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1章◆王都スタルクリア
魔法使いの家-2
しおりを挟む夢を見ていた。
真っ白な空間で、天使が陽だまりの中ひとり眠っている夢だ。
羽根もないのに天使だと感じたのは、その寝顔がとても美しく神秘的で、人間離れして見えたからだろう。柔らかそうな金の髪もそれらしい。つんと上がった鼻先は造り物のようだし、薄く開かれた唇は淡い桃色に染まっていて、天上の華を思わせる。天の神様が丹精込めてつくった人形のようだった。
ただ一つ不可解なのは、額に小さな乳白色の石が埋まっていることだ。こういうものを付けている天使が出てくる話は聞いたことがない。一体なんて名前の……
「……あ」
眼前に横たわっているのが御伽噺の天使ではなく、魔法使いのイリスだと気付くや否や、タビトはその場に飛び起きた。
ばさり、と大きな音がして羽根の掛け布がベッドの下に滑り落ちる。窓から差す太陽の光で、部屋はすっかり明るくなっていた。
「う、……、!」
思わず大きな声を上げそうになる口を、手のひらで押し付けて抑える。
イリスは大きめの白いシャツ一枚着ただけの格好で、タビトと向かい合うような体勢で眠っていた。白い足が陽光を受けきらきらと輝いている。
――う、うわあああああああ!? な、何なんだこの人は! 何で一緒に寝てる!? しかも何この格好! 何考えてるんだ本当に、めちゃくちゃすぎる!!
口を押えたまま心の中で目いっぱい叫ぶ。
しかしよくよく思い返せば、たしかにイリスは昨夜「ここくらいしか寝る場所ないから」、と言っていた。
――本当の意味でここしか寝る場所なかった、ってことかよ。だからって主人が奴隷と一緒に寝るか普通。やっぱりちょっとおかしいだろ、この人。
しばらく膝を抱え、ばくばくと激しく鳴る心臓が収まるのを待つ。
意識しないようイリスに背を向けじっとしていたが、鼓動が落ち着いてくるにつれ、少しずつ頭も冷静になっていく。
――あれ? 何でオレ、こんなにどきどきしてんだろ。
いくら綺麗とは言えイリスは男だ。他に寝る場所がなく、男二人が十分横たわれる大きさのベッドがあるなら、一緒に寝るのは別段おかしな話ではない。あれだけ疲れていたのだから、服だって着替えるのが面倒だったろう。タビト自身、下着一枚で寝たことはこれまで何度もあった。それにイリスは「ご主人様」扱いされることを嫌がっていたから、タビトが奴隷であることも彼にとっては関係ない。
――あれ? もしかして、おかしいのってオレの方……?
「っくし、」
背後から聞こえた小さなくしゃみではっとする。そういえば掛け布、払ったままだった!
「んん……さむぅ……」
「ご、ごめんなさい! 今拾います……」
言葉の途中で、むくりとイリスが体を起こした。そしてまだ眠そうな顔で「うん。起きる」と呟く。温かなベッドで一晩たっぷり眠ったせいか、昨晩よりずいぶん顔色がよくなっていた。
イリスは目を擦りながら独り言のように呟く。
「ああ、お腹空いた……でも今日はリウが来るから……とりあえず着替え……、いや、先にお風呂か……」
何やらぶつぶつ言いながらベッドを降りようとしたが、立とうとした瞬間その体ががくんと下がった。
「わ」
足に力が入らなかったのか、立ち眩みを起こしたのか。どちらかは分からなかったが、タビトは咄嗟に手を伸ばす。床に崩れ落ちそうになるイリスの腰に腕を回して抱き寄せ、寸でのところでベッドの上に引っ張り上げた。
「あ、危ないなぁ。大丈夫ですか?」
「……うん。ごめん……」
まだ状況を掴めていないのか、イリスはタビトに後ろから抱き寄せられた体勢のままぼんやりと呟く。そして何を思ったのか、そのままタビトの肩に頭を預けた。
「えっ……! そ、その……イリス、さん?」
「君、……体温高いね。あったかい」
「え……そうですか?」
「うん。……やっぱりもう少し、寝たくなってきた……」
――ええええええええ!!!
後ろから覗き込むとなんとイリスは本当に目を閉じている。
揺さぶり起こす訳にも突き放す訳にもいかず、ただ心の中で絶叫する。
――なんでこの状況で二度寝に入るんだよ! やっぱりおかしいのはこの人だ! 絶対この人の方がおかしい!!
再びタビトの心臓が激しく鼓動し始める。さっきのように目をそらしたくても、ここまで密着していてはそれも叶わない。頬に柔らかな金の髪があたってくすぐったいし、のしかかってくる体重は信頼の重さのようで嬉しくなってしまう。イリスの薄い腹に腕を回していることに何故か背徳感のようなものを覚えたが、いま手を放したら落としてしまいかねない。
このままイリスが起きるまでじっとしていなければいけないのだろうか。奴隷ってつらい。
などと最初は己の不幸を嘆いていたタビトだったが、イリスのすうすうという安らかな寝息を聞いていると、タビトの方も段々眠くなってきた。掛け布は床に落ちたままだが、窓から差す日光のおかげで背中はぽかぽかするし、何より腕に抱えたイリスの体が温かい。
眠気に負けてイリスの肩口に顔を埋めれば、ほのかに花のような香りがした。
――ああ、いい匂い。天上の華って、こういう匂いがするのかも……。
いよいよ目を瞑って微睡み始めた時、家のどこかでぱたんとドアが開く音がした。
「おはよーございますイリス先生、起きてますかー? 今朝のパンは自信作ですよ、ベーコンもいいのが入ったからぜひ先生に食べてもらいたくってー……あれ、まだ寝てるのかな」
溌溂とした元気な声と足音が廊下を横切ったかと思えば、荷物を置くような音がして、今度はまっすぐタビトとイリスがいる部屋に向かってくる。
「先生、開けますよ」
声の主は部屋の前で止まると、間髪入れずにドアを開けた。
その数秒後、魔法使いイリスの家の寝室で、男の絶叫が響いた。
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