890 / 1,561
889.【ハル視点】見回りと屋台
ウェルマ市場にはスーラの店のようなきちんとした店舗を構える事ももちろん可能だが、多いのは圧倒的に屋台の方だ。
気軽に始められるというのもあるし、屋台なら手続きさえきちんとしていれば自由度が高いというのも理由の一つだろう。
例えば昨日は果物を売っていた人が今日は薬草を売っていたりと、日替わりで販売するものを変える事も可能だ。昨日は入口辺りに屋台を出していた人が今日はあえて奥の方に屋台を出してみたりと、日替わりで場所を変える事すら可能だ。
ただ自由度が高い分、販売禁止のものを隠れて売ろうとするものや粗悪品を高値で売ろうとする奴もいたりするのが難点だ。
略称とはいえ領主の名前を冠した市場で、そんな事をさせるわけにはいかない。
だからこの市場には、衛兵や騎士団員達が見回りを行っているんだ。目立たないように私服でな。
それ自体は大事な事だと思うし、安全を確保してくれているんだから文句は無い。文句は無いんだが、さっきからアキトと俺をチラチラ見てくる衛兵と騎士団員が多すぎる。
中には楽しそうなアキトの笑顔に見惚れてから、隣にいる俺に気づいて驚いた様子を見せた奴までいた。
邪魔はするなよと視線だけで牽制しながら、俺はアキトと一緒に歩き出した。
「アキト、ここから先は、料理の屋台が多い区画だよ」
面白がってついてこようとした衛兵を人混みを利用して引き離し、俺はアキトにそう声をかけた。
「うん、すっごく良い香りがしてるもんね」
嬉しそうに声を弾ませるアキトは、今日も可愛い。
「あー腹減ったー」
「狩り頑張ったもんなーさて今日は何食おうかな」
「んー俺はやっぱり今日はスクリの炒め煮かなー」
「あーそれ良いな。あのちょっと辛味のある味な。食べたくなったわ」
偶然近くを通っていた冒険者のそんな会話に、アキトは興味深そうにそっと目線を動かした。
スクリというのは近くの湖で取れる淡泊な魚なんだが、炒め煮という調理法は聞いた事が無いな。
これだけたくさんの屋台があると、ちらりと聞こえた料理名だけで屋台まで特定するのは難しいな。かと言ってさっきの冒険者の跡をつけるのも、直接声をかけて尋ねるのもまずいだろう。
もし俺の顔を知っていたりしたら、大ごとになるかもしれないからな。
いや、もしかしたら運良く辿り着くかもしれないか。
「アキト、ちょうど昼食時だし、気になるのを探しに行こうか」
「うん、楽しみ!まずは見て回ろうか!」
ざっと見て回ったが、スクリの炒め煮の屋台は発見できなかった。ひとまずスクリの炒め煮という名前だけでも覚えておくか。アキトが興味を持った料理だと伝えれば、仮にその料理を知らなかったとしてもラスはきっと何とかして腕を振るってくれるだろう。
「何にするか決まった?」
「えーと、まだ悩んでる…」
いつもならこれとこれにする!と即決するアキトだが、今日は珍しく悩んでいるらしい。
「そうか、じゃあ気になったものは何かあった?」
一緒に選ぼうかとそう尋ねれば、アキトはウロウロと困った様子で視線をさまよわせた。
「えーっと…」
なるほど、気になるのはあったんだな。さっき見ていたのはあの辺りの屋台と、そっちの屋台か。どれだろうと気にはなるけれど、アキトを急かすつもりは無い。
「美味しいフライドポテトはいかがですかー?」
「りんご飴はこのまま齧っても良いし、カットもできるよー」
不意に聞こえてきた呼び込みの声に、アキトはぴくりと身体を揺らした。
気になっているのは、たぶんさっき聞こえてきたあれかな。俺にとっては聞きなれない料理名だけどと考えながらそっと視線を向ければ、アキトは懐かしそうに目を細めていた。
そこで不意にひらめいた。
もしかしたら、これはアキトの世界の料理なのかもしれない。
嬉しそうな、寂しそうな、懐かしそうな、複雑なその目の中に揺れる感情に気づけたのは、昨日のうちに両親から異世界人について聞いていたおかげだろう。
もし辺境領にはたくさんの異世界人が保護されていると聞かされていなかったら、アキトの気持ちにも気づけなかったかもしれない。
心の中で両親に感謝しつつ、俺は黙ったままアキトをじっと見つめた。かけられる言葉なんて無いから、せめて邪魔はしないように。
あ、呼び込みの声が聞こえた二つの屋台以外にも、もうひとつ気になっている屋台があるみたいだな。おそらく、あのやきとりと書いてある屋台だろう。
