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1章 王

9話 部屋

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「カルディア様の部屋で寝かせるわけにも行かないから、今日はわたしの部屋で過ごして」
「テリエルの部屋……って、この書庫じゃないのか?」
「ここは本の収納兼研究室。寝たり個人的な勉強は奥でする」

 屋敷に戻ると、もうすっかり暗くなっていた。返してもらったスマホを見ると21時過ぎ。まだ充電が残っているが、もう一通り覚えたと言っていた。どこまで天才なんだ。
 計画書については、テリエルが安全な場所に保管したようだから、とりあえずやることはなくなってしまった。まあ、テトラフィロ語の勉強でもして過ごすかな。

「そういえば、カルディアとエルピスは大丈夫かな」

 彼女の後をついて行く最中、そんなことを聞いてみた。

「順当に行けば、今頃10番村での演説を終え宿屋に居るはず」
「いつ頃帰ってくるんだろう」
「全ての場所で演説するなら、戻ってくるのは20日後」
「20日!?」
「わたしと二人じゃ嫌?」
「そうじゃないが……そんな期間あるんだったら、やっぱ俺かテリエルが護衛した方が……」
「前も言った。選挙が近いから手荒な真似はしない」

 今朝お前攫われたじゃん……という突っ込みは置いておく。まあそう言うならそうなんだろう。まあ俺自身魔力もないし、となるとテリエルが行くしかないわけだが、行く気がないなら別にいい。

「しかし、何もしないというのもなあ」
「どういうこと?」
「カルディアが頑張って全国回ってるんだ、俺たちも当選のためにできることないかな? 計画書は朝一で新聞社に持って行くとして、他には……」
「カズマサ、そればっかり」

 頬を軽く膨らませる彼女は可愛いと言えば可愛いが、そればっかりって何だ?

「カルディアが王になれるよう頑張るのはいいことだろ。第一テリエルの方がそれを願ってるんじゃないか?」
「そうだけど……」
「じゃあ二人でなんかしようぜ。ポスター作るとか、たすき作るとか」
「二人で……」
「そう、二人で」
「じ、じゃあ討論会の原稿を考える」
「討論会……エフスロスが練習してたな、そういえば」
「エフスロス……カズマサ、討論会の練習聞いた?」

 ずいっと迫ってくるので思わず後ずさりながら答える。

「ああ、一人で練習してたぜ」
「じゃあ、それを元に原稿を考える。何を言ってたか聞かせて」
「それはいいが……まず討論会がよくわからないんだけど」

 名前でなんとなく想像はつくがな。

「王選挙候補者は、投票一週間前になると都で政策について討論を行う。そこには熱心な支援者から物見遊山の者まで数万人が訪れる」
「それじゃ、大イベントだな」
「そう。そして内容は即座に書き起こされ翌朝国中に行き渡る」
「なるほど。じゃあ討論で有利だった方が王になる可能性は、」
「ずっと高くなる。そして、相手が何を話すか知っていれば大きなアドバンテージ。さあ聞かせて」
「そんな大したことは聞いてないが……エフスロスは魔蛇討伐を無駄だと言っていたな。まず魔蛇は恐ろしい生き物なんかじゃないから対策なんて必要ないって」
「ひどい。嘘と欺瞞に満ちている。魔蛇は本当に悪魔のような生き物」

 妙に熱が籠もった言い方をするので一瞬不思議に思ったが、そうか。

「テリエルは確か1200歳だったよな。てことは、前回魔蛇が降りてきたときのこと覚えてるのか?」
「本当に怖かった。その頃わたしは未熟な魔法使いで、村の小さな家に住んでいた。あるとき突然視界に収まりきらない生物が空を飛んでいたかと思うと、落ちるように地面に這い家々をなぎ倒した。ほんの数十秒の出来事だった。……そうだ、わたしがこの記憶を伝え話して魔蛇の恐ろしさを知らせればいい」
「いや、それは……」

 先ほどエフスロスが述べていた「ボケて記憶が曖昧になっていることにすればいい」という言葉が脳裏をよぎる。テリエルの記憶は確かだが、五百年前のこととなるとそのまま信用する人間が少なそうなのも確かだしな。動画や写真撮影の技術が当時あれば――

