海を盗む女とアルゴリズムの太陽

まさかのまさかり

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海賊たちの日々

9話:フロントライン(木村の場合)

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 おばちゃんもそろそろ商売畳んだほうがええってことやで。ええ? 息子に譲るってぇ? アホ言うたらあかんよおばちゃん、あんたの息子はジャマイカの大使館で料理長やってるっちゅう話やったやないの。大層なお仕事やでぇ、邪魔したったら可哀相やわ。せやからな、この商売もはよ畳んでっ、もう使うことも無いんやから土地も売ろ。それがよろしいわ。なにぃ、今度は不動産屋が来たんかいな。
 おん、ほお、はあ、駐車場、へえ、毎月の利用料があるから絶対に儲かります。あほかいなおばちゃん。ああいう連中がマトモなこと言わんわ。絶対に儲かるなんてウソつきの言葉や。資料まで渡してきたあ? ちょぉ見せてみいや。ええから、ええから、ええから言うてるやろ!

 白石の女主人が奥に引っ込んでいたのを確認してから木村は急いで事務所内の帳簿を漁った。木村は今月中にミノを探す必要があった。ミノというのは、ウメちゃんが使う言葉なのだが、要は金の迂回経路のことを意味している。
 金を洗浄する際には企業への融資や貸付という形をとることがある。A社からB社へ汚い金を用いて融資を行う。融資された汚い金を用いてB社にて売り上げを立てる。B社は計上された売り上げをもとに銀行からの融資を受ける。その銀行からの金が綺麗な金になるというわけだ。これは一例に過ぎない。
 会社の経営権を握っていればいるほど金の流れの融通を利かせられる上に事業内容自体での儲けも出しやすい。しかし少ない会社のみで資金の流れを作っていると捜査が入った時にすぐに全体像に迫られるリスクもある。ミノを常に増やし続け、危なくなったミノはすぐに潰すというのが鉄則だった。
 木村が新しいミノの候補に選んだのは都内の老舗旅館だった。老舗旅館と言えば聞こえはいいが、実際には観光需要についていけなくなった時代遅れの旅館だ。三代目も去年に亡くなって現在は白石という女主人と数人のパート社員で経営を行っている。木村は露骨に会社を譲渡するよう迫っていた。どうせ従業員も少ないのだからすぐに済む話だと思っていたのだ。ところが妙に頑固な女主人はなかなか言うことを聞いてくれなかった。

 白石が戻って来るのを聞いて木村は事務所の扉側へ立った。
「これだよこれ。駐車場にすればさ、最初は金がかかるよ。だけどその後は月にこんだけの収益が見込めるんだって」
 カラー印刷された冊子がデスクに置かれる。木村は冊子をめくって中に書かれている内容を読んだ。
「なかなかいいだろ。だから、あんたには悪いけどそっちの人に聞いてもらおうと思ったんだけど」
「アホ、おばちゃん、よう見たんかこれ」
 木村は収益予想と題されたページを開いてみせた。
「これは月に300台の利用がある前提になってるやないか。日に直したら10台やぞ。こんなところで日に10台も使ってくれると思うか」
「ここは広いからそれなりに停められると思うんだけど」
「アホ、広くても使われへんかったら意味ないやろ。角のパーキングも車停まってるとこ見たことないぞ。こんなんに騙されてどうすんねん」
「あの兄ちゃんはちゃんと売り出してくれるって言ってたよ」
「『祝駐車場開店』なんてノボリ見たことあるか? こんな郊外に駐車場ができるんをどう売り出すって言うんや」
 木村がいくら説得しても白石は事業の譲渡には乗り気にならなかった。むしろ土地を奪い取ろうとするどこかの不動産屋の男のほうを信じた。埒が明かないと感じた木村は事務所を後にした。

 ウメちゃんが海賊ごっこをやると言ったのは半年前のことだった。その場に色んな言語のざわめきが広がった。 
 木村を含め、働いている皆がウメちゃんのことを信じてついて来ていた。だから突飛なことを言いだすのには慣れているはずだった。それにしても海賊とはあまりにも無茶苦茶が過ぎた。
「ちがうよ海賊ごっこだよ。ごっこ。そこ間違えちゃだめだよ」
 ウメちゃんは何回も訂正した。海賊ごっこと言い張ってはいるが、内容を聞けば正真正銘の海賊でしかない。
「金はさ、ちゃんと洗浄に回すからね。よく覚えておいてね」
「さすがにいつものルートで洗うのはやばいんやないですか。他の顧客の流れと混じっちゃいますよ」
 ウメちゃんがどういうつもりなのかわからないが、リスクが大きすぎた。洗浄屋なんてのは大枠で見れば事務方なわけだ。一般の企業でも不況の時にリストラに合うのは事務方の人間なことが多い。無茶苦茶やる洗浄屋になってしまえば、切り捨てたくなる顧客は多いだろう。
「大丈夫だよ。連中はなにもわかりやしないよ。洗浄しましたよって元の金そのまま渡してやっても気付きやしないよ」
 
