994 / 1,490
993.お店ができるまで
しおりを挟む
当時のヴェリスさんは、正直に言ってもうどうすれば良いか分からなくなったらしい。
わざわざ鑑定魔法の使える人を連れてきてまで、我が子に食べさせたいと言ってもらえるのはもちろん光栄だ。でもだからといって、鑑定するなら良いですよと気軽に答えるわけにもいかない。
「でも最終的には食べて貰ったんですよね?」
だってお店を始めたきっかけを聞いた結果、この話しになったんだから。そう思って尋ねれば、キースくんもハッと驚いた様子で顔をあげた。
「ええ、そうですよ」
「あの…もしかして…断りきれなくて…?」
僕の両親がごめんなさいと言いたげにもう既に涙で潤んだ目でじっと見つめるキースくんに、ヴェリスさんはいいえ、違いますと大慌てで答えた。
「誤解させてすみません、キース様。断り切れなかったわけでも、無理に命令されたわけでも無いですよ」
ホッと肩の力を抜いたキースくんの頭をそっと伸ばした手で撫でれば、へへと照れくさそうな笑みが返ってきた。
「ケイリー様とグレース様は、二人揃ってただの新人メイドに頭を下げてくださったんですよ」
あーその様子なら、なんとなく想像できるかもしれない。あのお二人なら身分がどうとかは一切気にせずに、頼み事をするならそれぐらいの事はするとあっさり言いそうな気がする。
「頼み事をしている相手は、自分たちが雇っている何の変哲もないただのメイドですからね。それでも、決して命令はされませんでした。――ただ誠実にお願いされてしまったら、もう断れなかったんですよ」
なるほど、それはまず間違いなく俺でも断れないだろうな。このお二人のために自分ができる事なら、何でもしてあげたい。そう思ってしまうだろう。
「それで鑑定魔法が使える人が来てくれて、ファーガスさんは無事にお菓子が食べられたんですか?」
ええと頷いたヴェリスさんは、あの時の鑑定魔法の使い手さんは、まさか領主城に急遽呼ばれた理由が手作りの焼き菓子とはとかなり驚いていましたけどねと続けた。
それはまず間違いなく驚くよね。領主城への急な呼び出しなんて、いったいどんな緊急事態だろうって思うだろうし、絶対色々想像してたと思うんだよね。
そうしてドキドキしながら辿り着いたら、真剣な顔をした人たちから差し出される焼き菓子――もしかしてふざけてるんですか?とか馬鹿にしてるんですか?って聞きたくなるかもしれない事態だと思う。
「幸いにも、鑑定自体はすぐにして下さったんですけどねぇ」
その人すごいな。プロ意識がある人だったんだろうな。
すぐさま毒も無ければ品質にも問題が無いと、わざわざ鑑定書まで作ってくれたらしい。
「鑑定が終わってすぐにファーガス様に食べて頂きましたが、美味しいと喜んでくださって」
「食べさせてもらえて良かったー」
こんなに美味しいんだから、食べれないのは可愛そうだからねと続けるキースくんに、俺とヴェリスさんはニコニコと笑ってしまった。
「ですが、話はそこで終わらなかったんです…」
「え…?」
「その…美味しいと目を輝かせたファーガス様を見て、今度はケイリー様とグレース様のお二人も食べたいと…」
あーヴェリスさんが遠い目をしている。
「あ、既に鑑定後でしたから、もちろんお二人にもすぐに食べて頂きましたよ」
もうここまで来れば誰に食べさせても良いかと、ヴェリスさんは半ばやけになっていたらしい。
結果として二人にも美味しい美味しいと喜ばれ、最終的には何故かラスさんまでやって来て味見していったって言うんだからちょっと笑ってしまった。
「ラスさんは何て?」
「俺にはこんな繊細な焼き菓子は作れないから、これからは焼き菓子は貴女が焼いてくれと言われましたねぇ」
「えーそれはすごいですねぇ!」
「ヴェリス婆、すごい」
それからは身元調査をもっときちんと受けたり、自分用の厨房が用意されている事に驚いたりしつつ、領主城でのお菓子作りをすこしずつ引き受けていくようになったらしい。
「年を取って城での仕事がつらくなってきて、仕事を辞めさせて頂く事になったんですが、その時に、領主様からこのお店を頂いたんですよ。城と違って移動距離はほとんと無いし、休憩もし放題だと楽しそうに笑いながら…」
