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しおりを挟む八年前の洪水で領地の食物庫ともいえる畑が甚大な被害を被り、食べるのもままならなくなった領民を救う際に発生した実家の借金は相当な額になった。
没落寸前まで追い込まれたところを家族皆で出費を切り詰めて生活をして何とかやりくりしたものの、無駄の一切を省いた生活のせいで、三女のミシェルの持参金など残らなかった。
現在では長女が婿をとり、派手さはないものの堅実な領地運営をしている。
次女は羽振りのいい男爵家に嫁ぎ、実家へ仕送りをしている。
今さらミシェルが嫁ぐ必要はない。相手にメリットがないし、持参金の必要のない結婚など碌なことにならない。
だから結婚する気など、さらさらないのだ。
そうでなければ。
レイモンドと大人の関係になったりはしなかった。
強引に迫られたわけではなく、何度か食事をしているうちに、そういう関係になった。
女として生まれたからには一度ぐらい経験してみたい、というのが理由だった。
レイモンドとは仕事で接することがあったので口が堅いということはわかっていたし、女たらしということはなさそうだけど、それなりに女慣れはしていそうで、さらに言ってしまえば鍛え上げられた彼の体はミシェルの好みだった。
あの筋肉に包まれたい……そう妄想するのは一度や二度ではなく……つまり、初めてをお願いするならこんな人、というミシェルの理想そのものだったというわけである。
(意地悪だけど、根は優しいしねぇ……)
レイモンドはミシェルにまつわる噂話が、文字通り単なる噂話で嘘だということをわかってくれていた。
さり気ないエスコートは紳士そのものだったし、気負わない会話は楽しく、沈黙も苦痛ではない。
常に文官の仕事を優先させてくれたし、愛人契約のような話がチラついたこともない。
レイモンドとの関係は思いのほか居心地がよかったのだ。
さっぱりとした薄茶色の髪は清潔感があり、カヌレ家ならではのアイスブルーの瞳も、レイモンドの青はとても優しい色をしていて、ミシェルは秘かにレイモンドの瞳が大好きだった。
(だからって……あまりにも長く関係を続けてしまったのは間違いよね……)
このままではいけないと、何度か関係を清算しようと持ちかけようとしたが、レイモンドは恐ろしく鼻が利くため、察知した瞬間、抱きつぶされて酷い思いをしてきた。
(今日だって、レイモンドが王城にいないって知ってるからこんな風に喋っているけど……)
ふと横からの視線に顔を向けると、にっこりといい笑顔で笑うレイモンドが腕を組んでミシェルを見ていた。
持っていた水の入ったグラスを落とさずに済んだのは奇跡である。
(今日の仕事は市井で怪しい薬を販売している店の調査って言ってたよね!? 嘘だったってこと!?)
考えてみれば、ミシェルにその日の仕事内容を告げるほうがおかしい。
頬を撫でながら、水を飲ませてくれたあとに言った『今日の仕事』の内容は嘘だったのだろうか。
カヌレ家の他二人の兄弟の銀髪とは違い、レイモンドだけは薄い茶色の髪をしている。
それがなぜか赤く光って見えた。
同じくレイモンドがいることに気付いたロザリーが、あからさまに知らぬ存ぜぬという顔をしてお昼を食べ始めた。
「ろ、ろざりー……」
「あぁ美味しい~。食堂のシチュー、素朴で好きなんだよねぇぇ」
「ねぇ、助けてっ」
泣きそうな顔でロザリーにすがりつくと「あなた明日は出勤できないかもね?」と小声で呟き、「わからせってやつ?」などと追い打ちをかけられてしまった。
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