銀の旅人

日々野

文字の大きさ
105 / 183
6章◆触れてはいけない、触れてほしい

第十四番『強烈回転眼』-3

しおりを挟む

「……ふ、……」

 視界と唇を塞がれているせいか、イリスはずいぶんやりにくそうだった。前方が見えないなりにも両手を一生懸命動かすが、タビトに舌や上顎を吸われると手が止まる。口付けだけでびくびくと震える敏感な体が愛おしく、調子に乗って吸いまくっていると、突然イリスが怒ったようにタビトの先端を強く握った。さすがにこれにはタビトも体を強張らせる。

「いっ……、せ、先生、それいたいです……」
「っはぁ、き、君が……君がしつこくするから!」
「わ……分かりました。ごめんなさい、もう邪魔しません」

 最後にちゅ、と音を立てて口付けると、後はイリスの体に抱き着いて大人しくしていた。やっと調子を取り戻したイリスが機械的に手を動かすと、既に十分張り詰めていたタビトの中心は呆気なく熱を放つ。

「……出た」

 タビトに抱き着かれたまま、イリスが疲れたように呟く。

「ほら、抜いてあげたよ。……離してくれる?」
「……キス、もっかい……」
「もう二回もしたでしょ! というか君のキス長いんだよ、一回でもご褒美としては多すぎるくらいだ!」
「うぅ」

 タビトも開き直っていた自覚はあったので、そこを突かれると弱い。仕方なくイリスの体を解放する。するとイリスは息つく間もなく立ち上がり、小瓶の入ったトレイや書類を手早くまとめた。そしてドアノブに手をかけると、背中越しに言った。

「……後は自分でなんとかして。付き合い切れない」
「……はい……」

 たった今イリスの手によって射精したというのに、未だにタビトの中心は元気に天を仰いでいた。
 イリスが珍しくどたどたと騒がしい音と共に階段を降りていくのを聞きながら、タビトはベッドに座って顔を出て覆っていた。

 ――駄目だなオレ、先生はただ優しくしてくれただけなのに。なんであんないじめちゃうようなことしちゃうんだろ。先生のこと好きなのに。

 餓鬼臭い行動に、自分が自分で嫌になる。けれどイリスが怯えたり焦ったり戸惑っている姿を見ると、無性に興奮してしまうのも事実だった。普段は余裕たっぷりの、片付け以外は何でも器用にこなす優秀な魔法使い――というイリスの表の顔が、タビトの行動によって翻弄され、崩れていくことに悦びを覚えてしまう。

 ――昏い欲望。

 いつだったか、古道具屋の老人が言っていた表現がぴたりとはまる気がした。
 あの時は下品な奴隷の装具に対し軽蔑の念すら抱いていたが、その実自分もあまり違わないことを知り、がっくりと肩を落とす。

「……オレ、こんな性格悪かったのか……。駄目だな、もっとちゃんとしないと」

 いくら『ご褒美』と言えど、何だって頼んでいいはずがない。ましてやタビトが欲しいのは、イリスの心そのものなのだから。
 タビトは自戒の意味を込めて両の頬を手で打つと、未だに主張を続ける己の下半身に向き直る。
 反省はしたが、それはそれ、これはこれ。





 一目散に寝室に駆け込んだイリスはすぐさまドアに鍵を掛け、ほとんど投げ出すようにして器具の載ったトレイと書類の束を床に置いた。
 心臓が早鐘のように打ち、耳元を流れる血流が鼓膜をばくばくと鳴らし、体の中心に痛いほど熱が集まっていた。

「あぁもう、また……」

 壁に背を付きながらずるずると床に崩れ落ちる。

 タビトの唇、濡れた舌の感触、その体温までもが、未だに口全体に残っている。その上今日は、……両手にも。

「ほんと……今時の十八歳怖い……成長早すぎ……」

 ――ついこの間までは、「抜いてあげようか」と言えば顔を真っ赤にして脱兎の如く逃げていたのに。今日は少し笑みまで見せながら「はい、抜いてください」って。どうなってるの。その後のキスもまるでじゃれてるみたいだし。キスでじゃれるって。十八歳のやることか? どこであんなの覚えてくるの? 天然? 独学?

