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7章◆雷光轟く七夜祭
美味しそうー1
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◆
夏本番を間近に控える迎夏の月、下旬のとある夜。
ベッドの上でイリスが熱いため息を吐く。
「はぁ……ん……はぅ……」
うつ伏せになって枕に顔を埋めているせいで、その声は低くぐぐもっていた。
タビトはイリスの体の上に馬乗りになった状態で、その細い腰に手を伸ばす。
「っぁ……、ん……、タビト……そこ、ちょっと痛……」
「ちょっと痛いくらいがちょうどいいんですよ。痛気持ちいいってやつです」
「そうなんだ……? はぁ……じゃあ……いたきもちぃ……?」
「そうです」
イリスの不満を押し込めて、弱い部分を指の先で刺激する。少し強くし過ぎたのか、イリスの体にぴくんと緊張が走った。
「んッ……だめ……やっぱり痛い……」
「そうですか? じゃあ今日はここまでにしますか」
「え」
タビトがあっさりと手を引くと、イリスは枕を抱いたまま振り返る。そして快楽に潤んだ瞳で囁いた。
「さ、最後にもっかいだけ……やってほしい。……肩……と腕……」
「……」
その無駄にえっちな言い回しはどうにかしてくれないかなぁ――などと思いつつ、タビトはイリスの体から退く。
「先生、マッサージもやり過ぎはよくないんですよ。揉み返しって言ってね、逆に後で痛くなったりして……」
「大丈夫、そういうのはたぶん私なら勝手に治るから。だからあとちょっとだけ、肩と腕お願い」
「まったく……」
イリスがもそもそとその場に座り直したので、タビトもシーツの上で膝をつく。イリスが喜ぶならマッサージくらいいくらでもやってやる気概はあるが、妙に色っぽい声で喘がれるのだけは頂けない。つい妄想があらぬ方向に膨らんで、勃起しそうになるたび意識を別の方に持っていかなければならなかった。
「じゃ、ちょっとだけですよ。撫でる程度です」
「うん……。あーきもちぃ、君ってやっぱ天才……男前……」
「おだててももう延長なしですからね」
「ふぁい……」
あまり強くし過ぎないよう、包み込むようにして肩から腕をゆるく揉み解していく。
魔人の書第十九番、『安息日』から復帰して、およそ二週間が経っていた。その間更に二十番と二十一番の投与があったがいずれも軽症で済んだので、ここ最近のタビトは比較的充実した日々を過ごしていた。
午前中から昼は家事と日課の片付け、読み書きの練習。読む方はもうほとんど不自由なくなっていたので、今は専ら読書の時間になっている。夜は小鹿の馬車亭での仕事があるのでアンコとの散歩は取りやめになり、代わりに昼過ぎから夕方くらいの時間帯に近辺を走ることにした。仕事を終えて一息ついたあとは、寝室でイリスのマッサージ。今日あったことなどを互いに話しつつ、存分にイリスに触れることができるので、タビトにとっては至福の時間だった。イリスがすぐ喘ぎ声を出すことだけは悩ましいが。
「はい、今度こそ終わりです。お疲れさまでした」
最後にぱん、と勢いをつけて肩を叩くと、イリスは寝起きのような声で「ありがとう」と言う。そしてタビトの方を名残惜しそうに振り返った。
「そういえば君、……牙の方はどうなったの? ……練習してる?」
「えっ。……あー……」
あえて話さずにいたことを突っ込まれ、つい目が泳ぐ。
牙というのはもちろん、魔人に与えられた幻楼狼の牙のことだ。夢に出た魔人に練習方法まで教わったのに、タビトは未だに自分の意志で牙を出すことができていなかった。魔人に言われた通り何度か自分の手首や腕に噛みついて試してみたが、半月型の歯型が並ぶだけで透明な牙が現れた兆しはない。
