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番外編 参 初めての粛清
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その日、ポリーナは中庭で人間及び魔族の子供達に相撲を教えていた。
「準備運動は自分の身の安全を守る為であると同時に、相手を
怪我させない様にする目的も有るよ。礼に始まり礼に終わる
相撲に於いての基本と云う訳。だから、決して怠らない様にね。
最低限これしきの事すら出来ないなら土俵に上がる資格など無いよ」
横ではフェリーツィアと、5歳位の子供に変身したフラム・ドラークが
助手を務めていた。
ここで少し前に時は戻る。火山地帯の警備を担当していたフラム・ドラークは
四六時中ポリーナと一緒に居たいと云う欲望を持っていた。そんな最中
或る日、突如信じられない内容の伝令が届いた。
郵便を担当する猿型モンスターから受け取った手紙にはこう書かれていた。
≪火山地帯警備最高責任者フラム・ドラークに対し魔城勤務を命じる。
職務内容はポリーナ様の遊び相手兼世話全般を主に行う。
今回の異動はポリーナ様の批准により成立した事を申し添える。
後任には同属性のドラゴン、ロート・ドラークを任命する。≫
この手紙を読み終えた瞬間、フラム・ドラークは女児に変身すると
奇声を上げつつ飛び回った。
「やった! やったわ! これで私の願いが叶う!」
幸い、人間に変身すると肺活量と声量は大きく低下するので
誰も気付く者は居なかった。
門下生達は大半は真面目に聞いていたが、何人かはそうでもなかった。
「アントニオ君、余所見しないで。怪我を防ぐ為の事
教えているんだからね。マリーちゃんは一足先に始めないの。
やる気が有るのは素晴らしいけど、説明は未だ有るから」
丁寧に教えているのを見て、エリザヴェータは呟いた。
「あの攻撃的だったポリーナが今では魔界好角家協会の会長とはね。
私の知らない間に随分丸くなったわね・・・・・・」
目の前で行われる稽古を見物しながらも、エリザヴェータは
全く別の事を考えていた。
戴冠式の翌日から、エリザヴェータは魔王としての公務をこなした。
漸く自力で歩ける様になったポリーナに魔法を色々教えるのも
公務の一つであった。ポリーナは、スポンジが水を吸う様に
知識と技術をあっという間に自分のものにした。元々運動能力・知能
魔力が通常の魔族の50倍以上と云う事情も有り
1ヶ月後にはエリザヴェータが教える事は殆ど無かった。
「バーニングブラスター!」
ポリーナが召喚した炎の魔神、イフリートは冷凍肉を1秒でステーキにした。
試験官である魔女がナイフで切ってみると、中心部までしっかり火が通っていた。
「恐れ入りました。非の打ち所が有りません。長年
試験官の仕事をしていますが、こんな事は初めてです」
合格判定どころか、褒め言葉や笑顔を引き出すことすら難しいことで有名な
魔女にここまで言わせたポリーナの能力は本物と誰もが認めた。
将来は史上最強の魔王になるのではないか。皆が同じ事を考えていた。
試験から数日経った或る日、食堂でアップルティーを飲んでいる
エリザヴェータの所へ、邪教神官アンドレイが大慌てで駆け込んできた。
「大変だ! 一大事だ! どうしよう・・・・・・」
余りの慌て様にエリザヴェータは苦笑した。
「如何したのよ。また御金を無くしたの?」
「もっと大変な事なんだ! 今日、御客さん来ただろ? その時
間違ってポリーナのおやつを出してしまったんだ。今
厨房で料理人達に聞いて回っている最中なんだよ。万一
犯人が俺だと知られたら大変な事になる」
