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第一話 最強の男
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かつて、日本には《裏武闘》なるものがあった。
第二次世界大戦後、アメリカに支配された後に一緒に流れてきた、決して表舞台に出る事がない戦いだ。
この《裏武闘》、ルール無用で武器も有りの何でもありの戦いで、唯一格闘技と違う点は己の財産を全て賭け、死ぬまで戦う事だった。
観客などは一切おらず、レフェリーもいない。ただ試合を行う人間のみで全財産と命を賭けて行われる戦いに、戦争での命のやり取りに魅了されて忘れられない者、一攫千金を夢見て《裏武闘》の世界に飛び込む者、純粋に己の強さを示して最強の名を得ようとする者。様々な人種がこの戦いに参加した。
剣術や槍術の使い手、ボクシングや柔道、そしてアメリカ軍兵士も参加して軍隊式格闘術や銃と、何でも有りの異種格闘技戦となった。
その名の通り、決して日の目を見る事が無い殺人ゲームなので、参加者は百人に一人程度のものであった。
それでも最強の名を誇示したいが為、金が欲しいが為に、《裏武闘》は人目の付かない場所でひっそりと行われていた。
その中で、《裏武闘》史上最強と言われる人物がいた。
あらゆる武器を用いた対戦相手も素手のみで殺したのだ。
抜刀術で素手の間合いに入った瞬間斬り殺すと豪語していた人物は、最強に挑戦した後姿を消した。
ならばさらに長い間合いを誇る槍で対応すればいい、槍術の天才と呼ばれる人物も同様に、姿を消したのだ。
ならば拳銃だったら余裕だろうと言っていた、上官を殴り飛ばして首になった元アメリカ軍兵士は、次の日には死体で発見された。
拳銃にも対応してしまう、素手の格闘家。
そして、《裏武闘》史上もっとも多く相手を殺したこの最強の人物に対し、《裏武闘》に身を置く人間達は彼を畏怖し、そして彼を倒して最強の名を得ようと果敢に挑戦していく。
ただし、挑戦した者を再度見かけた人間は、表裏関係なく誰もいなかった。
最強である彼が《裏武闘》から引退するまでの間で殺害した人数は、四十人に及ぶと言う。
金的有り、武器有りの命を賭けた戦いで、ここまで常勝無敗でいられる事自体が奇跡であった。
相当な財産を築き上げた彼は、《裏武闘》から身を引いてひっそりと暮らしたと言う。
それでも最強の名を追いかける格闘家達は、様々な手段で彼を突き止めては挑戦。殺されはしなかったものの恐怖が刷り込まれているレベルで大敗し、二度と戦えない身体になった者もいた。
時は流れ、世界でも有史の平和な国となった現在の日本。
あまりにも命の駆引きから遠くなってしまったからか、《裏武闘》もひっそりと消滅した。
代わりにスポーツとして格闘技トーナメントが頻繁に行われ、格闘家達は大会に参加をしては最強の名を得ようとした。
《裏武闘》では味わえなかった、栄誉と名声と金が得られる事に快感を覚えてしまい、裏から表舞台に出る格闘家が非常に多かった。それが《裏武闘》が消滅した原因ではないかとも囁かれた。
そして今、最も熱い格闘技トーナメントが全世界で大人気となっていた。
金的有り、刃が付いていなければ武器も有り、殺人禁止という格闘技イベント史上初の完全異種格闘技戦トーナメントである《アイデンティティ》である。
この大会で優勝した格闘家には最高の栄誉と名声、そして一億円の賞金が得られるのだ。
今まで影に隠れていた流派が、これを機に名を知らしめて、自分こそが真の最強であると広める為にあらゆる武術を修めた格闘家が参戦。
毎回大会が開かれる度に二百人もの格闘家が参加表明する為、大会主催者側は世界各地で予選を開き、その中から選りすぐりの八名を選出して決勝トーナメントを全世界テレビ放映を行っていた。