「練習はしてるんですけど、やろうと思ってもどうやればいいか分からないというか。取っ掛かりみたいなものがあれば違うと思うんですけど」
「ふぅん。そういうところは魔法に似ているね。訓練生と話してるみたいだ」
イリスは興味深そうに腕を組む。
「こういう時は、最初の一回をよく思い出してみるんだ。君なら私から生気を吸った時だね。あの時の感覚を思い出せる?」
「えっと……」
イリスが久しぶりに『先生』の顔になっているのを新鮮に感じながらも、タビトはその時のことを頭に思い浮かべる。
「あの時はたしか……最初に全身の感覚が鋭くなったような気がしました。音とか匂いとかがすごくはっきりして。それで先生のことが……」
目の前のイリスに視線を移す。その姿が当時の記憶と重なり、タビトの胸の奥がざわつく。
「美味そうだ、って……。あの時は先生のことが先生じゃなくて、ただ獲物として見えてた気がします。美味そうな生き物がいるって」
「ふぅん。美味そうな生き物……」
イリスが呟きながら目を伏せる。
もしかして失礼な言い方をしちゃったかな、とタビトは少し遅れて不安になったが、イリスはぱっと顔を上げるとタビトを覗き込みながら言った。
「今の私は、美味しそうじゃない?」
「……えっ?」
「だって君の場合、取っ掛かりになるとしたら私でしょう? 私で牙を出す感覚を掴んでいくのがいいと思うんだけど」
「……はぁ。……えっと。……」
今のイリスは美味しそうか――と問われると、答えは最初から決まっている。
白く滑らかな肌はマッサージの効果で血色がよくなり、いつにもまして美しい。灰色がかった薄い青の瞳は、今は少し眠たげに潤んでいる。長い睫毛が落とした影が頬に落ち、その下には小さな桃色の唇。
タビトの目が唇のところで釘付けになる。
「今の先生も、……美味そうです。すごく」
タビトはその細い顎を掴んで引き寄せると、唇を重ね合わせた。イリスが目を剥いたのが気配で分かる。しかしタビトは構わず唇をはみ、隙間から舌を差し込もうとして――
夏本番を間近に控える迎夏の月、下旬のとある夜。
ベッドの上でイリスが熱いため息を吐く。
「はぁ……ん……はぅ……」
うつ伏せになって枕に顔を埋めているせいで、その声は低くぐぐもっていた。
タビトはイリスの体の上に馬乗りになった状態で、その細い腰に手を伸ばす。
「っぁ……、ん……、タビト……そこ、ちょっと痛……」
「ちょっと痛いくらいがちょうどいいんですよ。痛気持ちいいってやつです」
「そうなんだ……? はぁ……じゃあ……いたきもちぃ……?」
「そうです」
イリスの不満を押し込めて、弱い部分を指の先で刺激する。少し強くし過ぎたのか、イリスの体にぴくんと緊張が走った。
「んッ……だめ……やっぱり痛い……」
「そうですか? じゃあ今日はここまでにしますか」
「え」
タビトがあっさりと手を引くと、イリスは枕を抱いたまま振り返る。そして快楽に潤んだ瞳で囁いた。
「さ、最後にもっかいだけ……やってほしい。……肩……と腕……」
「……」
その無駄にえっちな言い回しはどうにかしてくれないかなぁ――などと思いつつ、タビトはイリスの体から退く。
「先生、マッサージもやり過ぎはよくないんですよ。揉み返しって言ってね、逆に後で痛くなったりして……」
「大丈夫、そういうのはたぶん私なら勝手に治るから。だからあとちょっとだけ、肩と腕お願い」
「まったく……」
イリスがもそもそとその場に座り直したので、タビトもシーツの上で膝をつく。イリスが喜ぶならマッサージくらいいくらでもやってやる気概はあるが、妙に色っぽい声で喘がれるのだけは頂けない。つい妄想があらぬ方向に膨らんで、勃起しそうになるたび意識を別の方に持っていかなければならなかった。
「じゃ、ちょっとだけですよ。撫でる程度です」
「うん……。あーきもちぃ、君ってやっぱ天才……男前……」