「まあ、テリエルが自分の体験を話すっていうのは一つの案としてだな。どうすれば魔蛇の恐ろしさを客観的に伝えられるだろうか」
「言ってだめなら証拠を見せるしかない。百聞は一見にしかず。この国の各地に、魔蛇が抉った土地、剥がした森、そして地面を這いずり回った跡が残っている。それらは魔蛇教の人間らが管理し今に残している」
「『魔蛇のしたことは何でも意味あること』……」
「そう、彼らはそう認識しているから、跡一つでもしっかり五百年前のまま保存している」
「じゃあ、それを国民に見せればいいんじゃないか? この世界には大きな工業機械もないらしいし、這いずり回った大きな跡があればいかに恐ろしい生き物かを知らしめられる」
「魔蛇教が自分たちに不利なことをするはずがない。魔蛇が残した物を彼らは史跡と呼んでいるけれど、それらは建物で覆い隠されている」
「そうか……じゃどうすれば魔蛇の恐ろしさを知ってもらえるのか。やっぱり一度味わってみるとか」
「馬鹿なこと言わないで。魔蛇による犠牲者はもう一人も出してはいけない」
「そ、そうだよな。すまん……けどさ、魔蛇のことばかり言っても国民は支持しないと思うぜ。明日の生活に密着したことを言わないと。もっと実利というかさ、投票したら得だなーと思ってもらえるようなアピールをしてかないと」

 うーん、と腕を組み考えた後、こんなことを言い出した。

「では、わたしが手でしてあげる」
「な、何を!?」
「何をって……魔法」
「は?」
「カルディア様に投票してくれた人には、私が手をかざして魔法を使いお手伝いをしてあげるというのはどう? 水魔法で畑の水やり、風魔法で家の掃除、意外と喜ばれる」
「ああ、そう……いいんじゃないか」

 びっくりさせるなよ。

「けど、わたしはそういう特典で投票を稼ぐのは邪道だと思う。やはり政策でアピールしないと」
「そうなあ……難しいなあ」
「まだ討論会まで日はある。明日また話をする」
「そうだな。今日はとりあえず寝るか」

 とは言ったものの、ここはテリエルの部屋。後ろにシングルベッドが一つ。

「俺は床で寝るよ」
「なぜ? ベッドがあるのに硬い床で寝るなんて非合理的」
「いや、合理的とか非合理的とかいう問題じゃなくて……」
「それ以外に問題があるの? 早く横になってカズマサ」
「じ、じゃあ……」

 というわけでベッドに横になる。まさか二人で寝るとかじゃないよな? テリエルは別の部屋に行くとか、床に寝るとか……いや、テリエルを床に寝かす訳には……

「て、おい!」
「なにカズマサ」

 隣でごそごそと音がすると思ったら、すでに銀髪が枕を占領していた。

「わたしは枕がないと眠れない。カズマサは我慢して」
「そういうことじゃないだろ。あのなあ俺たちは若い男女で……」
「わたしは1200歳。もう若くない」
「見た目の話をしてるんだ。どう見ても15、6の少女だろ」
「人を見た目で判断するのはよくない。じゃあおやすみ」

 その言葉を最後に何も喋らなくなってしまった。寝たのか? ……まあ、こうしていても仕方ない。俺も寝るか。
 いやなに、すぐ隣にエメラルド&銀色の髪をした可愛い子が寝ていたとして、何の問題が? 寝るだけだぞ寝るだけ。さてと目をつむって……
 目を閉じると視覚が遮断されるからそれ以外の五感に意識が行く。すやすやという可愛らしい寝息。優しく甘い香り。そして、これは第六感だが妙にずっと視線を感じる。

「なんだよ、こっち見て」

 目を開けて横を見やると、テリエルがじっとこちらを見つめていた。

「別に。暇だから見ていた」
「そうか。早く寝ろよ」
「しかし、今は雨期。蒸し暑くて眠れない」

 確かに、それは俺も思っていた。元の世界では梅雨だったが、こっちもそういうのあるんだな。今日一日晴れだったから気づかなかった。

「このようなとき、魔法使いはどうするか知ってる?」
「知らないけど」
「こうする」

 彼女が手を振りかざしたかと思うと室内に心地よい涼しい風が行き渡った。

「エアコンみたいだな」
「えあこん? それが何かわからないけど、魔法使いは暑いときこうする。しかし――」
「しかし?」
「これは見かけによらず魔力を消費する。こういう器用なことをする方が難しい」
「そうなのか」
「だからカズマサ、」