当然ながら今まで見た事無い格闘技イベントに、世界中の人間が沸いた。
日本でも格闘技イベントは衰退の一途を辿っていたのだが、この大会が開催されてから常に満員御礼状態。視聴率も四十パーセントを越えており、その人気具合が伺い知れる。
だがしかし、《裏武闘》で最強の名を欲しいままにした男の名前が挙がった事により、《アイデンティティ》は変わった。
「俺は、十日後に《斎藤 龍玄》に戦いを挑む」
《アイデンティティ》三連覇を果たした現最強である《ピーター・クロッセル》が、試合直後の優勝記者会見で発言した。
格闘技の情報通すら首を傾げて「誰だ、そいつは?」と質問を投げたが、彼は答えなかった。
「彼を倒さない限り、俺の最強は偽りの名でしかない。この殺人以外ルール無用の大会を三回連続で優勝した。しかも、試合直後なのに俺のハンサムな顔は綺麗なままだ。今の俺なら、最強の彼に勝てる!」
ピーターは《総合格闘術》の使い手で、まさに天才だった。
彼はノーガードの状態で全ての攻撃を回避し、的確に相手の腕や足を素手で壊していった。
《アイデンティティ》は相手がギブアップするまで勝敗は決しない。倒れてからのカウントはないし、レフェリーストップもないしそもそも、レフェリーは存在していない。
そんな過酷な大会でピーターは、無傷のまま優勝したのだった。
彼が言った斎藤 龍玄がいかに最強でも、ピーターが最強に決まっている。記者もピーターのファンも、アイデンティティのファンもそう思っていたのだ。
四日後、ピーターは記者会見を開いた。
斎藤 龍玄を倒して最強の名を語る記者会見かと誰もが思ったが、何と引退会見だった。
前回の記者会見では、自分のハンサムな顔を使ったジョークを飛ばし、最強の風格を漂わせていた彼だったが、首にギブスを巻いており、身体から溢れていた覇気は消え失せていた。そしてまるで生気がない。
「まさか、最強があれほどとは、思ってもみなかった。俺は、もう、戦えない……」
ピーターは二十二歳。
まだ伸び代があり、彼を越える逸材は百年はいないだろうと言われたピーターが、意気消沈する程の敗北を見せたのだ。
記者はたまらず質問をした。
「貴方程の格闘家が負けるなんて、どのような相手だったのですか?」
「……老人だ。だが老人の割に背筋が伸びていて、凛々しさがあった」
「老人に、貴方が負けた? 最強の、貴方が?」
「……最強? 俺が?」
ピーターの乾いた笑いが会場を響き渡る。
記者が手に持っていたカメラのシャッター音すら無くなる程、自虐的で全てを諦めているかのような笑いだった。
「俺の最強なんて、所詮はまやかしだ。最強こそ彼に相応しい。何故なら俺は、たった二発でこうなったんだからな」
そう言いながら、乾いた笑いを続けながら、自分の首に巻かれたギブスを指で叩いた。
見たものの背筋に寒気が走る程の眼光があったピーターだったが、もう見る影もなかった。
その目はただの虚空。四日前の彼の姿を知っていれば、目を疑う程の変化だった。
しかし、彼の強さは本物だった。誰もが認める程の強さだった。
そんな彼をたった二発で重傷を負わせ、且つ心を叩き折ったのだ。
記者会見終了後、彼は表舞台から姿を消した。
次の優勝者は、警察官から格闘家へ転向した《橘 良平》だった。
彼の実家は《無心流》という剣術流派の宗家で、橘も免許皆伝の腕前を持っていた。
その剣術の腕で極道との命を賭けたやり取りを経験していた彼は、《アイデンティティ》において無敵だった。
木刀で一撃の元、対戦相手をマットに沈めた橘は、あまりの試合時間の短さから《テレビ局殺し》という異名を得た。
そして橘も、たった二発でピーターを仕留めた斎藤 龍玄に挑戦を挑む記者会見を挑んだ。
結果は、橘も同様に二発で負けてしまった。
「あんな、あんな領域の人間がいるなんて……。極道達を相手にしていた方がまだ簡単だ」