何とも情けない、然し由々しき報告にエリザヴェータの顔色が変わった。
「はぁ!?一体何やっているのよ!! あの子の事だから
自分のだと分かる様にネームプレート添えてた筈でしょ?」
「後でこっそり調べたら確かに有った。如何しよう・・・」
今にも泣きそうなアンドレイが、エリザヴェータには無性に
情けなく映った。
「正直に言った方が未だマシよ。この上更に嘘まで重ねたら
何されるか分からないわ」
「正直に言ったところで許して貰えるとは思わないが・・・・・・そうだ!」
何かを思いついたアンドレイは猛スピードで走り去った。
行動の意図が分からずエリザヴェータは首を傾げた。
厨房に駆け込んだアンドレイは、誰も居ない事を確認の上で
冷蔵庫を開いた。幸い、ネームプレートは未だ残されていた。
「良かった。未だ有ったか。これさえ無ければ、最悪バレても
仕方ないで済む可能性は格段に上がるだろうな」
近くに有るゴミ箱にネームプレートを投げ込むと
アンドレイは猛スピードで走り去った。
その頃、ポリーナは顔と目を真っ赤にしながら母の所へ来ていた。
事情を聞いたエリザヴェータは固い表情を崩さなかった。
「成る程。そう云う事が有ったのね」
「正直に言うなら未だしも、この上更に嘘まで吐くなら絶対
許さないんだから」
エリザヴェータはこの時点では未だ迷っていた。
幾ら根性が曲がっているからと言っても、流石に幼い娘の前で
夫を売る真似をするのは教育上悪いのではないか。しかし
真実を隠すのも正しいとは思えない。だが、数十秒後、そんな
葛藤はしなくてよくなった。
「魔王様、失礼致します。御覧に入れなくてはならない物が御座います」
吸血鬼メイドがパケに何やら黄色い紙を入れて持ってきた。
「どうしたの?」
「厨房のゴミ箱にこれが入っていました。ポリーナ様の名前が
有ったので、気になって持参したのです」
次の瞬間、ポリーナの目の色が変わった。
「それ、誰かの臭い付いている筈だよ」
吸血鬼メイドが鼻を近付けてみると、覚えの有る
臭いが染み付いていた。
「・・・・・・この臭いの主を呼んで参りましょうか?」
「御願いね。」
吸血鬼メイドは急ぎ足で退室した。
数十分後、事情を何も知らないアンドレイは
謁見の間に姿を現した。
「どうしたんだ? エリザヴェータ」
「用が有るのは私じゃないの」
何事かと首を傾げていると、玉座の裏からポリーナが現れた。
その表情は真冬のオホーツク海の海水の様に冷ややかだった。
「パパ、これは最初で最後のチャンスだからそのつもりでね。
私のおやつは何処へ消えたのかな?ネームプレートを添えていたから
間違える要素は無い筈だよね」
何故か既に全部バレている。理由は分からなかったが、何にせよ
嘘を吐いても良い事は何一つ無いとアンドレイは悟った。
「今日、御客さんが来たのでその人に出した。すまない」
「成る程ね。では、これに関しては如何説明するの?」
吸血鬼メイドが持っていたパケの中には、自分が確かに
捨てた筈の手作りネームプレートが有った。
見る間にアンドレイの顔色が青白くなっていくのは一目瞭然だった。
「ネームプレートが無ければ、名前を書かなかった私が悪いと
逆ギレする気だった様だね。よくもまぁそんな猿知恵働くね。
恥とか罪とか、パパには分からない?」
言い返そうにも証拠が有る上、全面的に自分に非が有る事は明白だった。
しかし、アンドレイはとんでもない勘違いをしていた。
自分をボコボコにした妻には最早勝てない。しかし、娘なら
言い負かせる可能性が未だ有る筈だ。
そんな事を考えたアンドレイは何を血迷ったか、逆ギレした。
「急な御客さんだったし、他に何も無かったんだから仕方ないだろ!
