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07 王都の救世主

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 不穏すぎる言葉を発したエクスは、深部に降りて来る前に起こした事を共有してくれた。

「私はアバランスからなんとか私を手放させようと抵抗していたのですが、勢い余ってダンジョンの入り口の方を思いっきり斬りつけてしまったのです」
「……あぁ……そうだったのね」
≪ふははは! エクス。お前もなかなか肝が据わっているな! お前ほどの剣の斬撃ならダンジョンの入り口も木っ端微塵だ!≫
≪うるさいですよゲイボルグ! 私も必死だったのです!≫

 エクスもゲイボルグのように自分の意志で動く事が出来るみたいだな。
 ゲイボルグとのやり取りを終えたエクスは続きを話し出す。

「……それで私の斬撃により結界を破壊されてしまい、動揺したアバランスが私を手放したその隙に鞘に戻った私はこの深部に転移してきたのです」
「……なるほど。この揺れってその結界を壊した事が関係してるのか。……事情はわかったよエクス。でも、俺達はどうしようか……このまま深部に取り残されたまま……死んじゃうのかな?」

 俺が想像する上で一番最悪な状況を口に出すと、傍にいたリースが青ざめる。

「そんな! 私はこのまま死ぬなんて嫌よ! もっと冒険したいわ! なんとかしなさいよ銀髪娘!」
「私にはエクスという名があります! それに、貴方に言われなくても分かっています! お兄様、私に捕まってください。すぐに地上に転移しましょう!」

 サラッと解決策を口に出すエクス。

「……へ? エクス、すぐに地上に行けるの!?」
「もちろんです。こうなると想定していたので、地上にも転移ポイントを設置してお兄様のいる深部に転移してきたのです」

 凛々しい表情に笑みを浮かべるエクスは俺にそう呟く。

「さ、お兄様。私に捕まってください」
「うん! お願いするよ」

 ――パシッ!
 俺はとても頼もしすぎるエクスが差し伸べてきた手を掴む。

「……ほら、貴方も私に捕まりなさい」

 そっぽを向きながらエクスはリースさんに手を伸ばす。
 ……エクスはとても良い子のようだ。

「当たり前じゃない! 頼むわよ銀髪娘!」
「だから私にはエクスという名があると何度言えば分かるのですか!」

 ……二人の仲が悪いのは変わりないけど。

「わ、分かっているわよ……エクスね! ほら、そんな悠長な事を言ってる暇はなさそうよ!」

 リースが壁の方に視線を向けると、俺達がいた壁はどんどん崩れていった。

「そうみたいですね。二人とも、しっかり捕まっていてください!」
「あぁ! 頼むエクス」
「いいわよ! やってエクス!」

 エクスは目を瞑ると俺達の足元には魔法陣が浮かび上がり、光が俺達を包み込んだ。



◇◇◇



 次に目を開けると、ダンジョンに入る時に通った記憶のあるダンジョンの入り口付近に視界が変わっていた。
 だが、そこはダンジョンに入る時に見た平穏とした風景ではなく、地上でダンジョン内にいた魔物が暴れ回っている地獄絵図に近い状況となっていた。

「助けてくれぇぇ!!」
「誰かぁぁ!」

 逃げ惑う住民を冒険者が守っているのが視界に入る。

「なっ!? 魔物が地上に上がってきている!?」

 住民を守る中に、俺達を陥れたアバランス達の勇者パーティも確認できた。

「あっ! あいつ! ……いや、今はそんな事をしている暇じゃない!」

 俺は一瞬、俺達にしてきた事に対してやり返す気持ちが湧いてきたが、今はそれどころではないのは容易に理解できる。
 すると、ダンジョンの入り口付近にアバランスが使った帰還魔法で地上に戻ってきた冒険者達が続々と現れる。

「な、なんだ!? なぜここに魔物がいるんだ!!」

 多くの冒険者達も先ほどの俺達と同様の反応をしている。
 どうやら、今の状況は多くの冒険者の中で異常事態のようだ。

「エクス! すぐに住民を守るぞ! 俺達が原因でもあるんだ! 絶対に住民を殺させはしない!」
「はい、私の仕出かした過ちは私が責任を持って対処します!」
「私もこの杖があれば……っ! やってやるんだから!」

 至る所に負傷者がいるのを確認した俺は、戦う気満々のリースさんに声を掛ける。

「リースさん! ここは俺に任せて――」

 俺は傷ついている子供や女性たちに視線を向けた。

「――リースさんは傷ついている住民の傷を癒してくれるかな?」

 俺の視線の先にいた負傷者に気付いたリースさんは力強く頷く。

「……わかったわ! マイオスも無理はしないでね! ……それとエクスも」
「私の心配はご無用ですよ。……ですが、ありがとうございます。負傷者はリース、あなたにお任せします!」
「えぇ!」

 俺とエクスは魔物の方へ、リースさんは負傷者の方へ。
 行動が決まった俺達は、各方向へ向けて駆け出した。



 魔物の方へ駆けだした俺は、今にも襲われそうになっている少女に手を伸ばしている魔物と対して――

(行ってこい! ゲイボルグ!)
≪おうよ! そのまま投げ飛ばせ!≫

 ――ズドォンッ!
 俺はゲイボルグを投げつけると、物凄い速さで少女を襲おうとしていた魔物の集団を一気に貫通していく。

「「「グアァァァァァァァッ!!」」」

 断末魔を上げた魔物達はすぐに消滅しドロップ品へと変わっていく。

「……そんなに強く投げたつもりじゃないのに」

 おそらく、ゲイボルグの力で飛んで行ったんだろう。
 多くの魔物は即座に消滅してドロップ品に変わり、魔物を貫いたゲイボルグはすぐに俺の元へと戻ってくる。

 ――パシッ!
 すぐに俺の手に戻ってきたゲイボルグを掴みなおすと、俺は少女に駆け寄る。

「君、大丈夫?」
「……う、うぅ……おにいちゃぁぁん!」

 泣きじゃくる少女は俺に抱き着いてくる。
 そして、すぐに母親らしき女性も駆け寄ってきて――

「あぁ、本当にありがとうございます! 娘が無事なのもあなたのおかげです!!」
「いえいえ。ここは危険です。すぐに他の皆と一緒に避難してください!」
「はい! あなたも気を付けてくださいね!」
「ぐすっ……お兄ちゃん! 負けないで!!」