橘は右手首から上を全て包帯で巻いており、鼻も折られていた。
ピーターと違う点は引退をしなかった事なのだが、以降彼は全ての試合において予選一回戦敗退と、優勝した頃の栄光は消え失せた。
明らかに強者であった二人を二発で沈めた斎藤 龍玄とは誰か、記者達は一斉に動いた。
しかし素性は全くわからず、唯一得た情報は、格闘技界隈で噂になっていた《裏武闘》の出身者ではないかという事のみ。
しかも生死を賭ける戦いにおいて勝ち残り、最強の名を欲しいままにしていたと言う。
記者の広い情報網を屈指しても、居場所を突き止める事は出来なかった。だが、優勝者の二人は足取りを掴んだ。どうやら格闘家にしかわからない情報があるようだ。
以降、《アイデンティティ》の優勝者は、最強である斎藤 龍玄への挑戦の通過点とされるようになった。
しかもそれは格闘家達が勝手に決めた事であるから、主催者側も怒るだろうと誰もが予想したが、意外にも主催者側は認めたのだった。
最強の名を欲しいと思う格闘家達は、《アイデンティティ》に参加表明をする。参加人数は、ついに五百人を上回った。
そして観客やファン達も、「次は誰が最強に挑戦するのか」とネット上でトトカルチョを開催し、予選まで後五ヶ月もあるのに大盛り上がりだった。
だが、この盛り上がりを沈静化させたのは、最強の名を所持する斎藤 龍玄本人だった。
大会主催者の事務所に、以下の内容で手紙を綴ったのだった。
『現在儂は武の道から身を退いて隠居した身、勝手に挑まれて非常に迷惑している。
儂の一番弟子を次の大会に出場させるので、弟子を倒したのなら喜んでお相手しよう。
斎藤 龍玄』
突然の発表により、《アイデンティティ》ファンや格闘家達は落胆した。
これでこの大会の人気は下がると誰もが予想していたが、思わぬ暴風が良い結果に進んだのだった。
さらに大会を盛り上げる形となったのは、龍玄の一番弟子である《ATSUSHI》の登場である。
《ATSUSHI》の強さは、歴代王者すら足元に及ばないと思わせる程で、予選は全て十秒以内で相手を倒した。
決勝トーナメントでは流石に十秒以内で決着は付かなかったが、余裕を思わせる笑みと優雅な動作で観客を魅了する程のスター性があり、観る者を飽きさせなかった。
そんな彼は現在大会四連覇を果たしており、《絶対王者》の二つ名を得ていた。
それでも《ATSUSHI》曰く、龍玄には届いていないと言う。
「あのジジイは化け物だよ。未だに本気で戦って貰えない。だが、倒すのは俺だ」
《絶対王者》ですら寄せ付けない龍玄の強さに、格闘技界隈の興味は異常なまでに高い。
打倒龍玄を掲げる《ATSUSHI》は今日、五度目の優勝を賭けた決勝戦に挑むのだった。
「全く、仕方無い弟子じゃな。『俺の決勝戦を見ろ』と何度も催促してきよって、五月蝿くてたまらんわい」
儂は斎藤 龍玄。
《アイデンティティ》なる迷惑な格闘技大会のせいで、儂は強さを欲している阿呆共に戦いを挑まれてしまった。
こちらは武の道を引退していると言ったのに、構わず闘気をぶつけてきよる。
儂は当時六十三歳、ひ弱な爺に対して荒い闘気をぶつけてきて何事かと激怒し、ちょっと折檻をしてやった。
まぁ若いんだし、後遺症も無く過ごせておるじゃろうて。
一昨日七十歳を迎えた儂は、みかんの皮を剥いては一房口に放り込み、テレビを見ていた。
世間を賑わせる《アイデンティティ》の決勝に、一番弟子である篤史が出場するのだそうだ。
何でも五度目の優勝を目指しているらしく、あいつが優勝出来るのならば、そんな大した大会ではないのだなという感想を持っていた。
それでも可愛い一番弟子の晴れ姿だ、今回は特別に観てやろうと思った次第だ。
ふと、仏壇に目をやる。
仏壇には、最愛の妻であった絹代さんの写真が飾られていた。
