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第四話・まさかロリっ娘だなんて思わないだろ⁉
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「そこをなんとか……このとおりだ!」
カウンターに両手をつけて、頭を下げようとしてヨシダは気づく。
(おっと、後頭部が見えるまで頭を下げちゃやばいんだっけ)
だが頭を下げかけてるので、そこは顔をズイッと前に出して回避した。
「なりません! もしこれを通したら、役場がターニー師に怒られてしまうんです‼」
「いやほんとに、届けるだけでいいんだ!」
「だから、それができないと言っているんです。いいですか? こんなわけのわからない理由で、しかも予算‼ この金額だと、カラーゲ食べてエールを呑んだらおしまいじゃないですか。バカにしてますよね⁉」
「いや、ほんとに金がなくて……」
ほとほと弱り果てたヨシダ、力なく手を差し出して突き返された書類を受け取……ろうとして、それを受け取ったのはヨシダじゃなかった。
「なに怒ってんの?」
少年のような少女のような、中性的な声。だが声はすれども姿は見えず――。
「ん?」
視界の下にふと目をやると、そこには十代前半くらいの少年……いや少女が突き返された申請書に目を落として見入っていた。
ヨシダは一八〇センチを超す長身なので、その少女は目測で一三〇センチくらいだろうか。クリンクリンでブラウンの少年のようなショートヘアー、翡翠のような深緑の大きな瞳。
身体が小さいのでそれらは吉田の大きな手のひらにすっぽり入るサイズではあったものの、見た目には巨乳に映る。
その外見の幼さとは裏腹に意外とある胸部だけ隠して肩とおへそが『こんにちは』している露出の高いトップスと、少しもこもこしたショーパン。
褐色の肌は健康的で艶光りしていて、浮いた腹筋もご立派なもの。長くてやや尖った耳が、髪の間から飛び出ていた。
履いているアウトドア仕様の革靴は立派な装いで、かなり年期の入った革製のオープンフィンガーグローブの拳頭には金属らしき部品が埋め込んであって。
(これで殴られたら、子ども相手だろうが痛いだろうな)
実際にそんなことをされたら吉田の顔面は砕け散るのだが、それを今は知る由もない。両肩に彫っている幾何学模様のタトゥーは身体強化魔法の触媒となっているので、その拳は巨象すらいとも簡単に殴り殺せるのだ。
「えっと?」
「ふむふむ……え、クロス様⁉」
少女は、その記述に驚いて顔を上げる。
「おっちゃん、クロス様に会ったことあるのかい⁉」
「あ、あぁ」
「へぇ~。元気そうにしてた?」
「ムカつくほどにな」
「あはははは!」
なにが面白いのか、少女は破顔一笑だ。
「もういいだろう、返してくれ」
そう言って少女が持つ申請書を取り上げようとする吉田だったが、少女は意地悪っぽそうに笑いながらパッとそれを回避する。
「なんでだい?」
「なんで、って……それは俺んだ」
「でもボクに提出したかったんでしょ?」
「なんでお前みたいな小便くさいガキんちょに、提出しなきゃいけないんだよ」
吉田は気づいていなかった。受付嬢のダークエルフが気の毒なくらい真っ青な顔で両目に涙を浮かべ、ガクガクと震えているのを。
「言ってくれるね?」
少女は、ちょっとムッとした表情を見せる。
「じゃあ誰に提出するつもりだったのさ」
「お前には関係ないだろ」
「あるかもよ?」
(チッ……)
そのとき、ダークエルフのお姉さんに限界がきたのだろう。バッターンと椅子ごと後ろに倒れて、哀れにも泡を吹いて失神してしまったのだ。
「大丈夫ですか?」
ナミがカウンターに身を乗り出して叫び、ほかの職員たちがお姉さんを介抱するべく駆け寄ってくる。吉田はそれを横目に、
「ターニー師だよ、ターニー師‼ この国でその名も高いドワーフの『長老』に出すやつだ、返せよ!」
それを聞いて、少女は目をパチクリさせる。
「ちょ、長老⁉ あ、いや……年齢なら四千歳を超えてるからそうかもしれないけど」
「あん?」
「いや、ターニー師を長老て呼ぶ人を初めて見たからさ」
