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前編
しおりを挟む「誤解だ」
「とりあえず飲むから」
「やめろ」
「上手くいけば研究が進むよ」
「死んだら研究にならないだろう」
「死なないわ。眠るだけ。その後の研究はエヴァンに託すわ」
透明の小瓶をちゃぷちゃぷ揺らしながらアデルはニヤリと笑って言った。
「悪かった」
「認めるんだ?」
「誤解だ」
「ふーん。誤解なのに謝るんだ?」
「とにかく飲むな!!」
強い口調に一瞬怯んだ様子を見せたアデルから、エヴァンは素早く小瓶を取り上げた。
盛大なため息が背後から聞こえたので、エヴァンは胡乱な目つきでそちらを見た。
「ねぇ! さっきからなんで私の執務室で痴話喧嘩してるのかな!?」
ランドルフが、苛立った様子で金色の髪をくしゃくしゃと乱雑にかきむしった。エヴェンは面倒臭そうな目で暫く見つめたかと思うと、盛大なため息をついてから言った。
「あんたが、俺に身を固めろとか言い出したせいで、どこからか聞きつけた令嬢に連日のように迫られた挙句、誤解されてこうなってるんだからつべこべ言うな」
「不敬だよね!? 一応この国の王様なんだけど!!」
「威厳が全く無いからな。黙ってりゃ見目麗しい大国の若き王様なんだから黙ってろ」
エヴァンがジロリと睨む。
ランドルフは乱雑に書類に判を押しながらぶつぶつと文句を言った。
「これだから魔術師とか嫌なんだよ。そのご令嬢達は、魔術師の変人ぶりは計算にないの? 押しかけたところで手玉に取れるような相手じゃないのに」
執務室が居た堪れぬ空気に満ちたところで廊下からパタパタという足音が聞こえた。その音は止まることなく、執務室の扉が勢いよく開かれた。
「おとうさま!」
駆け寄ってきた金髪碧眼の美少女はランドルフめがけて突進した。後から来た護衛のサムが扉の外で、真っ青な顔で頭を下げていた。
「シェイラ! 淑女は廊下を走ってはいけないし、ノックもせずここに入ってはいけないよ?」
サムに手の動きだけで入り口で待機するよう指示したランドルフは、我が子可愛さに頬が緩まないよう必死でこらえていた。
「だってみんな足がおそいのだもの」
「うん、それはシェイラが無意識に身体強化かけてるから。普通の人は追いつけないから」
魔力を持つ騎士もいるが、それを幼児の護衛に使う程余裕のある者はそもそも騎士にはならない。行き先は魔術師団だろう。
そんな理由を説明したところで幼子には通じないだろうと思っていると、腕から飛び出たシェイラはアデル目掛けて突進した。
あと一歩のところでエヴァンに首根っこを掴まれた。
「エヴァン、おとなげない」
「シェイラ様、アデルに突進してはいけません」
「だって、アデルはいいかおりがするし、やわらかいし、かわいいから好きなんだもん」
「駄目です。アデルは一人の身体ではないのですから」
「えっ!? そうなの!? もしかして赤ちゃんいるの!? おかあさまといっしょ!?」
「そうですね」
聞いた途端、キラキラとした顔でアデルを見つめるシェイラは、アデルがあまり嬉しそうではないことに気付いた。
「アデルはうれしくないの?」
「わたしは嬉しいのですが……」
「もしかして、ちちおやがにんちしてくれないの?」
「姫様、一体どこでそういう言葉を覚えるのですか?」
アデルが嫌なものを見る目つきでランドルフを睨んだ。ついでにエヴァンからも睨まれている。
「どこの世に、好き好んで娘にそんな言葉を教える父親がいるっていうのさ! 私なわけないでしょうが!」
「おとうさまににんちしてもえなかったって」
「なんの話!?」
「おとうさまのあいしょうとなのるひとに聞きました」
「嫌な嘘だな!! ほんと誰!?」
シェイラの小さなかわいらしい唇から漏れた名前に、大人達は苦い物を飲み込んだような顔になる。