写真の中の彼女は、満面の笑みじゃった。
「絹代さん、儂達の子供がテレビに出ておるよ」
子宝に恵まれなかった儂らは、篤史を養子に迎えた。
両親から虐待を受けていたところを救助された彼は施設に入っており、儂ら夫婦に引き取られたが、当初は儂らを拒絶していた。
しかし、儂の武術をしている姿を見てか、「親とは思えないけど、師匠としてなら接してやるよ、ジジィ!」と小生意気に言ってきたから、拳骨を食らわせてやったのは懐かしい。
それからようやくなついてくれて、奴が高校を卒業した直後、絹代さんは病気により亡くなった。
儂と篤史は泣いた。
あいつは泣いてすっきりしたのか、葬式が終わった後は普通にしておった。だが儂には無理だった。
長く連れ添ってきた彼女を無くした直後、心に大きな穴が空いてしまい、何事もやる気が起きなくなってしまった。
儂が作り上げた流派を教える道場も篤史に譲り、山の中で隠居生活をしていた。
まぁ迷惑な大会優勝者に、静かな隠居生活を二度も邪魔されたがな。
『速報が入りました。数々の企業やアーティストに楽曲を提供し、世界的有名となったクリエイターの《速水 昭吾》氏が先程遺体で発見されました! 死因は特定されておりませんが、警察の発表では事件性はないとの事です。三十五歳でした』
現在夜の七時ちょっと前。《アイデンティティ》が始まる数分前にこのような速報が入った。
随分と若くして亡くなったのだなぁと思ったが、特に関心はなかったのでみかんの甘味を堪能する事に集中した。
さてさて、一番弟子はどれ程の成長を遂げたのだろうか。
せっかくだし、採点でもしてやろうかの。
第二次世界大戦後、アメリカに支配された後に一緒に流れてきた、決して表舞台に出る事がない戦いだ。
この《裏武闘》、ルール無用で武器も有りの何でもありの戦いで、唯一格闘技と違う点は己の財産を全て賭け、死ぬまで戦う事だった。
観客などは一切おらず、レフェリーもいない。ただ試合を行う人間のみで全財産と命を賭けて行われる戦いに、戦争での命のやり取りに魅了されて忘れられない者、一攫千金を夢見て《裏武闘》の世界に飛び込む者、純粋に己の強さを示して最強の名を得ようとする者。様々な人種がこの戦いに参加した。
剣術や槍術の使い手、ボクシングや柔道、そしてアメリカ軍兵士も参加して軍隊式格闘術や銃と、何でも有りの異種格闘技戦となった。
その名の通り、決して日の目を見る事が無い殺人ゲームなので、参加者は百人に一人程度のものであった。
それでも最強の名を誇示したいが為、金が欲しいが為に、《裏武闘》は人目の付かない場所でひっそりと行われていた。
その中で、《裏武闘》史上最強と言われる人物がいた。
あらゆる武器を用いた対戦相手も素手のみで殺したのだ。
抜刀術で素手の間合いに入った瞬間斬り殺すと豪語していた人物は、最強に挑戦した後姿を消した。
ならばさらに長い間合いを誇る槍で対応すればいい、槍術の天才と呼ばれる人物も同様に、姿を消したのだ。
ならば拳銃だったら余裕だろうと言っていた、上官を殴り飛ばして首になった元アメリカ軍兵士は、次の日には死体で発見された。
拳銃にも対応してしまう、素手の格闘家。
そして、《裏武闘》史上もっとも多く相手を殺したこの最強の人物に対し、《裏武闘》に身を置く人間達は彼を畏怖し、そして彼を倒して最強の名を得ようと果敢に挑戦していく。
ただし、挑戦した者を再度見かけた人間は、表裏関係なく誰もいなかった。
最強である彼が《裏武闘》から引退するまでの間で殺害した人数は、四十人に及ぶと言う。
金的有り、武器有りの命を賭けた戦いで、ここまで常勝無敗でいられる事自体が奇跡であった。
相当な財産を築き上げた彼は、《裏武闘》から身を引いてひっそりと暮らしたと言う。
それでも最強の名を追いかける格闘家達は、様々な手段で彼を突き止めては挑戦。殺されはしなかったものの恐怖が刷り込まれているレベルで大敗し、二度と戦えない身体になった者もいた。
