「雨の日の階段に、石鹸を置くべきか迷っています」

サンズイモドル

文字の大きさ
4 / 4
1章「心音」

4話「ドゥ―テスト」

しおりを挟む
 仕事帰り、午後6時。駅ナカのサンドラッグではなく、五日市通りを西永福側に歩いたところの、駅から離れたトモズに行きました。駅前店舗と違って人の流れが緩やかで、安心します。1秒でも早くお店から出るためなら、イライラする事も辞さないといったような駅前の人通りの多いお店とは、流れている空気と店内BGMが違います。

 ―今日の目的は。薬剤師さんです。ここは、少し年上で、いかにも幸せそうな家庭の一部でありそうな、でも、マウント感が全くない、一言で言えばものすごく優しいお姉さん?奥様?の薬剤師さんがお仕事をしてくれているのです。平日の夕方はこの方「藤本」さんがいることを知っている私は、小さな作戦を立てました。

 今日買う予定の商品は、アマゾンでも買えます。ワンクリックで翌日配送されます。きっと、前の日の夜に注文すれば、次の日の夜仕事を終えて帰宅する頃には、小さな段ボールに入って、マンションの通路のドアの前に置かれているでしょう。でも、この「商品」は私の人生の運命を変えるかもしれないものなので、その光景は私の背中を冷やしました。別に、特別なことをして欲しい、とか、インスタにあげたい、とか、誰かに見て欲しい、とかそういう事ではないんです。本当です。でも、誰かに、私のこの買い物を認識してほしいという下心はあって。その感情は、いつも素敵な薬剤師さんを標的にしました。

 しかし、当日。私のこの密かな計画は、準備不足であったことを思い知らされます。その「商品」は陳列棚に並んでいるものの、なかなか取りに行く勇気がわかず、ドラストコスメコーナーでじっとしている、私。監視カメラが見張っているとしたら、まるで、よからぬ企みをしているような顧客動線です。

 私を店内を彷徨う民にしたのは「水曜日ポイント10倍!」でした。週半ばの仕事帰りの時間帯。お客さんが途切れなかったのです。レジ待ちの行列は、どう短く見積もっても10分は待ちそうでした。トモズの赤と紫の間のようなピンクのかごに、「ドゥ―テスト」を入れて、この男女入り混じった行列に並ぶ勇気は。持てません。購入前の商品を隠すこともできません。

 柔軟剤のコーナーを2往復して、新製品の「ネロリ」の香りを覚えたころ、この事態を打開するアイデアが浮かんできました。「第二類医薬品」に分類されているのをいいことに、薬剤師としてフロアの医薬品コーナーにいる藤本さんに助けを求める、という完璧な作戦でした。

 しかし、この完璧に見える作戦は、全く完璧ではなかったのです。仕方ないので、今度はドラストコスメコーナーに移動して、どれも効果がありそうな化粧水達の中から、最も自分の肌に合うものを探すふりをはじめ、今に至ります。

 ―というのも、

 「ドゥ―テスト、どこですか?」

 これはダメです。とても言える自信がありません。ただの商品名なのに、強すぎます。

 「ちょっと、来てなくて」

 これも、不採用です。なぜか悲壮感が漂ってきます。望んでいないかのようです。私は、そうじゃないのですから。

 「生理不順について相談したいんですが」

 これも…、スタートで目的からかなり外れてしまい、上手くガイドできる自信がありません。藤本さんが真剣に心配してくれたとしたら、私はたぶん彼女のおすすめのサプリメントや漢方薬を購入して、「ありがとうございます。」と言って、帰ってしまうでしょう。

 そんなことを考えながら、オバジXの展示棚で新製品の「クリアアドバンスドローション」を手に取っています。頭の中で繰り広げられていることと、行動がまったく一致していません。ピュアビタミンC配合!と表示されていますが、不純なビタミンCもあるのでしょうか。

 そんな時、藤本さんが、コスメコーナーの通路を通ります。多分、これは、偶然ではありません。彼女が何かを察してくれたのではないかと、感じます。

 「いらっしゃいませ。失礼します」

 と、一瞬だけ私の顔に目を止めてくれた彼女。今しかありません。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

【完結】体目的でもいいですか?

ユユ
恋愛
王太子殿下の婚約者候補だったルーナは 冤罪をかけられて断罪された。 顔に火傷を負った狂乱の戦士に 嫁がされることになった。 ルーナは内向的な令嬢だった。 冤罪という声も届かず罪人のように嫁ぎ先へ。 だが、護送中に巨大な熊に襲われ 馬車が暴走。 ルーナは瀕死の重症を負った。 というか一度死んだ。 神の悪戯か、日本で死んだ私がルーナとなって蘇った。 * 作り話です * 完結保証付きです * R18

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...