「違うのか? ドワーフの賢者なんだろ?」
「そうだよ? おっちゃんはターニー師をどんな人だと思ってるのさ」
「見たことはねーが、ドワーフだから身長は低いものの筋骨隆々。立派な髭を生やして、毎晩のように強い酒をストレートで煽ってて……頑固で自分が気に入った仕事しか引き受けないけど、心を許した人には気さくな『お爺さん』だろ」
「あっははははははははははははははははははは‼」
吉田の前世日本でのイメージを彷彿とさせるステレオタイプな想像に、少女はまるで堰を切ったように笑い始めた。ぽろぽろ涙をこぼしながら両手でお腹を押さえて床を転げまわってる様は、はた目で見ると苦痛で七転八倒しているようにも見えるくらいだ。
「ひっ、ひぃ~っ、おっ……お腹が痛い、ゲホッ! ゲホッ!」
もう少女は笑いすぎて、床に倒れたままグロッギー気味である。
「なにが可笑しいんだか」
そう言って吉田は少女の手から強引に申請書をもぎ取ると、踵を返そうとして。
「ナミさん、今日のところは引き返そう……ナミさん?」
「まさか……まさか⁉」
ナミが青い顔をして、少女の元に駆け寄りしゃがみこむ。
「やっぱり‼ ヨシダ、なんてことをしてくれたんですか!」
そして般若の表情で吉田の前まで来ると、フルスイングで思いっきりビンタ……ではなく右拳のストレートを炸裂させる。
「ぐわぁっ‼」
不意打ちだったのもあって、女性の細腕とはいえ腰の入ったパンチでもあったことから吉田は後方へ吹っ飛んでしまった。
「痛て……ナミさん、なんで」
だがそこはタフな吉田だ。尻餅をついた状態で上半身を起こすのだが、その目前にとんでもない光景が展開されていた。
「もうしわけありませんでしたぁーっ‼」
なんとナミが笑い死んでいる少女に対し、床にカエルのように這いつくばって土下座をしているのだ。
「ヨシダは知らなかったんです、本当です! ご無礼は私が変わってお詫びします、お詫びしますのでどうかっ……」
「ちょっ、ナミさん⁉ その謝り方は‼」
そう、この後頭部をいかようにしてもいいからというこの世界独特の謝罪方法だ。しかも土下座だから、究極ともいっていいだろう。
そして少女が床に横になってるからこそ見えた、その立派な革靴の裏。吉田はそれがアダマンタイトとは知らなかったものの、とても固い金属版が覆っているのを見てとれた。
くわえて、かの拳頭に金属片を仕込んだオープンフィンガーグローブである。 パンチだろうが蹴りだろうが、ナミの後頭部が無事ですむ保証がなかった。
「ヨシダ、ひらに! ひらにぃっ‼」
「へ?」
ナミが土下座をしたまま、泣き顔で振り向いて叫ぶ。
「恐れ多くもこちら、ターニー師でいらっしゃいます‼」
「え……えぇっ⁉」
そして吉田は合点が行く。さきほど受付嬢のダークエルフが青い顔で倒れて失神したこと、そしてナミがいま土下座をしているという現況に。
「うっ、嘘だろ?」
呆然としている吉田の目に、両手両ひざ額を床につけて謝っているナミの姿が目に入る。
「やっ、やべぇ‼」
吉田は高速でターニーに対し、見事なスライディング土下座を決めた。
「もうしわけありませんでしたっ‼ 無礼を働いたのは俺です、ナミさんは無関係なんです! だから罰は俺だけにしてくれ‼」
吉田は必死で叫ぶ。そして土下座している手で押さえつけている申請書が、少女によって再び取り上げられた。
「いや、おっちゃん面白かったよ! ええとなんだっけ、身長が低くて筋骨隆々? うん、合ってるね。おっちゃんも立派な体躯だけど、ボクも筋肉には自信があるよ。ただチビなのは、ボクのコンプレックスなんだよねぇ?」
「も、もうしわけ……」
床に額をつけたまま、蚊の鳴くような声で吉田が応える。ナミは吉田の隣で、無言で土下座をしたまま固まっていた。
その衆目を集める騒動で、ほかの利用客たちが遠巻きながら取り囲み始める。誰もがハラハラとしながら、騒動の行方を固唾を呑んで見守ることしかできない。
「立派な髭は残念ながら生やしてないな、これでも女の子なんだ」
「はい、すいませんでした……」
「でも、毎晩のように強い酒をストレートで煽ってるのは合ってる」