以前メイド仲間にいつかお店をやってみたいと言っていたのを、覚えていてくれたんですねとヴェリスさんは本当に幸せそうに笑みを浮かべた。
「魔道具も最高級の物を用意してくださったので、本当に気楽にのんびりと楽しんでいるんですよ」
「楽しいのが何よりですね」
「僕もヴェリス婆のお菓子食べられて嬉しい!」
「まあ、ありがとうございます」
わざわざ鑑定魔法の使える人を連れてきてまで、我が子に食べさせたいと言ってもらえるのはもちろん光栄だ。でもだからといって、鑑定するなら良いですよと気軽に答えるわけにもいかない。
「でも最終的には食べて貰ったんですよね?」
だってお店を始めたきっかけを聞いた結果、この話しになったんだから。そう思って尋ねれば、キースくんもハッと驚いた様子で顔をあげた。
「ええ、そうですよ」
「あの…もしかして…断りきれなくて…?」
僕の両親がごめんなさいと言いたげにもう既に涙で潤んだ目でじっと見つめるキースくんに、ヴェリスさんはいいえ、違いますと大慌てで答えた。
「誤解させてすみません、キース様。断り切れなかったわけでも、無理に命令されたわけでも無いですよ」
ホッと肩の力を抜いたキースくんの頭をそっと伸ばした手で撫でれば、へへと照れくさそうな笑みが返ってきた。
「ケイリー様とグレース様は、二人揃ってただの新人メイドに頭を下げてくださったんですよ」
あーその様子なら、なんとなく想像できるかもしれない。あのお二人なら身分がどうとかは一切気にせずに、頼み事をするならそれぐらいの事はするとあっさり言いそうな気がする。
「頼み事をしている相手は、自分たちが雇っている何の変哲もないただのメイドですからね。それでも、決して命令はされませんでした。――ただ誠実にお願いされてしまったら、もう断れなかったんですよ」
なるほど、それはまず間違いなく俺でも断れないだろうな。このお二人のために自分ができる事なら、何でもしてあげたい。そう思ってしまうだろう。
「それで鑑定魔法が使える人が来てくれて、ファーガスさんは無事にお菓子が食べられたんですか?」
ええと頷いたヴェリスさんは、あの時の鑑定魔法の使い手さんは、まさか領主城に急遽呼ばれた理由が手作りの焼き菓子とはとかなり驚いていましたけどねと続けた。
それはまず間違いなく驚くよね。領主城への急な呼び出しなんて、いったいどんな緊急事態だろうって思うだろうし、絶対色々想像してたと思うんだよね。
そうしてドキドキしながら辿り着いたら、真剣な顔をした人たちから差し出される焼き菓子――もしかしてふざけてるんですか?とか馬鹿にしてるんですか?って聞きたくなるかもしれない事態だと思う。
「幸いにも、鑑定自体はすぐにして下さったんですけどねぇ」
その人すごいな。プロ意識がある人だったんだろうな。
すぐさま毒も無ければ品質にも問題が無いと、わざわざ鑑定書まで作ってくれたらしい。
「鑑定が終わってすぐにファーガス様に食べて頂きましたが、美味しいと喜んでくださって」
「食べさせてもらえて良かったー」
こんなに美味しいんだから、食べれないのは可愛そうだからねと続けるキースくんに、俺とヴェリスさんはニコニコと笑ってしまった。
「ですが、話はそこで終わらなかったんです…」
「え…?」
「その…美味しいと目を輝かせたファーガス様を見て、今度はケイリー様とグレース様のお二人も食べたいと…」
あーヴェリスさんが遠い目をしている。
「あ、既に鑑定後でしたから、もちろんお二人にもすぐに食べて頂きましたよ」
もうここまで来れば誰に食べさせても良いかと、ヴェリスさんは半ばやけになっていたらしい。
結果として二人にも美味しい美味しいと喜ばれ、最終的には何故かラスさんまでやって来て味見していったって言うんだからちょっと笑ってしまった。
「ラスさんは何て?」
「俺にはこんな繊細な焼き菓子は作れないから、これからは焼き菓子は貴女が焼いてくれと言われましたねぇ」
「えーそれはすごいですねぇ!」
「ヴェリス婆、すごい」