 俺を応援してくれる少女の頭を撫でる。

「ありがとう。君の応援のおかげでお兄ちゃん、負けないで頑張れそうだ!」

 俺は少女にとびっきりの笑顔を向けると、お母さんと少女は手を掴み安全な場所に避難していった。

「お兄様! さすがです!」

 一連の流れを見ていたエクスはそう呟きながら迫ってきている魔物を素手で切り刻んでいた。

「エクス、その手って……」

 エクスの両手はよく見ると、両手の小指側の側面が刀身になっており、鋭く切り裂けるような見た目になっていた。

「はい! 私は元々剣なので、体を自由に刀身化できるのです!」
「すごく切れ味良さそうだね。……間違えて人を切らないように注意してね」
「分かっていますよ」

 エクスとそんなやり取りをしていると、既に戦っていたアバランス達も俺達に気付く。

「……なっ!? お前は……どうしてここに!」

 すごく会いたくない人達と目が合ってしまった。
 アバランスの声で共にいたシャワティやゲボルドも俺に気付く。

「嘘……あなた、生きていたのね」
「……まさか、あの深部から戻ってきたというのか」
「え~っと……話はあとです! ……今は地上に出て来た魔物達を倒すのを優先しましょう!」
「……貴方達……”後で覚えておいてくださいね”」

 隣にいるエクスはアバランス達をものすごく睨みつけながら呟く。

「……そ、そうさしてもらおう。それでは私達は失礼する!」

 アバランス達はそう言うと、逃げるように立ち去っていった。
 それからアバランスの様子をチラっと見ていたが、ダンジョン攻略の疲労が溜まっているのか、建物の陰に隠れて休んでいた。

(……何しているんだよ、あの人たちは)

 そんな勇者パーティとは違い、リースさんは傷ついた住民たちを次から次へと俺が強化した杖を使い、無詠唱で治療していき数多くの住民から感謝の表情を向けられている。
 リースさんはそんな住民から向けられる表情にどう反応していいか分からないといった様子で、照れまくりな表情を浮かべていた。

 俺はそんなリースさんを見て、笑みを浮かべながらエクスに視線を向ける。

「……よし! エクス、残りの魔物も倒しきるぞ!」
「えぇ!」
≪おうよ! 一気にやってやろうぜ!≫

 ダンジョンから戻ってきた多くの冒険者も消耗した人たちが多く、気づいたら戦っているのは俺達しかいなかった。
 多くの観衆が見守る中、俺とエクスとゲイボルグは多くの魔物の退治を行っていった。



 それからなんとか、ダンジョンから出て来た魔物を全て討伐し、冒険者ギルドの人々が再度ダンジョンに結界を張り直した事で王都サントリアを魔物の手から守る事ができた。

「はぁ……はぁ……」

 ――シーーーーンッ!
 静まり返る広場では、瞬く間に多くの住民や冒険者の声援が上がり始める。

「「「うおおおおぉぉぉぉぉ!!」」」

 うるさすぎる声援に驚いていると、その声援はどうやら俺達に向けられているようだった。

「え……え……!?」
「お兄様……これは」

 俺達は夢中で魔物達を倒していたが、その光景が多くの住民や冒険者の感心を抱くものだったようだ。
 エクスと俺は困惑していると、多くの観衆の奥からひと際多くの騎士を連れた軍団が姿を現してくる。

「ほうほう……これはこれは、魔物がダンジョンから出て来たと聞いて騎士隊を出向かせたのだが……魔物の大群をよくぞ倒して王都サントリアを救ってくれた。若き冒険者よ」

 その軍団の中心部では王都サントリアのすぐ傍にある聖アランテル城の国王が直々に馬に乗って出向いていた。
 俺はすぐにその場にひざまずき、感謝の言葉を発する。

「あ、有難きお言葉! ありがとうございますイングラム国王陛下! ……ほ、ほらエクスも!!」
「は、はい! お兄様」

 エクスも遅れて俺と同じくひざまずく。

「よい、王都を救ってくれたのだから、私にひざまずく必要はないぞ!」

 整った短い金髪のイングラム国王陛下は気さくな表情を浮かべながら、そんな言葉を俺達に投げかけてくれる。
 そんな中――

「お父様!!」

 ――多くの負傷者を治療していたリースさんは、姿を現した国王陛下に向かって信じられない事を呟いた。

「……は? ……お父様って……?」

 俺は衝撃を受けすぎて状況に追いついていけてない中――

「その声は……リースティアではないのか!? 探しておったのだぞ!!」

 国王もリースの容姿だけではよく分からなかったようだが、リースさんの声に反応した。
 すると、リースさんは神官のフードを脱ぎ、黒髪を”ぐ”と黄金に輝く髪が風になびく。

「ちょっと冒険していたのよ。お父様!」
「……え、ええええええええぇぇぇぇ!?」

 俺の驚きの声が王都サントリアの中央広場に響き渡るのだった。
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