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第四章
50 〜やっと来たな
しおりを挟む水の中にストンと落とし穴にハマったように落ちた時、とっさに目をつぶって水圧の衝撃に備えたが、一瞬落下の浮遊感を味わったのちすぐに元の何もない状態に戻った。
驚いて目を開けるが、周りには何もない。ただ青白い、影も何もない空間に、浮いているのか立っているのか、あまり重力も感じない。
突然のことに、智美は呆然とあたりを見渡す。
『やっと来たな、藍』
そこに響く声と言葉に驚いて、後ろを振り向くとそこには、真っ青な髪に青白い顔をした背の高い男性が立っていた。
青白い顔をしていたけれど、体つきはしっかりしていて、こちらを見てくる双眸は引き込まれるような深い青。
呆然と見つめていた智美だったが、ふと思った事はたわいのないことだった。
(なんだかカイ皇子に似てる)
相手の顔はカイ皇子よりも、どこか化け物じみた美しさだった。雰囲気は似ているのになぜか近寄りがたい印象を感じる、それなのにどこか懐かしくて、ずっと見つめてしまっていた。
側に近寄って来る相手を、智美はただぼんやりと見つめるだけだ。
青龍は、じっと智美を見つめていたが、しばらくして眩しいものでも見たかのように目を細め、寂しそうな笑みを浮かべた。
智美はその笑みに、無性に胸が締め付けられる。
何だか心を置き去りに、体が勝手に懐かしむような、そんな不思議な感覚に智美が戸惑っていると、青龍は言葉を発した。
『すまぬが、手に持つその青魔晶を我に渡してくれぬか』
言われて、智美が握りしめていた右手を広げると、そこには先程手に落ちてきた、青魔晶があった。
それをそっと掲げるように差し出すと、青龍は五本の指で優しく摘むように受け取り、掌の向きを変え、自分の目の前に持ってくると、しばしそれを見つめていた。
その時、何か魔法を起動させたのだろう、青魔晶は手から離れ浮き上がり、光り輝き出し、爆発したかの様に光が溢れて、帯が解ける様に辺り一面に光の文字が溢れかえった。光が溢れて終わった青龍の手元には、青魔晶で出来ている指環が浮かんでいた。
(え、指環?)
智美がそう思ったのもつかの間、勢いよく溢れ出す光の帯が、智美の頬をかすった時、智美に幻影を見せた。
光さす龍妃の庭を見渡せる廻廊に、黒髪の女性が一人立っていた。
よく見ると、愛子が付けている水入り水晶を付けている。
そこに、青龍が現れ後ろから彼女を抱きしめた。
『気に入ったか?』
「ええ、とても素敵な場所だわ」
『それから藍にこれを』
青龍はそう言いながら、藍と呼ばれる彼女の左手をとり、そっと先ほど見た指環を薬指にはめる。
「え、これって…」
『欲しかったのだろう、婚約指環だったか?金剛石では無いがな』
「ありがとう青藍」
彼女は振り返って、青龍に自ら抱きついた。
『その名は、まだ慣れぬな』
「でも、良い名でしょ」
抱き合いながら微笑み合う二人は幸せそうだった。
かすれゆく映像の先に、青龍は寂しげに慈愛の面差しでこちらを見ていた。
「青ら──」
『言うな、…その魂で、その言葉で呼ばれれば、我の心が揺らぐ』
混乱していた智美は、幻で見た名を口にしてしまいそうになり、青龍に止められる。
口をつぐんだ智美に薄く微笑みかけてから、青龍は辺りを見回し指環を掲げる手とは逆の手で、辺りを漂っている、光の文字の帯を一筋パシリと指で挟んだ。
それをそのまま、今度は右手で掲げていた指環を見やると、また指環が光り出し、まわりの光の文字達も輝き出した。そして突然先ほどとは逆に指環の周りを光の文字が帯の様に巻きついて行く、巻きついた一塊の光源は一際輝きを放った後、すっと光が消え、ぽとりと青龍の掌へ落ちた。その姿は先ほどよりはやや大きくなってはいる様だが、指環の形のままだった。
光の流れの中にいた智美は、頭に光の文字が触れて再び幻影を見る。
今度はアイの泉の側で、言い合いをしている二人の人物が見えて来た。
『このままではあと数十年したら、私は死んでしまう。
それに容貌が衰えて醜い姿を貴方に見せるのが耐えられない。』
そう言い募る女性はどうやら先ほど見た女性の様で、しかし、先ほど見たときよりも歳がいくつか上がっており、その容貌は今の智美の年と近いように思えた。
歳のせいと言うより他の事の要因なのだと思うが、髪の色が青みがかったチャコールグレーになっていた。そしてあの水晶はつけておらず、どうやらこちらの言葉を喋っている。
『藍、私はそなたの容姿がどうなろうとも、少しでも長く一緒にいたいのだ。
年取らぬ我が気になるのなら、我もそなたと同じ年月を経た姿をとろう。
だからどうか考え直しておくれ』
『私だってずっと一緒にいたい、でも心が耐えられない。幾千年の歳を一緒にいたあなただけれど、あなたのようには思えない。
別盤者の私は、死ねば魂は元の別園の輪廻に戻ってしまうのは、以前貴方から聞いていたけど、だからお願い女神様に貴方からお願いして』
彼女の艶やかな黒い瞳は、強い思いを宿し、青龍に請い願う。
『藍、それは』
『私は直接会うことができない。
だからあなたにお願いする。
私の後わずかな命と引き換えに、この地にある【加護】に【言祝ぎ】を施し強化するから、泉の【言祝ぎ】が衰えるとき、また【言祝ぎ】をする為にも、私の魂をこの地に戻して欲しい。
そうすれば、また、ずっと青藍といられるでしょう』
『しかしその魂はお前では無い。
いく年月浄化された魂はもう〝藍〝では無いのだよ』
『では私の記憶の全てを置いていくから、その魂が来たときに青藍が記憶を戻してくれる?そうすれば絶対あなたに恋をするから』
そう涙ながらに言う彼女を、青龍は抱きしめるしかなかった。
目の前の映像が擦れていき、真っ白な世界からやっと目に物が映るようになると、目に映ったのは悲し気な青龍の顔だった。
智美は今見た幻から得た情報を処理しきれず、呆然と青龍のを見上げていた。
その様子を見た青龍は、儚げな笑みを乗せて話し出した。
『よりによって、その記憶に触れたか』
「ま、さか…私は、…藍…龍妃様…な…の?」
呟くようにかたことで、智美は声に出した。
──────────────
後書き
龍妃の名前は 藍あいだから、藍の泉(アイの泉)
青藍は、名前がないと言った青龍に、藍がつけた名前。
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