嫌いになりたい

犬白グミ

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【離婚した攻め】

3

 季節は移り変わり夏から秋になった。

 ようやく肌寒くなり、衣替えしたばかりのジャケットを羽織った伊野崎は、出版社のエントランスから出てきた。

 午後六時。
 雑誌のインタビューを終わらせたところだ。

 ふらりと出版社ビルの真向いに建つ電機店に立ち寄り、店内を見て回った。

 パソコン周辺機器の売り場で、偶然、夏生に会った。

 顔を上げた夏生と目が合い、お互いぺこりと頭を下げる。

「就活ですか?」
 伊野崎は声をかけた。

 夏生が紺色のリクルートスーツを着ている。

「説明会の帰りなんです。雨宮さんの会社の近くだったので、帰りに飲みに行く約束をして、待ってるとこです」

「何時に約束ですか?」
「…七時です。ちょっと過ぎてますけど」
 夏生は苦笑した。
 十八分過ぎている。

「それなら、雨宮さんを待ちながら、この辺りで一緒に飲みませんか?」

 悩ましい存在を綺麗さっぱり忘れて、伊野崎は飲みたい気分だった。

 だが、夏生は、作家先生のお誘いに尻込みする。
「先生とご一緒できるのは嬉しいですが…」

「行きましょう。雨宮さんには連絡したら大丈夫ですよ」
 
 伊野崎は少々強引に誘ってみた。
 これで駄目なら諦めようとしたが、夏生が承諾したため、近場の和食居酒屋に入店した。

 席に案内され「雨宮さんに連絡します」と言って、夏生はメッセージを打つ。

 注文した生ビールが届き、軽く乾杯した。

「夏生くん、三年だよね?」
 
「はい」と夏生は答え、就活の話を始めた。
 伊野崎が新卒で入社したのはホテルマンだったと言うと、夏生が驚く。

 夏生の携帯が鳴り、雨宮の返信があった。

 メッセージを読む夏生は躊躇いながら言った。

「あの、雨宮さんに連絡したら、先生に伝えてほしいと言われたので、いちよう伝えます…俺と雨宮さんは付き合ってます」

 伊野崎は、雨宮の慌てた様子が目に浮かんだ。
 担当作家が彼氏を口説いている最中だと誤解されたようだが、伊野崎に下心はない。

 声を出して笑ってしまった。

 夏生が心配げに言った。
「もしかして、気づいてましたか?俺、わかりやすいですか?」

「男性の恋人がいると教えてもらってましたから、深夜の電話を受けた時に、そうかなと」

 ビールを豪快に飲み、夏生は小声で呟いた。
「俺、ゲイなんです。同じ人と会ったのは先生が初めてです」

「ゲイバーは?」
「行ったことないです」
 夏生は横に首を振った。

「私の知っている店でよけらば、今度一緒に行きますか?厳密には、ゲイのバーテンダーがいる店ですが」

 二杯目の生ビールを頼みながら、連絡先を交換した。

「二人で飲みに行ったら、こんなおじさんでも、雨宮さんに怒られますか?」 

「たぶん大丈夫です。でも、先生は全然おじさんじゃないですよ。年齢関係なく綺麗だから、どきどきします」

「ありがとございます。土日は、雨宮さんの休日だから避けた方がいいですよね。バイトは平日の夜も入ってますか?」

「入ってないです。先生はいつも自宅で仕事してるんですか?」
「そうですね。一人なので、気楽にやってます」

 雨宮繋がりの仕事の話をしていると、息を切らした雨宮が現れ、夏生の隣にどかりと座った。

 雨宮が口を開く。
「先生、聞きましたか?」

 雨宮のプライベートは、意外に幼い。
 伊野崎は笑みを隠して答えた。
「雨宮さんと夏生くんのことなら聞きました」

「先生気づいていたらしい」 
 夏生が伝える。
「え?わかってて誘ったんですか?」
「健が約束の時間に来ないからだろ」
「あっ、遅れてごめん」と雨宮が謝った。

「雨宮さんが来たことですし、私は帰ります」
 そう言って、伊野崎は、ここまでの会計を払い、引き止められたが店を出た。

 伊野崎が「また連絡します」と夏生に言ったことで、今頃、雨宮に問い詰められているだろう。

 飲みたりないかもしれない、と思いながら、自宅最寄り駅のホームで降りた。

 柴の後頭部らしき後ろ姿が目に入った。
 柴だ。

 改札に向かう雑踏に紛れて、スーツの背中が見え隠れする。

 柴はスーツが似合う。
 ハウスメーカーの営業職で、高価な商品を勧めるのに相応しい物を選んでいた。

 これから、伊野崎家に行くのだろうか。
 後をつけるようで気まずいが、時間を潰すのも癪に触る。

 しかし、柴は、まったく予想外なマンションのエントランスに入った。
 三階建の一人暮らし用の賃貸マンションだ。

 ベランダ側に回りこみ眺めていると、二階の角部屋に明かりが灯った。

 伊野崎の家とは、徒歩十五分程度の距離だ。
 
 今日も外出する時、ポストに柴からの手紙があった。

 再会後、どのタイミングかわからないが、柴はここに越して来たのだろう。
 
 ほぼ毎日、伊野崎の家に来ているのだから、近くに住んでいても不思議ではない。

 酔いが覚めてしまった。
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