時は流れ、世界でも有史の平和な国となった現在の日本。
あまりにも命の駆引きから遠くなってしまったからか、《裏武闘》もひっそりと消滅した。
代わりにスポーツとして格闘技トーナメントが頻繁に行われ、格闘家達は大会に参加をしては最強の名を得ようとした。
《裏武闘》では味わえなかった、栄誉と名声と金が得られる事に快感を覚えてしまい、裏から表舞台に出る格闘家が非常に多かった。それが《裏武闘》が消滅した原因ではないかとも囁かれた。
そして今、最も熱い格闘技トーナメントが全世界で大人気となっていた。
金的有り、刃が付いていなければ武器も有り、殺人禁止という格闘技イベント史上初の完全異種格闘技戦トーナメントである《アイデンティティ》である。
この大会で優勝した格闘家には最高の栄誉と名声、そして一億円の賞金が得られるのだ。
今まで影に隠れていた流派が、これを機に名を知らしめて、自分こそが真の最強であると広める為にあらゆる武術を修めた格闘家が参戦。
毎回大会が開かれる度に二百人もの格闘家が参加表明する為、大会主催者側は世界各地で予選を開き、その中から選りすぐりの八名を選出して決勝トーナメントを全世界テレビ放映を行っていた。
当然ながら今まで見た事無い格闘技イベントに、世界中の人間が沸いた。
日本でも格闘技イベントは衰退の一途を辿っていたのだが、この大会が開催されてから常に満員御礼状態。視聴率も四十パーセントを越えており、その人気具合が伺い知れる。
だがしかし、《裏武闘》で最強の名を欲しいままにした男の名前が挙がった事により、《アイデンティティ》は変わった。
「俺は、十日後に《斎藤 龍玄》に戦いを挑む」
《アイデンティティ》三連覇を果たした現最強である《ピーター・クロッセル》が、試合直後の優勝記者会見で発言した。
格闘技の情報通すら首を傾げて「誰だ、そいつは?」と質問を投げたが、彼は答えなかった。
「彼を倒さない限り、俺の最強は偽りの名でしかない。この殺人以外ルール無用の大会を三回連続で優勝した。しかも、試合直後なのに俺のハンサムな顔は綺麗なままだ。今の俺なら、最強の彼に勝てる!」
ピーターは《総合格闘術》の使い手で、まさに天才だった。
彼はノーガードの状態で全ての攻撃を回避し、的確に相手の腕や足を素手で壊していった。
《アイデンティティ》は相手がギブアップするまで勝敗は決しない。倒れてからのカウントはないし、レフェリーストップもないしそもそも、レフェリーは存在していない。
そんな過酷な大会でピーターは、無傷のまま優勝したのだった。
彼が言った斎藤 龍玄がいかに最強でも、ピーターが最強に決まっている。記者もピーターのファンも、アイデンティティのファンもそう思っていたのだ。
四日後、ピーターは記者会見を開いた。
斎藤 龍玄を倒して最強の名を語る記者会見かと誰もが思ったが、何と引退会見だった。
前回の記者会見では、自分のハンサムな顔を使ったジョークを飛ばし、最強の風格を漂わせていた彼だったが、首にギブスを巻いており、身体から溢れていた覇気は消え失せていた。そしてまるで生気がない。
「まさか、最強があれほどとは、思ってもみなかった。俺は、もう、戦えない……」
ピーターは二十二歳。
まだ伸び代があり、彼を越える逸材は百年はいないだろうと言われたピーターが、意気消沈する程の敗北を見せたのだ。
記者はたまらず質問をした。
「貴方程の格闘家が負けるなんて、どのような相手だったのですか?」
「……老人だ。だが老人の割に背筋が伸びていて、凛々しさがあった」
「老人に、貴方が負けた? 最強の、貴方が?」
「……最強? 俺が?」
ピーターの乾いた笑いが会場を響き渡る。
記者が手に持っていたカメラのシャッター音すら無くなる程、自虐的で全てを諦めているかのような笑いだった。
