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第一章
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橘諒子は、狭い操縦席に3人収まるのは無理と考え、いったん外に出たものの、自分がこの問題を解決しなければならないことは明らかだった。
二人とも、コンピュータに詳しいようには見えなかったし、西に至っては家電すらまともに操作出来ない。
彼が操作出来たのは、昔訓練を受けたときから変わっていなかったからに過ぎない。
2028年当時から比べれば、進化したものもあるが、今の機械はテクノロジー的にはむしろ後退している。
唯一進化したのはコンピュータのソフトウェアである。
今はほとんどの操作がAIを経由して行われる。
昔はOSという共通の操作基盤が存在したが、今はAIがそれに置き換わっている。
つまり、コンピュータを人が操作する時代は過ぎ去り、ハードウェアの基準も問われなくなったのだ。
様々な国際基準によって、AIの性能にはかなりの制限が掛けられているが、ハードウェアの垣根を無くす全てのIoTの一元化を目指すため、1個人に最低1つのサポートAI登録がコンピュータを操作する上での最低条件になっている。
そのため、一般人のコンピュータに関する知識やスキルは、どんどん衰退しているのだ。
橘諒子は正確にはコンピュータの専門家ではない。
大学でコンピュータにまつわる学位なども取ったことはないし、そもそも大学にも通っておらず、高校が特殊な技術系専門学校だったというだけだ。
なので、資格などは特に持ってはいないのだが、コンピュータを操ることは比較的得意ではある。
今が2020年代であったなら、せいぜい派遣のSEとして使われる程度のスキルだろう。
それでも、プログラミングの知識はあるため、AIを停止させて直接コンピュータを操作出来る強みがあるので、AIがお手上げな場合でも彼女なら操作出来ることがしばしばあったことが、彼女をコンピュータの専門家と言わしめる要因となっている。
昔のようにインターネットが使えない世界では、ハッカーなども存在しようが無いので、確かに今では稀少な存在には違いない。
ともかく、今の状況を解決するためにも、彼女が積極的に行動しなければどうにもならないのだ。
西と美奈子のどちらにも話を聞く必要があるが、西をまた戦車から引っ張り出すのは大変なので、とりあえず美奈子に外に出てもらって諒子が座席に座り、美奈子はハッチの上から見てもらうことにした。
美奈子にこれまでの詳しい経緯を聞いて、西の過去の経験から推察するに、AIが何らかの役割を果たしていることは間違いないだろう。
だとしても、このような手紙をAIが自ら書くことは考えられない。
やはり、人格を持った何かがそこにあるのだ。
まずは、システムの全体像を把握することが先決だ。
あまり見かけないOSだと思ったらμITR○Nだったことにまず驚いた。
ユビキタスコンピューティングを目指し、国産OSを世界基準にするためのプロジェクトだったTR○Nだったが、様々な紆余曲折を経て家電などのIoTの標準的なOSとしての地位を得るに至った。
ただ、一般的なビジネスシーンでは日の目を見ること無く、TR○Nの目指したユビキタスは結果的に別の形で実現することになる。
その別の形こそがAIの普及だ。
ここでも結局アメリカの戦略に先を越されてしまった訳だが、日本もAI研究に力を入れ、独自のモデルを構築しつつあったものの、速度も規模も到底アメリカに追いつけず、結果パチンコやゲームなどの遊興機器への使用にとどまっている。
この戦車のAIがどういうシステムかは、よく調べてみないと分からないが、TR○Nとの相性が良いとは思えない。
諒子もプログラミングの知識があるとは言え、AIの事となると、さっぱりである。
せいぜい何年にどこの会社が設計したものか分かる程度だ。
とりあえず、一通りシステムを見て回ったところ、TR○Nに関しては、もはやアップデートプログラムも存在せず、最終更新は2028年1月で終わっている。
こっちはもうこれ以上変えることは出来ない。
問題はAIの方だが、ベースモデルがアメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)の設計になっている。
つまり、一般に使われているAIとは違うモデルということだ。
軍事目的での使用を禁止しているような日本の大学では、到底扱えない代物だったわけだ。