「ハル、あのフライドポテトってのと、それにりんごあめも気になるんだけど」
「うん。それじゃあその屋台から行ってみようか」
どうやら気持ちは落ち着いたのか、今のアキトはワクワクした様子だ。
「あ、ハルが気になる屋台も入れてよ?」
ね?と見上げてくるけれど、俺の答えはもう決まっていた。
「俺はそうだな…あのやきとりが気になるな」
じっと見つめていたのに名前を上げなかったやきとりの屋台を、俺はそっと指さした。
本当にハルが食べたいものを言ってと怒られるだろうか。それともずっと自分を見ていたの?と叱られるだろうか。
俺の心配をよそに、アキトはへにゃりと一瞬だけ笑みを浮かべた。
「ありがと、ハル」
「ん?食べたいのは本当だからお礼はいらないよ?」
どういたしましてとは言いたくなくて誤魔化せば、アキトはすこし考えてからもう一度俺を見上げて口を開いた。
「じゃあ、ハル、大好き!」
「それは光栄だな。俺もアキトが大好きだよ!」
通りすがりの騎士が驚いた様子でこちらを見ていたが、気にしない事にしよう。
気軽に始められるというのもあるし、屋台なら手続きさえきちんとしていれば自由度が高いというのも理由の一つだろう。
例えば昨日は果物を売っていた人が今日は薬草を売っていたりと、日替わりで販売するものを変える事も可能だ。昨日は入口辺りに屋台を出していた人が今日はあえて奥の方に屋台を出してみたりと、日替わりで場所を変える事すら可能だ。
ただ自由度が高い分、販売禁止のものを隠れて売ろうとするものや粗悪品を高値で売ろうとする奴もいたりするのが難点だ。
略称とはいえ領主の名前を冠した市場で、そんな事をさせるわけにはいかない。
だからこの市場には、衛兵や騎士団員達が見回りを行っているんだ。目立たないように私服でな。
それ自体は大事な事だと思うし、安全を確保してくれているんだから文句は無い。文句は無いんだが、さっきからアキトと俺をチラチラ見てくる衛兵と騎士団員が多すぎる。
中には楽しそうなアキトの笑顔に見惚れてから、隣にいる俺に気づいて驚いた様子を見せた奴までいた。
邪魔はするなよと視線だけで牽制しながら、俺はアキトと一緒に歩き出した。
「アキト、ここから先は、料理の屋台が多い区画だよ」
面白がってついてこようとした衛兵を人混みを利用して引き離し、俺はアキトにそう声をかけた。
「うん、すっごく良い香りがしてるもんね」
嬉しそうに声を弾ませるアキトは、今日も可愛い。
「あー腹減ったー」
「狩り頑張ったもんなーさて今日は何食おうかな」
「んー俺はやっぱり今日はスクリの炒め煮かなー」
「あーそれ良いな。あのちょっと辛味のある味な。食べたくなったわ」
偶然近くを通っていた冒険者のそんな会話に、アキトは興味深そうにそっと目線を動かした。
スクリというのは近くの湖で取れる淡泊な魚なんだが、炒め煮という調理法は聞いた事が無いな。
これだけたくさんの屋台があると、ちらりと聞こえた料理名だけで屋台まで特定するのは難しいな。かと言ってさっきの冒険者の跡をつけるのも、直接声をかけて尋ねるのもまずいだろう。
もし俺の顔を知っていたりしたら、大ごとになるかもしれないからな。
いや、もしかしたら運良く辿り着くかもしれないか。
「アキト、ちょうど昼食時だし、気になるのを探しに行こうか」
「うん、楽しみ!まずは見て回ろうか!」
ざっと見て回ったが、スクリの炒め煮の屋台は発見できなかった。ひとまずスクリの炒め煮という名前だけでも覚えておくか。アキトが興味を持った料理だと伝えれば、仮にその料理を知らなかったとしてもラスはきっと何とかして腕を振るってくれるだろう。
「何にするか決まった?」
「えーと、まだ悩んでる…」
いつもならこれとこれにする!と即決するアキトだが、今日は珍しく悩んでいるらしい。
「そうか、じゃあ気になったものは何かあった?」
一緒に選ぼうかとそう尋ねれば、アキトはウロウロと困った様子で視線をさまよわせた。
「えーっと…」
なるほど、気になるのはあったんだな。さっき見ていたのはあの辺りの屋台と、そっちの屋台か。どれだろうと気にはなるけれど、アキトを急かすつもりは無い。
「美味しいフライドポテトはいかがですかー?」
「りんご飴はこのまま齧っても良いし、カットもできるよー」
不意に聞こえてきた呼び込みの声に、アキトはぴくりと身体を揺らした。
