1 / 25
第一章 緋色の三日間
プロローグ
しおりを挟む
『世界は五百年後に滅ぶ』――それは夢ではなく、予言だった。
霧深い森。裸足の女は巨石の影に身を寄せ、唇の血をぬぐった。鎧の擦れる音が輪を狭める。
「スカーレットの残党はここだ! 逃がすな!」
怒声が木々を震わせた。
女は黒い外套を肩から滑らせ、静かに息を整える。瞬間、足下の大地が淡く震え、薄紅の紋が花弁のように広がる。掌から放たれた緋光は夜気を裂き、外界との境を隔てる薄膜を描いた。
――平和な未来のために。
祈るような囁きとともに指が印を結び、光の花弁は土へと沈み、円環の魔法陣が完成する。
次の瞬間、無数の槍が突き立った。防御の膜は砕け、刃が肉を貫く。
叫びも抵抗もない。ただ、紅が弧を描いて散った。
痛みは驚くほど短く、まるで生の終わりを前もって受け入れていたかのように、乱れた髪が風に舞い、女は静かに微笑む。――終焉を悟った者の顔で。
しかし、死ではない。ここで朽ちるのは器だけだ。
意識は詠唱によって開かれた径を滑り落ち、時間線のうねりを越え、血脈の名を辿りながら、未だ見ぬ誰かの夢へと降りていく。
『鍵は、最後のスカーレットに』
森の喧噪が遠のく。緋の残光が点となり、闇に融けた。
そして――彼の夢へと落ちていく。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『新記録! 隠しエンディング達成、おめでとうございます!』
電子音が静寂を破る。モニターには『勇者の裏切り』の文字が浮かび上がり、エンディング映像と開発者リストが流れていった。
「はあぁぁ……なんか、予想以上に時間かかったなぁ……疲れた疲れた!」
夜明け前の部屋。
パソコンの前で、少年は椅子にもたれたまま、長すぎる前髪を掻き上げ、天井を仰いだ。
疲労が残るのも当然だ。机上の目覚まし時計が示す時刻――午前五時。
新発売のゲームを入手したその日に徹夜で攻略を試みた結果、睡眠時間を犠牲にした代償は、今や全身に重くのしかかっていた。
黒髪のミディアム、身長は百七十五センチ前後。画面の中のアバターと見分けがつかない。
そんな彼――雨夜澪音は日本の『風海城』という名の臨海都市出身。
自宅から最も近い風海高校に通う二年生である。
彼の人生を語るのに、飾り立てた言葉は不要だ。
成績は平均的。社交的でもない。
非凡な何かを問われても、「そんなもの、ない」と彼自身がいちばんよく分かっている。
三月末の火曜日。新学期が始まってすでに一ヶ月。
それでも『やる気』という言葉は、とっくに辞書から消えていた。
最初は規則正しかった生活も、今では夜型の悪循環。幼馴染が定期的に部屋を掃除してくれなければ、廃人までもう一歩のところだ。
「……少年……未来の少年」
「ん?」
その声は突然だった。
遠く、夢の底で誰かが呼ぶような、微弱な女の声。
返事をしなければ取り返しのつかないことが起きる――そんな直感が胸をよぎる。だが澪音は動じなかった。疲労による幻聴など、徹夜明けでは珍しくもない。
「やっぱ最近、ゲームやりすぎかなぁ……」
苦笑をこぼし、両手を上げて伸びをする。
体からの抗議は無視できない。一度、過労で一週間寝込んだこともある。
澪音はイヤホンを外し、席を離れてそのままベッドへ倒れ込んだ。登校まで、あと二時間。少しくらい仮眠を取っても誰も咎めはしない。
――その瞬間。
「えっ? 何ごと?」
おおよそ十六年の人生で奇妙な出来事はいくつもあったが、今ほど異様な感覚は初めてだった。
突然に、身体の『存在』が薄れた。
意識が不明な力に引っ張られ、どんどん上空へと引き離されていく。
「わあっ! 幽体離脱?!」
「私の声を追いかけて、早く来て」
「なっ……」
また、さっきの声だ。
今度は空気を介さず、脳の奥底に直接響いた。
――やばい、眠い……
現状を理解するよりも先に、圧倒的な眠気が襲ってきた。言葉を紡ぐ間もなく、澪音の瞼は静かに閉じていった。
霧深い森。裸足の女は巨石の影に身を寄せ、唇の血をぬぐった。鎧の擦れる音が輪を狭める。
