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第三章 乙女ゲーム

20 ヒロイン マリア

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未だ夢見心地のクリスティーナに今壇上にいた生徒会長と副会長の二人が近づいて来て話しかけたので周りがどよめいた。

「クリスティーナ、入学おめでとう!
今日は一緒に来られなくてごめんよ。
その制服とってもよく似合っているよ!やっぱり僕のクリスティーナが一番可愛いな!」

そう言って兄馬鹿丸出しでクリスティーナの手を取って立ち上がらせたルーカスは軽くハグするとクリスティーナの背中をトンっと押した。押された先にはクリスティーナを眩しそうに見つめるハロルドが立っており倒れそうになったクリスティーナを優しく抱きとめた。

「クリスティーナ!大丈夫かい?
ルーカス!危ないじゃないか!」

ハロルドが思わずルーカスに文句を言うとそこにはウインクしたルーカスが親指を立てて笑っていた。

ご褒美ってことか?

ハロルドは滅多に拝むことが出来ない間近のクリスティーナを堪能すべく軽く抱きしめると腰に手を回してエスコートの体制を整える。

「クリスティーナ、入学おめでとう。こんなに美しく才気あふれる婚約者を持って私は最高に幸せ者だよ。」

腰に手を回され、腕を取られながら言われた甘い言葉にクリスティーナは顔を真っ赤にしつつも少し体重をハロルドに傾けて手を握り返した。

「あ、ありがとうございます。ハロルド様にそう言って頂けるとわたくし頑張った甲斐がありましたわ。」

そう言って笑ったクリスティーナの可愛さに思わず腰の手に力が入りキュっと抱きしめた。

「あんまり可愛い事を言わないで。私はクリスティーナと二人きりでお祝いをしたくなってしまうよ。」

そう言ったハロルドの腕をご褒美タイムは終了とガシッと掴んで離れさせてからルーカスが二人の間に入って話し始める。

「全く少し気を許すと油断も隙もないな。クリスティーナも気をつけるんだよ?ハロルドは狼なんだからね。」

突然現れた兄にビックリしながらもクリスティーナは笑って答えた。

「もう!お兄様ったら、何をおっしゃっているの?
ハロルド様がそんな事お考えになる筈ありませんわ。おかしなお兄様。」

クリスティーナは婚約披露の時に言われた言葉で未だにハロルドは自分の事を同志と見ていると思っているのだ。その考えを覆す事が出来ずハロルドも中々先に進めないのだった。
少し同情の眼差しをハロルドに送りながらルーカスはクリスティーナに学園の説明をしつつ校内の案内しながらクリスティーナの教室にエスコートを始めたのだった。
ハロルドはまたも撃沈した自分の恋心を慰めつつ、これからは今まで以上に会う機会が増える事をチャンスと捉えていた。ハロルドの今の目標の一つはクリスティーナとすることだ。

そんな風にクリスティーナを挟んで仲睦まじく歩く三人を尖った瞳で見つめる女子生徒がいた。
それこそがヒロインだった。
ヒロインはマリアという名前で家は宿屋を経営している。昔から神童という名をほしいままにして来た優秀さで何となく受けてみた王立学園の高等科に合格してしまい、更に特待生と認められ学費も免除となった。昨年一年間は高等科の話題をさらい、二年になった今では有名人となっていた。
皆がちやほやしてくれる状況に慣れてみると周りには自分を貧乏で古臭い宿屋の娘から救い出してくれる貴族のお坊っちゃまがわんさかいたのだ。
元々上昇志向が高く、現状に満足できず不満を勉強にぶつけていただけだったので、この状況にマリアは浮かれに浮かれた。話しかければ誰でも思い通りになりあれが欲しいの、これが欲しいのと言ってみれば今まで見た事もないようなお菓子や洋服がドンドン貢がれるのだ。

これでマリアの欲求はエスカレートしていった。

どうせならあの有名なストーン家との繋がりがほしい。
どうせなら全ストーン家みんなと仲良くなりたい。
どうせなら王子様とも仲良くなりたい。
どうせならお姫様みたいになりたい。
どうせなら王子様と結婚したい。

こんなにみんなが良くしてくれるんだもの。王子様だって私を好きになってくれるわ。
王子様が家の宿屋に馬車で迎えに来たら周りのみんなはどう思うかしら?
絶対に盛り上がるし、羨ましがられるし、気分がいいはずだわ!!

