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第14話
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「キースとメリー・ルークの過去に個人的な興味が湧いた。こやつはかつてメリー・ルークに恩義があると言っていた。それは一体何だ? こやつらの関係は、ただの恋愛感情とは少し違うようだ」
「そうおっしゃると思い、既に調査済みです」
「……用意がいいな」
ティゼルがメリーの存在を知ったのは、つい一昨日のことだ。
ティゼルは小さく息を吐き、「これも乙女の勘というやつか」と独りごちる。
「今、何か?」
「ただの独り言だ。それより調査結果を」
副隊長は一礼し、淡々と告げた。
「きっかけは、キース・ブラウンの母上――――メアリー・ブラウン様が流行り病で亡くなられた折です。早くに母を亡くし、心を閉ざした彼に懸命に尽くしたのがメリー・ルークであったと記されております」
「そういうことか……。――――名前が似ているのは、ただの偶然か?」
副隊長は言い淀む。
「どうした? 何を躊躇《ためら》っている?」
「いえ、こればかりは……。同情を禁じ得ないと申しますか……」
言葉を選び、彼女は続ける。
「この二人はまったく血の繋がらない、双胎の兄妹でございます」
仮面の奥でティゼルの目がわずかに揺れた。
「……血の繋がらない双子だと? どういうことだ?」
「殿下は代理出産という術をご存じでしょうか?」
「無論だ」
「体外受精後の受精卵を代理の母に移植し、代理の母が子を宿します。しかし、ごくまれに、その代理の母が同時期に自然受胎することがございます。結果として二つの胎が並びますが、両者は遺伝的に無関係。血縁的な繋がりはございません」
「つまりギネス侯爵とメアリー夫人は、医術師を通じ代理母を立てた。貴族の威信を守るため、内々で事を運ぶのが連中の常套だ。おそらくブラウン家のメイドに依頼したのだろう」
副隊長は小さく頷く。
「しかし、それが何だ?」
「オルディアは絶対魔法主義の国。――――殿下なら、意味はおわかりでしょう」
その瞬間、ティゼルが顔を曇らせた。
「双子として生まれた血の繋がらない兄妹を――――故意に取り違えたというのか?」
「ブラウン侯爵家の先代当主、ギルベルト・ブラウンがギネス侯に命じたそうです。『魔力の高い男児をブラウン家の跡取りとせよ』と」
「……キースは、その事実を知っているのか?」
「おそらくは」
「……他には誰が?」
「知る者はキース・ブラウンを含めた四人でございます。ブラウン夫妻はメリー・ルークも我が子として慈しんでいたとのこと」
「メリー・ルークの父は今、何をしている?」
「現在は行方知れずでございます」
「……」
副隊長は報告を閉じ、静かに問う。
「以上が報告の全てです。――――殿下、この二人をどうされますか?」
「キースはともかく、メリー・ルークは元より私情で連れてきた娘だ。これ以上の不幸に付き合わせる気はない」
「……」
「キースも同じことを考えているはずだ。不可抗力とはいえ、自分が同時期に生まれてしまったせいで彼女を平民に落としてしまったのだからな。メリーの両親は口封じのため、ギルベルトの手の者に殺された可能性が高い。メリー・ルークの不幸がキースの敵なら、私に向けていた怒りももっともだ」
「……殿下は、キース・ブラウンをお許しになるおつもりですか?」
沈黙。
しばしの後、ティゼルは答えた。
「副隊長。私は甘いのか? キースは殺してやりたいほど憎んでいた相手だ。だが今はメリー・ルークと共に幸せに暮らしてほしいと、そう思っている」
「……」
「一体、私は何がしたいのだろうな。指揮官である私がこれでは、いずれ部下たちにも迷いが出る」
「殿下。これはあくまで私個人の意見です。――――殿下は決して間違ってはおりません」
「……」
「私は殿下のご命令であれば、いかなる指示にも従います。しかし、心の通わぬ上司に、私はついていきたいとは思いません」
副隊長の言葉に、ティゼルは息を吐く。
「難しいな……。人を従えるというのは……」
「……殿下。少しお休みください。ここ数日、一睡もしておられませんでしょう?」
「そうしたいところだが――――残念ながら、そうもいかなくなった」
「……?」
「馬車を止めろ」
御者が手綱を引く。
