復讐から始まる異世界魔法戦記 ~ただの復讐ざまあ系として書き終えるつもりが作中のキャラたちが勝手に別の物語を始めてしまいました

アサギリナオト

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第13話

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「殿下。僕の父に一体なんのご用です?」


 キースが問う。

 ティゼルたちを乗せた馬車はブラウン侯爵家へとひた走っている。

 ティゼルが鼻で笑い、短く言い放った。


「貴君は口を開けば質問ばかりだな。いい加減、面倒だ。事が済むまで黙っていろ」


「今回は以前とは状況が違います。開戦条約についてはどうお考えで――――」


 その瞬間、ティゼルが魔刃の剣アルス・ブレードを起動させる。

 緑に煌めく切っ先が、キースの喉元に突きつけられた。


「黙れと言ったのが聞こえなかったのか?」


「……」


「……それでいい。あまり私を怒らせるな」


 ティゼルは刃をすっと収め、キースから視線を外した。


「殿下。彼を擁護するわけではありませんが、私はまだ今回の作戦の詳細を聞かされておりません」


 副隊長が言った。


「ブラウン家との交渉もそうですが、今回の遠征は不法侵略に該当します。殿下はいかなる手段で条約違反との非難を回避されますか?」


「何を言う、副隊長? キース・ブラウンはそのための人質ではないか」


「それでは不十分です。ブラウン家の当主がこの者を切り捨てる可能性が考慮されていません」


「問題はない。確かに部隊を動かすとなれば、その懸念ももっともだ。――――しかし、私一人ならどうだ?」


「っ――⁉」


「部隊はブラウン領の外で待機。私とキース・ブラウンのみで本邸に向かい、こちらに交戦の意思がないことを明示する」


「き、危険です! キース・ブラウンごと殿下を襲撃する可能性も――――!」


「それはあり得ない。ブラウン侯爵家は穏健派。自ら火種を起こす愚は犯さぬ。――――そうだな、キース・ブラウン?」


「……殿下の仰る通り。父上は交渉の場に争いを持ち込みません。相手に戦意がなければ、尚のこと」


 副隊長は唇を噛み、言葉を継いだ。


「ではせめて、私にご同行の許可を! 殿下の身にもしものことがあれば、私は……」


 彼女の声音には本気の焦りがあった。

 未来のとある不吉を、直感で嗅ぎ取っているかのようだ。


「(女の勘、というやつか――)」


 ティゼルは前を向く。

 キースが彼を睨んでいた。

 その目は「彼女も連れていけ」と訴えている。

 人質の立場なら、ティゼル単独の方が有利に事を運べるはずなのだが……。


「……副隊長。同行を許可する」


「っ――」


「ただし、交渉の席に着くのは私一人だ。そなたは後方でキース・ブラウンの見張り役に就け」


「殿下……」


「本邸の庭園は見通しが良い。そこを交渉の場に指定すれば、私の姿がそなたの目から離れることはない。――――それで良しとせよ」


「殿下のお心遣い、痛み入ります」


 〝恋する乙女〟――――もとい、副隊長はいつもの顔に戻った。

 彼女は十九歳。

 ティゼルは十六。

 ――――悪くない年齢差だ。

 やがて馬車はブラウン領に近づき、ドレッドノートの隊員には領外待機を命じられた。

 さらに約二時間後、ティゼルたちを乗せた馬車はブラウン侯爵家の本邸に到着した。


「お待ちしておりました、ティゼル殿下。オルディア王国・ブラウン侯爵家の当主――ギネス・ブラウンにございます」


 ティゼルが馬車を降りると、ギネスは深く頭を垂れた。

「ギネス侯爵。まずはご子息に対する非礼をお詫びする。王立魔法学院の件は殿下の耳にも入っていよう。しかし、あれは決して私の本意ではない。私は心から戦争回避を望んでいる」


「……」


「その誠意を示すため、私は単身で来た。護衛は一名だけだ。交渉の席には私一人で臨む。こちらに交戦の意思がないことを汲んでいただきたい」


「……信じる他ないでしょう。元よりこちらに殿下のご意向へ逆らう術などありません」


 ギネスの声には、抑えきれない怒りが滲む。

 人質がいる以上、ティゼルには決して逆らえない。

 ――――と、そのときである。


「キース様を返せぇぇぇ――――‼」


「「っ――⁉」」


 頭に大きなリボンを付けた、メイド服の小柄な少女が箒を振りかざして飛び出してきた。


「メリー⁉ ――――部屋から出て来たのか⁉」


 馬車の中のキースがガラス越しに叫ぶ。


「よさないか、メリー‼」


 ギネスの制止を振り切り、少女は箒を振り下ろす。

 ティゼルはひょいと身をずらし、それを回避した。


「わ~っ、とっとっ――――むぎっ!」


 空振りの勢いで転がった少女はすぐに立ち上がり、涙目でティゼルを睨みつけた。


「殿下、大変なご無礼を! その娘はメイド見習いでして、どうか――――」


「構わん」


 ティゼルは右手でギネスを制し、少女と向き合う。


「私はリュオール王国第二王子、ティゼル・オーギュスト・アイネスヴェルグである。――――娘よ、名を申せ」


「私はメリー・ルーク! 未来のブラウン侯爵――――キース・ブラウン様にお仕えする見習いメイドだ!」


「(メリー・ルーク……。やはりそうか……)」


 ティゼルは一瞬だけ馬車のキースに目をやる。

 平民の友人とは聞いていたが、まさかブラウン家に仕えるメイドとは思わなかった。

 するとメリーが言った。


「今すぐキース様を返せ! この悪党っ!」


「ふっ、悪党か……。確かにそうだ……」


「……」


「だが貴様のご主人様とやらはどうだ? 私は一時、王立魔法学院に通っていた。貴様の主人は無能者の烙印を押された平民の私に酷い扱いをしたものだ」


 馬車の中でキースが頭を抱える。


「ウソっ――! キース様がそんなことするわけない! 私も平民だけど、キース様はずっと優しかった! 試験に落ちて落ち込んでたときだって、部屋まで来て励ましてくれた! キース様に限ってそんなこと――――絶対にない!」