ともかく、いったんこのAIの動作を止めてみることで、問題の特定が出来るかもしれない。
実際に使っていたなら、この辺の話は西の方がよく知っているかも知れないと思い彼に聞いたものの、さすがに30年以上前の、それも専門ではない分野のことを聞いても覚えているはずも無かった。
残念ながら彼が知っているのは操作の仕方だけであったが、それでも万一の時の、AIのコントロールを止めて手動に切り替える方法をうろ覚えながら知っていたので、いろいろ試行錯誤しながらAIの動作を止めることに成功した。
その時である、コンソールから得体の知れない音が漏れ出してきた。
人の声とも、乱れたビープ音ともつかない、異様な音だ。
ちょっとパニックになった諒子が慌てていろいろいじろうとしたが、西がそれを制止した。
諒子はそれが無線機のノイズであることに、随分経ってから気付いた。
何で無線機が繋がったのか分からないが、西は反射的に周波数を探す操作を始めた。
アンテナは撤去してあったし、何よりコンクリートの地下室の中だ。
外から電波が届くとは思えない。
携帯の基地局も地下には無い。
これは電波では無いのかもしれないと思いはじめたのは、周波数を変えても出てくるノイズが変わらず、それでいて次第に音声が明瞭になりつつあることだ。
そしてついに、そのノイズは明らかに人の声へと変わっていった。
「モシ…モシ…キコエマスカ」
それが男性の声で、しかも日本語のようだった。
何度か同様な言葉を発するうちに、更に明瞭になり「もしも~し、聞こえますか~」と、まるで電話で普通に話しているかのようになっていった。
西は意を決して返事をしてみることにした。
「ああ、聞こえている。私は西浩一という」
すると無線の声は「やった!通じた!俺は鉄男です!クラウゼ鉄男です」と、ほぼ叫ぶようにして返事をしてきた。
「君は今どこにいるのかね?」
「どことは具体的には言えませんが、この戦車の中にいることは確かなんじゃないかと思います」
「戦車の中と言っても、ここには我々3人以外いない。コンピュータの中か、あるいはどこか外部から話しかけているのか」
「良く分かりませんが、俺には肉体が無いみたいで、データなのか幽霊なのかも分からないです。自分でも正体が分かりません」
「ふうむ。そりゃ奇妙だね。いや、驚きというべきなんだろうが、奇妙という感じの方が正解な気がする」
「そりゃどっちでも良いんですが、そっちのタチバナさん?あなたが操作した途端、いきなりコントロールが出来るようになったんですよ」
「え?どういうことかしら。私はAIの動作を切っただけですけど」
「そうかAIか。それが邪魔してたのか」
「あなたの存在がどういうものか良く分かりませんが、急に操作ができるようになったとは、どういうことなのでしょう?」
「突然、目の前にコンソールがバン!て現れて、全ての操作が出来るようになったんですよ。それまではコンピュータの中の人で雲を掴むような感じで、カーソルもまともに動かせなくて、往生してました」
そこまで話が進んだとき、美奈子が我慢出来ずにハッチの上から声を掛けた。
「いったいどういうことなの、あなたはなぜそこにいるの」
「ミナコさん?いろいろ驚かせてごめんなさい。俺もそこは是非知りたいところでね。理屈は良く分からないけど、多分この戦車に人格が固定されちゃったんじゃないかな」
「人格が固定?」
「全く理解出来ない」
「あなたは人間だったの?」
「そう、クラウゼ鉄男という、39歳のオタク野郎だった」
西がそこで昔を思い出したように語り始めた。
「2028年に世界は核戦争に突入してね。北の放ったミサイルは富士演習場を狙ったものだったが、おそらくブースターが壊れたのか、軌道が逸れて静岡の駅前に着弾してしまった」
「ああ、やっぱそれか。俺はツインメッセで屋外展示してあった25式の目の前に居たんです。その瞬間は何も感じなかったし、一瞬で何もかも感じなくなった。そして気付いたら真っ暗な戦車の中でした」
「あれから34年が経って今は2062年の5月21日だ」
「うわぁ。やっぱりそんなに経ってたのか」
「じゃあ、あなたは幽霊ってことなの?」
「いや、まあ、そうなのかな。良く分からないけど」
「まあ、待て、田宮さん。彼はおそらく今かなりショックを受けているはずだ。あまり追い詰めてはいけない。ここはまず、一つひとつ事実を積み重ねていこうじゃないか」
「そうですね」
「橘君。コンピュータの状態はどうなっているかね」