ティゼルと副隊長が外へ出るや、彼は空を仰いだ。
「……上だ」
同時に副隊長も見上げる。
空から影が降る。
王立魔法学院の生徒たちだ。
箒にまたがり、制服から白の戦闘服へと装いを変えている。
「やっとここまで追いついたよ、シンク」
レミが言った。
「諸君らの手荷物は全て取り上げたはず。一体どのような手段を用いてそれだけの装備を買い揃えたのだ?」
ティゼルが問いかける。
「今の私たちには心強い味方がいる。これらの装備は、その方に支援していただいた結果です」
フラットが答えた。
「支援だと? 諸君らに協力者が現れたというのか?」
フラットたちは少し前まで学院の制服姿だった。
彼らがオルディアの魔法使いであることは一目瞭然だ。
「リュオール王国第一王子――――ルキウス殿下です」
「っ――⁉」
「私たちは今ルキウス殿下の指揮のもと、殿下をお止めするための部隊として動いております」
「部隊名はジャガーノート。学院の生徒を中心に結成された魔法専門の特別機動部隊だよ。ちなみに副隊長はフラット」
レミが続ける。
ティゼルが仮面の奥で目を細めた。
「そのネーミングセンス……確かに兄上ものだ。――――そうか。兄上が戻ったのか」
「「「……」」」
「しかし、父上の許可のもとに結成された正式な部隊でもあるまい。ここで諸君らの部隊を壊滅させたところでお咎めはない」
ティゼルが魔刃の剣を抜き、それを起動させる。
「殿下。私たちは貴殿と争いに来たわけではありません。ルキウス殿下の命《めい》で、貴殿を連れ戻しに参ったのです」
「私を連れ戻しに――――だと?」
「ルキウス殿下が独自に調査を行われました。そして、あの方は既に殿下の計画をご存じです」
「……」
「副隊長さん! 私たちに協力してください! 殿下はあなたの知らないところで、自分一人を犠牲に戦争を止める計画を立てています!」
「っ――⁉」
レミの言葉に、副隊長が目を見開く。
「殿下はオルディア王家の者たちを全て排除するおつもりです。殿下の顔は公にはほとんど知られていない。王家の者たちを暗殺し、魔法使いたちをオルディアの思想から解放する――――これが殿下の真の狙いです。その上で自ら命を絶てば、証拠は何も残らない」
フラットの告げた〝真実〟にティゼルは舌打ちし、副隊長の横顔を盗み見る。
「副隊長、ヤツらの話に耳を貸すな。目の前の敵に集中しろ」
「……殿下。今の話は本当なのですか?」
「私の指示が聞こえなかったのか⁉ 目の前の敵に集中しろと言ったはずだ!」
「質問にお答えください。殿下は裏で本当にそのような計画を立てておられたのですか?」
「……」
ティゼルが一瞬だけ言葉に詰まる。
「副隊長……。この私を裏切る気か……?」
「っ――⁉」
「ならば、そこを動くな。ヤツらは私一人で片づける」
「殿下!」
ティゼルが踏み出そうとした瞬間――――
「っ――⁉」
ティゼルは剣を真横に振り抜き、遠方から飛来した魔弾を弾き飛ばした。
「殿下!」
「下がれっ! 魔弾の銃だ!」
ティゼルと副隊長は身をかがめ、周囲を素早く見渡す。
「しかし、狙撃手の姿が確認できません!」
「肉眼では捉えられぬ距離からの超遠距離射撃――このような芸当ができるのは兄上しかおらん!」
ルキウスは一キロ近く離れた地点から照準していた。
スコープ越しに弟の動揺を見て、わずかに笑む。
「リュオール最強の狙撃魔銃使いが相手ですか……。――――しかし、一体なぜ?」
「大方、自身の存在を示し、〝生徒たちには手を出すな〟と警告するためだ。兄上が本気で私を殺す気なら、魔刃の剣を起動させる前に引き金を引いていた」
ルキウスは、リュオール最強の魔刀使いであるティゼルを殺せる数少ない人物の一人。
その気になれば初弾で終わっていた。
「ルキウス殿は、敵対してでも殿下をお止めしたいようですね」
副隊長がつぶやく。
「シンク! ルキウス殿下からの伝言だよ!」
レミが言った。
「部隊を引き上げ、ただちに王都に帰還せよ。さもなくば、お前の計画をすべて父上に話す、だって」
彼女の伝言に、ティゼルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……好きにするがいい」
「「「――⁉」」」
「私は元より一人で計画を遂行するつもりだった。誰かの賛同を得るつもりなど、まったくない」
「「「……」」」
「副隊長。そなたはどうする?」