たかが苺のショートケーキなんかでムキになってみっともない。
子供の癖に生意気を言うな!」
魔王時代の悪癖がこの時は未だ完全には抜け切れていなかった。
そんなアンドレイの耳に入ったのは、全く予想していなかった事実だった。
「どうせ知らないだろうから言っておくけど、作ったのは私よ」
次の瞬間、アンドレイは危うく飛び出た目玉を何処かに落としそうになった。
どうせ何処にでも有る物と思ったら、妻の作品だったとは。
何と言い訳しようか考えていると、ポリーナの顔は真っ赤になっていた。
「最後に言い残す事が有るなら聞いてあげようか」
恐る恐る顔を上げたアンドレイは、自分の死期が近いと悟った。
「あの、その・・・これは違うんだ。手違いが重なって・・・・・・」
「ダークネスキャノン!」
ポリーナの持つ魔法の杖の先端に付いた髑髏の目が赤く光ったと思うと
黒ずんだ紫のエナジー波がアンドレイの体全体を覆った。
断末魔の叫びを上げる暇も無く、アンドレイは白骨化した。
それだけでは飽き足らず、ポリーナは骨をハンマーで砕いたり
踏みつけたりと、散々怒りをぶつけた。
息を切らしたポリーナだったが、不意に我に返った。
「如何しよう・・・私、唯一蘇生魔法だけは適正-100なんだよ」
頭を抱えるポリーナに寄り添ったのは、丸い眼鏡を掛けた
邪教シスター、マリアだった。
「ポリーナ様、御安心下さいませ。私なら蘇生出来ます。
ダークネスリザレクション!」
白い光が放たれたと思うと、バラバラになった骨が集まり
少しするとアンドレイは何事も無かったかの様に立ち尽くしていた。
「あ、あれ・・・? 確か、ポリーナの魔法をまともに喰らって・・・」
混乱するアンドレイに、魔王エリザヴェータは事情を教えた。
「私を凌駕する力によりあなたは粛清されたのよ。その後マリアが
生き返らせてくれたって訳。全く、要らぬ事を口にしたから因果応報よ」
「偉そうな事言っているけど、ママだって責任有るんだからね。
部下に一体どんな教育しているの。甘やかすと今後この様な
巫山戯た輩が孑孑みたいに幾らでも繁殖するよ」
不意に自分まで叱られ、エリザヴェータは飛び上がりそうになった。
「確かにそうね。本当に御免なさい。私の教育が予想以上に
甘過ぎたのね。今後、人を見下す輩は誰だろうと例外無く
地獄へ蹴落とすわ」
エリザヴェータが顔面蒼白になっている最中、ポリーナは突如
母の膝の上から下りて吸血鬼メイドの所へ駆け寄った。
「悪を白日の下に晒してくれた御褒美に、良い物をあげるよ。
私の血を吸うことで、今後益々強くなれるからね」
ポリーナは吸血鬼メイドの足に注射をした。
吸血鬼メイドは一時的には蹲ったが、次に起き上がった時は
心成しか体が軽い気がした。
「有難う御座います、ポリーナ様」
「此方こそ。今日の勇気、何時迄も忘れないでね」
「はい。では通常業務に戻ります」
吸血鬼メイドを見送った後、ポリーナは詔勅の原稿を書き始めた。
内容は以下の通りだった。
悪事の告発に関する詔勅
*悪事を目にした場合、必ず正直に話す義務を平等に課す
*蔵匿/証拠隠滅/偽証を行なった者は実行犯本人と同罪
*蔵匿の定義は以下の通り定める。
甲:隠れる場所の提供
乙:逃亡に必要な物資/資金の提供
丙:逃げ道への誘導
*疑わしき場合も義務を課する。尚
真偽が分からず報告の結果、事実が無いと分かった場合
罪に問う事は無い
*申告の結果、真実と判明し、尚且つ実行犯の処罰に
結び付いた場合、内容に応じて御褒美を与える
*他者を陥れる目的で申告した場合、粛清する
*本件に関し分からない事はポリーナの所へ尋ねに来る許可を与える
詔勅はその日の内に効力を発揮し、忽ち通報が寄せられた。
その大半は、魔王時代のアンドレイが行なった悪事に関するものだった。
こうして、魔王が唯一にして最も恐れる裏ボス、ポリーナは誕生した。
母以上の魔力を持っている事は既に皆が熟知していたので、以降
見下したりマウントを取ったりする者は誰も居なくなった。