「え、ああ、そうですね。あまりのことに気が動転してしまいました。ちょっと待ってくださいね、すぐ調べます」
諒子が慌ててコンピュータのタスクログを調べたところ、止めたはずのAIがもの凄い勢いで作動していることがわかった。
いや、AIそのものでは無く、サブのシステムだったはずのインタフェースを司るプログラムが自動で自らコードを書き足して、どんどん増殖している。
AIのバックアッププログラムが同時にそれをフォローするように、もの凄い勢いでログを吐き出している。
おそらく元々のAI本体のプログラムが無くても、コピーされたプログラムで作動していたのだろう。
だが、いきなり制限が外されたようになったのはなぜなのか。
おそらくそれも、コピーされたプログラムだからだ。
つまり、鉄男の人格はAIが吸収したか、模倣したか、どちらかということになるのではないか。
諒子には確証が持てなかったが、いずれにしても、彼が意識を持って行動出来るのはAIのサポートプログラムが働いているせいだろう。
まさか、35年かけて、AIが彼を作り上げたということはあるまい。
だが、少なくとも、今我々が話している相手は、人格のある“AIのようなもの”ということになる。
それがコンピュータが真似たものか、人間の意識そのものかは分からないが。
「会長。どうやら元からあったAIが、彼の存在をサポートしているようなのですが、それが本体ではなく、コピープログラムなのです」
「ん?良く分からないが、AIが霊体のクラウゼ君を蘇らせたのかね」
「ちょっと違うようですが、それよりも、彼がコミュニケーションに苦労していたのは、本体のAIが動作を阻害していた可能性が高いです」
「ほう。AIを切って急に会話が成立したのはそのためだと」
「はい。これは推測ですが、AIには国際的な規約で自分自身で勝手に進化しないようプロテクトが掛かっているんですが、コピーにはそれが適用されてないみたいなんです」
「なるほど、もう一度元のAIを動かしてみて、それで会話出来なくなるようなら、彼の正体が掴めるかもしれんのだね」
「正体が掴めるまでは行かないと思いますが、少なくとも霊的なものでは無いと証明は出来ます」
「良かろう。やってみなさい」
「はい。クラウゼさん。今からもう一度、AIを起動します。そして、しばらく動かした後、また止めてみて、お話し出来るようだったらもう一度話しかけてください。」
「分かった。よろしく頼む」
「はい、起動します」
その瞬間、発電機が回り、急激に消費電力が上がったことを示す。
画面の動作が遅くなり、プログラム同士の競合が起きているようだ。
5分間そのままにして、諒子は再びAIを停止させた。
そしてすぐさま「もしもーし」と、鉄男から返答が来た。
「無事かね、クラウゼ君」
「はい、なんとか。ちょっと頭がクラクラしてますけど」
「それはどういう症状でしょう」
「う~ん、なんというか、頭の中で戦争をやっているような、右と左で攻撃し合ってるような感覚でした」
「なるほど。こちらのログでは、プログラムのコンフリクトが起きていたことになってます。同じ命令を別々のプログラムが出して、コントロールの主導権を取り合ってるんです」
「いや、まさにそんな感じでした」
「そうですか。これは私の私見ですが、クラウゼさんが亡くなった時の意識の情報が電磁波として残されていたんだと思うんですよ。それをどういう訳か、AIがわざわざ自分のコピーを作ってそこにクラウゼさんの意識を落とし込んでいったんじゃないかと思います」
「いや確かに。俺もそれっぽい考えがよぎったけど、それならちょっと納得感がありますね。さすがタチバナさんです」
「いえいえ。ただの推測ですし、キチンと検証すべきなんでしょうけど、それが出来る施設が今時あるとは思えませんから、確証を得るのはなかなか難しいでしょうね」
「いや、良いんです。こうして会話が出来るだけでもホントに有り難いです。感謝してます」
「ふむ。それで、どうしたら良いと思うね?これから」
「そうですね。クラウゼさんの意向はどうでしょう?」
「どうもこうも、ここから出られないんじゃ、どうしようも無いでしょ。ミナコさんにご厄介になるしか」
「まあ、当面はそうせざるを得ないか。どうだね田宮さん」
「う~ん。気味が悪いのは確かなんだけど、まあ、一生出来ないと思ってた男友達が出来たと思えば良いかな」
「ああ、前向きな考えで助かるよ。ありがとう」
「あ、じゃあこのこと朱里さんにも知らせてきますね」
「ああそうじゃな。彼女も知る権利がある」