そうしてマリアは次々と貴族やストーン家に取り入り夢中にさせては貢がせていたのだった。
但し、残念な事に王子に近づく為には側近のルーカス・バイオレットストーンと仲良くする必要があるのにルーカスとはなかなか仲良く出来なかった。
どんなにマリアがルーカスにアピールしても眼中にないという態度なのだ。
ルーカスとハロルドは今まで知り合った中では初めてマリアよりも優秀な成績を収めていたのでみんなから言われるような勉強が出来て凄いねとも言ってくれない。
マリアは自分を褒めない二人に躍起になって話しかけたが軽く扱われるだけだった。他の人のように何でも言うことを聞いてくれないし、迷惑そうな顔をすることさえあった事に腹を立てていた。

今日だって、入学式で挨拶するのは生徒会長と副会長でそれは優秀と認められた上位二名が行う事になっていた。三学年共通テストではマリアも頑張ったが残念ながら三位の自分には何の声もかからなかった。
周りは二年で一番なんだからとか、三位なんて凄いと言ってくれたが、あの二人は何にも言ってくれないし、目もくれない。
後輩として質問したり、話しかけたりしたら邪険にはされないがあくまでも先輩後輩の関係以上にはなれなかった。
マリアは生まれて初めて自分をちやほやしない二人に知らず知らずに執着していったのだ。

それが今日の入学式が終わりワーッという声がして振り向けば、ルーカスとハロルドが見たこともない笑顔を浮かべていた。ふたりの側で笑う少女を取り合う様に話しかけたり、手を差し出したりして歩いて行ってしまった。
マリアは初めて感じた嫉妬で今にも叫びだしそうだった。

「可愛いマリア、どうしたんだい?」

「そうだよ?可愛い顔が台無しだ。」

「わかった!お腹が空いたかな?美味しいチョコレートはどうだい?」

「いやいや、進級祝いにこのブレスレットをあげるよ。」

いつもの通りルーカス以外のストーン家の男は自分をちやほやしてくれるが、今はそれさえもウザイと感じていた。
ただ、流石に貴族、ましてやストーン家を邪険には出来ず愛想笑いを浮かべてお礼を言った。
そのついでのように今講堂からルーカスとハロルドに連れられて行った女生徒について訪ねた。

「ねぇねぇ、あのルーカス様とハロルド様と一緒にいる方ってどなたなの?」

「あぁ、クリスティーナ嬢か。彼女はルーカスの妹でハロルド殿下の婚約者さ。確か二年前に婚約して今では仲睦まじく貴族の間では有名だよ。」

「そうそう、それにルーカスが重度のシスコンでハロルド殿下ですら二人きりにさせてもらえないらしいぞ。」

「そうだろうな。私だってパーティーで挨拶しようとしたが見事にルーカスにはぐらかされたよ。」

「そういえばクリスティーナ嬢もこの高等科に合格したんだよな。あの容姿であの貴族位で頭も良いんだから羨ましい限りだよな。」

「ああ、もちろんマリアだって、十分優秀だよ。クリスティーナ嬢は別格って話さ。」

マリアは話を聞いて更に腹を立てた。

私より優秀って何よ!!高等科で一番優秀な女の子は私なのに!!
貴族なんだから淑女科に行けばいいじゃない!しかも王子の婚約者だなんて!!
許せない!

その時マリアの耳元で甘い声が響いた。

「お前のその願い叶えてやろうか?」

マリアは突然聞こえてきた声に驚き周りを見回したが話していた貴族のみでこの怪しい声の主は見当たらなかった。

「え?!」

「お前はあの娘が羨ましくて仕方がないんだろう?あの娘さえいなければ王子様もお前のものだぞ?」

マリアは見えない主からの声に怯えて引き止められたがその場から逃げ出した。

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