「っ――⁉」
「今まで通り、私に忠誠を誓うか……。あるいは兄上の側に付き、私を止めるかだ」
副隊長にとって、それは究極の選択だった。
彼女の決断ひとつで、戦局はどちらにも傾く。
「……私に、殿下を裏切る選択肢など最初からございません。かと言って、殿下の計画を容認することもできない」
そう言って副隊長は腰のホルスターから魔弾の銃を抜いた。
「お許しください――――殿下」
「「「っ――⁉」」」
副隊長は自分のこめかみに銃口を突き付ける。
「ヴァネッサ――‼」
ティゼルが叫び、手を伸ばす。
引き金が絞られ――――
「「「……」」」
銃声が大空に轟く。
副隊長は地面に倒れていた。
――――ティゼルに押し倒されるような形で。
「はあ……、はあ……、はあ……」
「……でん……か……」
それは本当にギリギリだった。
魔弾は軌道が逸れ、ヴァネッサの仮面を吹き飛ばしただけにとどまっていた。
ティゼルの反応速度と身体能力がなければ、彼女の頭は撃ち抜かれていたに違いない。
「此度の計画は失敗に終わった」
「「「――⁉」」」
「ただちに我が部隊はオルディアを離脱し、王都に帰還する。――――それで良《よ》いな?」
ティゼルが最後に問う。
「……はい。了解いたしました……」
ヴァネッサの返事を聞くと、ティゼルは立ち上がった。
途端に一部の男子生徒が色めき立つ。
「おい、あのねーちゃんの顔!」
「やっべぇ……! めちゃくちゃ美人じゃん!」
言っているのは、もちろんオゼットとステイル。
声に出しているのは彼らだけだが、他の生徒も彼女の素顔に驚いていた。
そのとき、ルキウスを乗せた馬車が到着した。
「いやあ、遅れて申し訳ない」
ルキウスが馬車から降りる。
「高速馬車でここまで飛ばしてきたはいいが、あまりに気持ちが悪くて回復に時間がかかってしまったよ」
彼は飛行魔法が使える生徒たちを先行させ、ティゼルの捜索に当たらせていた。
発見の報を受け、街で新たに入手した通信リングで連絡を取りつつ駆け付けたのだ。
「久しぶりだね、ティゼル。少し見ない間にずいぶん成長したようだ」
その声音には、皮肉が混じっている。
「お久しぶりでございます、兄上。今回の一件につきまして、私には兄上を責める資格はございません」
「……」
「しかしながら、申し上げる。生徒たちが私の計画を副隊長に話した結果、私は危うく一番大切な部下を失うところでした」
冷静に見えて、ティゼルは内心で怒っていた。
頭の良いルキウスなら、こうなることも読めたはずだと。
「ん~、それは少し違うんじゃないかな?」
ルキウスが穏やかに――――しかし、揺るがぬ声で言う。
「そもそもお前が自分の犠牲を前提にした愚かな計画を立てなければ――――彼女はここまで追い詰められずに済んだ」
「っ――」
最後の一言には、怒気が宿っていた。
ティゼルの計画が最終段階まで進んでいれば、ルキウスは“弟を失う”という最悪の結末を迎えていたのだ。
怒っているのは彼も同じだ。
「副隊長、すまなかったね。君には大変な苦労をかけてしまった」
「いえ、ルキウス殿が謝られることでは……」
「それとティゼル。お前は王都に戻ったら説教だ。それまでにきっちり、ケジメをつけておくように」
「……承知しました、兄上」
あのティゼルが、しおらしくうなだれる。
彼にとって兄ルキウスは、それほどの存在なのだ。
「もしかしてルキウス殿下って……、怒らせたらめちゃくちゃ怖いタイプ?」
「優しい人をキレさせたときが一番ヤバいって言うしな……。あと、身内には相当厳しいんだろう……」
オゼットとステイルが小声でささやく。
「さて、そろそろ引き上げるとするか。リュオールの部隊が、いつまでもオルディア領内でうろつくのはさすがにマズい」
ルキウスが話を締めた、そのとき――――
「う……。ここは一体……」
気絶していたキースがようやく目を覚まし、馬車から降りてきた。
「そうおっしゃると思い、既に調査済みです」
「……用意がいいな」
ティゼルがメリーの存在を知ったのは、つい一昨日のことだ。
ティゼルは小さく息を吐き、「これも乙女の勘というやつか」と独りごちる。
「今、何か?」
「ただの独り言だ。それより調査結果を」
副隊長は一礼し、淡々と告げた。
「きっかけは、キース・ブラウンの母上――――メアリー・ブラウン様が流行り病で亡くなられた折です。早くに母を亡くし、心を閉ざした彼に懸命に尽くしたのがメリー・ルークであったと記されております」