 内心で不満と疑問を垂れ流しながら髪を掻き上げようとして、手を洗っていないことを思い出す。

「あ。……何か拭くもの……」

 部屋を見渡し、適当なタオルを探そうとするも見当たらない。かといってこの状態で部屋の外にも出られない。だからイリスは仕方なく、……仕方なく、汚れた右手を顔の前にかざした。

「……これ、あの子の……」

 白濁した体液が、指の先端から手のひらにかけて垂れていた。魅せられたように、飛沫が付着した薬指の先端を唇にあてる。
「……にが……」

 とにかく苦い。高揚していた頭の芯が一気に冷えるくらいには苦い。苦いし不味いしこんなもの、とても口に入れるようなものじゃない。
 一口舐めただけでそう思ったのに、……何故かイリスは、一番汚れていた人差し指の先端に舌を這わせていた。

「……まず……」

 青臭い匂いに顔をしかめながら、手袋をつけたままの左手で己の下腹部を探る。このまますれば手袋は汚れてしまうが、既にタビトの精液で少し汚れているし、何より――造り物のように表面がつるつるしている銀の手より、ごつごつした革の手袋の方が、タビトの手の質感に近いと思った。

「ん、……タビト……」

 右手についたタビトの精液を舐めながら、熱くなった中心を左手で握り込んで上下に動かす。

 ――ああ、最悪だ。なんて駄目な大人なんだ、私は。あの子は好きで私と一緒にいるんじゃなく、色々なしがらみの結果仕方なくここに留まっているだけなのに。あの子が私に対してどう思おうと、私は常に冷静でいなくちゃいけないのに。特別な感情なんて、抱いちゃいけないのに。

「あぁ、……タビト……っ、……」

 手袋の中に欲を吐き出したことで、ようやく全身を覆っていた熱が引いていく。
 イリスは全身の脱力感と、またタビトで抜いてしまった罪悪感を覚えながら、足を引きずるようにしてベッドに向かう。

 ――報告書は、少し休んでから書こう。さて今回は、『報奨』の欄をどう誤魔化そうか……。

 まだ昼下がりだというのに、窓の外から光は差さず、部屋の中は薄暗かった。
 春の終わりの短い雨季が、訪れようとしていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ヤンキーDKの献身

ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。 ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。 性描写があるものには、タイトルに★をつけています。 行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

fall~獣のような男がぼくに歓びを教える

乃木のき
BL
お前は俺だけのものだ__結婚し穏やかな家庭を気づいてきた瑞生だが、元恋人の禄朗と再会してしまう。ダメなのに逢いたい。逢ってしまえばあなたに狂ってしまうだけなのに。 強く結ばれていたはずなのに小さなほころびが2人を引き離し、抗うように惹きつけ合う。 濃厚な情愛の行く先は地獄なのか天国なのか。 ※エブリスタで連載していた作品です

忠犬だったはずの後輩が、独占欲を隠さなくなった

ちとせ
BL
後輩(男前イケメン)×先輩(無自覚美人)  「俺がやめるのも、先輩にとってはどうでもいいことなんですね…」 退職する直前に爪痕を残していった元後輩ワンコは、再会後独占欲を隠さなくて… 商社で働く雨宮 叶斗(あめみや かなと)は冷たい印象を与えてしまうほど整った美貌を持つ。 そんな彼には指導係だった時からずっと付き従ってくる後輩がいた。 その後輩、村瀬 樹(むらせ いつき)はある日突然叶斗に退職することを告げた。 2年後、戻ってきた村瀬は自分の欲望を我慢することをせず… 後半甘々です。 すれ違いもありますが、結局攻めは最初から最後まで受け大好きで、受けは終始振り回されてます。

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

聖獣は黒髪の青年に愛を誓う

午後野つばな
BL
稀覯本店で働くセスは、孤独な日々を送っていた。 ある日、鳥に襲われていた仔犬を助け、アシュリーと名づける。 だが、アシュリーただの犬ではなく、稀少とされる獣人の子どもだった。 全身で自分への愛情を表現するアシュリーとの日々は、灰色だったセスの日々を変える。 やがてトーマスと名乗る旅人の出現をきっかけに、アシュリーは美しい青年の姿へと変化するが……。

給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!

永川さき
BL
 魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。  ただ、その食事風景は特殊なもので……。  元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師  まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。  他サイトにも掲載しています。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

処理中です...