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第二章 ペンは剣よりも強し
11. 鳥獣戯画のうさぎ
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やがて暗雲が晴れるかの如く烏羽の層に隙間ができ、虎模様が覗く。
それを見定めた青ウサギの指先が、静かに舞う。
小指に挟んだGペンが、くるくると旋回し、軌跡に淡い光を宿す。
なめらかな指の動きに導かれ、ペンはまるで意志を持つ生き物のように躍る。
フルーエントソニック――そう呼ばれるペン回しの技だ。
青ウサギは、指先で軌道を修正しながら持ち直すと、そっと手を振る。
煌めく星々を線で結ぶように、Gペンが夜空を滑る。
見えざる筆先が空に紡ぐ蒼の幻。
夜風に揺られながら、淡く、儚く――青の軌跡は刹那の光を残し、空へと消えていく。
仕上げとばかりに、フッと息を吹き掛ける。
すると――
厳かな気配を纏う一張の弓が、ゆるやかに夜気を震わせる。
それに呼応するように、黒鷲と山鳥の羽根をそれぞれ矧いだ二本の鏑矢が、風に乗り、そっと姿を顕した。
青ウサギが手を伸ばした、その刹那。
鋭い殺気が弓ごとすべてを引き裂かんと、一気に襲いかかる。
すっかり青ウサギを強キャラ認定した社畜女は、危なっかしい場面にも慣れつつあった。
だが、戦乙女が薙ぎ払った落画鬼の爪は、牙のように砕け散ることはなく――
一抹の不安を覚える。
それでも、鉄壁の防御はすでに崩れ、再構築する余裕もない様子。
「もう勝てる……! 一気に畳みかけて!」
社畜女は熱狂的なスポーツファンさながらに、前のめりになる。
しかし――
この落画鬼の厄介さは、その尾にあった。
明らかな致死毒を宿した蛇――本体から思考が独立しているのか、動きが読めない。
毒牙は、かすった衣服はおろか、青ウサギが描いた弓も鏑矢も、戦乙女の槍の刃さえも、一瞬で溶かす。
数は減ったが、烏羽の猛撃も衰えを知らない。
「どういう状況……!?」
社畜女のスマホは、目の前の情報過多な光景をとうとう捉えきれなくなった。
画面の向こうでは、一度に三種類の攻撃をかわし続ける、超高難度の“避けゲー”が展開されている。
いまどきのAIチップ搭載スマホなら、自動追尾機能がある。
それでも、カメラのフォーカスは迷い続け、映るのはブレた残像だけ。
(動きが、規格外すぎる!)
AIの自己学習さえ追い付かないのだ。
社畜女は、冬に流行ったくすみオレンジに染まる指先で、画面をカチカチと叩く。
すっかり伸びた爪の隙間が目につくが、そんなことを気にしている余裕はない。
「……あーもう!」
素人がAIに勝てるはずもない。
それでも、どうにかならないかと指を滑らせるが、すぐに被写体を見失ってしまう。
この苛立ちは、決着がつくまで続くのだろう。
(なんでもっと早く機種変しなかったかな)
社畜女は思わず地団駄を踏んだ。
そして大きくため息をつく。
(……私の手がAIだったら、追い付けるかもしれないのに!)