「あ、俺からもお礼が言いたいです」
「はーい」
そう言うと、美奈子は小鳥遊朱里を呼びに外に出て行った。
二人とも、コンピュータに詳しいようには見えなかったし、西に至っては家電すらまともに操作出来ない。
彼が操作出来たのは、昔訓練を受けたときから変わっていなかったからに過ぎない。
2028年当時から比べれば、進化したものもあるが、今の機械はテクノロジー的にはむしろ後退している。
唯一進化したのはコンピュータのソフトウェアである。
今はほとんどの操作がAIを経由して行われる。
昔はOSという共通の操作基盤が存在したが、今はAIがそれに置き換わっている。
つまり、コンピュータを人が操作する時代は過ぎ去り、ハードウェアの基準も問われなくなったのだ。
様々な国際基準によって、AIの性能にはかなりの制限が掛けられているが、ハードウェアの垣根を無くす全てのIoTの一元化を目指すため、1個人に最低1つのサポートAI登録がコンピュータを操作する上での最低条件になっている。
そのため、一般人のコンピュータに関する知識やスキルは、どんどん衰退しているのだ。
橘諒子は正確にはコンピュータの専門家ではない。
大学でコンピュータにまつわる学位なども取ったことはないし、そもそも大学にも通っておらず、高校が特殊な技術系専門学校だったというだけだ。
なので、資格などは特に持ってはいないのだが、コンピュータを操ることは比較的得意ではある。
今が2020年代であったなら、せいぜい派遣のSEとして使われる程度のスキルだろう。
それでも、プログラミングの知識はあるため、AIを停止させて直接コンピュータを操作出来る強みがあるので、AIがお手上げな場合でも彼女なら操作出来ることがしばしばあったことが、彼女をコンピュータの専門家と言わしめる要因となっている。
昔のようにインターネットが使えない世界では、ハッカーなども存在しようが無いので、確かに今では稀少な存在には違いない。
ともかく、今の状況を解決するためにも、彼女が積極的に行動しなければどうにもならないのだ。
西と美奈子のどちらにも話を聞く必要があるが、西をまた戦車から引っ張り出すのは大変なので、とりあえず美奈子に外に出てもらって諒子が座席に座り、美奈子はハッチの上から見てもらうことにした。
美奈子にこれまでの詳しい経緯を聞いて、西の過去の経験から推察するに、AIが何らかの役割を果たしていることは間違いないだろう。
だとしても、このような手紙をAIが自ら書くことは考えられない。
やはり、人格を持った何かがそこにあるのだ。
まずは、システムの全体像を把握することが先決だ。
あまり見かけないOSだと思ったらμITR○Nだったことにまず驚いた。
ユビキタスコンピューティングを目指し、国産OSを世界基準にするためのプロジェクトだったTR○Nだったが、様々な紆余曲折を経て家電などのIoTの標準的なOSとしての地位を得るに至った。
ただ、一般的なビジネスシーンでは日の目を見ること無く、TR○Nの目指したユビキタスは結果的に別の形で実現することになる。
その別の形こそがAIの普及だ。
ここでも結局アメリカの戦略に先を越されてしまった訳だが、日本もAI研究に力を入れ、独自のモデルを構築しつつあったものの、速度も規模も到底アメリカに追いつけず、結果パチンコやゲームなどの遊興機器への使用にとどまっている。
この戦車のAIがどういうシステムかは、よく調べてみないと分からないが、TR○Nとの相性が良いとは思えない。
諒子もプログラミングの知識があるとは言え、AIの事となると、さっぱりである。
せいぜい何年にどこの会社が設計したものか分かる程度だ。
とりあえず、一通りシステムを見て回ったところ、TR○Nに関しては、もはやアップデートプログラムも存在せず、最終更新は2028年1月で終わっている。
こっちはもうこれ以上変えることは出来ない。
問題はAIの方だが、ベースモデルがアメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)の設計になっている。
つまり、一般に使われているAIとは違うモデルということだ。
軍事目的での使用を禁止しているような日本の大学では、到底扱えない代物だったわけだ。
ともかく、いったんこのAIの動作を止めてみることで、問題の特定が出来るかもしれない。
実際に使っていたなら、この辺の話は西の方がよく知っているかも知れないと思い彼に聞いたものの、さすがに30年以上前の、それも専門ではない分野のことを聞いても覚えているはずも無かった。