「そういうことか……。――――名前が似ているのは、ただの偶然か?」
副隊長は言い淀む。
「どうした? 何を躊躇《ためら》っている?」
「いえ、こればかりは……。同情を禁じ得ないと申しますか……」
言葉を選び、彼女は続ける。
「この二人はまったく血の繋がらない、双胎の兄妹でございます」
仮面の奥でティゼルの目がわずかに揺れた。
「……血の繋がらない双子だと? どういうことだ?」
「殿下は代理出産という術をご存じでしょうか?」
「無論だ」
「体外受精後の受精卵を代理の母に移植し、代理の母が子を宿します。しかし、ごくまれに、その代理の母が同時期に自然受胎することがございます。結果として二つの胎が並びますが、両者は遺伝的に無関係。血縁的な繋がりはございません」
「つまりギネス侯爵とメアリー夫人は、医術師を通じ代理母を立てた。貴族の威信を守るため、内々で事を運ぶのが連中の常套だ。おそらくブラウン家のメイドに依頼したのだろう」
副隊長は小さく頷く。
「しかし、それが何だ?」
「オルディアは絶対魔法主義の国。――――殿下なら、意味はおわかりでしょう」
その瞬間、ティゼルが顔を曇らせた。
「双子として生まれた血の繋がらない兄妹を――――故意に取り違えたというのか?」
「ブラウン侯爵家の先代当主、ギルベルト・ブラウンがギネス侯に命じたそうです。『魔力の高い男児をブラウン家の跡取りとせよ』と」
「……キースは、その事実を知っているのか?」
「おそらくは」
「……他には誰が?」
「知る者はキース・ブラウンを含めた四人でございます。ブラウン夫妻はメリー・ルークも我が子として慈しんでいたとのこと」
「メリー・ルークの父は今、何をしている?」
「現在は行方知れずでございます」
「……」
副隊長は報告を閉じ、静かに問う。
「以上が報告の全てです。――――殿下、この二人をどうされますか?」
「キースはともかく、メリー・ルークは元より私情で連れてきた娘だ。これ以上の不幸に付き合わせる気はない」
「……」
「キースも同じことを考えているはずだ。不可抗力とはいえ、自分が同時期に生まれてしまったせいで彼女を平民に落としてしまったのだからな。メリーの両親は口封じのため、ギルベルトの手の者に殺された可能性が高い。メリー・ルークの不幸がキースの敵なら、私に向けていた怒りももっともだ」
「……殿下は、キース・ブラウンをお許しになるおつもりですか?」
沈黙。
しばしの後、ティゼルは答えた。
「副隊長。私は甘いのか? キースは殺してやりたいほど憎んでいた相手だ。だが今はメリー・ルークと共に幸せに暮らしてほしいと、そう思っている」
「……」
「一体、私は何がしたいのだろうな。指揮官である私がこれでは、いずれ部下たちにも迷いが出る」
「殿下。これはあくまで私個人の意見です。――――殿下は決して間違ってはおりません」
「……」
「私は殿下のご命令であれば、いかなる指示にも従います。しかし、心の通わぬ上司に、私はついていきたいとは思いません」
副隊長の言葉に、ティゼルは息を吐く。
「難しいな……。人を従えるというのは……」
「……殿下。少しお休みください。ここ数日、一睡もしておられませんでしょう?」
「そうしたいところだが――――残念ながら、そうもいかなくなった」
「……?」
「馬車を止めろ」
御者が手綱を引く。
ティゼルと副隊長が外へ出るや、彼は空を仰いだ。
「……上だ」
同時に副隊長も見上げる。
空から影が降る。
王立魔法学院の生徒たちだ。
箒にまたがり、制服から白の戦闘服へと装いを変えている。
「やっとここまで追いついたよ、シンク」
レミが言った。
「諸君らの手荷物は全て取り上げたはず。一体どのような手段を用いてそれだけの装備を買い揃えたのだ?」
ティゼルが問いかける。
「今の私たちには心強い味方がいる。これらの装備は、その方に支援していただいた結果です」
フラットが答えた。
「支援だと? 諸君らに協力者が現れたというのか?」
フラットたちは少し前まで学院の制服姿だった。
彼らがオルディアの魔法使いであることは一目瞭然だ。
「リュオール王国第一王子――――ルキウス殿下です」
「っ――⁉」
「私たちは今ルキウス殿下の指揮のもと、殿下をお止めするための部隊として動いております」
「部隊名はジャガーノート。学院の生徒を中心に結成された魔法専門の特別機動部隊だよ。ちなみに副隊長はフラット」
