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第一章 渋谷観光編

第二話 私が勇者と親友になった理由

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 ――アデル視点――

 いやぁ、あの二日間は本当に疲れた。
 私の全魔力が枯渇寸前だったし、非常に眠かった!

 でも、アタルさんとの戦闘が無事に終わってよかった。
 お互いに大した怪我もないし、全て計算通りだった。
 この後はアタルさんと打ち上げをやるから、本当楽しみである。

 そうだ、自己紹介をしなくてはな。

 私は魔王アデル。
 どうやら歴代最強の魔王らしい。
 といっても、今まで魔王は私を含めて三代しかいないのだがな。

 私は他の魔族に比べて腕力がない代わりに、魔力を操作して自然現象を引き起こす《魔術》に特化している。
 魔族の間ではこの魔術は何となくで使用されているが、私は魔術に惹かれてしまい、自主的に研究をした。
 そうするとその魔術で他の魔族を退治する事が出来て、生まれて丁度二百年、無事に生き延びてきた。
 この弱い者は強い者の食料となるこの社会、色々辛かった……。

 そうしたら前魔王のお眼鏡に止まったらしく、魔王の座をかけて勝負を挑まれた。
 私は魔術の研究をしたいだけだから丁重に断ったのに、この腐れ魔王めが、私の家族を殺すと脅してきやがった。
 ムカついたので魔術で三十分かけて懲らしめてやったら、トントン拍子で魔王になってしまったのだ……。

 私は争いが好きではない。
 でも、人間が私達にちょっかいを出してくる。
 このままだと私にも火の粉が降り注いでくると思ったので、あの手この手で人間を退けた。

 それがいけなかった……。

 別に普通の事をしただけなのに、知略にも優れた歴代最強の魔王だーっなんて持ち上げられ、統治すらも私一人でやるハメになったのだ。
 私はただ、ひっそりと魔術を極められればよかっただけなのに、面倒事を押し付けられて……。

 でも、私にとっての地獄はここからだった。

 今まで仲が良かった友達が、急によそよそしくなった。
 理由を尋ねてみたら――

「あ、アデル様、今までの俺の無礼をお許しください! もう舐めた口は聞きませんから!」

 彼が言う舐めた口というのは、普通のタメ口だ。
 それを不敬罪に取られると思ったのだろうか、土下座をして謝ってきたのだ。
 この瞬間、彼とは友達ではなく、臣民と王という間柄になってしまった。

 友達がいなくなった。
 そして、親もよそよそしくなった。
 私を育ててくれた親すらも頭を垂れ、敬語を使うようになった。

 私は必死に制止した。
 だが、その両親すら震えて私を見てくれない。

 そう、王になった瞬間に孤独になった。

 政策すらほぼ私頼り。
 宰相のサイラスは私に心酔してはいるが、能力的に足りなくて仕事を任せられない。

 魔族は、脳筋ばかりだった。

 あまりにもストレスが加速していき、ついには銀貨と同じ大きさのハゲが出来てしまった。
 まぁ私は活性化の魔術を編み出していたので、何とか髪を生やしたのではあるが、情けない魔術の利用法だ。
 そして私は我慢できずに、城を抜け出した。

 百年かけて開発した長距離移動魔術、《ゲート》を使用してグエン大陸まで飛び、《メタモルフォーゼ》というあらゆる生物に擬態する魔術を使って人間に成り済ました。
 そして、とある都市の酒場で酒をじゃんじゃん飲んだ。
 やけ飲みだ。
 今思い出すと恥ずかしい、私は思いっきり酔って、酒場のマスターに絡んでしまったのだ。

「マスター、聞いているのか? 私はなぁ、独りなのだよ、独り!」

「あんた、良い男なのに女いないのかぁ。あれか? 周りのダチはさっさと女を作っちまったってやつか?」

「独り身ではあるが、そういう意味ではないのだ!! 私には、友達すらいないのだぁぁぁ」

 泣いてしまった。
 その時のマスターの、あの哀れんだような同情するような視線は忘れられない。

「あんた、ボッチか」

「それをはっきり言うでない!! くっそーーーーっ!!」

 四杯目のビールを一気飲みした。
 さすがにその飲み方はまずいとマスターに止められたが、殺意を込めて睨んだら大人しくなってくれた。
 ぐすぐすと泣いていると、横から声を掛けられた。