後に、粛清の対象は食べ物を粗末にした輩・弱いものいじめをした輩等
次々拡大されていった。
「私に喧嘩を売るって事は、命は要らないと宣告したのと同じ意味だからね」
そう言った時のポリーナは、顔は笑っていたが目が笑っていなかった。
「“青は、之を藍より取りて、藍より青く
氷は、水之を為して、水より寒し”と云うけど、本当ね。
それにしても、月日の流れってこんなにも無情だったかしら・・・・・・」
気がつくと、空はすっかり橙色に染まっていた。
その事にすら気付かないエリザヴェータの耳に、聞き慣れた
足音が聞こえた。顔を上げると、幼い愛娘が膝の上に上ってきた。
「ママ、今日も私は皆の役に立つ事をしてきたよ」
満面の笑みを浮かべる今のポリーナからは、血も涙も無い殺戮者の頃の
面影は何処にも無かった。
「今日もよく頑張ったわね。流石は私の可愛いポリーナ。
皆に丁寧に教えていて、立派よ。然も、終わった後の掃除まで
完璧にしていて、素晴らしいわね。今後も貫き通しなさい」
エリザヴェータはポリーナを抱き上げると、城内へ戻っていった。
「準備運動は自分の身の安全を守る為であると同時に、相手を
怪我させない様にする目的も有るよ。礼に始まり礼に終わる
相撲に於いての基本と云う訳。だから、決して怠らない様にね。
最低限これしきの事すら出来ないなら土俵に上がる資格など無いよ」
横ではフェリーツィアと、5歳位の子供に変身したフラム・ドラークが
助手を務めていた。
ここで少し前に時は戻る。火山地帯の警備を担当していたフラム・ドラークは
四六時中ポリーナと一緒に居たいと云う欲望を持っていた。そんな最中
或る日、突如信じられない内容の伝令が届いた。
郵便を担当する猿型モンスターから受け取った手紙にはこう書かれていた。
≪火山地帯警備最高責任者フラム・ドラークに対し魔城勤務を命じる。
職務内容はポリーナ様の遊び相手兼世話全般を主に行う。
今回の異動はポリーナ様の批准により成立した事を申し添える。
後任には同属性のドラゴン、ロート・ドラークを任命する。≫
この手紙を読み終えた瞬間、フラム・ドラークは女児に変身すると
奇声を上げつつ飛び回った。
「やった! やったわ! これで私の願いが叶う!」
幸い、人間に変身すると肺活量と声量は大きく低下するので
誰も気付く者は居なかった。
門下生達は大半は真面目に聞いていたが、何人かはそうでもなかった。
「アントニオ君、余所見しないで。怪我を防ぐ為の事
教えているんだからね。マリーちゃんは一足先に始めないの。
やる気が有るのは素晴らしいけど、説明は未だ有るから」
丁寧に教えているのを見て、エリザヴェータは呟いた。
「あの攻撃的だったポリーナが今では魔界好角家協会の会長とはね。
私の知らない間に随分丸くなったわね・・・・・・」
目の前で行われる稽古を見物しながらも、エリザヴェータは
全く別の事を考えていた。
戴冠式の翌日から、エリザヴェータは魔王としての公務をこなした。
漸く自力で歩ける様になったポリーナに魔法を色々教えるのも
公務の一つであった。ポリーナは、スポンジが水を吸う様に
知識と技術をあっという間に自分のものにした。元々運動能力・知能
魔力が通常の魔族の50倍以上と云う事情も有り
1ヶ月後にはエリザヴェータが教える事は殆ど無かった。
「バーニングブラスター!」
ポリーナが召喚した炎の魔神、イフリートは冷凍肉を1秒でステーキにした。
試験官である魔女がナイフで切ってみると、中心部までしっかり火が通っていた。
「恐れ入りました。非の打ち所が有りません。長年
試験官の仕事をしていますが、こんな事は初めてです」
合格判定どころか、褒め言葉や笑顔を引き出すことすら難しいことで有名な
魔女にここまで言わせたポリーナの能力は本物と誰もが認めた。
将来は史上最強の魔王になるのではないか。皆が同じ事を考えていた。
試験から数日経った或る日、食堂でアップルティーを飲んでいる
エリザヴェータの所へ、邪教神官アンドレイが大慌てで駆け込んできた。
「大変だ! 一大事だ! どうしよう・・・・・・」