「俺の最強なんて、所詮はまやかしだ。最強こそ彼に相応しい。何故なら俺は、たった二発でこうなったんだからな」
そう言いながら、乾いた笑いを続けながら、自分の首に巻かれたギブスを指で叩いた。
見たものの背筋に寒気が走る程の眼光があったピーターだったが、もう見る影もなかった。
その目はただの虚空。四日前の彼の姿を知っていれば、目を疑う程の変化だった。
しかし、彼の強さは本物だった。誰もが認める程の強さだった。
そんな彼をたった二発で重傷を負わせ、且つ心を叩き折ったのだ。
記者会見終了後、彼は表舞台から姿を消した。
次の優勝者は、警察官から格闘家へ転向した《橘 良平》だった。
彼の実家は《無心流》という剣術流派の宗家で、橘も免許皆伝の腕前を持っていた。
その剣術の腕で極道との命を賭けたやり取りを経験していた彼は、《アイデンティティ》において無敵だった。
木刀で一撃の元、対戦相手をマットに沈めた橘は、あまりの試合時間の短さから《テレビ局殺し》という異名を得た。
そして橘も、たった二発でピーターを仕留めた斎藤 龍玄に挑戦を挑む記者会見を挑んだ。
結果は、橘も同様に二発で負けてしまった。
「あんな、あんな領域の人間がいるなんて……。極道達を相手にしていた方がまだ簡単だ」
橘は右手首から上を全て包帯で巻いており、鼻も折られていた。
ピーターと違う点は引退をしなかった事なのだが、以降彼は全ての試合において予選一回戦敗退と、優勝した頃の栄光は消え失せた。
明らかに強者であった二人を二発で沈めた斎藤 龍玄とは誰か、記者達は一斉に動いた。
しかし素性は全くわからず、唯一得た情報は、格闘技界隈で噂になっていた《裏武闘》の出身者ではないかという事のみ。
しかも生死を賭ける戦いにおいて勝ち残り、最強の名を欲しいままにしていたと言う。
記者の広い情報網を屈指しても、居場所を突き止める事は出来なかった。だが、優勝者の二人は足取りを掴んだ。どうやら格闘家にしかわからない情報があるようだ。
以降、《アイデンティティ》の優勝者は、最強である斎藤 龍玄への挑戦の通過点とされるようになった。
しかもそれは格闘家達が勝手に決めた事であるから、主催者側も怒るだろうと誰もが予想したが、意外にも主催者側は認めたのだった。
最強の名を欲しいと思う格闘家達は、《アイデンティティ》に参加表明をする。参加人数は、ついに五百人を上回った。
そして観客やファン達も、「次は誰が最強に挑戦するのか」とネット上でトトカルチョを開催し、予選まで後五ヶ月もあるのに大盛り上がりだった。
だが、この盛り上がりを沈静化させたのは、最強の名を所持する斎藤 龍玄本人だった。
大会主催者の事務所に、以下の内容で手紙を綴ったのだった。
『現在儂は武の道から身を退いて隠居した身、勝手に挑まれて非常に迷惑している。
儂の一番弟子を次の大会に出場させるので、弟子を倒したのなら喜んでお相手しよう。
斎藤 龍玄』
突然の発表により、《アイデンティティ》ファンや格闘家達は落胆した。
これでこの大会の人気は下がると誰もが予想していたが、思わぬ暴風が良い結果に進んだのだった。
さらに大会を盛り上げる形となったのは、龍玄の一番弟子である《ATSUSHI》の登場である。
《ATSUSHI》の強さは、歴代王者すら足元に及ばないと思わせる程で、予選は全て十秒以内で相手を倒した。
決勝トーナメントでは流石に十秒以内で決着は付かなかったが、余裕を思わせる笑みと優雅な動作で観客を魅了する程のスター性があり、観る者を飽きさせなかった。
そんな彼は現在大会四連覇を果たしており、《絶対王者》の二つ名を得ていた。
それでも《ATSUSHI》曰く、龍玄には届いていないと言う。
「あのジジイは化け物だよ。未だに本気で戦って貰えない。だが、倒すのは俺だ」
