スカーレットの魔法譚

Mintyオーロラ

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第一章 緋色の三日間

プロローグ

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『世界は五百年後に滅ぶ』――それは夢ではなく、予言だった。

 霧深い森。裸足の女は巨石の影に身を寄せ、唇の血をぬぐった。鎧の擦れる音が輪を狭める。

「スカーレットの残党はここだ! 逃がすな!」

 怒声が木々を震わせた。
 女は黒い外套を肩から滑らせ、静かに息を整える。瞬間、足下の大地が淡く震え、薄紅の紋が花弁のように広がる。掌から放たれた緋光は夜気を裂き、外界との境を隔てる薄膜を描いた。

 ――平和な未来のために。

 祈るような囁きとともに指が印を結び、光の花弁は土へと沈み、円環の魔法陣が完成する。

 次の瞬間、無数の槍が突き立った。防御の膜は砕け、刃が肉を貫く。
 叫びも抵抗もない。ただ、紅が弧を描いて散った。

 痛みは驚くほど短く、まるで生の終わりを前もって受け入れていたかのように、乱れた髪が風に舞い、女は静かに微笑む。――終焉を悟った者の顔で。

 しかし、死ではない。ここで朽ちるのは器だけだ。

 意識は詠唱によって開かれた径を滑り落ち、時間線のうねりを越え、血脈の名を辿りながら、未だ見ぬ誰かの夢へと降りていく。

『鍵は、最後のスカーレットに』

 森の喧噪が遠のく。緋の残光が点となり、闇に融けた。

 そして――彼の夢へと落ちていく。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

『新記録! 隠しエンディング達成、おめでとうございます!』

 電子音が静寂を破る。モニターには『勇者の裏切り』の文字が浮かび上がり、エンディング映像と開発者リストが流れていった。

「はあぁぁ……なんか、予想以上に時間かかったなぁ……疲れた疲れた!」

 夜明け前の部屋。
 パソコンの前で、少年は椅子にもたれたまま、長すぎる前髪を掻き上げ、天井を仰いだ。
 疲労が残るのも当然だ。机上の目覚まし時計が示す時刻――午前五時。
 新発売のゲームを入手したその日に徹夜で攻略を試みた結果、睡眠時間を犠牲にした代償は、今や全身に重くのしかかっていた。

 黒髪のミディアム、身長は百七十五センチ前後。画面の中のアバターと見分けがつかない。

 そんな彼――雨夜あまや澪音れいんは日本の『風海城ふうかいじょう』という名の臨海都市出身。
 自宅から最も近い風海高校に通う二年生である。
 彼の人生を語るのに、飾り立てた言葉は不要だ。

 成績は平均的。社交的でもない。
 非凡な何かを問われても、「そんなもの、ない」と彼自身がいちばんよく分かっている。

 三月末の火曜日。新学期が始まってすでに一ヶ月。
 それでも『やる気』という言葉は、とっくに辞書から消えていた。
 最初は規則正しかった生活も、今では夜型の悪循環。幼馴染が定期的に部屋を掃除してくれなければ、廃人までもう一歩のところだ。

「……少年……未来の少年」
「ん?」

 その声は突然だった。
 遠く、夢の底で誰かが呼ぶような、微弱な女の声。
 返事をしなければ取り返しのつかないことが起きる――そんな直感が胸をよぎる。だが澪音は動じなかった。疲労による幻聴など、徹夜明けでは珍しくもない。

「やっぱ最近、ゲームやりすぎかなぁ……」

 苦笑をこぼし、両手を上げて伸びをする。
 体からの抗議は無視できない。一度、過労で一週間寝込んだこともある。

 澪音はイヤホンを外し、席を離れてそのままベッドへ倒れ込んだ。登校まで、あと二時間。少しくらい仮眠を取っても誰も咎めはしない。

 ――その瞬間。

「えっ? 何ごと?」

 おおよそ十六年の人生で奇妙な出来事はいくつもあったが、今ほど異様な感覚は初めてだった。
 突然に、身体の『存在』が薄れた。
 意識が不明な力に引っ張られ、どんどん上空へと引き離されていく。

「わあっ! 幽体離脱?!」
「私の声を追いかけて、早く来て」
「なっ……」

 また、さっきの声だ。
 今度は空気を介さず、脳の奥底に直接響いた。

 ――やばい、眠い……

 現状を理解するよりも先に、圧倒的な眠気が襲ってきた。言葉を紡ぐ間もなく、澪音の瞼は静かに閉じていった。
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