銀の旅人

日々野

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3章◆奇術と美男子

初舞台-1

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「さて美男子決定戦、今回もいよいよ大詰めになって参りました! 続いてエントリーナンバー十八番、アーロット王立学院高等部二年生、『北の才智』ルカス!」

 舞台袖、タビトのすぐ目の前から、ルカスなる男が颯爽と舞台に歩み出す。歓声と共に迎えられた彼は舞台の前方まで行くと、司会の男に促されながら自己紹介を始めた。

「北の小都市ノクトル出身、王都ではマリオン記念病院で働きながら日々医学を学んでいます。今日はよろしくお願いします」
「なるほどルカスさんはお医者様の卵なんですねー! 美男子の上に将来有望とくれば会場の御婦人方、狙い目ですよー!」

 司会の男が囃し立て、会場から黄色い声が飛ぶ。
 一方でタビトは一時はリズロナと話して緊張が解れたものの、また体が硬くなり始めていた。頼りの綱のリズロナは準備があるとかで、もうずいぶん前にタビトを一人にしてどこかに行ってしまっていた。タビトは今にも震えそうになる手を抑えながら、何度も確認した手順を頭の中で繰り返す。

 ――大丈夫大丈夫、これはただの学祭なんだから。難しく考えることはない、完璧にやり遂げる必要もない。失敗したって誰も責めたりしない。何なら息吸って立ってるだけでいい。

 心の中で延々と呟いているうちに、ルカスのアピールタイムはあっという間に終わってしまったようだった。ぱちぱちと大きな拍手が沸き、ルカスが舞台の後方に戻っていく。そして先に演技を終えた参加者達の列の、一番端に加わった。

 拍手が静まるのを待ってから、司会が口を開く。

「はい、ルカスさん、素晴らしい歌をありがとうございました! それでは続いてエントリーナンバー十九番、『銀の手』のイリス……に、行く前に! 皆さんに残念なお知らせがあります!」

 ――きた。ついにきた。

 タビトの中で緊張が一段階上がる。司会の男は芝居がかった調子で続ける。

「実はイリス先生は、やむを得ない事情で今回は辞退されることに……ああっ大変申し訳ありません! お怒りはもっともです! でもものを投げるのはやめてー!」

 ブーイングと共にガチャガチャと舞台に何かが投げ込まれる音がする。これは怖ろしいことになってきたぞ、とタビトは気を引き締める。イリスが観客から望まれていたのはタビトにとっても嬉しいことだが、その代役として出るとなると呑気に喜んでもいられない。

「イリス先生ファンの方には大変申し訳ないのですが、今日はそのイリス先生の秘蔵っ子、とっておきの美男子の方に代役として来ていただきました! どうぞお越しください、エントリーナンバー十九、イリス先生の代役で、『訳アリ』のタビト!」

 ――『訳アリ』以外にもうちょっと何かなかったのかよ!

 と、内心で悲鳴を上げるがもはや突き進むしか道はない。挫けそうになる心を奮い立たせながら、タビトは形だけでも肩で風を切って歩き出した。
 舞台に出たタビトを迎えたのは、わずかな拍手と戸惑い、どよめきの声だった。

「えっ……ソマリ人? で、イリス先生の秘蔵っ子……?」
「イリス先生の秘蔵っ子って言うから魔法使いと思ったけど」
「ソマリ人の魔法使いなんて聞いたことない」
「えっ、もしかして奴隷の首輪付けてる?」
「だから訳アリってこと?」

 客席から次々と疑問の声が上がるのを、場が落ち着くまで冷や汗をかきながら聞き流す。それでも明らかな嘲笑や侮蔑の声はなく、単純に珍しがったり好奇の目で見てくる者ばかりなことに、少し安心した。
 タビトはリズロナに教えられた通り、舞台前方の中央に敷かれた赤い絨毯の上に立つ。これは魔導具の一種らしく、この上に立つと声が会場に響くほど拡散されて届く仕掛けになっているらしい。

 司会の男も同じ絨毯までやってくると、小さなメモを開く。

「えー、この通り……いつもならここで詳しく自己紹介をしていただくのですが、イリス先生から『訳アリなのであんまり根掘り葉掘り聞かないであげて』とお言葉を賜っています。あっ、これ言っちゃ駄目なやつだった」

 司会が慌てた様子でメモをポケットに突っ込み、ははは、と会場から笑い声が起こる。場の雰囲気が少し和らぐ。

「ですが私は本日の司会として、皆さんがどうしても気になっていることを訊かなければならない責務があると思っています。……なのでタビトさん、一つだけよろしいですか?」
「えっ、はい」

 このタイミングで話題を振られると思っていなかったタビトはびくついてしまったが、司会は至極真面目な表情で片手を胸のあたりまで持ち上げる。そしてそっと、小指を一本立ててみせた。

 男が声を落として――魔導具のおかげで会場中に響き渡ってはいるが――囁く。

「もしかしてタビトさん。イリス先生の……これですか?」
「えっ? 何がですか?」
「これですよこれ」

 司会がぐいと指を立てた手をタビトの胸元に突きつけたので、訳も分からずその指を握る。

「小指がどうかしたんですか……?」

 本当に、タビトは心から意味が分からずそう尋ねたのだが、何故か会場から笑いが起こった。タビトがぽかんと呆気に取られているうちに、司会は大仰に息を吐いて額の汗を拭うふりをする。

「はいっ! 見ての通りタビトさんは大変純朴な方なので、イリス先生ファンの方もどうぞご安心ください! それではこのままアピールタイムに入って頂きましょう。タビトさん、よろしくお願いします!」

 司会が舞台の端にはけると同時に、舞台袖からタビトの背の高さほどもある赤い板を持った黒子が飛び出してきた。その上舞台の半分を覆っていた幌布が前方にも引っ張り出され大きな影を作る。赤い板がタビトの背後に、元々頼んでいたテーブルが一つその手前に置かれたと思ったら、パッと正面から丸い灯りがタビトを照らした。

 一瞬眩しさに目を細めたが、すぐにその正体に気付く。さっき舞台袖で聞いた、『人間ランプ』リズロナの魔法だ。彼女は目立たないよう大きな布で全身を隠しつつも、舞台の下からタビトに向かって、白い掌を差し出していた。

 知っている顔を見たことで、タビトの少し緊張が解れる。

 咳ばらいを一つして、改めて絨毯の上で観客を見渡した。たった十分ではあるが、初めてにしてはずいぶんと大きなステージだ。何度も練習した最初の一声が、喉の奥で縮こまっている。どこで切り出そうかと目線をさ迷わせているうちに、またよく知った顔を見つけた。

 ――イリス先生。来ないって言ってたのに。

 イリスは頭から司祭のフードを被り、会場端の立ち見客の間で小さく収まっていた。
 イリスがわざわざ観覧に来てくれた喜びと、あんなところにいても見つけることができた自分を誇らしく思う気持ちが同時に胸の中に沸いて、ようやくタビトの舌が回り出す。

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