気になっているのは、たぶんさっき聞こえてきたあれかな。俺にとっては聞きなれない料理名だけどと考えながらそっと視線を向ければ、アキトは懐かしそうに目を細めていた。
そこで不意にひらめいた。
もしかしたら、これはアキトの世界の料理なのかもしれない。
嬉しそうな、寂しそうな、懐かしそうな、複雑なその目の中に揺れる感情に気づけたのは、昨日のうちに両親から異世界人について聞いていたおかげだろう。
もし辺境領にはたくさんの異世界人が保護されていると聞かされていなかったら、アキトの気持ちにも気づけなかったかもしれない。
心の中で両親に感謝しつつ、俺は黙ったままアキトをじっと見つめた。かけられる言葉なんて無いから、せめて邪魔はしないように。
あ、呼び込みの声が聞こえた二つの屋台以外にも、もうひとつ気になっている屋台があるみたいだな。おそらく、あのやきとりと書いてある屋台だろう。
「ハル、あのフライドポテトってのと、それにりんごあめも気になるんだけど」
「うん。それじゃあその屋台から行ってみようか」
どうやら気持ちは落ち着いたのか、今のアキトはワクワクした様子だ。
「あ、ハルが気になる屋台も入れてよ?」
ね?と見上げてくるけれど、俺の答えはもう決まっていた。
「俺はそうだな…あのやきとりが気になるな」
じっと見つめていたのに名前を上げなかったやきとりの屋台を、俺はそっと指さした。
本当にハルが食べたいものを言ってと怒られるだろうか。それともずっと自分を見ていたの?と叱られるだろうか。
俺の心配をよそに、アキトはへにゃりと一瞬だけ笑みを浮かべた。
「ありがと、ハル」
「ん?食べたいのは本当だからお礼はいらないよ?」
どういたしましてとは言いたくなくて誤魔化せば、アキトはすこし考えてからもう一度俺を見上げて口を開いた。
「じゃあ、ハル、大好き!」
「それは光栄だな。俺もアキトが大好きだよ!」
通りすがりの騎士が驚いた様子でこちらを見ていたが、気にしない事にしよう。
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
お話を追加いたしました。
料理の上手さを見込まれてモフモフ聖獣に育てられた俺は、剣も魔法も使えず、一人ではドラゴンくらいしか倒せないのに、聖女や剣聖たちから溺愛される
向原 行人
ファンタジー
母を早くに亡くし、男だらけの五人兄弟で家事の全てを任されていた長男の俺は、気付いたら異世界に転生していた。
アルフレッドという名の子供になっていたのだが、山奥に一人ぼっち。
普通に考えて、親に捨てられ死を待つだけという、とんでもないハードモード転生だったのだが、偶然通りかかった人の言葉を話す聖獣――白虎が現れ、俺を育ててくれた。
白虎は食べ物の獲り方を教えてくれたので、俺は前世で培った家事の腕を振るい、調理という形で恩を返す。
そんな毎日が十数年続き、俺がもうすぐ十六歳になるという所で、白虎からそろそろ人間の社会で生きる様にと言われてしまった。
剣も魔法も使えない俺は、少しだけ使える聖獣の力と家事能力しか取り柄が無いので、とりあえず異世界の定番である冒険者を目指す事に。
だが、この世界では職業学校を卒業しないと冒険者になれないのだとか。
おまけに聖獣の力を人前で使うと、恐れられて嫌われる……と。
俺は聖獣の力を使わずに、冒険者となる事が出来るのだろうか。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
拾われたのはたぶん僕です 〜ポンコツ魔法使いと騎士団の平和な大事件〜
ニア。
BL
崖から落ちただけなのに、騎士団長に拾われました。
真面目に生きてきた魔法使いモーネ。
ただ薬草を採ろうとして滑落しただけなのに、なぜか王国最強の騎士団長イグラムに連れて行かれ、騎士団で暮らすことに。
しかしこの魔法使い、少しだけ普通ではありません。
回復魔法を使えば何かが増え、
補助魔法を使えば騎士団が浮き、
気づけば庭はプリンになります。
——本人はちゃんとやっています。
巻き込まれる騎士団と、なぜか楽しそうな団長。
さらに弟子や王子、ドラゴンまで加わって、騎士団は今日も平和に大騒ぎ。
これは、ポンコツ魔法使いが真面目に頑張るたびに世界が少し壊れる、騒がしくて優しいファンタジーです。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。