余りの慌て様にエリザヴェータは苦笑した。
「如何したのよ。また御金を無くしたの?」
「もっと大変な事なんだ! 今日、御客さん来ただろ? その時
間違ってポリーナのおやつを出してしまったんだ。今
厨房で料理人達に聞いて回っている最中なんだよ。万一
犯人が俺だと知られたら大変な事になる」
何とも情けない、然し由々しき報告にエリザヴェータの顔色が変わった。
「はぁ!?一体何やっているのよ!! あの子の事だから
自分のだと分かる様にネームプレート添えてた筈でしょ?」
「後でこっそり調べたら確かに有った。如何しよう・・・」
今にも泣きそうなアンドレイが、エリザヴェータには無性に
情けなく映った。
「正直に言った方が未だマシよ。この上更に嘘まで重ねたら
何されるか分からないわ」
「正直に言ったところで許して貰えるとは思わないが・・・・・・そうだ!」
何かを思いついたアンドレイは猛スピードで走り去った。
行動の意図が分からずエリザヴェータは首を傾げた。
厨房に駆け込んだアンドレイは、誰も居ない事を確認の上で
冷蔵庫を開いた。幸い、ネームプレートは未だ残されていた。
「良かった。未だ有ったか。これさえ無ければ、最悪バレても
仕方ないで済む可能性は格段に上がるだろうな」
近くに有るゴミ箱にネームプレートを投げ込むと
アンドレイは猛スピードで走り去った。
その頃、ポリーナは顔と目を真っ赤にしながら母の所へ来ていた。
事情を聞いたエリザヴェータは固い表情を崩さなかった。
「成る程。そう云う事が有ったのね」
「正直に言うなら未だしも、この上更に嘘まで吐くなら絶対
許さないんだから」
エリザヴェータはこの時点では未だ迷っていた。
幾ら根性が曲がっているからと言っても、流石に幼い娘の前で
夫を売る真似をするのは教育上悪いのではないか。しかし
真実を隠すのも正しいとは思えない。だが、数十秒後、そんな
葛藤はしなくてよくなった。
「魔王様、失礼致します。御覧に入れなくてはならない物が御座います」
吸血鬼メイドがパケに何やら黄色い紙を入れて持ってきた。
「どうしたの?」
「厨房のゴミ箱にこれが入っていました。ポリーナ様の名前が
有ったので、気になって持参したのです」
次の瞬間、ポリーナの目の色が変わった。
「それ、誰かの臭い付いている筈だよ」
吸血鬼メイドが鼻を近付けてみると、覚えの有る
臭いが染み付いていた。
「・・・・・・この臭いの主を呼んで参りましょうか?」
「御願いね。」
吸血鬼メイドは急ぎ足で退室した。
数十分後、事情を何も知らないアンドレイは
謁見の間に姿を現した。
「どうしたんだ? エリザヴェータ」
「用が有るのは私じゃないの」
何事かと首を傾げていると、玉座の裏からポリーナが現れた。
その表情は真冬のオホーツク海の海水の様に冷ややかだった。
「パパ、これは最初で最後のチャンスだからそのつもりでね。
私のおやつは何処へ消えたのかな?ネームプレートを添えていたから
間違える要素は無い筈だよね」
何故か既に全部バレている。理由は分からなかったが、何にせよ
嘘を吐いても良い事は何一つ無いとアンドレイは悟った。
「今日、御客さんが来たのでその人に出した。すまない」
「成る程ね。では、これに関しては如何説明するの?」
吸血鬼メイドが持っていたパケの中には、自分が確かに
捨てた筈の手作りネームプレートが有った。
見る間にアンドレイの顔色が青白くなっていくのは一目瞭然だった。
「ネームプレートが無ければ、名前を書かなかった私が悪いと
逆ギレする気だった様だね。よくもまぁそんな猿知恵働くね。
恥とか罪とか、パパには分からない?」
言い返そうにも証拠が有る上、全面的に自分に非が有る事は明白だった。
しかし、アンドレイはとんでもない勘違いをしていた。
自分をボコボコにした妻には最早勝てない。しかし、娘なら
言い負かせる可能性が未だ有る筈だ。
そんな事を考えたアンドレイは何を血迷ったか、逆ギレした。
「急な御客さんだったし、他に何も無かったんだから仕方ないだろ!
