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第二章
第9話 無敵のノーギャル3
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困ったことが起こった。
翌日、小池君が登校してこなかった。
昨日の今日だから、僕は嫌な予感がして、朝のホームルームの後、担任の宮田先生に小池君が高校を休んだ理由を聞いてみた。
宮田先生が、面倒くさそうな顔をしながら僕を見て、それからため息をついて言った。
「クラスで馬鹿にされた、といって部屋から出てこないんだそうだ」
まずい。
さすがに、あれは小池君の相談内容が悪かったとはいえ、彼にとってみれば、それを大々的に田口さんが教室の中で成瀬さんにバラしてしまって想定以上にショックな出来事だったはずだ。
「赤崎、お前、小池と仲良かったし、学級委員長だし、今日の放課後、明日から登校するように説得してくれよ。俺のクラスから不登校が出るとなると、色々と面倒なんだよ」
教師の言葉とは思えなかったが、宮田先生は元からこういう大人だった。
「おーい、どうしたー、赤崎?」
高橋君に宿題のノートを渡し終えた田口さんが、明るい声でこっちにやってくる。
それに負けまいとするように、成瀬さんも席から立ち上がって、こちらにやってくる。
「どうしたの、赤崎君?」
二人に囲まれて、僕はふぅと息を吐いて、さっき宮田先生から聞いた話を打ち明けた。
「そう……なんだ……」
成瀬さんが、悲しそうな顔をするから、僕は慌ててフォローする。
「成瀬さんは決して悪くないよ。自分の気持ちを素直に口にしたに過ぎないんだから。悪いのは……」
「あたしか?」
田口さんが、セミロングの金髪を指でいじりながら、にかっと笑って聞いてくる。
だが、あのとき、田口さんがああしなければ、僕は今頃、二択を迫られて苦悩していたことになる。
僕にとっては、結果的に田口さんの行動はありがたかった。
というより、田口さんは一人で泥をかぶってくれたんだ。
僕を守ろうとして。
だから、それを分かっているからこそ、僕は田口さんのせいだと言えなかった。
「悪いのは、きっと僕だよ」
そう言うと、成瀬さんと田口さんが同時に怒りの表情を露わにした。
「何で、そういうことになるの? 赤崎君、小池君の恋愛相談に乗ってあげていただけじゃない」
「お前はただ親切に話を聞いてやっていただけだ。それのどこが、一体、悪い」
僕らが話し合っている様子を見ていた宮田先生は、さらに面倒くさそうな声を出して言った。
「じゃあ、とりあえず、お前らで今日の放課後、小池の家まで行ってやってくれ。住所は後で教えるから、頼んだぞ」
そう言って、教室から去っていく。
本当に、教師に向いていない大人だとつくづく思いながら、僕は僕に怒りを露わにする成瀬さんと田口さんに言った。
「とりあえず、宮田先生に任されたんだし、三人で……、いや、成瀬さんが行くと小池君がまたショックを受けかねないし、田口さんが行くと小池君がまた激怒しそうだし、やっぱりここは……」
「私、一緒に行くから。赤崎君のこと、また無理しそうで心配だし」
「あたしも一緒に行くぞ。あの件は、あたしの言動がそもそもの原因だしな」
僕は何か言おうとしたが、二人の決意を固めた表情を見ると、何も言えなくなって、唇を一瞬噛んでから、俯き、それからまた顔を上げる。
成瀬さんは、それこそ本当に何も悪くない。あそこで、変に気のある素振りを見せるより、ちゃんと自分の気持ちを伝えたほうが成瀬さんにとっても小池君にとっても良かったはず。
そして、田口さんも、僕を守ろうとしてああいう言動を取ったのだから、それに助けられた僕は田口さんを責められない。
二人とも、悪くない。
やっぱり、悪いのは、あんな頼み事をしてきた小池君自身と、そしてそんな頼み事を許すような態度を取り続けた僕だ。
無敵のイエスマンを貫くがために、小池君を精神的に甘やかし続けて、あんな頼み事を僕にさせてしまった僕にも責任がある。
きっと、僕は小池君の友達にすらなれていなかったはずだ。
ただ、自分を守るために小池君の恋愛相談に乗っていたに過ぎない。
無敵のイエスマンであるために。
それが、とうとう裏目に出たのだ。
もっと、自分で頑張ってアタックしていきなよとか、そんな風に小池君を鼓舞してあげられていれば、こんなことにはなっていなかったかもしれない。
それを、成瀬さんと田口さんも巻き込んでしまって。
