スカーレットの魔法譚

Mintyオーロラ

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第一章 緋色の三日間

第7話 帰還

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「僕はもう、死んだ……?」

 何度同じ質問をしてきたか、澪音が数えきれない。
 記憶が途切れるまで、間違いない、自分は血溜まりの中で、運命の審判を待っていた。

 ――生き残る確率、どのくらいかな。

 真っ暗な虚空は、生命体の不在で不気味に静まり返る。
 澪音の顔には何の感情も反映されなかった。
 意外なことに、このような結末に対して少し驚くほど平静になったようだ。

「魔法使いになった最初の日も、最後の……ある程度これが、最速クリアだろうね……」

 自嘲気味に澪音は呟いた。
 確かに、あれだけの重傷を負ったのに、今は痛みを感じない。一流の医者ですらどうにもならない傷を短期間で消せるのは、二つの可能性しかいない。

 ――魔法と死亡。

 二人とも治療魔法できないので、澪音は後者だろうと判断した。

「えっ? 僕死んだら澪奈はどうなるの?」

 あの時傍で伏せた澪奈の泣き顔を、幽かに覚えている。
 ただ、その部分の記憶はあまり振り返りたくない。それは、彼が答えを求めない数少ない質問――悲しい答えになりそうな予感がした。

(……インー)

 だけれど同時に、無精髭男が最後に言った、自分と澪奈の存在自体が間違っていたことも心に引っ掛かる。

(……レ……インー)

 その言葉の意味は、まるで皮肉というか、スカーレット家族の全部を否定するかのようだった。何故か。

(ねぇ、レインー)

 ……まあ、これから時間はいくらでもある。暇潰しに、ゆっくり思考するか。

(澪音、早く元気になれ……)
(ん?)

 一つ可愛らしい声が聞こえてきた。
 弱いけど、空虚な心を暖かさで満たせる。

「れ、澪奈……?」

 ここで澪奈の声を聞いたということは、死の悲劇が再演された。澪音にとっては、絶対、絶対、絶対にありたくない最悪事態。
 幸い、ぐるりと見回しても彼女の姿はなかったので、心配は自然と解消される。

「よかった……澪奈が生きてるみたい…………えっじゃ今のは、テレパシー? ってことは――」

 突然、強い引力で独話が中断された。
 冥界と現世の間を彷徨った澪音の魂は瞬時、まっすぐ下の深淵へと落ちていく。
 ただ、深淵というより、出口までの通路のようなものだ。
 そして、元の容器――昏睡状態の身体に戻る。

「っ?!」

 澪音はぱっと目を開けた。
 布団を蹴破ると体を起こして、かすむ視界で周囲を見渡す。
 印象的な環境だった。何故なら、十年以上暮らした自分の部屋だから。
 目覚まし時計は七時三十分を指している。水曜日。強制イベントの翌日。

「そんなに眠ってたのか……あれ?」

 いつもより少し体が重くなったと気がする。
 それも当然だ。ベッドの左側、澪音の太腿を枕にしたと澪奈がぐうぐう寝ている。目縁には、うっすらと隈ができた。どうやら徹夜だったようだ。

「澪奈……あっ、そうだ!」

 服の裾をまくって、腹部を確認する。
 そこは、昨日襲撃の真実性を証明する、長さ四センチの傷跡がある。腕や他の負傷箇所には包帯が巻かれた。感染した傷口にも丁寧に軟膏を塗ってくれた。
 この善行をした者が誰であるかは自明だ。

「ありがとう、澪奈」

 床に散らばった救急用品を見て、微笑が口角に浮かんだ。
 だが――安寧は一瞬の頭痛に遮られた。

「ふう! くそっ……僕に一体、何が起こったのか……」

 頭が、混乱している。記憶も断片的に繫がらない。
 命を拾うことが勝利だとしたら、澪音の細胞の一個一個は全然愉悦を感じていない。誰かが途中まで運び、扉の前で何かの光に包まれた――そんな断片だけが脳内に残っている。

『なんで襲われた?』
『なぜ魔法使いはシルファスにいる?』
『最後現れた銀髪少女は誰? 幻像? 夢?』

 そんなことが、澪音を悩ませる。
 押し入れの鏡越しに、ようやく自分の憔悴しきった様子が見えた。

「ちぇっ……」

 布団にしがみ付いたまま、窓外の平和な風景を眺める。
 行き交う人々。登校する学生たち。バス待ちの会社員たち。
 いつもと変わらない様子だった。
 しかし、何となく説明のつかない違和感がある。

「……答えが、必要」

 いっそ家で安静にしようかと思った。だけど今、その苛立ちが原動力となり、澪音は失われた記憶の欠片を探しに出かけたい。

 ――大事なのはやはり情報収集。

 と、計画を明確にして、ベッドから出てさっさと制服に着替えた。

「一緒に行きましょう。昨日はまだ……」

 話し声がだんだん弱くなる。
 子猫っぽく、男性の心を溶かすほど可愛い寝顔の澪奈に、澪音は一晩中大切にしてくれた彼女を起こすことができない。
 こうして朝の空気を吸えているのは、澪奈のおかげだ。

「……ゆっくり休んで」

 澪音は毛布を探してきて、時折「ふにゃん……」と寝言を言う澪奈にかけた。
 それから彼女の赤紫髪を撫でて、部屋を出ようとする。
 ただ、扉を開けた瞬間に動きが止まった。無意識に、寝息を立てる精霊仲間を振り向いた。数十秒たっても、一歩も動かない。
 その目に宿っていたのは、優しさと感謝だった。

「ありがとう、澪奈、マジで」

 現時点の彼女には聞こえなくても、テレパシーできっとその気持ちを届ける。
 今日は珍しく、出かける前に「行ってきまーす」と付け加えた。
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