「ありがとうございます」
なぜお礼を言ったのか吉田には自分でもわからなかったが、それを受けてターニーが軽く噴き出した。
「頑固でってのはどうだろう。自分が気に入った仕事しか引き受けないってのは、まぁそういう部分もあるけど必ずしもそうじゃないかな」
「ですよね、みんなそうです」
社会人としての悲哀だ。吉田が同調してみせたのだが、ターニーは噴き出したそうに唇をプルプルと震わせていた。
「心を許した人には気さくになるって、これは誰しもそうじゃない?」
「ターニー師のおっしゃるとおりです」
もう思いっきりへり下っている吉田に、ターニーは苦笑いを禁じ得ない。
「でも残念ながらお爺さんではないね」
「すいません、ドワーフと聞いて勝手なイメージを膨らませてて……」
「いや、半分以上は当たってたからね」
そう言ってターニーは、拳で軽く『コン、コン』と吉田とナミの後頭部を叩いて、
「謝罪、受け入れました。二人とも立ってよ」
そしてようやく立ち上がる二人。周囲がホッと安堵の表情を見せて、その人垣も崩れていく。
「とりあえずお話しをしよう。ギルマス、いる?」
「はっ、ただいま‼」
カウンター内側から心配そうに騒動を見守っていた中年男性が、慌てて飛んできた。
(ギルマス?)
吉田はその言葉に聞き覚えがあった。
「ナミさん、ギルマスってのは」
「ギルドマスターの略ですね」
「だよな。ここってギルドなのか?」
「はい、役場ギルドです。この役場の長ですね、あの方は」
「なるほど」
そこでギルマスの男性が、吉田たちの元へ歩み寄ってくる。
「商談の場を用意いたしますので、どうぞこちらへ」
「はぁ……」
見ると、ターニーは勝手知ったるとばかりに一人でテクテクとカウンター内側に入っていく。そして奥にある扉に手をかけて、一人で中に入ってしまった。
ギルマスに先導されるがまま、吉田とナミは遅れて続く。その扉には『応接室』と彫られたプレートがかかっていた。
「改めて初めまして、ボクがターニーです。ターニー師なんてかしこまらないで、普通にターニーでいいよ? 言葉遣いも普段どおりでお願いしたいな」
「申し遅れた。私……俺は吉田ってもんだ。こっちがナミさん、俺の居候先の奥さんだ」
「ちょっとヨシダ、口の利き方!」
ナミが諫めるのへ、いいからとばかりにターニーがジェスチャーで制する。
「とりあえず申請書の続き、読ませてもらうね?」
「どうぞ」
そして改めてターニーは申請書に目を落として……怪訝そうに顔を上げた。
「ところでこの金額、単位を書き忘れてるよ。百万? 千万? 億じゃないよね」
(来たっ‼)
吉田とナミ、生唾をゴクリと呑んで横目で見つめあう。
「いや、そのターニー師……いや、ターニー殿」
「ん?」
「お金はそれだけしか出せないんだ」
「へ?」
「お金を稼ぐ仕事はしていないので、持ち合わせがなくてですね……へへ」
かなり後ろめたいので、吉田は卑屈な表情でへこへこと笑ってみせるが内心はドッキドキである。さっきから、冷や汗が止まらない。
「え、でもこの金額だと……ラメーンとハンチャー食って終わりでしょ?」
本当に心の底から不思議そうな顔で漏らすターニーに、ナミが泣きそうな顔で無言でコクコクとうなずく。
「こっちの料理や物価はよく知らないのだけど、信じられないかもしれないが俺の全財産なんだ。だから足りない分は働いて返す! なんだったら奴隷同然の使用人として一生ただ働きでこき使ってくれても構わない‼」
「そんなキンタマ臭い使用人はいらないかな」
「あんたもそれ言うんかい」
吉田の慇懃無礼な応答っぷりに、ナミは青い顔である。
「ふむ……まぁ金額の話はあとにしよう。まず『カードに閉じ込められた子ども』ってなんの話?」
「これだ」
吉田は、七枚のカードをポケットから出した。同時に、
(尻の間に移動してなくて助かったぜ)
そんなことに、安堵しながら。
「手に取っても?」
「どうぞ」
ターニーはそのカードを手に取り、一枚一枚をじっくりと観察する。
「これは……『式』のカードだね。召喚士が使うやつ」
「知っているのか?」