しかし、二人とも、もう決心した表情で、僕を見つめているから。
僕は、その二重の大きな目と、切れ長の目に見つめられながら、大きく息を吸ってうんと頷いた。
「分かった。三人で行こう」
そして、放課後。
僕らは電車で小池君の住んでいる街まで行き、そして歩いてその家までたどり着いた。
小さな家だった。
僕がインターホンを押すと、母親と思わしき人物の声がインターホンのスピーカーから聞こえた。
「はい? どちら様?」
僕は深呼吸してから、答えた。
「僕は赤崎智也と申します。小池君の高校のクラスメイトです。今日は、クラスの担任の先生に任されて、小池君と話をするためにやってきました」
「まぁ、わざわざありがとうね」
それから、玄関のドアが開き、中年の小池君に似た女性が外に出てきて、僕らを家の中へと迎え入れてくれた。
まず、リビングに通される。
「ごめんね、こんなものしかないけれど」
そう言って、麦茶が入ったコップを三つ、ソファーに座っている僕らの前のテーブルの上に、小池君のお母さんが置いてくれた。
「それで……、小池君の様子は……?」
僕が、恐る恐る聞くと、小池君のお母さんは困惑した表情で、ため息をつきながら言葉を口からこぼした。
「それが、クラスで馬鹿にされた、もう二度と登校しない、しか言わなくて。昨日から部屋に閉じこもったきりで。トイレには行っているし、部屋の前に置いたご飯は食べているみたいなんだけど……」
「そう……ですか」
僕は、ぐっと両拳を握りしめる。
「とりあえず、僕ら三人に小池君と話をさせてくれませんか?」
「ありがとう、助かるわ」
本当は、今回の件の主要因が僕ら三人であることを知らない小池君のお母さんは、心底助かったという安堵の表情を浮かべて、僕らを二階にある小池君の部屋の前へと案内してくれた。
「拓、クラスメイトの皆さんが、心配して来てくれているわよ」
小池君のお母さんがそう言って木製のドアをノックするが、返事はない。
「ここは、僕らだけで話をさせてくれませんか?」
僕は小池君のお母さんにそう言った。
小池君のお母さんは申し訳なさそうに、下にいるから何かあったらすぐ呼んでねと言ってから、僕らから離れていった。
そして、部屋の外に僕と成瀬さんと田口さん、部屋の中には小池君が残された。
「小池君、僕だよ、赤崎だ」
僕がそう言うと、小池君の声が聞こえた。
「赤崎君……!?」
それは、すがりつくような涙声だった。
「ああ、僕だよ」
僕はその声を聞いて、やはり自分が小池君を甘やかした結果こうなったことを改めて悔やんだ。
ドアのすぐ近くまで歩いてくる足音が聞こえた。それから、泣きわめく声も。
「赤崎君……、頼むよぉ! 俺が成瀬さんと付き合えるように、何とか事をうまく進めてくれよぉ! あんな、教室でクラスメイトたちが見ている前で振られるなんて、あんまりだよぉ! 俺が立ち直るには、もう成瀬さんと付き合う以外に方法はないよ!」
小池君は幼い子供のように泣きじゃくって、一気にそう言い終えた。
僕は、罪悪感でいっぱいになった。
僕は、誰も傷つけない、誰にも傷つけられない。
そんな無敵のイエスマンじゃなかったのか。
それなのに、今、そんな無敵のイエスマンのせいで、精神的に傷ついて追い詰められてしまった小池君がいる。
そもそも、小池君が、あんなことを僕に頼まなければなんていうのは、やっぱり責任を小池君に背負わせすぎる気がするのだ。
何度も思うが、僕が無敵のイエスマンをやりたいがために、小池君をあんなに甘やかさなければ、こんなことにはなっていなかった。
責任の一部は、この僕に……。
「小池、お前なぁ、甘えすぎなんだよ、赤崎に!」
僕が何か言おうとした矢先、田口さんがその顔の血管を浮き立たせるほどに激怒した表情で、大声でドア越しに小池君に怒鳴った。そのセミロングの金髪が、声を出した勢いで揺れる。
「た、田口さん……!? そうだ、そもそもお前のせいだぞ! お前が、俺をクラスで馬鹿にしたから……!」
小池君が、憎しみを込めた声で、怒鳴り返す。
「あたしは、ただ、赤崎を苦しめているお前にいらついただけだ!」
田口さんがそんな小池君に、喝を入れるように怒鳴った。
「赤崎が何でもかんでも言うことを聞いてくれる、イエスと言ってくれると思い込んで、デートに誘うなんて男として最低限の勇気までも振り絞れずに、それさえ赤崎に頼って。赤崎だってなぁ、人間なんだぞ! 時間にも限りがある! お前の望みを全て叶えてくれる魔法の道具でも何でもないんだ!」
