魔晶使いと囚われの少女

上辺 練

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魔晶使いと囚われの少女

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「? そんな物で?」
 
 レニは無言のまま宝石を二つ取ると──通路に向かって投げ込んだ。
 
「ちょっ?」
 
 なんて事を──
 
 けれどレニは何事も無かったかの様に、スッと左側の通路に入っていく。
 
「な、なんてことす…あれ?」
 
 通路の奥では二人の信者が倒れていた。うめき声どころかピクリとも動かない。
 
 え、どうして?
 
 あたしが疑問に囚われて動けない間に、レニはすたすたと信者に近づくと、彼らの服を使って手足を縛る。次に、どこにそんな力があるのか分からないけれど、軽々と二人の信者を持ち上げると通路の端に運ぶ。
 するとまた袋に手を入れた。
 その手には、さっきのとは色の違う石が握られている。
 左手の中にあったそれが落ちたとき、信者の姿がふっと消えた。
 
 ……
 
 言葉が出ない。
 レニがこちらも見ずに歩きだす。
 
「行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。何をしたの今。魔法?」
 
 レニは前を向いて歩きながら話す。
 
「一般的に魔晶術と呼ばれる魔法だ」
「マショウ?」
「魔力を結晶化させた術。で、魔晶術。一般的な魔法と違い、呪文の詠唱を必要としないのが長所だ」
「え!? それって、すごくない?」
 
 魔法を使用する際の欠点として、『呪文の詠唱』がある。
 戦闘中ではわずかなスキが命取りになる。
 数秒とは言え、呪文の詠唱に時間と集中力を取られるのは大きなスキを生む。
 加えてそれなりの声量での詠唱がいる。
 極端に言えば呪文の詠唱中は、目を瞑りながら『私は今、スキだらけですよー!!』と叫んでいる位、危険な行為をしていると言っても過言ではない。
 
 いや、まあ、あたしは見習いなので術は使えないけど。
 
 というか、無口なレニにはぴったり……言わないけど。
 
「だが欠点もある」
 
 こっちの気も知らず、説明を続けるレニ。
 
「どんな?」
「新しい石を作るのに時間がかかる。一つに約十分」
「長い~」
 
 結構かかる。
 
「それに作成中はそれなりに集中してなければ作れない」
「えっと……じゃあ、今みたいに周りを気にしてる状態では作れないんだ」
「ああ。だから石の無駄使いは出来ない……止まれ」
 
 そろそろ指示にも慣れてきて、あたしも何も言わない。
 わずかな間、通路の奥に意識を向けていたレニが、袋から透明な石を取り出した。
 『その石は何の石』ってあたしが聞こうとした時だった。 
 
 いつの間にか、あたしは壁に押し付けられていた。
 両肩にはレニの手。
 
 ─────!?
 
「何も話さず、動くな」
 
 レニが耳元で囁く。
 ぎりぎりで喉の奥から出そうな声を飲み込む。すると通路の奥から急に二人、信者と思われる人影が現れた。
 
 見つかるっ!?
 
 今度もギリギリで声を飲み込む。心臓の鼓動が早くなっているのが分かる。
 その原因は今、人が現れたこと以外にもあるけれど。
 レニはいつの間にか、あたしに覆いかぶさるような体勢だった。
 
 近いいぃぃ~~!!
 
 急に忘れていた体臭を思い出した。
 
 どーしよっ。汗臭いかなっ。どーしようもないけどもっ。
 
 パニックになっている間に、信者達がどんどん近づいてくる。
 
 ……あれ?
 
 すでにあたし達の姿ははっきり見える距離にいるはずだが、二人の信者の足取りは特に変わる様子もない。なにやら話をしながら近づいてくる。
 
「ったく、ほんとだりーな」
「声が大きいぞ。誰かに聞かれたらどーすんだ」
「誰もいねーし大丈夫だろ。むしろどこいったんだ、あいつらは」
 
 ここにいますよー。
 
 心の中で呼びかける。いや、実際あたし達を捜してるのかは分からないけれど。
 何となく理解した。
 今、あたし達の姿は、他の人からは見えない状態らしい。
 すでに二人の信者の男性は、あたし達の前を通り過ぎようとしている。
 さっきの信者の姿を消した魔法を、レニがあたし達二人にかけたのだろう。
 