《絶対王者》ですら寄せ付けない龍玄の強さに、格闘技界隈の興味は異常なまでに高い。
打倒龍玄を掲げる《ATSUSHI》は今日、五度目の優勝を賭けた決勝戦に挑むのだった。
「全く、仕方無い弟子じゃな。『俺の決勝戦を見ろ』と何度も催促してきよって、五月蝿くてたまらんわい」
儂は斎藤 龍玄。
《アイデンティティ》なる迷惑な格闘技大会のせいで、儂は強さを欲している阿呆共に戦いを挑まれてしまった。
こちらは武の道を引退していると言ったのに、構わず闘気をぶつけてきよる。
儂は当時六十三歳、ひ弱な爺に対して荒い闘気をぶつけてきて何事かと激怒し、ちょっと折檻をしてやった。
まぁ若いんだし、後遺症も無く過ごせておるじゃろうて。
一昨日七十歳を迎えた儂は、みかんの皮を剥いては一房口に放り込み、テレビを見ていた。
世間を賑わせる《アイデンティティ》の決勝に、一番弟子である篤史が出場するのだそうだ。
何でも五度目の優勝を目指しているらしく、あいつが優勝出来るのならば、そんな大した大会ではないのだなという感想を持っていた。
それでも可愛い一番弟子の晴れ姿だ、今回は特別に観てやろうと思った次第だ。
ふと、仏壇に目をやる。
仏壇には、最愛の妻であった絹代さんの写真が飾られていた。
写真の中の彼女は、満面の笑みじゃった。
「絹代さん、儂達の子供がテレビに出ておるよ」
子宝に恵まれなかった儂らは、篤史を養子に迎えた。
両親から虐待を受けていたところを救助された彼は施設に入っており、儂ら夫婦に引き取られたが、当初は儂らを拒絶していた。
しかし、儂の武術をしている姿を見てか、「親とは思えないけど、師匠としてなら接してやるよ、ジジィ!」と小生意気に言ってきたから、拳骨を食らわせてやったのは懐かしい。
それからようやくなついてくれて、奴が高校を卒業した直後、絹代さんは病気により亡くなった。
儂と篤史は泣いた。
あいつは泣いてすっきりしたのか、葬式が終わった後は普通にしておった。だが儂には無理だった。
長く連れ添ってきた彼女を無くした直後、心に大きな穴が空いてしまい、何事もやる気が起きなくなってしまった。
儂が作り上げた流派を教える道場も篤史に譲り、山の中で隠居生活をしていた。
まぁ迷惑な大会優勝者に、静かな隠居生活を二度も邪魔されたがな。
『速報が入りました。数々の企業やアーティストに楽曲を提供し、世界的有名となったクリエイターの《速水 昭吾》氏が先程遺体で発見されました! 死因は特定されておりませんが、警察の発表では事件性はないとの事です。三十五歳でした』
現在夜の七時ちょっと前。《アイデンティティ》が始まる数分前にこのような速報が入った。
随分と若くして亡くなったのだなぁと思ったが、特に関心はなかったのでみかんの甘味を堪能する事に集中した。
さてさて、一番弟子はどれ程の成長を遂げたのだろうか。
せっかくだし、採点でもしてやろうかの。
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6月24日
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異世界へ行って帰って来た
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ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
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第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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