たかが苺のショートケーキなんかでムキになってみっともない。
子供の癖に生意気を言うな!」
魔王時代の悪癖がこの時は未だ完全には抜け切れていなかった。
そんなアンドレイの耳に入ったのは、全く予想していなかった事実だった。
「どうせ知らないだろうから言っておくけど、作ったのは私よ」
次の瞬間、アンドレイは危うく飛び出た目玉を何処かに落としそうになった。
どうせ何処にでも有る物と思ったら、妻の作品だったとは。
何と言い訳しようか考えていると、ポリーナの顔は真っ赤になっていた。
「最後に言い残す事が有るなら聞いてあげようか」
恐る恐る顔を上げたアンドレイは、自分の死期が近いと悟った。
「あの、その・・・これは違うんだ。手違いが重なって・・・・・・」
「ダークネスキャノン!」
ポリーナの持つ魔法の杖の先端に付いた髑髏の目が赤く光ったと思うと
黒ずんだ紫のエナジー波がアンドレイの体全体を覆った。
断末魔の叫びを上げる暇も無く、アンドレイは白骨化した。
それだけでは飽き足らず、ポリーナは骨をハンマーで砕いたり
踏みつけたりと、散々怒りをぶつけた。
息を切らしたポリーナだったが、不意に我に返った。
「如何しよう・・・私、唯一蘇生魔法だけは適正-100なんだよ」
頭を抱えるポリーナに寄り添ったのは、丸い眼鏡を掛けた
邪教シスター、マリアだった。
「ポリーナ様、御安心下さいませ。私なら蘇生出来ます。
ダークネスリザレクション!」
白い光が放たれたと思うと、バラバラになった骨が集まり
少しするとアンドレイは何事も無かったかの様に立ち尽くしていた。
「あ、あれ・・・? 確か、ポリーナの魔法をまともに喰らって・・・」
混乱するアンドレイに、魔王エリザヴェータは事情を教えた。
「私を凌駕する力によりあなたは粛清されたのよ。その後マリアが
生き返らせてくれたって訳。全く、要らぬ事を口にしたから因果応報よ」
「偉そうな事言っているけど、ママだって責任有るんだからね。
部下に一体どんな教育しているの。甘やかすと今後この様な
巫山戯た輩が孑孑みたいに幾らでも繁殖するよ」
不意に自分まで叱られ、エリザヴェータは飛び上がりそうになった。
「確かにそうね。本当に御免なさい。私の教育が予想以上に
甘過ぎたのね。今後、人を見下す輩は誰だろうと例外無く
地獄へ蹴落とすわ」
エリザヴェータが顔面蒼白になっている最中、ポリーナは突如
母の膝の上から下りて吸血鬼メイドの所へ駆け寄った。
「悪を白日の下に晒してくれた御褒美に、良い物をあげるよ。
私の血を吸うことで、今後益々強くなれるからね」
ポリーナは吸血鬼メイドの足に注射をした。
吸血鬼メイドは一時的には蹲ったが、次に起き上がった時は
心成しか体が軽い気がした。
「有難う御座います、ポリーナ様」
「此方こそ。今日の勇気、何時迄も忘れないでね」
「はい。では通常業務に戻ります」
吸血鬼メイドを見送った後、ポリーナは詔勅の原稿を書き始めた。
内容は以下の通りだった。
悪事の告発に関する詔勅
*悪事を目にした場合、必ず正直に話す義務を平等に課す
*蔵匿/証拠隠滅/偽証を行なった者は実行犯本人と同罪
*蔵匿の定義は以下の通り定める。
甲:隠れる場所の提供
乙:逃亡に必要な物資/資金の提供
丙:逃げ道への誘導
*疑わしき場合も義務を課する。尚
真偽が分からず報告の結果、事実が無いと分かった場合
罪に問う事は無い
*申告の結果、真実と判明し、尚且つ実行犯の処罰に
結び付いた場合、内容に応じて御褒美を与える
*他者を陥れる目的で申告した場合、粛清する
*本件に関し分からない事はポリーナの所へ尋ねに来る許可を与える
詔勅はその日の内に効力を発揮し、忽ち通報が寄せられた。
その大半は、魔王時代のアンドレイが行なった悪事に関するものだった。
こうして、魔王が唯一にして最も恐れる裏ボス、ポリーナは誕生した。
母以上の魔力を持っている事は既に皆が熟知していたので、以降
見下したりマウントを取ったりする者は誰も居なくなった。
後に、粛清の対象は食べ物を粗末にした輩・弱いものいじめをした輩等
次々拡大されていった。
「私に喧嘩を売るって事は、命は要らないと宣告したのと同じ意味だからね」
そう言った時のポリーナは、顔は笑っていたが目が笑っていなかった。
「“青は、之を藍より取りて、藍より青く
氷は、水之を為して、水より寒し”と云うけど、本当ね。
それにしても、月日の流れってこんなにも無情だったかしら・・・・・・」
気がつくと、空はすっかり橙色に染まっていた。
その事にすら気付かないエリザヴェータの耳に、聞き慣れた
足音が聞こえた。顔を上げると、幼い愛娘が膝の上に上ってきた。
「ママ、今日も私は皆の役に立つ事をしてきたよ」
満面の笑みを浮かべる今のポリーナからは、血も涙も無い殺戮者の頃の
面影は何処にも無かった。
「今日もよく頑張ったわね。流石は私の可愛いポリーナ。
皆に丁寧に教えていて、立派よ。然も、終わった後の掃除まで
完璧にしていて、素晴らしいわね。今後も貫き通しなさい」
エリザヴェータはポリーナを抱き上げると、城内へ戻っていった。
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