「とりあえず、シェイラは一度部屋へ戻りなさい」
「いやよ。おはなしのとちゅうだもの」
アデルの手を握ってブンブンと振り回すシェイラに、アデルは明日一緒にお茶を飲みましょうと声をかける。
約束よ!と何度も言いながら執務室を去った後は、大人達の深い溜息が漏れた。
「ランドルフ様、認知はされたほうが宜しいですよ」
「そんな覚えは無いし、愛妾なんて居ないから!」
「なんだ、お手付きか」
「私が愛妻家なのは、キミたちが一番知ってるでしょ!?」
ランドルフは疲れた顔で頬杖をついた。
「ねぇ、そんな事より、キミ達なんでさっさと結婚しないの? 私がエヴァンに結婚を勧めたのはアデルとって意味だけど」
エヴァンは苦虫を噛み潰した顔をして言った。
「何度も結婚をほのめかしたが断られた」
ランドルフは目を丸くし、アデルに何故断ったのと視線で聞いた。
「毎日アデルの顔が見たいと言うから、魔術師団で見てるじゃないって言いました。その次の日はアデルの淹れたお茶が毎日飲みたいというので、忙しくて嫌なのに仕方なく毎日淹れました。その次の日は毎日一緒にご飯を食べたいというので、同僚とのお昼を断り毎日共にしました。その次の日は……」
「わかった! 私がエヴァンのヘタレっぷりを忘れてたせいだね! 顔よし腕よし頭よし! 大人気の魔術師団長は好きな子に告白も出来ないポンコツだって思い出したよ! なのに何でキミたちやる事やってんの!? アデルは何も言わなくていいからね? やろうと言われたからとか言いそうで怖いからやめて? 子供まで作った癖に他の女性と結婚するのかって怒ったのはわかるけどさ、エヴァンが他の女性に興味持つと思う? 昔からアデルアデルアデルアデルってさ!! わかってるんだからアデルも素直になって? この結婚はもう王命にするから!! さっさと二人は結婚して? それから早くここから出てって?」
ランドルフが言い終えた頃には二人は見つめ合い、もうすぐ唇が触れ合いそうなところで転移魔法であっさり消えた。
「ハァ……」
なんの障害もないのに、なぜあんなに拗らすんだ?
気配を消して控えていた側近のギルに書類の束を渡して言った。
「今日のダニエル騎士団長との謁見は延期。今朝はマリエルの調子が悪かったし、シェイラが戻っているか気になるから私は部屋へ戻る」
「それは無理ですね。先ほど鬼の形相のダニエル騎士団長がカミロ魔術師副団長に掴みかかとうとして反撃をくらい、したたか腰を打ち付け喧嘩勃発との連絡が入ってます」
「馬鹿なの!?」
「犬猿の仲ですから。あの二人が絡むと謁見室は壊滅するかと」
「あえて日をずらしたのに、なんで鉢合わせるかな」
再びため息をついたランドルフは、テーブルに置いたままになっていた紅茶を飲み干してから立ち上がった。
「愛妾様の件はどうされますか?」
「紛らわしい言い方やめてね!? 愛妾じゃないからね!? 美形の愛人を斡旋しておいて。あの夫人は夫が高齢で甘いのをいいことに見目のいい殿方を漁ってる有名人だから。ありもしない関係を信じる人なんていないよ」
「相変わらず甘いですね~。陛下の子を身ごもったと、しかも認知なんて言葉を使ってシェイラ様にウソを吹き込んだというのに」
ギルは馬鹿にしたように鼻で笑った。エヴァンといい、ギルといい幼馴染は容赦が無い。
「この程度のことで不敬罪とか面倒くさいことしないよ、時間と書類の無駄」
「そんなこと言ってるからエヴァン様が拗らせたのでは? 結局王命にしちゃって陛下のお嫌いな書類を増やしたじゃないですか」
「煩いよ! いくらエヴァンでも求婚ぐらいできると思うでしょう!?」
思わずそう聞けば、ギルは『絶対無理でしょ』と呆れ顔だ。憎たらしい!!
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