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第三章
39〜 泉侶ってなんなんですか
しおりを挟む辺りが宵闇に包まれ、人の活動が無くなる、夜分に、馬車はやっと帰り着いた。
長い馬車の旅と物思いにふけっていた事で、智美は疲れた表情のまま、ぼんやりと馬車を降りようとすると、目の前にスッと手を差し出された。
その手で相手が誰か分かりビクッとして、相手の顔を見た。
『サトミ様?』
馬車から降りようとしないサトミを不思議に思ったミエルの声が後から聞こえる。
智美はその声にハッとして、差し出されたカイの手に手を乗せて馬車から降り、手を離そうとするが、握り込まれた。
『疲れてないか?』
「あ、いえ、大丈夫です」
そう返答する智美に、微笑しながら、馬車から降りたミエルの後から誰も降りてこないのを、カイは疑問に思ったのか、すこし眉を潜めた。
「手塚さんなら、宰相の馬車に乗って帰ると…」
『宰相?』
そうあの後愛子は、サジュルマサと意気投合したのか、他を寄せ付けないほどの親密さで話しをして、サジュ、アイ、と愛称で呼び合い、帰りは城都に戻る宰相の馬車でサジュと一緒に帰ると駄々をこね、ミエルは仕方なく、侍女のメリルも一緒に、宰相の馬車に乗る事と、必ず城へお送りすると言う言質で妥協した。
この場に一緒に馬車で乗りつけてないのは、この場が宰相の馬車が入れないエリアだからだ。
そうなると、ミエルは智美と二人きりで馬車に乗る事になるのだが、最近は愛子が来なくなってしまったため、ミエルの教養の講義は智美と二人きりでしているので、ミエルは頓着していなかった。
ちなみにカイは、未だ愛子も講義を受けていると思っているので、ミエルと智美が講義で二人っきりになっているのを、気付いていない。
智美は馬車での帰り道、今まで聞けなかった泉侶の話しを、儀式後の出来事をきっかけにミエルに聞くことが出来た。
泉侶の啓示がされるのは、男性だけと言うか成人の儀をするのが男性のみだそうなので、泉水に触れる事により、起こる事なのだろうと、ミエルは話してくれた。
ちなみに女性の成人も21だそうだが、女性は初潮が来ていれば、結婚の儀ができるそうだ、男性は21にならないと結婚の儀は受けられないが、儀式が受けられないだけで、21前に夫婦同然に暮らしているものもいるそうだ。
こう言ったことは、イ領に来る前に、成人の儀の話で教えてもらっていたが、儀式で泉侶の啓示がされる事がある事は聞いていなかった。
「泉侶ってなんなんですか」
『そうですね…、青泉が教えてくれる運命の伴侶。
その相手には、心惹かれて抗い難く、何を置いても一番の相手だそうですよ』
ミエルはそう言った後、女性の方はそうでもないので、青龍様の血がそうさせるのでは無いかと、言われてますね。
と続けていたが、初めの言葉が智美には強く印象に残った。
その後少しはミエルと世間話をした智美だったが、ほとんど自分の考え事に囚われていて、何を話したか覚えていない。
ミエルも、言葉少なくなる智美が疲れているのだろうと、あまり話しかけなくなりそのままにしていた。
(宰相とミエル様の話しからすると、泉侶とは啓示を受けたら、抗う事が出来ない運命の相手言う事なのかな。)
カイの行動から考えると、啓示は受けたがまだ泉侶に出会ってないだけで、からかっているわけでは無かったのだと智美は思った。
でも、自分に興味を示してくれているのだろうと言うことは分かったが、泉侶を啓示されているカイは、自分をどうしたいのだろうと智美は思った。
いつ出会えるか分からない、泉侶などどうでもいいと思っているのか、出会える迄のつなぎと思っているのか。それとも、一時の愉しみと思っているのか…。
カイは女慣れしてるとは思うが、遊んでいると言う感じはしない。自分には遊んでいる姿を見せていないだけなのかとも思うが、あの寡黙さから考えると、遊んでいても自分から行くタイプではなさそうだなとは思う。
そんなカイが、自分の世話を興味を持ってみてくれている。
カイが自分の事を気にかけてくれる度に、ドギマギして鼓動が激しくなるのは、外見が自分の脳内から出てきたのかと、言いたくなるくらい好みの様相で、変な夢を見てしまったからだと、この高揚は、テレビの中で見る大好きな俳優さんに会えたかの様に、憧れから来る高揚だと思っていた。
勘違いをしてはいけないとずっと考えていた、【清き乙女】の可能性がある別盤者で、自分の担当だから、よくしているのだろうとそう思い込もうと思っていた。
いちいち、何故自分に言い聞かせていたのか、どうでも良い相手なら、気にしなければよいし、考えなくてもいられるはずなのに、どうして自分は考え続けているのか。
頑なに傷付きたくなくて、自分の気持ちに気付かない様にしていた。
溺れた時に見た、引き込まれそうな青い瞳に囚われている事に。
カイが自分を気にかけてくれるたび、心にじんわりと、痺れる様な暖かさが生まれる。
元から薄い表情だけれど、嬉しさが表れない様につい、無表情を貫いていた。
無意識に隠そうとしてしまう事が癖だった、相手に気付かれたくない、自分が義務でされてる事に嬉しさを感じでいるなんて、気付かれたく無かった。
だから、自分で気付こうとしなかった。
『ミエル、何故イ家の馬車に乗る事を許した』
『無理を言わないで下さい、宰相の相手は私一人では荷が重過ぎます』
『宰相がいたのか』
『…ええ』
まだ近くにいたミエルに話しかけるカイの声に、智美は考え事から戻されて、ハッとして何か考えているカイの顔を見つめる。
智美は気付きたくは無かった。
自分には不釣り合いな、見目麗しくたくましいカイ皇子を、好きになってしまった事に。
そして、いつかは泉侶と言う運命の相手に、心を奪われてしまう相手を好きだと言う事を、智美は悲壮な思いで受け止めるしか無かった。
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後書き
すれ違う二人
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