RGB:僕と浮世離れの戯画絵筆 ~緑色のアウトサイダー・アート~

雪染衛門

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第六章 蛙の子はカエル

53. 容疑者の共通点

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「実は容疑者たちの共通点が判明してね」

 開けた場所とはいえ、実葛さねかずらは念のため周囲に人がいないことを確認しながら話を進める。ふたり以外に感じられる気配は、徐々に水で満たされる田んぼに飛びつく蛙の鳴き声のみ。

「彼らは過去、落画鬼らくがきの被害に遭っていることがわかったんだ」

 まだ非公開の捜査情報なのだろう。緑光ろくみつは初耳にして胸騒ぎを覚える。みるみる強張る表情に実葛は一瞬迷いが生じるも、意を決して話を進める。

「いずれも落画鬼によって、消えないほどの大きな傷を負わされていると、対策課から報告があった」

 都内で落画鬼の存在が確認されて以降、警視庁は刑事部にグラフィティ犯罪対策課を設置。公安部とは違う角度から、落画鬼が関与する事件を担当している。

 広域捜査はもちろん、大都市と比べ落画鬼事件のノウハウの少ない地方県警へ応援・出向など、異例のフットワークの軽さを見せる課で、捜査一課から異動した実葛も、緑光を襲った落画鬼の事件をきっかけにいち早く県警に出向したのである。

 当時の地方県警はまだ落画鬼に懐疑的であったため、いま以上に煙たがられ、苦労したそうだ。

「それを聞いて嫌な予感がしてね。メディアに嗅ぎつかれて、変に尾ひれのついた報道で君の耳に届くより先に、僕の口から話しておきたかったんだよ」

 実葛は緑光の額を一瞥すると、話を続ける。

「僕が思うに今回の事件は、落画鬼に傷つけられた過去を持つ人間が、故意に狙われているのではないかと踏んでいるんだ」

「待ってください」と、緑光はたちまち食い気味になる。

「襲われたことがある人を、落画鬼は見分けられるんですか?」

 質問した次の瞬間には「いや待てよ」と実葛の返事も待たずに、あれやこれやと高速で自問自答しはじめる。

「傷口に電気信号を送るデバイスを仕込んでいるとか? でもそんな異物が入っていたら、診察時にすぐわかるよな」

 自分の言葉に不安になったのか、確かめるように額の傷を撫でる。そして、はっと目を見開いたかと思えば、すぐに顔を歪ませ高速で額をこすりはじめた。

「もしかして、変なウイルスを仕込まれてたりっ!? ゾンビの元ネタだって狂犬病だって言われてるくらいだし、もしそのウイルスの潜伏期間や発症をコントロールできるなら……いやそんな都合良くできるのか?」

 じきに肩を落としながら「さすがにゲーム脳すぎるかな……」とぼやく。

 昨夜、進路で悩む緑光に「気晴らししようぜ」と、ネトゲ友だちに誘われるまま遅くまでがっつりプレイしてしまったゲームが頭から離れない。

緑光ろくみつくん、おでこが赤くなってきたから、それ以上こするのやめときなさいよ」

 実葛は、感情の起伏とともにいよいよ赤くなってきた緑光の額見て、心配そうに声をかけた。

「容疑者たちの古傷はもちろん入念に調べられたよ。君の言うようなデバイスの埋め込みは確認されなかった。ウイルスの類もね」

「ですよね……」

 緑光は恥ずかしそうに俯きながら、おずおずと最後のひらめきを口にした。

「あとは、傷自体が落画鬼の目印になってるとかしか思いつかないや……ハハ」
「まさにそうなんだ」
「ハ……え?」

 から笑いから一変。自分から言っておいてなんだが、まるで状況がわからない。愕然とする緑光に、実葛は無理もないといった表情を浮かべる。

「落画鬼から受けた傷は、いずれも通常の傷とは異なるんだ」

「傷の形が共通している、とか……? いやでも僕の傷も目立ちますけど、そんな珍しい形じゃないし……」

 三本の引っ搔き傷も日常ではそう滅多につかないもので、だいぶ珍しくはあるのだが、緑光が想像するのはそれこそ、いまでも世界的な人気を誇る某魔法学校小説の主人公のように、一目でわかるレベルの特徴的な傷だった。

「答えはもっとシンプル。落書きなんだ」

 ああなんだ本当にシンプル。そっか落書きか~と、安堵の空気に包まれたのも束の間だった。

「……えあ、ふぁっら、らくがき!? どどどどどういうことですかっ!? ……うわっ!!」

 緑光は驚きのあまり仰け反った。背より大きなリュックがあだとなり、そのまま田んぼに突っ込みそうになる。きれいな水に気持ちよさそうに鳴いていた蛙たちも、伸びる影に驚き四方八方に飛び跳ねる。

 咄嗟に伸ばした手は、虚しく空を切る。沈みゆく陽のせいか少し大人びて見えるその手にふと、くり返す明晰夢めいせきむを思い出して妙な孤独感に駆られる。

 緑光はすっかり諦め、ほの暗い水底へと身を委ねようとした時だった。

 ふいに鴇羽色ときはいろの柔らかい翼が羽ばたくイメージが夕空いっぱいに広がり、腕に力強い温もりを感じる。

 間一髪のところで、実葛の手が緑光を掴んだのである。

「君のその傷は、“絵”なんだよ」
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