もしもドアから小池君が出てくれば、その小池君に噛みつきそうな勢いで、田口さんは怒鳴る。
翌日、小池君が登校してこなかった。
昨日の今日だから、僕は嫌な予感がして、朝のホームルームの後、担任の宮田先生に小池君が高校を休んだ理由を聞いてみた。
宮田先生が、面倒くさそうな顔をしながら僕を見て、それからため息をついて言った。
「クラスで馬鹿にされた、といって部屋から出てこないんだそうだ」
まずい。
さすがに、あれは小池君の相談内容が悪かったとはいえ、彼にとってみれば、それを大々的に田口さんが教室の中で成瀬さんにバラしてしまって想定以上にショックな出来事だったはずだ。
「赤崎、お前、小池と仲良かったし、学級委員長だし、今日の放課後、明日から登校するように説得してくれよ。俺のクラスから不登校が出るとなると、色々と面倒なんだよ」
教師の言葉とは思えなかったが、宮田先生は元からこういう大人だった。
「おーい、どうしたー、赤崎?」
高橋君に宿題のノートを渡し終えた田口さんが、明るい声でこっちにやってくる。
それに負けまいとするように、成瀬さんも席から立ち上がって、こちらにやってくる。
「どうしたの、赤崎君?」
二人に囲まれて、僕はふぅと息を吐いて、さっき宮田先生から聞いた話を打ち明けた。
「そう……なんだ……」
成瀬さんが、悲しそうな顔をするから、僕は慌ててフォローする。
「成瀬さんは決して悪くないよ。自分の気持ちを素直に口にしたに過ぎないんだから。悪いのは……」
「あたしか?」
田口さんが、セミロングの金髪を指でいじりながら、にかっと笑って聞いてくる。
だが、あのとき、田口さんがああしなければ、僕は今頃、二択を迫られて苦悩していたことになる。
僕にとっては、結果的に田口さんの行動はありがたかった。
というより、田口さんは一人で泥をかぶってくれたんだ。
僕を守ろうとして。
だから、それを分かっているからこそ、僕は田口さんのせいだと言えなかった。
「悪いのは、きっと僕だよ」
そう言うと、成瀬さんと田口さんが同時に怒りの表情を露わにした。
「何で、そういうことになるの? 赤崎君、小池君の恋愛相談に乗ってあげていただけじゃない」
「お前はただ親切に話を聞いてやっていただけだ。それのどこが、一体、悪い」
僕らが話し合っている様子を見ていた宮田先生は、さらに面倒くさそうな声を出して言った。
「じゃあ、とりあえず、お前らで今日の放課後、小池の家まで行ってやってくれ。住所は後で教えるから、頼んだぞ」
そう言って、教室から去っていく。
本当に、教師に向いていない大人だとつくづく思いながら、僕は僕に怒りを露わにする成瀬さんと田口さんに言った。
「とりあえず、宮田先生に任されたんだし、三人で……、いや、成瀬さんが行くと小池君がまたショックを受けかねないし、田口さんが行くと小池君がまた激怒しそうだし、やっぱりここは……」
「私、一緒に行くから。赤崎君のこと、また無理しそうで心配だし」
「あたしも一緒に行くぞ。あの件は、あたしの言動がそもそもの原因だしな」
僕は何か言おうとしたが、二人の決意を固めた表情を見ると、何も言えなくなって、唇を一瞬噛んでから、俯き、それからまた顔を上げる。
成瀬さんは、それこそ本当に何も悪くない。あそこで、変に気のある素振りを見せるより、ちゃんと自分の気持ちを伝えたほうが成瀬さんにとっても小池君にとっても良かったはず。
そして、田口さんも、僕を守ろうとしてああいう言動を取ったのだから、それに助けられた僕は田口さんを責められない。
二人とも、悪くない。
やっぱり、悪いのは、あんな頼み事をしてきた小池君自身と、そしてそんな頼み事を許すような態度を取り続けた僕だ。
無敵のイエスマンを貫くがために、小池君を精神的に甘やかし続けて、あんな頼み事を僕にさせてしまった僕にも責任がある。
きっと、僕は小池君の友達にすらなれていなかったはずだ。
ただ、自分を守るために小池君の恋愛相談に乗っていたに過ぎない。
無敵のイエスマンであるために。
それが、とうとう裏目に出たのだ。
もっと、自分で頑張ってアタックしていきなよとか、そんな風に小池君を鼓舞してあげられていれば、こんなことにはなっていなかったかもしれない。
それを、成瀬さんと田口さんも巻き込んでしまって。
しかし、二人とも、もう決心した表情で、僕を見つめているから。
僕は、その二重の大きな目と、切れ長の目に見つめられながら、大きく息を吸ってうんと頷いた。
「分かった。三人で行こう」
