銀の旅人

日々野

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1章◆王都スタルクリア

金の旅人-2

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 翌日、王様が目を覚ますと、城の中がみたびざわついていました。
 メイドがなかなか朝食を持って来ないので、いやな予感を覚えながら着替えをすませ、広間に降りると、火山博士のガロンが言いました。

「王様、大変です! オリリンポロス大火山が活動をやめ、ついに眠りにつきました。いま、城の者そうでで灰の掃除をしているところです。これで国中の皆が、安心して眠ることができます。本当にありがとうございます。」

 王様はもう、驚きませんでした。昨夜の夜おそく、寝室に響いていた振動が途中でとまった時から、なんとなくそんな気がしていたのです。



 やはり魔法使いは、その日も謁見の間にやってきました。

「アビニシアの王よ、私はあなたの願い通り、オリリンポロス大火山を鎮めてまいりました。どうかその褒美に、私を家来にしてください。」

 そしていつも通り、王様に包帯だらけの右手を差し出し、握手を求めたのです。
 王様は迷わず、こう言いました。

「そなたが叶えた願いはわしではなく、この火山博士のものだ。火山博士、かれと握手してやりなさい。」

 火山博士のガロンは魔法使いに歩み寄ると、深く一礼してからかれの右手をとり、祈るように両手で捧げもち、感謝の意を示しました。

「それから魔法使いよ、わしはまだそなたの力を認めた訳ではない。わしの家来になりたいのならば……」

 今度はどんな無理難題を押しつけてやろうか、と、王様は考えました。

 魔法使いが謁見の間に来るようになってから、王様はこの国のことがどんどん嫌いになっていきました。なぜなら、もう三日続けてメイドは朝食を王様の部屋に持ってこず、城の者は出払い、王様の世話をしてくれません。

 それに三人の従者たちが魔法使いにしたような――あふれんばかりの喜びと、あつい敬意と友情を込め、祈りを捧げるようにおごそかな――あんなに素晴らしく丁寧な握手を、自分は求められたことがありません。

 荷物を詰め込んだかばんはもう三つになり、寝室で出番を待っています。そして王様には、帰る国がありました。
 王様は言いました。

「魔法使いよ。そなたはここより北の果て、海の向こうの氷の国から来たと言っていたな。」
「ええ、その通りです。覚えていてくださったのですね。」
「もちろんだとも。この国には滅多に雪も降らなければ、氷が張ることもないからな。だから魔法使い、わしの家来になりたいのならば、この国に雪と氷を山と降らせるのだ。それこそがわしの本当ののぞみ。それができれば今度こそ、わしの家来にしてやろう。」

 この日、今日こそ魔法使いが王様に認められることを期待して、そばに控えていた三人の従者達は、顔を見合わせて驚きました。

(王様は、なんてことをおっしゃるのだ! 魔法使いの力は本物だ。これでは明日には、雪と氷に埋もれてこの国は滅んでしまう!)

 従者たちは顔を青くして震え始めましたが、魔法使いはにっこりとかれらに微笑んでみせました。
 そして王様の前までやってくると、言いました。

「残念ですが、私にはできません。それはアーロットの神々に背く行為だからです。」
「何だと。このわしに逆らうというのか。」
「アビニシアの王よ、あなたはとても尊いお方ですが、アーロットの神々には、何人たりとも背くことはできません。」

 そしてあろうことか魔法使いは、王様のまえに包帯だらけの右手を差し出し、握手を求めたのです。
 王様は腹を立て、その手を玉杖で打ちました。

「何が神だ! そんなものいるものか! ええい魔法使い、わしに雪と氷を見せろ! 明日などといわず今すぐここで、雪と氷を降らせてみせるのだ!」

 魔法使いは悲しげな目をして首を振ると、一歩後ろに下がりました。
 そして天に向かって祈りを捧げると、なんと広間の天井に白い雲が現れました。雲はどんどん大きく膨らみ、やがて雪と氷を落とし始めました。

「ほう、これが雪雲か。やればできるではないか、魔法使い。しかしこれではわしが凍えてしまう。その雲を城の外に出すのだ。」

 王様はそう言いましたが、魔法使いは、ただ天を仰いで祈りを捧げています。雪と氷はどんどん激しくなり、みるみるうちに広間に積もっていきます。

「おい、魔法使い。今すぐやめないか! これでは外に出られなくなる。すぐにやめるのだ!」

 王様は、三人の従者たちに助けを求めようとしました。しかし従者たちも、何故か魔法使いと同じように、上を向いて祈りを捧げています。そしてかれらの周りには、雪は少しも積もっていませんでした。何故か雪と氷は、魔法使いと従者たちを避けるようにして降っていたのです。

「魔法使い、やめるのだ! 料理長、兵士長、火山博士……やめさせろ! 侍従長! メイド! 誰か、だれか、やめさせるのだ!」



 こうしてアビニシアの王様は、王城の謁見の間にて、雪と氷に埋もれて凍え死んでしまいました。

 魔法使いはそれからも国中を旅して困っている人々を助け、握手を交わし、後にアーロット神聖王国の初代神王、アルバス・アーロットとして即位しました。

 三人の従者たちはそれぞれが魔法の力を授かり、後の建国の三賢者――豊穣の魔法使いパッカドキア・グロリオーサ、治癒の魔法使いマリオン・アリリラント、火の魔法使いガロン・ハイデルヴェルクとして、永きに渡り初代神王を支えました。

 魔法使いが握手を交わした人々には魔法の力が宿り、かれらは次々と王都スタルクリアに集結しました。皆、アルバスを支えるために、そしてアーロット神聖王国をよりよい国にするために、魔法の力と知恵を振り絞り、懸命に努力し、貢献しました。


 彼らこそが現代を生きる魔法使いたちの偉大なる祖、上流魔法貴族院のはじまりなのです。
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