残念ながら彼が知っているのは操作の仕方だけであったが、それでも万一の時の、AIのコントロールを止めて手動に切り替える方法をうろ覚えながら知っていたので、いろいろ試行錯誤しながらAIの動作を止めることに成功した。
その時である、コンソールから得体の知れない音が漏れ出してきた。
人の声とも、乱れたビープ音ともつかない、異様な音だ。
ちょっとパニックになった諒子が慌てていろいろいじろうとしたが、西がそれを制止した。
諒子はそれが無線機のノイズであることに、随分経ってから気付いた。
何で無線機が繋がったのか分からないが、西は反射的に周波数を探す操作を始めた。
アンテナは撤去してあったし、何よりコンクリートの地下室の中だ。
外から電波が届くとは思えない。
携帯の基地局も地下には無い。
これは電波では無いのかもしれないと思いはじめたのは、周波数を変えても出てくるノイズが変わらず、それでいて次第に音声が明瞭になりつつあることだ。
そしてついに、そのノイズは明らかに人の声へと変わっていった。
「モシ…モシ…キコエマスカ」
それが男性の声で、しかも日本語のようだった。
何度か同様な言葉を発するうちに、更に明瞭になり「もしも~し、聞こえますか~」と、まるで電話で普通に話しているかのようになっていった。
西は意を決して返事をしてみることにした。
「ああ、聞こえている。私は西浩一という」
すると無線の声は「やった!通じた!俺は鉄男です!クラウゼ鉄男です」と、ほぼ叫ぶようにして返事をしてきた。
「君は今どこにいるのかね?」
「どことは具体的には言えませんが、この戦車の中にいることは確かなんじゃないかと思います」
「戦車の中と言っても、ここには我々3人以外いない。コンピュータの中か、あるいはどこか外部から話しかけているのか」
「良く分かりませんが、俺には肉体が無いみたいで、データなのか幽霊なのかも分からないです。自分でも正体が分かりません」
「ふうむ。そりゃ奇妙だね。いや、驚きというべきなんだろうが、奇妙という感じの方が正解な気がする」
「そりゃどっちでも良いんですが、そっちのタチバナさん?あなたが操作した途端、いきなりコントロールが出来るようになったんですよ」
「え?どういうことかしら。私はAIの動作を切っただけですけど」
「そうかAIか。それが邪魔してたのか」
「あなたの存在がどういうものか良く分かりませんが、急に操作ができるようになったとは、どういうことなのでしょう?」
「突然、目の前にコンソールがバン!て現れて、全ての操作が出来るようになったんですよ。それまではコンピュータの中の人で雲を掴むような感じで、カーソルもまともに動かせなくて、往生してました」
そこまで話が進んだとき、美奈子が我慢出来ずにハッチの上から声を掛けた。
「いったいどういうことなの、あなたはなぜそこにいるの」
「ミナコさん?いろいろ驚かせてごめんなさい。俺もそこは是非知りたいところでね。理屈は良く分からないけど、多分この戦車に人格が固定されちゃったんじゃないかな」
「人格が固定?」
「全く理解出来ない」
「あなたは人間だったの?」
「そう、クラウゼ鉄男という、39歳のオタク野郎だった」
西がそこで昔を思い出したように語り始めた。
「2028年に世界は核戦争に突入してね。北の放ったミサイルは富士演習場を狙ったものだったが、おそらくブースターが壊れたのか、軌道が逸れて静岡の駅前に着弾してしまった」
「ああ、やっぱそれか。俺はツインメッセで屋外展示してあった25式の目の前に居たんです。その瞬間は何も感じなかったし、一瞬で何もかも感じなくなった。そして気付いたら真っ暗な戦車の中でした」
「あれから34年が経って今は2062年の5月21日だ」
「うわぁ。やっぱりそんなに経ってたのか」
「じゃあ、あなたは幽霊ってことなの?」
「いや、まあ、そうなのかな。良く分からないけど」
「まあ、待て、田宮さん。彼はおそらく今かなりショックを受けているはずだ。あまり追い詰めてはいけない。ここはまず、一つひとつ事実を積み重ねていこうじゃないか」
「そうですね」
「橘君。コンピュータの状態はどうなっているかね」
「え、ああ、そうですね。あまりのことに気が動転してしまいました。ちょっと待ってくださいね、すぐ調べます」
諒子が慌ててコンピュータのタスクログを調べたところ、止めたはずのAIがもの凄い勢いで作動していることがわかった。