レミが続ける。
ティゼルが仮面の奥で目を細めた。
「そのネーミングセンス……確かに兄上ものだ。――――そうか。兄上が戻ったのか」
「「「……」」」
「しかし、父上の許可のもとに結成された正式な部隊でもあるまい。ここで諸君らの部隊を壊滅させたところでお咎めはない」
ティゼルが魔刃の剣を抜き、それを起動させる。
「殿下。私たちは貴殿と争いに来たわけではありません。ルキウス殿下の命《めい》で、貴殿を連れ戻しに参ったのです」
「私を連れ戻しに――――だと?」
「ルキウス殿下が独自に調査を行われました。そして、あの方は既に殿下の計画をご存じです」
「……」
「副隊長さん! 私たちに協力してください! 殿下はあなたの知らないところで、自分一人を犠牲に戦争を止める計画を立てています!」
「っ――⁉」
レミの言葉に、副隊長が目を見開く。
「殿下はオルディア王家の者たちを全て排除するおつもりです。殿下の顔は公にはほとんど知られていない。王家の者たちを暗殺し、魔法使いたちをオルディアの思想から解放する――――これが殿下の真の狙いです。その上で自ら命を絶てば、証拠は何も残らない」
フラットの告げた〝真実〟にティゼルは舌打ちし、副隊長の横顔を盗み見る。
「副隊長、ヤツらの話に耳を貸すな。目の前の敵に集中しろ」
「……殿下。今の話は本当なのですか?」
「私の指示が聞こえなかったのか⁉ 目の前の敵に集中しろと言ったはずだ!」
「質問にお答えください。殿下は裏で本当にそのような計画を立てておられたのですか?」
「……」
ティゼルが一瞬だけ言葉に詰まる。
「副隊長……。この私を裏切る気か……?」
「っ――⁉」
「ならば、そこを動くな。ヤツらは私一人で片づける」
「殿下!」
ティゼルが踏み出そうとした瞬間――――
「っ――⁉」
ティゼルは剣を真横に振り抜き、遠方から飛来した魔弾を弾き飛ばした。
「殿下!」
「下がれっ! 魔弾の銃だ!」
ティゼルと副隊長は身をかがめ、周囲を素早く見渡す。
「しかし、狙撃手の姿が確認できません!」
「肉眼では捉えられぬ距離からの超遠距離射撃――このような芸当ができるのは兄上しかおらん!」
ルキウスは一キロ近く離れた地点から照準していた。
スコープ越しに弟の動揺を見て、わずかに笑む。
「リュオール最強の狙撃魔銃使いが相手ですか……。――――しかし、一体なぜ?」
「大方、自身の存在を示し、〝生徒たちには手を出すな〟と警告するためだ。兄上が本気で私を殺す気なら、魔刃の剣を起動させる前に引き金を引いていた」
ルキウスは、リュオール最強の魔刀使いであるティゼルを殺せる数少ない人物の一人。
その気になれば初弾で終わっていた。
「ルキウス殿は、敵対してでも殿下をお止めしたいようですね」
副隊長がつぶやく。
「シンク! ルキウス殿下からの伝言だよ!」
レミが言った。
「部隊を引き上げ、ただちに王都に帰還せよ。さもなくば、お前の計画をすべて父上に話す、だって」
彼女の伝言に、ティゼルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……好きにするがいい」
「「「――⁉」」」
「私は元より一人で計画を遂行するつもりだった。誰かの賛同を得るつもりなど、まったくない」
「「「……」」」
「副隊長。そなたはどうする?」
「っ――⁉」
「今まで通り、私に忠誠を誓うか……。あるいは兄上の側に付き、私を止めるかだ」
副隊長にとって、それは究極の選択だった。
彼女の決断ひとつで、戦局はどちらにも傾く。
「……私に、殿下を裏切る選択肢など最初からございません。かと言って、殿下の計画を容認することもできない」
そう言って副隊長は腰のホルスターから魔弾の銃を抜いた。
「お許しください――――殿下」
「「「っ――⁉」」」
副隊長は自分のこめかみに銃口を突き付ける。
「ヴァネッサ――‼」
ティゼルが叫び、手を伸ばす。
引き金が絞られ――――
「「「……」」」
銃声が大空に轟く。
副隊長は地面に倒れていた。
――――ティゼルに押し倒されるような形で。
「はあ……、はあ……、はあ……」
「……でん……か……」
それは本当にギリギリだった。
魔弾は軌道が逸れ、ヴァネッサの仮面を吹き飛ばしただけにとどまっていた。
ティゼルの反応速度と身体能力がなければ、彼女の頭は撃ち抜かれていたに違いない。
