三本の聖剣と司教さま〜巡る勇者の宿命を超えて〜

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第45話 廻天

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 目の前には、全てを飲み込むような真っ黒な扉が佇んでいる。

 風も音もない静寂のなか俺たちを阻む一枚の分厚い境界線は、まるで運命に翻弄される俺たちを嘲笑っているかのようだ。

 この扉を開けるのはこれで四度目。

 次はない。

 しかし、城に入ってからずっと感じているこの不安は何だ?

 心の奥底で、残り火のように弱く小さく燻るような感覚は。

 何か大事なことを見落としているような気がする。

 ・・・考えすぎか。

 今は魔王を倒すことだけに集中だ。

 ロザリアは一歩前に踏み出し、そっと扉に手を当てる。

 振り返り、俺たち一人一人の目を見て合図した。

「行こう」

 漆黒の扉をゆっくりと開き、警戒しながら中へ入っていく。

 真っ暗で何も見えない。

 だが確実に感じる、この押しつぶされそうな圧迫感プレッシャー

 ・・・いる。

 突如、周囲に蒼い炎が燃え盛り、中心に鎮座する巨大な王座に向かい灯っていく。

 蒼い炎が禍々しく伸びる黒い双角と翼を照らし出す。

 まるで血の涙のように頬を伝う細い紋様。

 長い黒髪から覗く真っ赤な瞳がこちらを捉えた。

『此度はお前か』

 魔王はロザリアに向かい言い放つ。

 ロザリアはゆっくりと聖剣『グリムガウディ』を魔王へ向けた。

「覚悟しなさい。あなたは私たちが倒す」

 魔王はロザリアを見つめたまま不気味に微笑み舌舐めずりする。

 すぐにでも飛び出したいが、それでは奴の思う壺だ。

 できる限り冷静でいるんだ。

「お前は一体何のために人々を襲う? なぜ勇者の魂を喰らう?」
『我は世界を滅ぼし、我を倒す意志を継ぐ勇者の子孫を根絶やしにする。そのために目覚めた』

 目覚めた? 勇者の存在がこいつを生み出したとでもいうのか。

『我の前に立つ勇者の魂を喰らい、その血筋もろとも世界を終わらせる』

 理由はどうであれ、魔王にとっても勇者の存在は邪魔な存在というわけだ。

『どれだけの勇者を喰らってきたか覚えておらぬが、お前はこれまでで一番美味そうだ』

 魔王はゆらりと立ち上がり、こちらに向かい手のひらをかざした。

 王の間全体が、様々な色が混ざり合った不思議な色の魔力に満たされ、空間が歪み始めた。

 奴の攻撃に備え身構えた時、一瞬何かが脳裏に蘇った。

 これまでも奴が立ち上がった時、何かをされた。

 その瞬間、心臓が一際強く鼓動を打ち、記憶が一気にフラッシュバックした。

 俺たちを包み込む眩い閃光。

 まずい・・!

「ヴィオラ!! 魔法の障壁をっ・・・!!」

 気付いた時には遅かった。

 魔王の掌から発せられた強烈な光が俺たちを包み込む。

 力が一気に抜けていく。

 まるで肩に巨大な岩を背負わされたように体が重い。

 たまらず地面に膝をつく。

 能力値に目をやると、全ての値が1と表示されていた。

 この光にあてられたものは、能力値、スキルの全てを失い、魔王の作り出すこの空間がその一切の記憶を奪うものだ。

 どうして、今頃になって思い出した・・・?

 これまでもそうだ。

 過去の三回とも、なぜかこの瞬間の記憶だけが抜け落ちていた。

 まさか、ループという禁忌の力を制御し整合性を取るために、大きな自然の秩序の力が働いているとでも言うのか?

 だとしたら、俺は・・・。

 パンッ・・・!!

 何かが弾けるような音がした瞬間、フリードやヴィオラたちは壁に激突し、瞬く間に地に伏した。

 ロザリアだけは何とか『グリムガウディ』により衝撃を軽減した。

 俺とジュリエットは、反射的にカルマナの張った障壁のおかげで難を逃れた。

 しかし、ジュリエットは魔王の禍々しい瘴気にあてられ、完全に正気を失っていた。

 全身が震え、歯をカチカチ鳴らし、ただ金色の瞳を見開いていた。

『貴様らの魂を捧げよ』

 魔王はカルマナとジュリエットに引き寄せられるように、ゆっくりとこちらに向かい歩いてくる。

「あ、ああ・・・」

 ジュリエットの震えが一層強くなる。

「おいっ!!」
「アアアアア!!!!!」

 息もできないほどの重圧に耐えかねたジュリエットは精神錯乱を引き起こし、無謀にも魔王に突っ込んでいく。

「やめろ!!!」

 魔王は、たかる子虫を払うように漆黒の翼を羽ばたかせ、いとも容易く双剣を振り下ろすジュリエットを吹き飛ばした。

 制止も虚しく、勢いよく壁に衝突した彼女は意識を失った。

 魔王はそのままジュリエットに矛先を変え、不気味な笑みを浮かべたまま彼女に迫る。

「ジュリエットさん!!」

 カルマナは咄嗟に飛び出した。

「待て!! 無闇に動くな!!」

 策も無しに飛び込むのは危険だ!

 カルマナは聖剣で魔王の狂爪を受け止めた。

 同時に、聖剣が強い輝きを放つ。

『貴様は・・・』
「ジュリエットさんは、やらせません!」

 力を振り絞り、何とか魔王の腕を弾く。

『貴様は目障りだ。確実に滅ぼす』

 魔王が手をかざすと同時に、強い衝撃波がカルマナを襲った。

 服が弾け飛び、勢い余った衝撃波が後方の壁を大きく凹ませ亀裂を生んだ。

「かはっ・・・!」

 魔王は倒れるカルマナの髪を掴み上げる。

 そして大きな口を開き、彼女を食らおうとした。

 このままではカルマナが危ない。

 気付けば無我夢中で飛び出していた。

 失った能力値は当てにならない。

 所持していたありったけの『狂乱弾バーサク・バレット』を自身に撃ち込み、身体能力を強制的に引き上げた。

「オオオオオオ!!!」

 一瞬でいい、その注意を俺に向けろ!

 魔王は渾身の力で放った俺の拳を片手で受け止めた。

 馬鹿なっ・・・?!

『つまらぬ。貴様は喰らうに値しない』

 魔王は、冷たく光る赤い瞳で俺を見下したまま吐き捨てる。

 その瞬間、右腕が血飛沫をあげ吹き飛んだ。

「グアアアアッ?!!」

 狂乱弾による副作用で視界が血に染まっていく。

 激痛に身悶えする体が宙に浮く。

 魔王の手が振り下ろされ、体が地面に叩きつけられた。

「グ、ハッ・・・!!」

 全身を強打し皮膚が張り裂けた。

 無表情のまま俺を見下ろす魔王は、何事もなかったかのようにカルマナを持ち上げた。

 そして、見せつけるように再び大きく口を開いた。

 このままではカルマナが・・・!

 くそっ・・・!

 カルマナが喰われるその瞬間、眩い一閃が彼女と魔王を分け隔てた。

 斬り落とされた魔王の漆黒の腕が地面を転がっていく。

「皆んなは私が守る」

 魔王は一瞬ロザリアに注意を向けるが、すぐに倒れるカルマナに視線を戻した。

 呼吸するように無くした腕が再生する。

 ロザリアはカルマナを守るように魔王の前へと滑り込んだ。

「カルマナは絶対に殺させない!」

 ロザリアが聖剣『グリムガウディ』を振り上げたその時、魔王の振り下ろした漆黒の五閃がロザリアを断った。

「・・・え?」

 ロザリアから噴き出た鮮血が魔王の体を赤く染める。

 真っ赤に染まる視界の中、虚な瞳で倒れゆくロザリアが脳裏に深く刻み込まれた。

 嘘、だろ・・・?

 ロザリア・・・?