「人が足りねー。明日の儀式の準備もまだなのに」
「ぼやくなよ。あー儀式といえば、あの娘、可愛かったのにな……生贄か……可哀想だな」
 
 どうやらあたしの事らしい。そんな場合じゃないのにちょっと嬉しい。
 
「はっ。あんな鶏ガラ娘のどこがいいんだよ。お前こそ、可哀想とか何言ってんだ」
 
 ……人違いだったようだ。誰だろう? 鶏ガラ娘と言うのは。
 
 二人はあたし達の前を通りすぎ、そのまま反対側の通路へと消えていった。
 
「もう大丈夫だ」
 
 体を離しながらレニが話す。そーいえば、密着状態だった。
 今さらだけど、なんだか意識してしまう。
 顔を中心に体温が上がってる気がする。いや、多分気のせいじゃないけれど。
 
「暑かったか? 顔が赤いぞ」
「そーじゃないけど……それでいいです」
 
 レニが近かったのが理由とか、口に出して言えるはずも無い。
 
 落ち着きなさいレスティア。落ち着くのよ!?
 相手おじさんなんだから、ドキドキするとかありえないから!!
 
「そ、それより何よ。いきなり動くなって」
「これも魔晶術の欠点だが、石の一つ一つにも、それぞれ癖というか欠点がある」
「またぁ?」
「今使ったのは【透明】の石だが、有効範囲が石を中心に半径1メートルしかない上、使用中は動くと姿が見えてしまう。【睡眠】という石は相手の体に当てることが条件だ。どちらも前の信者に使った」
 
 つまり前の信者二人には、不意打ちとはいえ、石を二人同時に当てたという事になる。
 
「え? 顔も出さずに二人に当てたの? どうやって?」
「こいつで見た」
 
 言うと剣の柄を見せる。表面は滑らかに加工されていて、確かに鏡のように使えなくは無い。柄を少しだして相手の場所を特定したんだろう。
 
 いや、待って? 言うのは簡単だけど、実際は結構難しくないかな? 鏡で見ながらって位置が掴みにくいでしょ。絶対。
 
 他にも疑問と言うか気がかりな点が浮かぶ。
 
「寝てるだけなら寝相が悪かったら、術が解けちゃうんじゃないの?」
「【睡眠】といっても実際は気絶に近い。動かないし、いびきもしない」
「ふーん。他にどんな石があるの?」
 
 あたしの質問に、レニは袋からまとめて石を取り出した。
 
「この白いのが【白煙】。これは、レスティアを助ける時に使った石だ。十メートル四方を見えなく出来るが、持続時間が5秒しかない」
 
 あれか。
 今思えば、もう少し放っとかれたら、火事と勘違いしてパニックになってただろうな…
 
「こっちが【幻覚】と【幻聴】。石を投げた先に幻と音を出すことが出来る石だが、同時には使用できないから完璧な幻覚としは使えない」
 
 なにその中途半端。
 というか説明を聞いてると、いろいろと欠点が多い気がする。
 逆を言えばこれまでに、それを感じさせなかったレニが凄いのか。
 
 あれ?
 
「今、紫色の石が無かった?」
 
 レニが袋からまとめて石を取り出した時、一緒に手に取った紫色の石があった。
 その石の説明を受けてない。
 
「あれはお守りだ」
「……ふぅん」
 
 なんだろう。
 嘘だと思った。
 特に言いよどむ様子も無かったけど、嘘だろうと思った。
 ただそれ以上に、踏み込んではいけない何かを感じた。
 
 悪いことしたかな……
 
 ごめんなさいを言うべきか迷ってる内に、レニが口を開く。
 
「急ごう。さっき通った二人は、他の連中が居なくなってる事に文句を言っていた。あの様子だとどこかでサボってる位にしか捉えて無かったようだが、そう長くはもたないだろう」
 
 そういえば、そんなことを言ってたような。鶏ガラしか頭に残ってなかった。
 
「行くぞ」
 
 そう言うとレニは、やはり人の返事を待たずに歩き出した。
 
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