「こう見えてもボク、四千年は生きてるんだよ。だからキミが言ってた『長老』てのもあながち間違いじゃない。ボクより長生きしているドワーフはいないからね」
「それは失礼した、俺のほうが若輩だったんだな」
「そういうこと。そういう意味ではお爺さんじゃなくてお婆さんだな」
意地悪っぽくそう言うターニーに、
「勘弁してくれ」
と吉田は平身低頭だ。
「で、気になるのがヨシダ……だっけ? ヨシダがクロス様と出会ったってなんで? どこでどういうきっかけがあったの?」
「それは……」
「それは?」
吉田は、ナミの顔をチラリと見る。そしてナミも、キュッと口を結んだまま静かにうなずいてみせた。
「実は――」
そして吉田は、すべてを話した。自分が異世界で死んだこと、世界のはざまでクロスに出会い転生させてもらったこと。
当初はナギ宅で居候しながら農作業を手伝ったり、孤児院を手伝ったりしてスローライフを送っていたこと。その孤児院が火事になってからの顛末も、すべて。
「……なるほど、子どもたちがこのカードの『式』になってしまったと?」
「あぁ。それで元の姿に戻す、カードから出す方法を探しているんだ」
「クロス様は不可能だって言わなかった?」
「そうなんだ。そうなんだけど同時に、そのカードの作成者ならできるとのことでな」
「ふむ。それって誰なんだい? 知り合いに一人だけ作れる人がいるけど、その人の作でもなさそうだ」
「リリィディアっていうそうだ」
「……え」
「ん?」
「もういちど。誰だって?」
「リリィディアだ。知っているのか?」
「……まさかその名前を、ここで聞くとは思わなかったな」
見ればターニーは、殺気立った表情を浮かべている。それは吉田に対してではなく、もちろんナミに対してでもない。
「それでリリィディアってのはまだ眠ってる?とかで。七人の塔の賢者ならなんとかなるかもしれない、と」
「クロス様が、だよね」
「あぁ。ターニー殿、なんとかなりそうか?」
「うーん、って言われてもなぁ。確かにボクもリリィディアの欠片ではあるんだけど」
「え?」
「あ、いやなんでもない。残念だけどボクにはカードに関しては力になれそうもないや、ごめんね」
「いや、謝らなくていい。クロスも可能性の話として言ってただけだしな」
そう言いつつも、吉田は苦渋の表情だ。ターニーでダメなら、ほかの賢者もダメなんじゃないかとイヤな予感だけが脳裏をかすめる。
だがターニーは安心させるように笑みを浮かべると、
「でもほかの六人の誰かなら知ってるかも。なぜそう言い切れるかの理由は明かせないけど、その可能性は非常に高いよ」
「本当か‼」
「うん、スムーズに会えるように紹介状を書いてあげるね」
「それは助かる、ありがたい‼」
興奮のあまり吉田はガッと立ち上がり、ターニーの両手を自身の両手で強引に包み込むとブンブンと振って握手をしてみせた。ターニーは苦笑いを浮かべながら、それでもされるがままで。
「それと旅の道具、だよね。あと武器や防具もいるのか」
「あぁ、後払いになるが……というか正直に言うが、後払いできるアテもない」
「あははは、正直すぎるでしょ!」
ターニーは気さくに笑ってみせると、
「お金はそうだね、できたときでいいよ。お金じゃなくてお酒をたらふく奢ってくれたらそれでチャラ。どう?」
「え、いいのか?」
「だってヨシダが言ったんだよ? 『毎晩のように強い酒をストレートで煽ってて、頑固で自分が気に入った仕事しか引き受けないけど、心を許した人には気さく』だって。残念ながらお爺さんじゃないけどね?」
そう言って、ターニーは悪戯っぽく笑う。
「そうだな、納期は一週間先。どうかな?」
「すまない、恩に着る! お金、いやお酒はとびきり上手いのを見つけてくるよ」
「期待して待ってるよ。ところでお願いがあるんだけど、一つ確認しておきたい」
「なんだ?」
「そのカードの式の誰かに会わせてくれないかな?」
「式に?」
「うん。ヨシダの話を疑うわけじゃなくて、ただの好奇心だけどさ。ダメかな」
「いや、是非もない」
そして吉田はカードを取り出して、
(ハルにするかな……いや、ハルは俺に忠実すぎてターニー殿に失礼なことをやらかす可能性がある。となると?)