それからは身元調査をもっときちんと受けたり、自分用の厨房が用意されている事に驚いたりしつつ、領主城でのお菓子作りをすこしずつ引き受けていくようになったらしい。
「年を取って城での仕事がつらくなってきて、仕事を辞めさせて頂く事になったんですが、その時に、領主様からこのお店を頂いたんですよ。城と違って移動距離はほとんと無いし、休憩もし放題だと楽しそうに笑いながら…」
以前メイド仲間にいつかお店をやってみたいと言っていたのを、覚えていてくれたんですねとヴェリスさんは本当に幸せそうに笑みを浮かべた。
「魔道具も最高級の物を用意してくださったので、本当に気楽にのんびりと楽しんでいるんですよ」
「楽しいのが何よりですね」
「僕もヴェリス婆のお菓子食べられて嬉しい!」
「まあ、ありがとうございます」
750
あなたにおすすめの小説
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。
キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。
しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。
迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。
手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。
これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。
──運命なんて、信じていなかった。
けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。
全8話。
王太子殿下のやりなおし
3333(トリささみ)
BL
ざまぁモノでよくある『婚約破棄をして落ちぶれる王太子』が断罪前に改心し、第三の道を歩むお話です。
とある時代のとある異世界。
そこに王太子と、その婚約者の公爵令嬢と、男爵令嬢がいた。
公爵令嬢は周囲から尊敬され愛される素晴らしい女性だが、王太子はたいそう愚かな男だった。
王太子は学園で男爵令嬢と知り合い、ふたりはどんどん関係を深めていき、やがては愛し合う仲になった。
そんなあるとき、男爵令嬢が自身が受けている公爵令嬢のイジメを、王太子に打ち明けた。
王太子は驚いて激怒し、学園の卒業パーティーで公爵令嬢を断罪し婚約破棄することを、男爵令嬢に約束する。
王太子は喜び、舞い上がっていた。
これで公爵令嬢との縁を断ち切って、彼女と結ばれる!
僕はやっと幸せを手に入れられるんだ!
「いいやその幸せ、間違いなく破綻するぞ。」
あの男が現れるまでは。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
転生執事は氷の公爵令息の心を溶かしたい【短編】
堀川渓
BL
事故で命を落とし、目覚めたそこはーー生前遊んでいた女性向け恋愛ゲームの世界!?
しかも最推し・“氷の公爵令息”セルジュの執事・レナートとして転生していてーー!!
短編/全10話予定
捨てられた花屋のオメガは、雨の日に現れたスパダリ社長に溺愛される~抑制剤をやめたら、運命の番に捕まりました~
水凪しおん
BL
花屋『フルール・リリエン』で働くオメガの藍沢湊は、かつて家柄を理由に番(つがい)に捨てられたトラウマから、アルファを頑なに拒絶して生きてきた。
強力な抑制剤でフェロモンを隠し、ひっそりと暮らす湊。しかしある雨の日、店に現れたIT企業社長のアルファ・橘蓮に見初められてしまう。
「この花、あなたに似ている」
毎日店に通い詰め、不器用ながらも真っ直ぐな愛を注ぐ蓮。その深い森のような香りに、湊の閉ざされた心と、抑え込んでいた本能が揺さぶられ始めて――?
傷ついたオメガ×一途で完璧なスパダリ社長。
雨上がりの紫陽花のように涙に濡れた恋が、あたたかな陽だまりに変わるまでの、救済と溺愛のオメガバース。
※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる