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八月二十四日
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◆
襖の向こう側で、秋子が立ち止まる。
「一夏ちゃん。言われてた本、千君に返しといたよ。……でもほんまによかったん? このまま一度も会わんと東京に帰ってしもて」
「……」
「千君、東京帰る前に灯華会一緒に行こうゆうてたよ。……まあ、無理にとは言わんけど……」
「……」
「……お父さん、こっち着くのは明日の昼過ぎやって。仕事あるから一夏ちゃん乗せたらすぐ帰るゆうてはるから、千君と灯華会行くなら、もう今夜しかないで?」
「……」
「まあ、……そういうことやから。……」
秋子の気配が部屋の前から遠ざかってから、一夏は深いため息を吐いた。
ベッドに寝転がったままスマホを起動し、メッセージアプリの通知は無視して、カレンダーを開く。
今日は八月二十四日。裏鏡川で溺れかけてから――千の大事なポストカードを失くし、千に服の匂いを嗅いでいるところを見られるという醜態を晒してから、ちょうど一週間だ。あれから一夏は千とは一切の連絡を絶ち、永瀬家の人々が気を遣ってくれるのをいいことに、ほとんど自室に引きこもっていた。
秋子達は最初「実は甥っ子は変質者に暴行を受けたのではないか」と真剣に悩んでいたようだが、千が一夏の服を持って来たことで、その疑いも晴れた。つまり――高校生同士の喧嘩。揉め事。すれ違い。そんなところだろう、と。
千が秋子にことのあらましをどう伝えたのか、一夏は知らない。知りたくもない。ただ秋子の口調から、千が一夏を庇っているということだけは分かった。甥っ子が友達の服の匂いを嗅いで喜んでいる変態だった――なんてことを秋子が知っていれば、こんな風に仲直りさせようとはしないからだ。
「はぁ……」
その気遣いが辛くて、また一つため息が漏れる。
――本当に辛いのは千の方だ。夏の間じゅうずっとつるんでいた友達が、実は変態だったと知ったんだから。その上そいつに大事なものまで失くされた。それなのにどうして千は、未だに俺に関わろうとするんだろう。もう、放っておいてくれたらいいのに……。
少し前に、水鏡山の中腹で一緒に月を見ていたのが遠い過去のようだ。あの日の千は、東京に帰ってからも当たり前のように友達でいてくれると言ったけれど……。それももう、無効だろう。
一夏はスマホを操作して、アルバムのフォルダを開く。この夏何度も繰り返した手順で、非表示設定を解除すると、三枚の写真が表示される。山羊のリエちゃんと笑う千。春太郎と美冬に取り囲まれている千。まるの散歩をしている千。その三枚をゆっくり時間をかけて見つめてから、フォルダごと削除した。『普通の高校生』は、友達の写真をこっそり眺めてにやついたりしないからだ。
「……うぅー……」
それでも辛くて、一夏は枕に顔を埋めてちょっとだけ泣いた。
往生際の悪い自分のことが、大嫌いだった。
襖の向こう側で、秋子が立ち止まる。
「一夏ちゃん。言われてた本、千君に返しといたよ。……でもほんまによかったん? このまま一度も会わんと東京に帰ってしもて」
「……」
「千君、東京帰る前に灯華会一緒に行こうゆうてたよ。……まあ、無理にとは言わんけど……」
「……」
「……お父さん、こっち着くのは明日の昼過ぎやって。仕事あるから一夏ちゃん乗せたらすぐ帰るゆうてはるから、千君と灯華会行くなら、もう今夜しかないで?」
「……」
「まあ、……そういうことやから。……」
秋子の気配が部屋の前から遠ざかってから、一夏は深いため息を吐いた。
ベッドに寝転がったままスマホを起動し、メッセージアプリの通知は無視して、カレンダーを開く。
今日は八月二十四日。裏鏡川で溺れかけてから――千の大事なポストカードを失くし、千に服の匂いを嗅いでいるところを見られるという醜態を晒してから、ちょうど一週間だ。あれから一夏は千とは一切の連絡を絶ち、永瀬家の人々が気を遣ってくれるのをいいことに、ほとんど自室に引きこもっていた。
秋子達は最初「実は甥っ子は変質者に暴行を受けたのではないか」と真剣に悩んでいたようだが、千が一夏の服を持って来たことで、その疑いも晴れた。つまり――高校生同士の喧嘩。揉め事。すれ違い。そんなところだろう、と。
千が秋子にことのあらましをどう伝えたのか、一夏は知らない。知りたくもない。ただ秋子の口調から、千が一夏を庇っているということだけは分かった。甥っ子が友達の服の匂いを嗅いで喜んでいる変態だった――なんてことを秋子が知っていれば、こんな風に仲直りさせようとはしないからだ。
「はぁ……」
その気遣いが辛くて、また一つため息が漏れる。
――本当に辛いのは千の方だ。夏の間じゅうずっとつるんでいた友達が、実は変態だったと知ったんだから。その上そいつに大事なものまで失くされた。それなのにどうして千は、未だに俺に関わろうとするんだろう。もう、放っておいてくれたらいいのに……。
少し前に、水鏡山の中腹で一緒に月を見ていたのが遠い過去のようだ。あの日の千は、東京に帰ってからも当たり前のように友達でいてくれると言ったけれど……。それももう、無効だろう。
一夏はスマホを操作して、アルバムのフォルダを開く。この夏何度も繰り返した手順で、非表示設定を解除すると、三枚の写真が表示される。山羊のリエちゃんと笑う千。春太郎と美冬に取り囲まれている千。まるの散歩をしている千。その三枚をゆっくり時間をかけて見つめてから、フォルダごと削除した。『普通の高校生』は、友達の写真をこっそり眺めてにやついたりしないからだ。
「……うぅー……」
それでも辛くて、一夏は枕に顔を埋めてちょっとだけ泣いた。
往生際の悪い自分のことが、大嫌いだった。
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