一番手前になっていたハルピュイアのカードを、一番後ろに重ねる。そして二枚目のカードに描かれていたその絵は、
「『からくり人形』?」
「ん?」
「あ、いや。ちょっと待っててくれ」
そのカードに書かれていたのは、よく見ればからくり人形だ。前世日本で古くから伝わる、着物の女の子がお盆に乗せた湯飲みをカタカタと動きながら運んでくるあれである。
思えばハルピュイア以外のカードを、吉田はじっくりと観察したことがなかった。
(今度の『子』は誰なんだろうな)
そんなことを思いながら、吉田はカードにキスをしてそれをピッと投げる。シューッと白煙がカードから立ち込め、白紙になったカードはパッと消失した。
そして白煙が晴れたあとには……。
「なんだこれ⁉」
ターニーが、素っ頓狂な声をあげる。
身長は、そのターニーより少し低い一メートル超。木製と思われる顔には白粉と紅で化粧が施されていて、おかっぱ頭に赤い着物と草履がよく似合っていた。
そして丸いお盆を片手で小脇に抱えている。その顔は人形であるせいか、無機質で無表情だ。
「だからなんなんだよ、この設定はよ⁉」
一方で吉田はそうボヤきながら、ズボンに手を突っ込みお尻の割れ目から白紙になったカードを引き抜いていた。
「なんのこと?」
「いや、こっちの話で……へへ」
不思議そうに問うターニーだったが、それには笑ってごまかす吉田だ。
「えっと……名前はあるのかな?」
「いや、まだないな。このカードは呼び出すのも初めてなんだ」
「ふーん」
(そういや名前を付けたら感情が宿るんだっけか)
「名前、名前……そうだな、からくり人形だからお前の名前は 『ドール』だ」
ハルピュイアにはハル、そしてからくり人形にはドールと安易なネーミングではある。だが、おっさんの命名センスなんてこんなものだ。
すると、そのドールと名付けられたからくり人形がカタカタと音を立てながら吉田に歩みよってきた。歩み寄ってきたとは言っても足が機械的に動いているように見えるだけで、実際の動力となっている部分は着物の裾で見えない。
「アルジ、ハジメマシテ」
「あ、あぁ。初めまして」
可愛い女の子の声ではあるが、どこかスピーカーを通しているような機械的な音声にも聴こえる。吉田は戸惑いながら、
「えっと、ちょっと聞くが」
「ハイ、ナンナリト」
「人間だったときの記憶、あるか?」
「ニンゲン? ワタシハ、オートマタ。オートマタノ、ドールデス」
「だよなぁ……」
(ハルと同じ反応だな……あの七人のうち、誰だろうか。感情が宿っていても人形だから表情変わらんしで、性格がさっぱり読めん!)
