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8章◆少年タビトの物語
一日目の夜-2
しおりを挟む「えっ」
どうする――と発したイリスの唇が、オイルランプの灯りに照らされて妖しく艶めいている。タオルで粗方乾かしたとは言え、水気を含んでところどころ束になった髪は無造作に乱れ、無防備な色気を醸し出していた。寝間着代わりの白のチュニックは首元が大きく開き、下は相変わらず――履いていない。否、下着はおそらく履いているのだが、剥き出しになった白い太腿だけでもタビトの理性を揺さぶるには十分だった。
気付けば太腿に吸い寄せられていた目線をぐいと上げる。鎖骨に浮かぶ影、細い首、柔らかそうな唇と、どこまで上げても目のやり場に困った末、タビトはぱっと斜め下の床に向けて顔を伏せる。
「いやでもオレ、『地の声』の時は先生を襲っちゃったから。ご、ご褒美はなしでいいです」
「そう? 相変わらず欲がないんだね。でも『暁帳』の方は?」
「それは……えっと……」
『暁帳』の時は――否、『暁帳』の時も、イリスとキスをした。正確には、『暁帳』の効果で眠っていると勘違いしたイリスが勝手に口付けたのだけど。
「……」
あれだけでもタビトにとっては十分なご褒美だったが、当然、『報奨』としては数えられていないことは分かっている。それに何より、今このタイミングでイリスが言い出したということに動揺した。これではまるで――。
「ねぇタビト。『いつもの』でいいなら」
死角から伸びたイリスの手が、タビトの頬にそっと触れる。
「いま。……あげてもいいよ?」
「……ぁ、……」
「いらないなら別に構わないけど」
「ぁいっ! いる! いります!」
イリスが引っ込めようとした手を手首からぐいと掴んでいた。勢いに驚いたのか、一瞬イリスが息を呑む。けれどすぐ、ふっと吐息で笑った。そしてほんの少し顎を持ち上げ、無言で目を瞑る。
「……」
ただ静かに目を瞑って口付けを待つイリスの顔は、神の信託を待っているかのような神秘的な美しさを湛えていた。滑らかな輪郭、通った鼻筋、緻密なまつ毛、控えめな唇の影がランプの灯りによって強調され、まるで精巧につくられた彫刻のようだ。いや、こんな綺麗なもの、人の手では作れない。
タビトは万に一つもこの美しいものを毀してしまわぬよう、指先だけで慎重に頬に触れる。触れた途端、イリスの閉じた目蓋がひくりと痙攣するみたいに小さく震え、この美しいものが生きていることを改めて実感した。頬の上で指を滑らせ、ゆるく顎を固定する。それからそっと、その唇に口づけた。
最初はほんの一瞬、触れるか触れないかの浅いキス。なのに心臓が痛いくらい高鳴って、呼吸が乱れそうになる。
「……イリス先生」
喘ぐように名前を呼ぶが、イリスは目を開けない。ただ、まつ毛が小さく震えた。
なんだかそれに許しをもらったような気がして、もう一度唇を重ねる。今度は舌先をそっと差し込むと、イリスはかすかに息を呑んだ。けれど拒まない。そのまま薄く唇を開き、タビトの舌を受け入れる。
「……っ、ん……」
無抵抗で受け入れているくせに、イリスの喉奥から漏れる声は少し苦しげで、それがタビトの昏い欲望を掻き立てた。衝動に突き立てられるように舌を絡め、角度を変え、さらに深く、貪るように口づける。
やがて唇の間で漏れ出した唾液がとろりとイリスの頬を伝い、顎の先端から鎖骨の窪みに垂れていく。その頃にはイリスの息は上がっていて、白磁のような肌はうっすらと朱に染まっていた。必死で空気を求めているのか、薄い胸板は服の上からでも分かるくらい大きく上下していて、その律動すらタビトには艶めかしく見えた。神秘的な彫像のようなイリスを、他でもない自分自身がそうさせているのだと思うと、ぞくぞくとした興奮が背筋をかけのぼる。
「んんっ……ふ、……」
じゅ、と音を立てて舌を吸うと、イリスは喉の奥で泣きそうな声を出し、ぎゅっとタビトの胸に縋りつく。タビトはそれをもう片方の手で受け止めながら、また角度を変えてイリスの口内を味わう。
イリスの肩が震えているのが分かった。タビト自身、熱がどんどん昂ってくるのが分かる。これ以上続けたら引き返せなくなる。そろそろもう、辞めないと。分かっているのに、イリスのふっくらした唇が、柔らかな舌が、熱い呼気が、名残惜しくて離れられない。
まだしたい。もっとしたい。夜が明けるまでこうしていたい――そう強く願いながら目線を上げると、思いがけずイリスと至近距離で目があった。
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