いや、AIそのものでは無く、サブのシステムだったはずのインタフェースを司るプログラムが自動で自らコードを書き足して、どんどん増殖している。
AIのバックアッププログラムが同時にそれをフォローするように、もの凄い勢いでログを吐き出している。
おそらく元々のAI本体のプログラムが無くても、コピーされたプログラムで作動していたのだろう。
だが、いきなり制限が外されたようになったのはなぜなのか。
おそらくそれも、コピーされたプログラムだからだ。
つまり、鉄男の人格はAIが吸収したか、模倣したか、どちらかということになるのではないか。
諒子には確証が持てなかったが、いずれにしても、彼が意識を持って行動出来るのはAIのサポートプログラムが働いているせいだろう。
まさか、35年かけて、AIが彼を作り上げたということはあるまい。
だが、少なくとも、今我々が話している相手は、人格のある“AIのようなもの”ということになる。
それがコンピュータが真似たものか、人間の意識そのものかは分からないが。
「会長。どうやら元からあったAIが、彼の存在をサポートしているようなのですが、それが本体ではなく、コピープログラムなのです」
「ん?良く分からないが、AIが霊体のクラウゼ君を蘇らせたのかね」
「ちょっと違うようですが、それよりも、彼がコミュニケーションに苦労していたのは、本体のAIが動作を阻害していた可能性が高いです」
「ほう。AIを切って急に会話が成立したのはそのためだと」
「はい。これは推測ですが、AIには国際的な規約で自分自身で勝手に進化しないようプロテクトが掛かっているんですが、コピーにはそれが適用されてないみたいなんです」
「なるほど、もう一度元のAIを動かしてみて、それで会話出来なくなるようなら、彼の正体が掴めるかもしれんのだね」
「正体が掴めるまでは行かないと思いますが、少なくとも霊的なものでは無いと証明は出来ます」
「良かろう。やってみなさい」
「はい。クラウゼさん。今からもう一度、AIを起動します。そして、しばらく動かした後、また止めてみて、お話し出来るようだったらもう一度話しかけてください。」
「分かった。よろしく頼む」
「はい、起動します」
その瞬間、発電機が回り、急激に消費電力が上がったことを示す。
画面の動作が遅くなり、プログラム同士の競合が起きているようだ。
5分間そのままにして、諒子は再びAIを停止させた。
そしてすぐさま「もしもーし」と、鉄男から返答が来た。
「無事かね、クラウゼ君」
「はい、なんとか。ちょっと頭がクラクラしてますけど」
「それはどういう症状でしょう」
「う~ん、なんというか、頭の中で戦争をやっているような、右と左で攻撃し合ってるような感覚でした」
「なるほど。こちらのログでは、プログラムのコンフリクトが起きていたことになってます。同じ命令を別々のプログラムが出して、コントロールの主導権を取り合ってるんです」
「いや、まさにそんな感じでした」
「そうですか。これは私の私見ですが、クラウゼさんが亡くなった時の意識の情報が電磁波として残されていたんだと思うんですよ。それをどういう訳か、AIがわざわざ自分のコピーを作ってそこにクラウゼさんの意識を落とし込んでいったんじゃないかと思います」
「いや確かに。俺もそれっぽい考えがよぎったけど、それならちょっと納得感がありますね。さすがタチバナさんです」
「いえいえ。ただの推測ですし、キチンと検証すべきなんでしょうけど、それが出来る施設が今時あるとは思えませんから、確証を得るのはなかなか難しいでしょうね」
「いや、良いんです。こうして会話が出来るだけでもホントに有り難いです。感謝してます」
「ふむ。それで、どうしたら良いと思うね?これから」
「そうですね。クラウゼさんの意向はどうでしょう?」
「どうもこうも、ここから出られないんじゃ、どうしようも無いでしょ。ミナコさんにご厄介になるしか」
「まあ、当面はそうせざるを得ないか。どうだね田宮さん」
「う~ん。気味が悪いのは確かなんだけど、まあ、一生出来ないと思ってた男友達が出来たと思えば良いかな」
「ああ、前向きな考えで助かるよ。ありがとう」
「あ、じゃあこのこと朱里さんにも知らせてきますね」
「ああそうじゃな。彼女も知る権利がある」
「あ、俺からもお礼が言いたいです」
「はーい」
そう言うと、美奈子は小鳥遊朱里を呼びに外に出て行った。
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