「わかります、わかりますよその気持ちぃ!!」

 男の声だった。
 私は顔を上げて彼を見ると、この世界では珍しい黒髪の十五歳位の優しさに溢れる男だった。
 しかし、顔が赤い。酔っぱらっている。

「僕もねぇ、ボッチなんですよぉ!! 皆、み~~んな、僕に面倒事を押し付けちゃってさぁ! やってられないですよ!」

「わ、私の気持ち、わかっていただけるか!!」

「そりゃわかりますよぉ! もうね、あのクソ鬼畜王なんて、何度ぶっ殺してやろうかと思いましたよ!!」

「な、なかなか過激ですな……。私で良ければ話を聞きますよ?」

「本当に!? すっごい嬉しいよ、僕」

 青年は泣いてしまった。しかも嬉し泣き。

 実は、これが勇者であるアタルさんとの初遭遇だった。

 要約するとこうだ。
 彼は十七歳であり、この世界とは別の世界である《地球》という場所から召喚された異世界人だ。
 彼の世界では平和に暮らしていたが、突然異世界に飛ばされた上に「魔族と戦うのじゃ」と強欲な鬼畜王に命令されたそうだ。
 アタルさんは全力で拒否したが、成功したら大人しく地球へ返すと脅され、渋々戦って来たのだそうだ。
 彼は死に物狂いで強くなって、ついには単独で魔族を倒せる位になったとか。
 アタルさんも戦いは好きではなく、斬り殺す度に心が痛んでいた。でも殺さなくては顔見知りが殺される。
 そんな感情を殺してさらに鍛練を続けていたら、誰も自分の強さについていける人間はいなくなり、全ての民に持ち上げられて偶像化され、武の高みに上り詰めた代わりに孤独になってしまっていたのだ。
 きっと酔っていなければ、ここで彼が勇者である事に気付けたはずなのだが、私は――

「とても苦労されたのですねぇ~~」

 彼の肩を抱いて、一緒に泣いていた。

「僕だって、皆を守りたくて戦ったんですよぉ! 喜んでくれるんだけど、おかげで僕は雲の上の人、誰も親しく声をかけてくれないんですぅ!!」

「わかります、わかりますよ!! 私も誰も仕事を手伝ってくれなくて、誰も私と目を合わせて話してくれなくて、辛いんです!!」

「貴方もですかぁ!! 何か僕達、似た者同士ですね」

「……そうですねぇ、親近感を覚えました」

 そしてお互いの事を語り合い、さらに仲良くなり、酒場の皆で全裸で踊り始める暴挙にまで出た。
 もちろんその中には私とアタルさんもいた。
 …………恥ずかしい、今思い出しても恥ずかしい。

 二日酔いによる頭痛がお互いに襲ってきて、近くの公園で腰をかけて休みながらさらに雑談をする。
 その中で色んなヒントがあって、ついにお互いに勇者と魔王である事が判明した。
 その時のアタルさんの反応は――

「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ、貴方のような優しい人が、人間を踊り食いにするのが趣味で、部屋には気に入った人間の部位を飾り、尚且つそれを抱いて寝ているっていう、魔王アデル!?」

 いやいやいやいやいや!
 私はそんな趣味ないよ!?
 人間なんて食べた事ないよ、私!?
 事実無根でさらに妄想がプラスされて、手に追えない位の狂暴な存在になっているではないか!!

 お互いに敵として対峙するであろう相手だが、もう遅い。
 私は彼に、友情を見出だしてしまったのだ。
 でもアタルさんも同じだったようで、お互いの正体を知っても何だかんだで今でも仲良く遊んでいる。


 そして今日は、あの二日間の茶番を見事に成功させたとして、これから打ち上げを行う。
 場所は、ドーン大陸とグエン大陸の間にある、まだ発見されていない小さな孤島に立てた私の別荘だ。
 ここでは魔術の研究を邪魔されずに出来るし、仕事の重圧から逃れてくつろぐ事も出来る、最高の空間だ。

「あぁ、楽しみだなぁ。早く来ないかな、アタルさん」

 私はソファに座り、本を読みながら親友の到着を待った。
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