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R.R
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「幼馴染と言えば……そういや千。お前、りせちゃんとはどないなっとんねん。最近連絡したか?」
「え、……」
ぎく、と露骨に千の肩が跳ねた。
万太郎はそれに気付かなかったようだが、隣にいた一夏は、千の放つ空気まで変わったことがはっきりと分かった。軽口を叩きながらもずっと動かしていた紙やすりが、止まっている。
それに引っかかるものがあった一夏は、思い切って自分から万太郎に切り出す。
「千くんにも幼馴染がいたんですね。りせちゃんっていうんですか?」
「ん? ああ、せやねん。了安李世っていう、こんなド田舎にはもったいない垢抜けた子ぉでな。千の五つ上やったかな? 小学校入ってすぐのころはりせちゃんりせちゃんゆうて、親ガモについて回る子ガモみたいにくっついてなぁ。あの頃の千はほんまに可愛かったのに……」
「オレは今でも可愛いやろが」
親子がまた軽口の応酬を始めたが、一夏の頭はしばらく固まっていた。
りょうあん・りせ――日本人には珍しい、姓も名もラ行の名前。イニシャルにすると『R.R』。
そしてついさっき千の部屋で見たポストカードに記されていた、イニシャルらしきもの。ただの偶然の一致ではないだろう。ということは、考えられる可能性は一つ。
――その幼馴染が、ポストカードの送り主……?
ネットで簡単にやり取りができる時代になっても、何かの記念や節目にポストカードを送ることはあるだろう。そこは別におかしなことじゃない。でも、じゃあ、どうして千は隠そうとしたのか。どこにでも売っていそうな風景写真のポストカードに、ただ一言添えられていただけの代物を。
一夏が考え込んでいる間にも、父子の会話は続く。
「で? 今はりせちゃんと連絡取ってへんの」
「……今は半年に一回くらい、ここにハガキが届くくらいや」
「返事は?」
「……いや。特に」
「なんでぇ? 返事くらい書いたれや。あんなに懐いとったのに、薄情なやっちゃなぁ。お前りせちゃんが初恋やったんやろ?」
「うるさいなぁ、ガキの頃の話やろ。中学の頃にはもう吹っ切れてたわ」
「またまたぁ、そんなことゆうて。もし今りせちゃんが一人で帰ってきて付き合おうゆわれたら付き合うやろ?」
「このアホ親父。アホなことばっか……、」
千はうんざりしたように大きなため息を吐く。
「そんなことあり得へんし、付き合わへん。オレでは絶対りせには付いてかれへんからな」
きっぱりと断言した。
しかしその言葉は、一夏の心にずしんと響いた。
座っている椅子ごと、体が床に沈み込んでいくような錯覚を覚える。
「……一夏? なあ、どした……」
千が一夏の異変に気付き、口を開いた時。ちょうど壁の鳩時計の針が十二時のところで止まった。
――ポッポー、ポッポー、ポッポー、ポッポー……。
歯車が小さく回る音と共に、木製の鳩が小窓から出てきてきっかり十二回鳴く。鳩の出番が終わると入れ違いに短いオルゴール曲が鳴り始め、小窓の下で小さな人形がくるくると回る……。
鳩時計が時刻を告げている間は、誰も何も喋らなかった。そしてオルゴール曲が終わり、人形がぴたりと動きを止めた瞬間、一夏がその場に立ち上がる。
「あ、もうお昼か。手伝いの途中だけど帰るね。ごめん」
「いや、手伝いなんてどうでもええけど……昼、うちで食っていかんの?」
「ううん、叔母さんがもう作ってるから。今からいらないって連絡したんじゃ遅いでしょ」
「……まあ、それもそうやな」
もっとらしい言い訳がつらつらと出てきたことに、自分で少し驚く。それを悟られる前に一夏は万太郎にも手短に挨拶をし、逃げるように山田家を後にした。
真上から降り注ぐ太陽の日差しを浴びながら、一直線に永瀬家に向かって歩く。
太陽は憎らしいほど眩しく、肌を焦がすほどなのに、心の中は惨めな感情が大波のように押し寄せていた。
――なんで勘違いしちゃったんだろ。千は俺なんかとは全然違う。
たしかに彼は学校では関西弁を隠しているけど、ここでは何もしなくても『普通の高校生』だ。そして普通の高校生は、普通の恋ができる。というより千ほど容姿が整った今時の男子高校生なら、彼女の一人や二人いたっておかしくない。それに。
――本当はまだ、好きなんだろ? 幼馴染のこと。りせって人のこと。
耳の奥で、千の言葉が木霊する。
『オレでは絶対りせには付いてかれへんからな』。
それは裏を返せば、『付いていけるなら付き合っている』ということではないか。ただ自分の能力――具体的に何のことかは分からないが――が不足していると感じて、仕方なく諦めただけで、気持ちはまだ残っているのではないか。
そう考えれば、何の変哲もない風景写真のポストカードを隠した意味も分かる。彼はただ、照れ臭かったのだ。初恋の人の思い出のカードを取り出し、こっそり眺めているという事実が友達にばれそうになったから。
――最初から分かってただろ。千とは住む世界が違う。『普通の友達』以上のことを期待しちゃ駄目だ。それを求めたら友達ですらいられなくなる。このままの関係でいたいなら頭を冷やさないと。こんなことでショックを受けることの方がおかしいって、そう思わないと。
歩いて一分ほどの道のりを、およそ三十秒で帰宅した。玄関の前で火照った頬を両手で張り、気合を入れる。
「ただいまー!」
元気よく声を張り上げ、玄関扉をくぐった。
おかえり、と笑顔で迎えてくれた秋子に、「水鏡村の美人姉妹」の話題を振り、昼休憩に戻ってきていた秋蔵を笑わせる。
和やかな永瀬家の昼食の風景の中、自分もそこに身を置きながら、一夏は焦燥感に突き動かされていた。
――ちゃんとしないと。
ちゃんと、『普通の高校生』を、やらないと。
「え、……」
ぎく、と露骨に千の肩が跳ねた。
万太郎はそれに気付かなかったようだが、隣にいた一夏は、千の放つ空気まで変わったことがはっきりと分かった。軽口を叩きながらもずっと動かしていた紙やすりが、止まっている。
それに引っかかるものがあった一夏は、思い切って自分から万太郎に切り出す。
「千くんにも幼馴染がいたんですね。りせちゃんっていうんですか?」
「ん? ああ、せやねん。了安李世っていう、こんなド田舎にはもったいない垢抜けた子ぉでな。千の五つ上やったかな? 小学校入ってすぐのころはりせちゃんりせちゃんゆうて、親ガモについて回る子ガモみたいにくっついてなぁ。あの頃の千はほんまに可愛かったのに……」
「オレは今でも可愛いやろが」
親子がまた軽口の応酬を始めたが、一夏の頭はしばらく固まっていた。
りょうあん・りせ――日本人には珍しい、姓も名もラ行の名前。イニシャルにすると『R.R』。
そしてついさっき千の部屋で見たポストカードに記されていた、イニシャルらしきもの。ただの偶然の一致ではないだろう。ということは、考えられる可能性は一つ。
――その幼馴染が、ポストカードの送り主……?