意志がそのまま機械に伝われば、どんな動きにも反応できる。
自分の願いとAIの精密さが合わされば、無敵なのに。
そんな未来が、ほんの少し先にある気がしてならない。
だけど現実は、どんなに必死に指を動かしても、追い付けないまま。
歯がゆさばかりがつのる。
戦闘に参加してもいない社畜女のほうが、びっしょりと汗をかいていた。
一方で、青ウサギは眉ひとつ動かさない。
圧倒的な猛攻を前にしても、一切の迷いなくかわし続けている。
その目は、もはや落画鬼すら映していなかった。
無事だった赤錆色の鏑矢を口に咥えたまま、弓を見つめている。
蛇の毒に焼かれ、弓幹の長さを失い、もはや使い物にならない。
それでも焦る素振りは少しも見せない。
上弭から外れ、だらんと垂れ下がった弦を拾い上げようとした、その時だった。
己の身より、鏑矢を優先したせいだろうか。
鋭い烏羽が頬をかすめた。
浅い傷が、一筋の赤を描く。
衝撃にあおられ、フードがゆるんだ。
布が滑る。ゆっくりと――
隠されていた素顔が、夜の光に晒される。
――現れたのは、あまりにも若い少年だった。
目鼻の整った顔立ち、霜柱のように繊細な睫毛。
一本に束ねた細く艶やかな長い髪は、浮夜絵の戦乙女をすら凌駕する美しさを誇る。
まさしく、絵にも描けない美しさ。
筆先がどれほど丹念に線を紡ごうとも、到底再現できない――
そんな、透き通るような憂いを帯びた存在感を放っていた。
戦乙女は、抱えていた少年の頬に滲む赤を見る。
唇の震えから、わずかに動揺が走っていることがわかる。
主を守るべく、落画鬼と距離を取ろうと翼を広げる――蛇の尾がそれを許さない。
一瞬で片翼と仮面の一部が溶け、戦乙女は少年を抱えたまま真っ逆さまに墜ちていく。
少年は臆することなく、戦乙女が天へと掲げた両手を蹴り、一気に跳び上がった。
並みの身体能力ではありえない跳躍――装備に特殊な仕掛けがあるのだろう。
その動きは、本物の兎をも凌ぎ、まるで『鳥獣人物戯画』の奔放な兎のようで、現実離れしていた。
ひと息で落画鬼を遥か眼下に置き去りにする。
月へと至らんばかりの高度を得た少年は、そのまま重力に身を委ね、ビルの窓面を疾風の如く駆け降りた。
瞬く間に、落画鬼との距離を詰める。
蛇の尾だけが反応するが、迎撃には間に合わない。
少年の言葉が、短く空気を震わせる。
「伸びろ」
――その声が終わるよりも早く。
長大な影が、蛇の頭を貫いた。
気づけば、それはすでにビルの壁へと深々と突き刺さっている。
それを見定めた青ウサギの指先が、静かに舞う。
小指に挟んだGペンが、くるくると旋回し、軌跡に淡い光を宿す。
なめらかな指の動きに導かれ、ペンはまるで意志を持つ生き物のように躍る。
フルーエントソニック――そう呼ばれるペン回しの技だ。
青ウサギは、指先で軌道を修正しながら持ち直すと、そっと手を振る。
煌めく星々を線で結ぶように、Gペンが夜空を滑る。
見えざる筆先が空に紡ぐ蒼の幻。
夜風に揺られながら、淡く、儚く――青の軌跡は刹那の光を残し、空へと消えていく。
仕上げとばかりに、フッと息を吹き掛ける。
すると――
厳かな気配を纏う一張の弓が、ゆるやかに夜気を震わせる。
それに呼応するように、黒鷲と山鳥の羽根をそれぞれ矧いだ二本の鏑矢が、風に乗り、そっと姿を顕した。
青ウサギが手を伸ばした、その刹那。
鋭い殺気が弓ごとすべてを引き裂かんと、一気に襲いかかる。
すっかり青ウサギを強キャラ認定した社畜女は、危なっかしい場面にも慣れつつあった。
だが、戦乙女が薙ぎ払った落画鬼の爪は、牙のように砕け散ることはなく――
一抹の不安を覚える。
それでも、鉄壁の防御はすでに崩れ、再構築する余裕もない様子。
「もう勝てる……! 一気に畳みかけて!」
社畜女は熱狂的なスポーツファンさながらに、前のめりになる。
しかし――
この落画鬼の厄介さは、その尾にあった。
明らかな致死毒を宿した蛇――本体から思考が独立しているのか、動きが読めない。
毒牙は、かすった衣服はおろか、青ウサギが描いた弓も鏑矢も、戦乙女の槍の刃さえも、一瞬で溶かす。
数は減ったが、烏羽の猛撃も衰えを知らない。
「どういう状況……!?」
社畜女のスマホは、目の前の情報過多な光景をとうとう捉えきれなくなった。
画面の向こうでは、一度に三種類の攻撃をかわし続ける、超高難度の“避けゲー”が展開されている。
いまどきのAIチップ搭載スマホなら、自動追尾機能がある。
それでも、カメラのフォーカスは迷い続け、映るのはブレた残像だけ。
(動きが、規格外すぎる!)