 木村がノミを急いで増やそうとするのは、木村なりの保険だった。木村だけのルートが欲しかったのだ。別にウメちゃんを裏切りたいわけじゃない。そうじゃなくて、ウメちゃんも把握してないルートを用意しておきたかった。
 ウメちゃんが、誰も付いていけなくなるところまで行ってしまう前に、いつでも蜘蛛の糸を差し出してあげられるよう用意しておきたかった。

「おばちゃん、もう客よりも俺のほうが出入りしてるやないの。観光需要が戻ってますーいうてニュースばんばんやってる中でこれやったら畳んだ方が早いで」
 木村は事務所の中の古びた椅子にもたれた。白石は伝票にペンを走らせている。
「この前の駐車場のお兄さんが、今度はマンションにしましょうって言いに来てくれたんだけど」
「アホ、周り見てみんかい。団地ですら空き部屋あるやないの。マンション建ったからって人来んで」
「不動産に詳しいんだね」
 うっかり喋り過ぎた。今の木村の肩書は「M&Aコンサルタント」というよくわからないものだった。
「ええから、おばちゃん、もうええ加減にしてや。明後日も来るからな」
「来てもいいけど、譲ったり売ったりすることはないからね」
 白石は強く言い切った。木村の再訪を明確に拒む声色であった。


 過去には木村も普通のサラリーマンだった。不動産仲介業。よくある街の賃貸業者の、カウンターの中でスーツを着ている男。客を内見に連れて行く男。仕事は退屈だった。結局は、あの小さい店舗の中でチマチマとやって、たまに客と外へ行くだけ。それが続くばかりの毎日だった。手を変え品を変えの繰り返し。決まった時間の電車で行って決まった時間の電車で帰る。
 うんざりだった。
 ある日、木村は、ひどく、くたびれていた。思い立った理由はよくわからないが、木村はナイトクラブに向かった。お腹を震えさせてくる重低音の鳴るクラブにいれば気が晴れるような気はした。しかし、ウォッカをレッドブルで割ったドリンクをいくら飲んでも酔わなかったし、どこかで聴いたような曲ばかりで繋がれるサウンドにはうんざりさせられた。
 深夜3時、クラブを出て、ふらふらと歩いた。酔いは悪いほうに回っていて、決して心地のいいものじゃない。
 肩がぶつかって、振り返ると、人相の悪すぎる巨大な男が立っていた。2メートルはあろうかという男だ。男は木村を一瞥して、そのまま立ち去ろうとした。
「おい、待てよデクノボウ」
 やけくそだった。木村は男の背中に思い切り蹴りを入れた。蹴りの勢いが丸々自分に返ってきてよろける。
「ぶつかっといて謝りもしねえのかよ」
 大層なことを言っているが、木村は内心かなり焦っていた。喧嘩を売ってしまったものの戦力差は明白だった。慌てて近くのママチャリを持ち上げて構える。
「かかってこいよ」
 周りを囲み始めた野次馬たちの空気は、冷めたものだった。引っ込みのつかなくなった酔っ払いを哀れむ嘲笑まで聞こえてくる。
 視界が徐々に滲んで、鼻が熱くなる。さすがにそれはダサすぎる。止めようとしたが、涙は溢れて綺麗に頬を伝った。足元が浮ついてくる。嘘みたいに惨めだった。
 突然、知らない言葉を話しながら木村と巨体の男の間に入った女がいた。巨体の男は何かを聞いて頷いて通りを向こうへ去っていった。
「ほら、君も、こんなの置いて」
 女は木村が両手で掲げていたママチャリを片手で奪い取ると地面へ投げ捨てた。
「泣くなよー情けないなあ。でも度胸あるね。あんな大男に喧嘩売るなんて。大和魂あるねえ」
 それが木村とウメちゃんの出会いだった。
 その日から、木村はウメちゃんによって生かされた。

 木村が新しい拠点に銃を届けた時、ウメちゃんの前に銃の入ったボストンバッグを置く少し前、密かに一丁の拳銃を抜いていた。

 その翌日、白石は木村に事業を譲渡した。
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