そして、放課後。
僕らは電車で小池君の住んでいる街まで行き、そして歩いてその家までたどり着いた。
小さな家だった。
僕がインターホンを押すと、母親と思わしき人物の声がインターホンのスピーカーから聞こえた。
「はい? どちら様?」
僕は深呼吸してから、答えた。
「僕は赤崎智也と申します。小池君の高校のクラスメイトです。今日は、クラスの担任の先生に任されて、小池君と話をするためにやってきました」
「まぁ、わざわざありがとうね」
それから、玄関のドアが開き、中年の小池君に似た女性が外に出てきて、僕らを家の中へと迎え入れてくれた。
まず、リビングに通される。
「ごめんね、こんなものしかないけれど」
そう言って、麦茶が入ったコップを三つ、ソファーに座っている僕らの前のテーブルの上に、小池君のお母さんが置いてくれた。
「それで……、小池君の様子は……?」
僕が、恐る恐る聞くと、小池君のお母さんは困惑した表情で、ため息をつきながら言葉を口からこぼした。
「それが、クラスで馬鹿にされた、もう二度と登校しない、しか言わなくて。昨日から部屋に閉じこもったきりで。トイレには行っているし、部屋の前に置いたご飯は食べているみたいなんだけど……」
「そう……ですか」
僕は、ぐっと両拳を握りしめる。
「とりあえず、僕ら三人に小池君と話をさせてくれませんか?」
「ありがとう、助かるわ」
本当は、今回の件の主要因が僕ら三人であることを知らない小池君のお母さんは、心底助かったという安堵の表情を浮かべて、僕らを二階にある小池君の部屋の前へと案内してくれた。
「拓、クラスメイトの皆さんが、心配して来てくれているわよ」
小池君のお母さんがそう言って木製のドアをノックするが、返事はない。
「ここは、僕らだけで話をさせてくれませんか?」
僕は小池君のお母さんにそう言った。
小池君のお母さんは申し訳なさそうに、下にいるから何かあったらすぐ呼んでねと言ってから、僕らから離れていった。
そして、部屋の外に僕と成瀬さんと田口さん、部屋の中には小池君が残された。
「小池君、僕だよ、赤崎だ」
僕がそう言うと、小池君の声が聞こえた。
「赤崎君……!?」
それは、すがりつくような涙声だった。
「ああ、僕だよ」
僕はその声を聞いて、やはり自分が小池君を甘やかした結果こうなったことを改めて悔やんだ。
ドアのすぐ近くまで歩いてくる足音が聞こえた。それから、泣きわめく声も。
「赤崎君……、頼むよぉ! 俺が成瀬さんと付き合えるように、何とか事をうまく進めてくれよぉ! あんな、教室でクラスメイトたちが見ている前で振られるなんて、あんまりだよぉ! 俺が立ち直るには、もう成瀬さんと付き合う以外に方法はないよ!」
小池君は幼い子供のように泣きじゃくって、一気にそう言い終えた。
僕は、罪悪感でいっぱいになった。
僕は、誰も傷つけない、誰にも傷つけられない。
そんな無敵のイエスマンじゃなかったのか。
それなのに、今、そんな無敵のイエスマンのせいで、精神的に傷ついて追い詰められてしまった小池君がいる。
そもそも、小池君が、あんなことを僕に頼まなければなんていうのは、やっぱり責任を小池君に背負わせすぎる気がするのだ。
何度も思うが、僕が無敵のイエスマンをやりたいがために、小池君をあんなに甘やかさなければ、こんなことにはなっていなかった。
責任の一部は、この僕に……。
「小池、お前なぁ、甘えすぎなんだよ、赤崎に!」
僕が何か言おうとした矢先、田口さんがその顔の血管を浮き立たせるほどに激怒した表情で、大声でドア越しに小池君に怒鳴った。そのセミロングの金髪が、声を出した勢いで揺れる。
「た、田口さん……!? そうだ、そもそもお前のせいだぞ! お前が、俺をクラスで馬鹿にしたから……!」
小池君が、憎しみを込めた声で、怒鳴り返す。
「あたしは、ただ、赤崎を苦しめているお前にいらついただけだ!」
田口さんがそんな小池君に、喝を入れるように怒鳴った。
「赤崎が何でもかんでも言うことを聞いてくれる、イエスと言ってくれると思い込んで、デートに誘うなんて男として最低限の勇気までも振り絞れずに、それさえ赤崎に頼って。赤崎だってなぁ、人間なんだぞ! 時間にも限りがある! お前の望みを全て叶えてくれる魔法の道具でも何でもないんだ!」
もしもドアから小池君が出てくれば、その小池君に噛みつきそうな勢いで、田口さんは怒鳴る。
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