AIの自己学習さえ追い付かないのだ。
社畜女は、冬に流行ったくすみオレンジに染まる指先で、画面をカチカチと叩く。
すっかり伸びた爪の隙間が目につくが、そんなことを気にしている余裕はない。
「……あーもう!」
素人がAIに勝てるはずもない。
それでも、どうにかならないかと指を滑らせるが、すぐに被写体を見失ってしまう。
この苛立ちは、決着がつくまで続くのだろう。
(なんでもっと早く機種変しなかったかな)
社畜女は思わず地団駄を踏んだ。
そして大きくため息をつく。
(……私の手がAIだったら、追い付けるかもしれないのに!)
意志がそのまま機械に伝われば、どんな動きにも反応できる。
自分の願いとAIの精密さが合わされば、無敵なのに。
そんな未来が、ほんの少し先にある気がしてならない。
だけど現実は、どんなに必死に指を動かしても、追い付けないまま。
歯がゆさばかりがつのる。
戦闘に参加してもいない社畜女のほうが、びっしょりと汗をかいていた。
一方で、青ウサギは眉ひとつ動かさない。
圧倒的な猛攻を前にしても、一切の迷いなくかわし続けている。
その目は、もはや落画鬼すら映していなかった。
無事だった赤錆色の鏑矢を口に咥えたまま、弓を見つめている。
蛇の毒に焼かれ、弓幹の長さを失い、もはや使い物にならない。
それでも焦る素振りは少しも見せない。
上弭から外れ、だらんと垂れ下がった弦を拾い上げようとした、その時だった。
己の身より、鏑矢を優先したせいだろうか。
鋭い烏羽が頬をかすめた。
浅い傷が、一筋の赤を描く。
衝撃にあおられ、フードがゆるんだ。
布が滑る。ゆっくりと――
隠されていた素顔が、夜の光に晒される。
――現れたのは、あまりにも若い少年だった。
目鼻の整った顔立ち、霜柱のように繊細な睫毛。
一本に束ねた細く艶やかな長い髪は、浮夜絵の戦乙女をすら凌駕する美しさを誇る。
まさしく、絵にも描けない美しさ。
筆先がどれほど丹念に線を紡ごうとも、到底再現できない――
そんな、透き通るような憂いを帯びた存在感を放っていた。
戦乙女は、抱えていた少年の頬に滲む赤を見る。
唇の震えから、わずかに動揺が走っていることがわかる。
主を守るべく、落画鬼と距離を取ろうと翼を広げる――蛇の尾がそれを許さない。
一瞬で片翼と仮面の一部が溶け、戦乙女は少年を抱えたまま真っ逆さまに墜ちていく。
少年は臆することなく、戦乙女が天へと掲げた両手を蹴り、一気に跳び上がった。
並みの身体能力ではありえない跳躍――装備に特殊な仕掛けがあるのだろう。
その動きは、本物の兎をも凌ぎ、まるで『鳥獣人物戯画』の奔放な兎のようで、現実離れしていた。
ひと息で落画鬼を遥か眼下に置き去りにする。
月へと至らんばかりの高度を得た少年は、そのまま重力に身を委ね、ビルの窓面を疾風の如く駆け降りた。
瞬く間に、落画鬼との距離を詰める。
蛇の尾だけが反応するが、迎撃には間に合わない。
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「伸びろ」
――その声が終わるよりも早く。
長大な影が、蛇の頭を貫いた。
気づけば、それはすでにビルの壁へと深々と突き刺さっている。
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