ネットで簡単にやり取りができる時代になっても、何かの記念や節目にポストカードを送ることはあるだろう。そこは別におかしなことじゃない。でも、じゃあ、どうして千は隠そうとしたのか。どこにでも売っていそうな風景写真のポストカードに、ただ一言添えられていただけの代物を。
一夏が考え込んでいる間にも、父子の会話は続く。
「で? 今はりせちゃんと連絡取ってへんの」
「……今は半年に一回くらい、ここにハガキが届くくらいや」
「返事は?」
「……いや。特に」
「なんでぇ? 返事くらい書いたれや。あんなに懐いとったのに、薄情なやっちゃなぁ。お前りせちゃんが初恋やったんやろ?」
「うるさいなぁ、ガキの頃の話やろ。中学の頃にはもう吹っ切れてたわ」
「またまたぁ、そんなことゆうて。もし今りせちゃんが一人で帰ってきて付き合おうゆわれたら付き合うやろ?」
「このアホ親父。アホなことばっか……、」
千はうんざりしたように大きなため息を吐く。
「そんなことあり得へんし、付き合わへん。オレでは絶対りせには付いてかれへんからな」
きっぱりと断言した。
しかしその言葉は、一夏の心にずしんと響いた。
座っている椅子ごと、体が床に沈み込んでいくような錯覚を覚える。
「……一夏? なあ、どした……」
千が一夏の異変に気付き、口を開いた時。ちょうど壁の鳩時計の針が十二時のところで止まった。
――ポッポー、ポッポー、ポッポー、ポッポー……。
歯車が小さく回る音と共に、木製の鳩が小窓から出てきてきっかり十二回鳴く。鳩の出番が終わると入れ違いに短いオルゴール曲が鳴り始め、小窓の下で小さな人形がくるくると回る……。
鳩時計が時刻を告げている間は、誰も何も喋らなかった。そしてオルゴール曲が終わり、人形がぴたりと動きを止めた瞬間、一夏がその場に立ち上がる。
「あ、もうお昼か。手伝いの途中だけど帰るね。ごめん」
「いや、手伝いなんてどうでもええけど……昼、うちで食っていかんの?」
「ううん、叔母さんがもう作ってるから。今からいらないって連絡したんじゃ遅いでしょ」
「……まあ、それもそうやな」
もっとらしい言い訳がつらつらと出てきたことに、自分で少し驚く。それを悟られる前に一夏は万太郎にも手短に挨拶をし、逃げるように山田家を後にした。
真上から降り注ぐ太陽の日差しを浴びながら、一直線に永瀬家に向かって歩く。
太陽は憎らしいほど眩しく、肌を焦がすほどなのに、心の中は惨めな感情が大波のように押し寄せていた。
――なんで勘違いしちゃったんだろ。千は俺なんかとは全然違う。
たしかに彼は学校では関西弁を隠しているけど、ここでは何もしなくても『普通の高校生』だ。そして普通の高校生は、普通の恋ができる。というより千ほど容姿が整った今時の男子高校生なら、彼女の一人や二人いたっておかしくない。それに。
――本当はまだ、好きなんだろ? 幼馴染のこと。りせって人のこと。
耳の奥で、千の言葉が木霊する。
『オレでは絶対りせには付いてかれへんからな』。
それは裏を返せば、『付いていけるなら付き合っている』ということではないか。ただ自分の能力――具体的に何のことかは分からないが――が不足していると感じて、仕方なく諦めただけで、気持ちはまだ残っているのではないか。
そう考えれば、何の変哲もない風景写真のポストカードを隠した意味も分かる。彼はただ、照れ臭かったのだ。初恋の人の思い出のカードを取り出し、こっそり眺めているという事実が友達にばれそうになったから。
――最初から分かってただろ。千とは住む世界が違う。『普通の友達』以上のことを期待しちゃ駄目だ。それを求めたら友達ですらいられなくなる。このままの関係でいたいなら頭を冷やさないと。こんなことでショックを受けることの方がおかしいって、そう思わないと。
歩いて一分ほどの道のりを、およそ三十秒で帰宅した。玄関の前で火照った頬を両手で張り、気合を入れる。
「ただいまー!」
元気よく声を張り上げ、玄関扉をくぐった。
おかえり、と笑顔で迎えてくれた秋子に、「水鏡村の美人姉妹」の話題を振り、昼休憩に戻ってきていた秋蔵を笑わせる。
和やかな永瀬家の昼食の風景の中、自分もそこに身を置きながら、一夏は焦燥感に突き動かされていた。
――ちゃんとしないと。
ちゃんと、『普通の高校生』を、やらないと。
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