「スカーレットの残党はここだ! 逃がすな!」
怒声が木々を震わせた。
女は黒い外套を肩から滑らせ、静かに息を整える。瞬間、足下の大地が淡く震え、薄紅の紋が花弁のように広がる。掌から放たれた緋光は夜気を裂き、外界との境を隔てる薄膜を描いた。
――平和な未来のために。
祈るような囁きとともに指が印を結び、光の花弁は土へと沈み、円環の魔法陣が完成する。
次の瞬間、無数の槍が突き立った。防御の膜は砕け、刃が肉を貫く。
叫びも抵抗もない。ただ、紅が弧を描いて散った。
痛みは驚くほど短く、まるで生の終わりを前もって受け入れていたかのように、乱れた髪が風に舞い、女は静かに微笑む。――終焉を悟った者の顔で。
しかし、死ではない。ここで朽ちるのは器だけだ。
意識は詠唱によって開かれた径を滑り落ち、時間線のうねりを越え、血脈の名を辿りながら、未だ見ぬ誰かの夢へと降りていく。
『鍵は、最後のスカーレットに』
森の喧噪が遠のく。緋の残光が点となり、闇に融けた。
そして――彼の夢へと落ちていく。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『新記録! 隠しエンディング達成、おめでとうございます!』
電子音が静寂を破る。モニターには『勇者の裏切り』の文字が浮かび上がり、エンディング映像と開発者リストが流れていった。
「はあぁぁ……なんか、予想以上に時間かかったなぁ……疲れた疲れた!」
夜明け前の部屋。
パソコンの前で、少年は椅子にもたれたまま、長すぎる前髪を掻き上げ、天井を仰いだ。
疲労が残るのも当然だ。机上の目覚まし時計が示す時刻――午前五時。
新発売のゲームを入手したその日に徹夜で攻略を試みた結果、睡眠時間を犠牲にした代償は、今や全身に重くのしかかっていた。
黒髪のミディアム、身長は百七十五センチ前後。画面の中のアバターと見分けがつかない。
そんな彼――雨夜澪音は日本の『風海城』という名の臨海都市出身。
自宅から最も近い風海高校に通う二年生である。
彼の人生を語るのに、飾り立てた言葉は不要だ。
成績は平均的。社交的でもない。
非凡な何かを問われても、「そんなもの、ない」と彼自身がいちばんよく分かっている。
三月末の火曜日。新学期が始まってすでに一ヶ月。
それでも『やる気』という言葉は、とっくに辞書から消えていた。
最初は規則正しかった生活も、今では夜型の悪循環。幼馴染が定期的に部屋を掃除してくれなければ、廃人までもう一歩のところだ。
「……少年……未来の少年」
「ん?」
その声は突然だった。
遠く、夢の底で誰かが呼ぶような、微弱な女の声。
返事をしなければ取り返しのつかないことが起きる――そんな直感が胸をよぎる。だが澪音は動じなかった。疲労による幻聴など、徹夜明けでは珍しくもない。
「やっぱ最近、ゲームやりすぎかなぁ……」
苦笑をこぼし、両手を上げて伸びをする。
体からの抗議は無視できない。一度、過労で一週間寝込んだこともある。
澪音はイヤホンを外し、席を離れてそのままベッドへ倒れ込んだ。登校まで、あと二時間。少しくらい仮眠を取っても誰も咎めはしない。
――その瞬間。
「えっ? 何ごと?」
おおよそ十六年の人生で奇妙な出来事はいくつもあったが、今ほど異様な感覚は初めてだった。
突然に、身体の『存在』が薄れた。
意識が不明な力に引っ張られ、どんどん上空へと引き離されていく。
「わあっ! 幽体離脱?!」
「私の声を追いかけて、早く来て」
「なっ……」
また、さっきの声だ。
今度は空気を介さず、脳の奥底に直接響いた。
――やばい、眠い……
現状を理解するよりも先に、圧倒的な眠気が襲ってきた。言葉を紡ぐ間もなく、澪音の瞼は静かに閉じていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
『伯爵令嬢 爆死する』
三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる