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6章◆触れてはいけない、触れてほしい
第十四番『強烈回転眼』-3
しおりを挟む「……ふ、……」
視界と唇を塞がれているせいか、イリスはずいぶんやりにくそうだった。前方が見えないなりにも両手を一生懸命動かすが、タビトに舌や上顎を吸われると手が止まる。口付けだけでびくびくと震える敏感な体が愛おしく、調子に乗って吸いまくっていると、突然イリスが怒ったようにタビトの先端を強く握った。さすがにこれにはタビトも体を強張らせる。
「いっ……、せ、先生、それいたいです……」
「っはぁ、き、君が……君がしつこくするから!」
「わ……分かりました。ごめんなさい、もう邪魔しません」
最後にちゅ、と音を立てて口付けると、後はイリスの体に抱き着いて大人しくしていた。やっと調子を取り戻したイリスが機械的に手を動かすと、既に十分張り詰めていたタビトの中心は呆気なく熱を放つ。
「……出た」
タビトに抱き着かれたまま、イリスが疲れたように呟く。
「ほら、抜いてあげたよ。……離してくれる?」
「……キス、もっかい……」
「もう二回もしたでしょ! というか君のキス長いんだよ、一回でもご褒美としては多すぎるくらいだ!」
「うぅ」
タビトも開き直っていた自覚はあったので、そこを突かれると弱い。仕方なくイリスの体を解放する。するとイリスは息つく間もなく立ち上がり、小瓶の入ったトレイや書類を手早くまとめた。そしてドアノブに手をかけると、背中越しに言った。
「……後は自分でなんとかして。付き合い切れない」
「……はい……」
たった今イリスの手によって射精したというのに、未だにタビトの中心は元気に天を仰いでいた。
イリスが珍しくどたどたと騒がしい音と共に階段を降りていくのを聞きながら、タビトはベッドに座って顔を出て覆っていた。
――駄目だなオレ、先生はただ優しくしてくれただけなのに。なんであんないじめちゃうようなことしちゃうんだろ。先生のこと好きなのに。
餓鬼臭い行動に、自分が自分で嫌になる。けれどイリスが怯えたり焦ったり戸惑っている姿を見ると、無性に興奮してしまうのも事実だった。普段は余裕たっぷりの、片付け以外は何でも器用にこなす優秀な魔法使い――というイリスの表の顔が、タビトの行動によって翻弄され、崩れていくことに悦びを覚えてしまう。
――昏い欲望。
いつだったか、古道具屋の老人が言っていた表現がぴたりとはまる気がした。
あの時は下品な奴隷の装具に対し軽蔑の念すら抱いていたが、その実自分もあまり違わないことを知り、がっくりと肩を落とす。
「……オレ、こんな性格悪かったのか……。駄目だな、もっとちゃんとしないと」
いくら『ご褒美』と言えど、何だって頼んでいいはずがない。ましてやタビトが欲しいのは、イリスの心そのものなのだから。
タビトは自戒の意味を込めて両の頬を手で打つと、未だに主張を続ける己の下半身に向き直る。
反省はしたが、それはそれ、これはこれ。
◇
一目散に寝室に駆け込んだイリスはすぐさまドアに鍵を掛け、ほとんど投げ出すようにして器具の載ったトレイと書類の束を床に置いた。
心臓が早鐘のように打ち、耳元を流れる血流が鼓膜をばくばくと鳴らし、体の中心に痛いほど熱が集まっていた。
「あぁもう、また……」
壁に背を付きながらずるずると床に崩れ落ちる。
タビトの唇、濡れた舌の感触、その体温までもが、未だに口全体に残っている。その上今日は、……両手にも。
「ほんと……今時の十八歳怖い……成長早すぎ……」
――ついこの間までは、「抜いてあげようか」と言えば顔を真っ赤にして脱兎の如く逃げていたのに。今日は少し笑みまで見せながら「はい、抜いてください」って。どうなってるの。その後のキスもまるでじゃれてるみたいだし。キスでじゃれるって。十八歳のやることか? どこであんなの覚えてくるの? 天然? 独学?
内心で不満と疑問を垂れ流しながら髪を掻き上げようとして、手を洗っていないことを思い出す。
「あ。……何か拭くもの……」
部屋を見渡し、適当なタオルを探そうとするも見当たらない。かといってこの状態で部屋の外にも出られない。だからイリスは仕方なく、……仕方なく、汚れた右手を顔の前にかざした。
「……これ、あの子の……」
白濁した体液が、指の先端から手のひらにかけて垂れていた。魅せられたように、飛沫が付着した薬指の先端を唇にあてる。
「……にが……」
とにかく苦い。高揚していた頭の芯が一気に冷えるくらいには苦い。苦いし不味いしこんなもの、とても口に入れるようなものじゃない。
一口舐めただけでそう思ったのに、……何故かイリスは、一番汚れていた人差し指の先端に舌を這わせていた。
「……まず……」
青臭い匂いに顔をしかめながら、手袋をつけたままの左手で己の下腹部を探る。このまますれば手袋は汚れてしまうが、既にタビトの精液で少し汚れているし、何より――造り物のように表面がつるつるしている銀の手より、ごつごつした革の手袋の方が、タビトの手の質感に近いと思った。
「ん、……タビト……」
右手についたタビトの精液を舐めながら、熱くなった中心を左手で握り込んで上下に動かす。
――ああ、最悪だ。なんて駄目な大人なんだ、私は。あの子は好きで私と一緒にいるんじゃなく、色々なしがらみの結果仕方なくここに留まっているだけなのに。あの子が私に対してどう思おうと、私は常に冷静でいなくちゃいけないのに。特別な感情なんて、抱いちゃいけないのに。
「あぁ、……タビト……っ、……」
手袋の中に欲を吐き出したことで、ようやく全身を覆っていた熱が引いていく。
イリスは全身の脱力感と、またタビトで抜いてしまった罪悪感を覚えながら、足を引きずるようにしてベッドに向かう。
――報告書は、少し休んでから書こう。さて今回は、『報奨』の欄をどう誤魔化そうか……。
まだ昼下がりだというのに、窓の外から光は差さず、部屋の中は薄暗かった。
春の終わりの短い雨季が、訪れようとしていた。
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