 その擁護が、皮肉にもキースの胸を抉る。


「やめてくれ、メリー……。僕は君が思うような人間じゃない……」


 副隊長は彼の苦しみに目を伏せる。


「(裏は取れた……。あやつの話に嘘はないらしい……)」


 ティゼルは馬車を見やり、再びメリーを見た。


「メリー・ルーク。貴様の望みはなんだ?」


「キース様を今すぐ返して! それから、この国から出て行って!」


「ならば対価を払え。キース・ブラウンは今、私の手の中だ」


「キース様は誰のものでもない! 私のご主人様を物扱いしないで!」


「……交渉決裂だな。これ以上、話すことはない」


「むむむむ……!」


「――――と、言いたいところだが。貴様のその純真無垢な心意気を評し、ひとつ機会を与えよう」


「……機会?」


「副隊長! キース・ブラウンをここへ!」


 しばらくして、捕縛リングに拘束されたキースが引き出される。


「キース様っ!」
「キース!」


 メリーとギネスの声が重なった。

 キースは顔を上げられない。


「メリー・ルーク。この場で私と立ち合え。一対一の真剣勝負だ。貴様が勝てば、無条件でキース・ブラウンを解放しよう。――――ただし、敗れれば貴様の命は私が預かる」


「……」


「受けるか否かの決定権は貴様にある。断っても誰も咎めはせぬ」


 ティゼルは余裕の笑みを浮かべる。


「こんなの……、どこが機会だ……」


 キースは堪え切れず、ティゼルに怒鳴った。


「ふざけるなっ‼ メリーが君の剣に敵うはずないだろっ‼」


 暴れ出したキースを副隊長が押さえ込む。


ゆえに選択権を与えた。彼女はこの戦いを拒める」


「ぐぅ……!」


 キースは知っている。

 メリーは決して逃げない、と。


「メリー! ティゼル殿下はドレッドノートを率いるリュオール最強の魔刀使いアルス・ブレーダーだ! 王立魔法学院の上級生が束になっても敵わない相手だぞ!」


「……」


「この勝負は絶対に受けるな! これは命令だぞ!」


 その言葉に、使用人たちが息を呑む。


「申し訳ありません、キース様。――――その命令だけは聞けません」


 そう言ってメリーはティゼルを睨み据えた。


「この勝負――――受けます!」


「……決まりだな」


 ティゼルが懐から魔刃の剣アルス・ブレードを引き抜いた。


「よせ、メリー! ――――メリィィィ‼」


 キースが再び暴れ出し、副隊長の腕に力がこもる。


「メリーには手を出すな! 彼女は無能者を見下すような魔法使いじゃない!」


「……」


「彼女に指一本でも触れてみろ! ――――〝殺すぞ、シンク〟!」


 凄まじい殺気がキースからあふれ出す。


「(これほどの殺気……。あのキースにここまで言わせるとは……)」


 ティゼルはメリーを上から下まで一瞥する。


「(容姿が特別に秀でているわけでも、男を惑わす肢体でもない……。この娘とキースの間に一体何が……)」


 メリーが箒を構え、前に出た瞬間――――

 彼女の視界からティゼルの姿が消えた。


「うっ――!」


 勝負は一瞬。

 背後に回ったティゼルの手刀がメリーの後頭部を捉える。

 崩れ落ちる体を、彼が抱き留めた。


「この勝負、私の勝ちだ。――――ギネス侯爵。約束通り、この娘の命は私が預かる」


「……」


 返答を待たず、メリーを馬車へ運ぶ。

 続いて副隊長がキースを乗せた。


「ギネス侯爵。本日の交渉は中止だ。時間を取らせたことを深くお詫びする。私はいったん領外まで退く。――――改めて連絡を入れる」


「二人を連れて行かれるのですか?」


「案ずるな。こやつらはただの保険だ。貴君との交渉が済み次第、速やかに解放する。私は諸君らと事を構えるつもりはない。――――失礼する」


 馬車は本邸を離れ、ドレッドノート本隊との合流地点へ向かう。


「(私は一体、何をしている……?)」


 寄り添って眠るキースとメリーを見ながら、ティゼルは自問した。


「(明日にでも王都オルディアへ乗り込むつもりが、これではまるで……)」


「殿下」


 考え込むティゼルに、副隊長が声をかける。


「なぜメリー・ルークをお連れになったのです? 平民の彼女に使い道があるとは思えません」


「……キースの感情を抑えるためだ」


「それだけですか?」


「……」


 ティゼルは珍しく言葉に詰まった。


「殿下は嘘がお下手です」


 副隊長は、ハッキリとそう言った。
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