銀の旅人

日々野

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3章◆奇術と美男子

第九番『湿地の紅姫』

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「魔人の書、第九番『湿地の紅姫』。通称ムラサキ沼イチゴ。主に沼地に分布し、食べると紫色の泡を吹くことからそう呼ばれている。症状は主に胃の痙攣、嘔吐、下痢などによる脱水症状。吐瀉物を喉に詰まらせて死亡することもあり大変危険。……というのが一般的な認識なんだけど」
「へぇ、そういう感じだったんですね。村にいた頃はたぶんヤバイやつだろうなーと思いながら食ってました」

 枝折しおりの月二十五日、イリス家のキッチンで、九番目の毒物はタビトの胃の中にあっさりと収まった。イリスも特に動じることなく、書類の上で羽ペンを滑らせる。

「まあ、君の胃袋の強さにはもう驚かないけどね。特にムラサキ沼イチゴの話は前に聞いてたし」
「そうでしたっけ。……これ、快復期間どうします? 今夜走ってもいいですか?」
「うーん、私の立場としては大事を取って一日休ませるべきなんだろうけど……日常的に食べてたものなら……」

 イリスが今一度、確認するようにタビトの体に目をやる。

「……ん?」

 するとイリスは何かに気付いたようで、タビトの腕をぺちぺちと軽くはたく。

「な、なんですか先生。急に」
「いや……君、なんか腕、パンパンになってない?」
「え? やだな、太ったのかな」

 最近はアンコとの散歩の時間も増やしてるのに、とタビトは首を傾げるが、イリスは「それだよ」と声を上げる。

「君、これ……筋肉! ちょっと気付かないうちにだいぶ増えて……あれ? そういえば身長も伸びてない?」
「え、それは嬉しいな。ここに来ていいもん食わせてもらってるからですかね?」
「ちょ、ちょっとそこに立って」

 イリスに促されて一緒に席を立つ。タビトにはあまり実感がなかったものの、イリスは感心したように息を吐いて腕を組む。

「うん、やっぱり大きくなってる……え、ここに来てまだ二か月くらいだよね? 十八歳の成長期怖……まだ伸びるんだ……ちょ、ちょっとそこに立って。印つけとこう」

 イリスはタビトを壁際に立たせると、自分は椅子を引いてその上に立った。そしてタビトの頭ところで、羽ペンで線を引いて日付を添える。

「最初に来た時にやっておけばよかったな。まあ、バタバタしてたから仕方ないか……」

 イリスは一人で納得しながら椅子から降りると、タビトを見上げて言う。

「よしタビト。今日は君の服を買いに行こう」
「え。服ですか? 服ならリウル先輩のお古がありますけど」

 タビトは軽く胴着の裾を引っ張ってみせるが、イリスは哀れっぽい表情で首を振る。

「うん、パツパツで生地が可哀そうなことになってる。君ならまだ伸びそうだし、この機会に大きめのやつを買っとこう。出掛ける準備しておいて」
「はぁ……」

 出掛ける準備と言っても、別段タビトがやることはない。イリスが書類を片付けたり寝室に戻って着替えている間、タビトは壁に書き込まれた真新しい文字を見つめていた。
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