「此度の計画は失敗に終わった」
「「「――⁉」」」
「ただちに我が部隊はオルディアを離脱し、王都に帰還する。――――それで良《よ》いな?」
ティゼルが最後に問う。
「……はい。了解いたしました……」
ヴァネッサの返事を聞くと、ティゼルは立ち上がった。
途端に一部の男子生徒が色めき立つ。
「おい、あのねーちゃんの顔!」
「やっべぇ……! めちゃくちゃ美人じゃん!」
言っているのは、もちろんオゼットとステイル。
声に出しているのは彼らだけだが、他の生徒も彼女の素顔に驚いていた。
そのとき、ルキウスを乗せた馬車が到着した。
「いやあ、遅れて申し訳ない」
ルキウスが馬車から降りる。
「高速馬車でここまで飛ばしてきたはいいが、あまりに気持ちが悪くて回復に時間がかかってしまったよ」
彼は飛行魔法が使える生徒たちを先行させ、ティゼルの捜索に当たらせていた。
発見の報を受け、街で新たに入手した通信リングで連絡を取りつつ駆け付けたのだ。
「久しぶりだね、ティゼル。少し見ない間にずいぶん成長したようだ」
その声音には、皮肉が混じっている。
「お久しぶりでございます、兄上。今回の一件につきまして、私には兄上を責める資格はございません」
「……」
「しかしながら、申し上げる。生徒たちが私の計画を副隊長に話した結果、私は危うく一番大切な部下を失うところでした」
冷静に見えて、ティゼルは内心で怒っていた。
頭の良いルキウスなら、こうなることも読めたはずだと。
「ん~、それは少し違うんじゃないかな?」
ルキウスが穏やかに――――しかし、揺るがぬ声で言う。
「そもそもお前が自分の犠牲を前提にした愚かな計画を立てなければ――――彼女はここまで追い詰められずに済んだ」
「っ――」
最後の一言には、怒気が宿っていた。
ティゼルの計画が最終段階まで進んでいれば、ルキウスは“弟を失う”という最悪の結末を迎えていたのだ。
怒っているのは彼も同じだ。
「副隊長、すまなかったね。君には大変な苦労をかけてしまった」
「いえ、ルキウス殿が謝られることでは……」
「それとティゼル。お前は王都に戻ったら説教だ。それまでにきっちり、ケジメをつけておくように」
「……承知しました、兄上」
あのティゼルが、しおらしくうなだれる。
彼にとって兄ルキウスは、それほどの存在なのだ。
「もしかしてルキウス殿下って……、怒らせたらめちゃくちゃ怖いタイプ?」
「優しい人をキレさせたときが一番ヤバいって言うしな……。あと、身内には相当厳しいんだろう……」
オゼットとステイルが小声でささやく。
「さて、そろそろ引き上げるとするか。リュオールの部隊が、いつまでもオルディア領内でうろつくのはさすがにマズい」
ルキウスが話を締めた、そのとき――――
「う……。ここは一体……」
気絶していたキースがようやく目を覚まし、馬車から降りてきた。
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暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。
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……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい!
そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。
赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。
「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」
そう、他人事のように見送った俺だったが……。
直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。
「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」
――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。
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