僕が過去に戻ったのは、きっと教師だったから

たなかみづき

文字の大きさ
28 / 43
鐘の音が鳴る頃に

第27話

しおりを挟む
 結果から言おう。僕らは優勝を逃した。敗因なんてない。全力でやったと言い切れる。それでも、予想外の出来事が積み重なり、予想外な事態を引き起こしていった。

 指揮台に立ち、クラスの視線を集める中、たった一つの視線を僕は軽んじていた。

 葵が僕を見たのは、演奏が終わる時だった。葵は演奏が始まる前もずっと鍵盤を凝視していた。僕は葵に視線を送ったが、こちらを見ることはなかった。なかなか演奏が始まらず、葵の近くにいた生徒が、観客にわからないように葵に合図を送った。その瞬間前奏が始まった。

 当然いきなり始まった演奏について行くように指揮を取り、生徒達も歌い始めるが、徐々に焦りと緊張で、速度が上がっていく。テンポを下げるためには、指揮者である僕を見てもらう他なかった。それでも、最後まで葵は僕の方を向くことはなかった。歌っているクラスの生徒も、違和感を感じているが、伴奏の音に合わせて歌う。 

 結局、里帆のスピーチよりも称賛されることはなく、優勝もこの後に演奏した一組に持って行かれてしまった。

 一組は最初、伴奏者がいなかったが、担任の宮本先生がそれを請け負った。宮本先生幼少期から高校にかけて、ピアノをずっと習ってきたとのことで、その腕はどの生徒よりも上だった。

 合唱祭が終わり、クラスへ戻る。一組の生徒は廊下で声を上げて喜んでいる。対照的に僕らは一人も声を出すことはなく、下を向いて澱んでいた。
 教室に入ると、石神が先に戻っていた。合唱祭で石神は見かけていない。他の生徒達が演奏している時も、僕らが演奏を始める前も、石神の姿は体育館にはなかった。

「合唱祭お疲れ様です」
 何も関わって来なかった石神が生徒たちに言う。
「実行委員は片付けと反省会があるので、この後体育館に行ってください。久保と上田は林先生からの評価シートがあるから、もらいに行ってください」

 合唱祭シーズンに入ってから今日まで、石神はずっと定例的だ。

 その後はすぐに帰りの会も終わり解散となった。

 石神はすぐに職員室に戻ったが、実行委員を含めた生徒達は立ちあがろうとしない。二組の教室は静かだが、隣のクラスからは、歓喜の声が聞こえてくる。その音は、僕らのクラスの澱んだ空気を一層深くしていった。
 その沈黙に耐えられなくなったのか、航が棘のあることを言う。

「葵のせいじゃん」
 おそらく、クラスのほとんどが思ってしまったことを声に出してしまう。
「なんでそんなこというの!春香が休んで、葵は十分頑張ってくれたよ」
 真美は葵を庇っているが、結果的に水を差すようなことを言っている。
「林先生に頼めばよかったんだよ。宮本先生が弾いても優勝してるんだぜ、お隣は」
「あんたにはできないでしょ!」
「できなことはでしゃばんないんだよ!」

 航も含めてこの教室の全員が、葵に全ての責任があるとは考えていないだろう。それでも、長い間作り上げたものがうまく評価されなかった事実に戸惑ってしまっている。

「ごめんなさい…」
 葵は必死に涙を拭いているが、止まることはなかった。
 このままクラスに居ても、葵が傷つくだけだった。

「林先生のところ行かないと…」

 石神が言っていたことを口実に、とにかく葵を教室から連れ出したかった。
 教室から出ると、隣のクラスの笑い声や喝采がより一層強く聞こえてきた。それを聞いた葵は、声を荒げて泣いている。僕はどうしたらいいのかわからなかった。

「いきなり大役を任されたのに、今日は本当にありがとう」
 こう言うしかなかった。

 葵は泣いたまま、僕と職員室へ向かった。こんな状態で葵が林先生の評価を受けるのは無理があるだろう。葵には職員室の前で待っていてもらうようにお願いした。泣いているが、葵は返事をし、僕は林先生の元へ向かう。

「失礼します」

 職員室に入ると、人はほとんどいなかった。本来なら帰りの会に教室で写真を撮ったり、先生から称賛と賛辞が送られている頃だろう。僕らの帰りの会では、そう言ったものはなく、三分ほどで終わってしまった。

「あの、すみません。六年二組の評価もらえますか?」
 林先生は、以前職員室であった時よりも忙しなく仕事に取り組んでいた。
「残念だったわね。でも、素晴らしかったと思うわ。里帆さんがスピーチで言っていたように、団結していたと思うの」

 そう言って林先生は三枚の紙を僕に渡した。

 その紙には伴奏者の評価もあった。少しだけ内容を見たけれど、そこには葵を慰めるような言葉が並んでいた。

 退出する時、再び職員室を見渡した。

 合唱祭が始まる前に訪れた時のことを思い出した。その頃の教室と、今の教室は正反対の空気で覆われている。その事実が信じられないほど悔しかった。

 職員室から出ると、石神が葵と話していた。石神が僕に気づくと、あの時のように近づいてきた。

「上田、後できなさい」
 石神は悲しい顔をして、僕にそう言った。
 葵の方へ振り返ると、葵はもう泣いていなかった。
「葵、評価シート。今日はタッグを組めて楽しかったよ。ありがとう」
 僕は評価の紙を葵に渡し、もう一度お礼を言った。
「ううん、本当にごめんなさい」

 泣き止んではいるが表情は暗いままだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...