「うわああああーーー!!!!!」

 砕けた骨の痛みは消えていた。

 無我夢中で深く抉られた腹から臓器が流れ出るロザリアの体を持ち上げていた。

「ロザリア!! ロザリア!!!」

 必死にロザリアの体を抱きしめる。

「う・・・」

 うめき声をあげ、意識を取り戻したカルマナを睨みつける。

「治癒魔法だ!! ロザリアに治癒魔法を!! 早く!!」
「カ、カインさん・・・?」
「早くしろと言っているんだ!! 何をぐずぐずしている!!」

 ふと、頬に温もりを感じた。

「・・・やっちゃった。油断したつもりは、ないのになぁ・・・」
「待ってろ!! カルマナがすぐに治癒魔法を!!」

 血溜まりの中、ロザリアは痛々しいほどに優しい微笑みを俺に向ける。

「私は・・・。ここまでみたい・・・」

 ロザリアの言葉を否定するように、彼女の手を乱暴に握る。

「そんなことはない!! 大丈夫だ!! お前は必ず助ける!!」
「身体が、とても軽いの・・・。自分でね、わかるんだ・・・」

 ロザリアは微笑んだまま、ゆっくりと瞳を閉じた。

「なんだか、眠くなってきちゃった・・・」
「おい!! 目を開けろ!! 開けてくれ!!」
「あとは、頼んだよ・・・。どうか、私の分まで・・・」

 触れていた手がパタリと血溜まりに落ちた。

「ロザリア?」

 揺すっても反応がない。

 満ち足りた笑みを浮かべたまま、ロザリアは眠ったように俺の腕の中で沈黙する。

「うそだろ・・・? ロザリア・・・?」

 見下ろすロザリアの安らかな微笑みが涙で歪んでいく。

「いやだ。頼むから目を開けてくれ。ロザリア」

 どうして・・・。

 どうしてこうなるんだ。

 俺にはロザリアを救えないというのか。

 そうだ。

 思えば、魔王はカルマナこいつに興味を示していた。

 カルマナこいつがいたから、全てが狂ったんじゃないのか?

 次第に怒りが込み上げて来る。

 そして、凄まじい勢いで湧き出る憎悪を抑えることができなくなった。

 カルマナこいつが勝手に飛び出したからロザリアが死んだ。

 カルマナこいつが早く治癒魔法をかけないからロザリアが死んだ。

 カルマナこいつがいたから運命が変わらなかった。

 カルマナこいつのせいで、俺たちの未来が奪われた・・・!

「・・・お前のせいだ」
「カイン、さん・・・?」
「お前のせいだ! お前のせいでロザリアが! ロザリアがっ!!!」

 この世の終わりのように絶望しきった様子で目を見開く彼女に、ただ怒鳴り散らす。

「ご、ごめんなさ・・・。私は・・・」

 カルマナの震えながら差し伸べる手を叩き落とす。

「お前がさっさと治癒魔法をかけないからロザリアが死んだんだ!! 肝心な時に役に立たないで何が運命共同体だ!!」
「そんなこと、言わないで・・・。もう、私を見捨てないで・・・」

 カルマナこいつの声が。言葉が。加速度的に俺の理性を奪っていく。

 段々思考が乱れ、もはや自分が自分じゃ無くなっていた。

「うるさい!! お前さえ、お前さえいなければロザリアが死なずに済んだんだ!!!」
「カ、カインさ・・・」
「気安く呼ぶな! 俺に近づくな死神が!!」

 魔王は無慈悲にロザリアの遺体を俺から奪う。

『どれ。その魂、どれほどのものか楽しませてもらうとしよう』

 やめろ。

 やめてくれ・・・。

 これ以上、俺からロザリアを奪わないでくれ・・・。

 いやだ。

 嫌だ嫌だ嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!

「ロザリアァァァァァーーー!!!!!」



 ーーー音が凪いだ。

 全ての時が凍りついた。

 突如として、目に映る全てが白黒の世界に支配された。

 意識を失い倒れるフリードたち。

 ジュリエット。

 死してなお美しく安らかに微笑むロザリアと、それを喰わんと口を開ける魔王。

 無機質な白黒の中で、全てがその動きを止めている。

 目の前で、想いを込めるようにゆっくりと、丁寧に、魔法陣が描かれていき、地面全体を覆った。

 やがてそれは巨大で古ぼけた時計版に姿を変えた。

 秒針が一秒刻むごとに重い音が響き渡る。

 しばらく時を刻んでいた針が止まった。

 俺の願いは、ただ一つ。

 ロザリアを救いたい。

 それだけだ。

 それが叶うのなら何だってする。

 何だって捧げる。

 痛みを忘れたまま時計版に手を伸ばす。

 微かに誰かの叫ぶ声が聞こえた気がして、その手を止めた。

 声の方を振り返ると、白い司祭服の女性が必死に何かを叫んでいた。

 白黒に支配されたこの世界でただ一人、色鮮やかに力強い光を帯びる女性の頬には涙が伝っている。

 溢れる涙は、星屑のように煌めいていた。

 別れを告げるように彼女に微笑みかけ、時計版に向き直った。

 もうこれ以上、俺に捧げられるものはない。

 きっと、これが最後の機会だ。

「俺を、過去に戻してくれ」

 祈るような思いで時計版に触れると、長針が大きな軋み音をたてながら、重たそうに一つ持ち上げた。

 その瞬間、時を止めた白黒の王の間は眩い光に包まれた。

 温かい光に身を委ねるように、俺はゆっくりと瞳を閉じたーーー。
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