「おだててももう延長なしですからね」
「ふぁい……」
あまり強くし過ぎないよう、包み込むようにして肩から腕をゆるく揉み解していく。
魔人の書第十九番、『安息日』から復帰して、およそ二週間が経っていた。その間更に二十番と二十一番の投与があったがいずれも軽症で済んだので、ここ最近のタビトは比較的充実した日々を過ごしていた。
午前中から昼は家事と日課の片付け、読み書きの練習。読む方はもうほとんど不自由なくなっていたので、今は専ら読書の時間になっている。夜は小鹿の馬車亭での仕事があるのでアンコとの散歩は取りやめになり、代わりに昼過ぎから夕方くらいの時間帯に近辺を走ることにした。仕事を終えて一息ついたあとは、寝室でイリスのマッサージ。今日あったことなどを互いに話しつつ、存分にイリスに触れることができるので、タビトにとっては至福の時間だった。イリスがすぐ喘ぎ声を出すことだけは悩ましいが。
「はい、今度こそ終わりです。お疲れさまでした」
最後にぱん、と勢いをつけて肩を叩くと、イリスは寝起きのような声で「ありがとう」と言う。そしてタビトの方を名残惜しそうに振り返った。
「そういえば君、……牙の方はどうなったの? ……練習してる?」
「えっ。……あー……」
あえて話さずにいたことを突っ込まれ、つい目が泳ぐ。
牙というのはもちろん、魔人に与えられた幻楼狼の牙のことだ。夢に出た魔人に練習方法まで教わったのに、タビトは未だに自分の意志で牙を出すことができていなかった。魔人に言われた通り何度か自分の手首や腕に噛みついて試してみたが、半月型の歯型が並ぶだけで透明な牙が現れた兆しはない。
「練習はしてるんですけど、やろうと思ってもどうやればいいか分からないというか。取っ掛かりみたいなものがあれば違うと思うんですけど」
「ふぅん。そういうところは魔法に似ているね。訓練生と話してるみたいだ」
イリスは興味深そうに腕を組む。
「こういう時は、最初の一回をよく思い出してみるんだ。君なら私から生気を吸った時だね。あの時の感覚を思い出せる?」
「えっと……」
イリスが久しぶりに『先生』の顔になっているのを新鮮に感じながらも、タビトはその時のことを頭に思い浮かべる。
「あの時はたしか……最初に全身の感覚が鋭くなったような気がしました。音とか匂いとかがすごくはっきりして。それで先生のことが……」
目の前のイリスに視線を移す。その姿が当時の記憶と重なり、タビトの胸の奥がざわつく。
「美味そうだ、って……。あの時は先生のことが先生じゃなくて、ただ獲物として見えてた気がします。美味そうな生き物がいるって」
「ふぅん。美味そうな生き物……」
イリスが呟きながら目を伏せる。
もしかして失礼な言い方をしちゃったかな、とタビトは少し遅れて不安になったが、イリスはぱっと顔を上げるとタビトを覗き込みながら言った。
「今の私は、美味しそうじゃない?」
「……えっ?」
「だって君の場合、取っ掛かりになるとしたら私でしょう? 私で牙を出す感覚を掴んでいくのがいいと思うんだけど」
「……はぁ。……えっと。……」
今のイリスは美味しそうか――と問われると、答えは最初から決まっている。
白く滑らかな肌はマッサージの効果で血色がよくなり、いつにもまして美しい。灰色がかった薄い青の瞳は、今は少し眠たげに潤んでいる。長い睫毛が落とした影が頬に落ち、その下には小さな桃色の唇。
タビトの目が唇のところで釘付けになる。
「今の先生も、……美味そうです。すごく」
タビトはその細い顎を掴んで引き寄せると、唇を重ね合わせた。イリスが目を剥いたのが気配で分かる。しかしタビトは構わず唇をはみ、隙間から舌を差し込もうとして――
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