
本当に仲が良いんだよな、この二人。訓練だとかお茶会だとか、あれこれと予定を合わせているらしい。たまにファーガス兄さんが妬くぐらいだから、相当だ。
元々ファーガス兄さんとマティさんは幼馴染だから、母からすればマティさんも実の娘ぐらいの気持ちなのかもしれないが。
「では、私も彼に挨拶をさせて貰おうかな」
ゆっくりと俺達の方へと歩き出そうとしたマティさんを見て、俺はそっとアキトの顔を覗き込んだ。
まだ距離はあるけれど、もしかしたら耳の良いマティさんには聞こえるかもしれない。それでもアキトの方が大事だからと、俺は遠慮せずにそっと小さな声で尋ねた。
「アキト、大丈夫そう?」
「うん、大丈夫」
心配してくれてありがとうと俺を見上げて微笑むアキトに、俺は笑みを返しながらそっと手を繋いだ。きゅっとすぐに握り返してくれるのがすごく嬉しい。
「マティ、お手をどうぞ」
ドアの方から聞こえてきたファーガス兄さんのそんな言葉に、アキトはびっくりした様子で慌てて視線をあげた。
いつの間にあんな所まで移動したんだろうとか思っているんだろうな。マティさんが部屋に来た瞬間には、もう移動し始めていたんだが。本当に伴侶に弱い兄だ。
「ありがとう、ファーグ」
エスコートのために差し出された腕に、マティさんはすっと手を伸ばした。そのまま二人揃ってこちらへと歩き出すのを、アキトと俺は姿勢を正して見守った。
「はじめまして、私の名前はマチルダ。皆にはマティと呼ばれている」
もう分かってるとは思うが、ファーガスの伴侶だとマティさんは笑顔で続けた。隣にいるファーガス兄さんは、幸せそうに笑みを浮かべている。
「はじめまして、アキト ヒイラギです。よろしくお願いします」
「アキトくんと呼んでも?」
「もちろんです」
「私の事はマティでもマチルダでも好きに呼んでくれ」
「えっと、じゃあマチルダさんでお願いします」
特に萎縮した様子もなく会話が続いていく事に、俺は密かに安堵した。貴族の演技をしていない時のマティさんは、意外と話しやすいんだよな。
「マティさん、お久しぶりです」
「やあ、ハル。素敵な伴侶候補だな。私の演技を見ても素の姿を見ても本当に動じないんだもんな」
そう言ったマティさんは、楽し気にコロコロと笑いだした。
貴族らしい姿を見せた後で冒険者寄りの姿を見せると、嫌そうにされる事もあれば文句を言われる事もあると聞いた事がある。
せっかく美しいのにとか、粗野な姿を見せるなとか、好き放題言われるらしい。まあそんな奴らをファーガス兄さんが許す筈が無いんだが。
どうやらどちらの姿を見せてもすこしも態度の変わらないアキトの事を、気に入ってくれたらしい。
「ええ、アキトはこう見えて冒険者ですからね」
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