 右手に突然暖かく柔らかい感触を覚えた。

「なぜいきなり俺の手を」
「カズマサの残り少ない魔力を貰う」
「魔力の受け渡しなんてできたのか」
「そのためにはこうして手をつなぐのが効率よい」

 ぎゅっ、と俺の手を握るテリエルの手に力が入る。いや、これは手つなぎでも何でもないから意識するな。魔力を渡してるだけで、言ってみればただの作業。

「カズマサの魔力を合わせれば一晩中風を吹かせていられる。これで寝心地もいい。おやすみ」
「ああ、おやすみ」

 意識をするなと言ったって、これはつまり美少女と手をつなぎ寝ているということである。 ……一睡でもできればいいが。



 日の光がまぶしい。朝、太陽を浴びて目覚めるなんて健康的なことをしたのはいつぶりだろうか。
 しかし、その環境とは裏腹に俺自身は一切健康的な状態ではない。なぜか? 言うまでもない、一晩中――

「カズマサ、よく眠れた?」
「ああ、おかげさまで」

 おかげさまで全く眠れなかった。が、彼女は魔法の風のおかげでよく眠れたと解釈したようで心なしか機嫌がよくなったように見える。
 だが、俺は一晩一睡もしていない。極度の緊張状態のせいでだ。たまにまぶたが落ちかける時があっても、彼女が寝返りを打ってみたり寝言を言ってみたりするたびに目が覚めてしまう。
 しかし、寝れないことが悪いことという訳でもない。なぜなら俺は、昨日一晩眠らない間に、カルディアを王にさせるための、エフスロスを失脚させるためのよいアイデアを思いついたからである。

「これだ!」

 スマホ。残り20パーセントもあれば余裕である。

「カズマサ、それで何するつもり?」

 聞かれても、妙に緊張して眼を正視できない。おかしい、昨日はこんなことなかったのに。
「これ、実は写真機能も付いてるんだよ。これでこっそり魔蛇教の史跡を撮って、いかに魔蛇が恐ろしい生き物であったかの証拠を撮るんだよ」
「けど、史跡は教団内では最も神聖な場所とされている。教団施設の中で最も警備が厳しい。何分も同じところに居たらすぐに見つかる」
「何分も同じところに? 何言ってるんだ」
「だって写真はそうして撮る物でしょ?」

 ……そういえば、昔の写真技術は数分間カメラを動かさないようにしてやっと撮れるというものだったと、何かの授業で習った気がする。こちらの世界では、そういう技術ならあるのかな。

「まあともかく、このカメラは性能がよくて、シャッターを押したらすぐに撮れる」
「凄い。やってみて」
「えーっと……」

 カメラアプリを起動して何を撮ろうかと一瞬迷うが、そういえば目の前にいい被写体が居たじゃないか。

「はいチーズ」
「なぜチーズが出てくる?」

 と不思議がっているテリエルの顔が撮れた。しかしまあ、可愛いなあ……

「見せて」
「うわっ!」

 身を乗り出して俺の手元をのぞき込んでくるものだから驚いてしまった。

「なに、大きな声出して……凄い、良く撮れてる。しかも色が付いてて鮮明」
「まあ、こんなもんだよ。これで史跡を撮ってくるからさ」
「わたしも行く?」

 と間近で目を見られて思わず、

「いいよ、屋敷を開けるのもな」

 と断ってしまった。どんだけ意識してんだよ俺。一晩同じベッドで寝ただけだろ。いや――一晩も同じベッドで寝たのか。そのことを自覚すると、何だがテリエルと一緒に居ることそれ自体が気まずくなって、俺は部屋から駆けだした。

「じ、じゃ、行ってくるから」
「ここから一番近い史跡は西に5km、魔蛇が壊した村の一部が当時のまま残されていると言われている。気をつけて」

 そんな言葉を聞き流しつつ、屋敷を再び出るのだった。外は雨期だというのに眩しいほどの太陽が俺を照らし続けた。
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