その様子を見ていたターニーが興味深そうに立ち上がって歩いてくると、ドールの顔を覗き込む。
「かわいいお人形さんだね」
「オニンギョ、チガイマス。ワタシ、ドール」
「あ、ごめんごめん。ドールちゃんだね、初めまして。ボクはターニーだよ」
そう言ってターニーが右手を差し出す。だがドールは困ったような仕草で、吉田を振り返って指示待ちのなのかピタッと停止した。
「どうしたの?」
怪訝そうにターニーが吉田に問う。
「さぁ……あ、もしかして! ドール、構わないから握手してあげなさい」
「カシコマリマシタ、アルジ」
その吉田の許可を受けて、ドールは再びターニーに向き合いその木製の腕を機械的に動かせて差し出した。
「へぇ、ヨシダに忠実なんだね」
ターニーが感心したように、その腕を握り返す。そして再びソファに着座すると、
「ヨシダの眷属ということだよね、この子。ドールちゃんにはどんな能力があるんだろう」
「なんだろう、俺もわからないな」
吉田はドールのほうへ振り向くと、
「おいドール、お前はなにが得意なんだ?」
「オチャ、イレマス」
「お茶?」
「ハイ。オカシモ、アリマス」
「オカシモ? あぁ、お菓子な。じゃあとりあえず俺とターニー殿、ナミさんの三人をもてなしてくれるか?」
「カシコマリ、マシタ」
さっぱりわけがわからないまま、吉田はドールにそう命じた。そしてこれからなにが起こるのかと、吉田含め三人が興味深くドールを見守る。
『カタカタカタカタッ』
なにか歯車が高速で回るような音がしたかと思うと、
『ボワッ‼』
とドールを中心に白煙があがる。
「お、おい⁉」
慌てて吉田が立ち上がる。ターニーとナミも、目を白黒させていて。
(やべぇ、オーバーヒートか?)
だが白煙が、
『シュゴーッ』
とまるで掃除機で吸い取っているかのように、ドールの赤くて小さな唇(を模した穴)に吸い込まれていった。するとさっきまで小脇に抱えていたお盆を両手で水平に前に差し出すように持っていて、その上にはティーセットが三つとお茶菓子が入った皿。
シュガーとミルクらしき物が入った小瓶も見える。ティーカップからは、熱々の湯気が立ち上っていた。
そしてカタカタと音を立てながら、器用にそれを机上に置く。
「オサトウハ、オイレシマスカ?」
「いや、結構だ。それは紅茶かな?」
「ハイ。コーヒーニ、シマスカ?」
「紅茶でいい。ミルクもなしだ」
「カシコマリマシタ」
そしてドールは三人の前にカップを置くと、再びカタカタと数歩うしろに下がっていく。
「ボクたちには聞かないんだね?」
ターニーは思わず苦笑いだ。
「ヨシダの眷属だから、でしょうか」
ナミも、思わずほっこりしてしまう。
「あ……お二方、相済まない! おいドール、お客様に対しても俺と同じようにサービスをしてやってくれないか」
「カシコマリ、マシタ」
そしてターニーとナミの好みを聞き分け、砂糖とミルクを投入してかきまぜるドール。
「この場において、お客様はヨシダたちのほうなんだけどね?」
そう言ってターニーが、面白そうに笑った。
「で、お茶を淹れるだけなのかな? あ、意地悪で言ってるんじゃないよ」
ティーカップに口をつけながらターニーが疑問を提起する。それは吉田も感じていたので、
「ドール、君はほかになにができる?」
「メイレイ、アラバ、ナンデモシマス」
「って言われてもなぁ。掃除や洗濯はできるか?」
「マカセテ、クダサイ。トクイ、デス」
「なるほど……」
(あの七人の中で、一番最年長の女の子が家事得意だったな。でもノエルも得意だったしなぁ?)
これはいくら考えても詮無きことだ、吉田はとりあえずドールに関してそれは諦めることにした。そしてターニーが思案顔で言うには、
「家政婦がわりになるってことなのかな」
「みたいだな」
「眷属だけど、戦闘要員じゃないんだね。でも旅のおともというか、野営にはとても重宝しそうだ。ドールちゃんがいるなら、ボクはドールちゃんではできない道具を用意するだけでいいね」
そう言いながらターニーが、メモ帳らしきものを手に取ってなにごとかを書き始める。
「飲料、食料は心配いらなさそうだね……するとテントかな? いや、ドールちゃんが動き回れる大きさがいるから、うーん」
などと、独り言をぶつぶつと漏らしながら。そしてナミが小声で、
「ヨシダ、よかったですね」
「はい、ナミさん。運が良かったです」
「それだけじゃないでしょう」
「え?」
ナミは慈愛の笑みをたたえてターニーをチラと見やると、
「ヨシダの優しさゆえに、ターニー師が応えてくれたのです」
「そんなわけが」
ナミのそんなフォローに吉田が戸惑っていると、ターニーがメモの手を休めずに口を開く。
「否定はしないよ。本来ならば門前払いの案件だしね」
「そ、そりゃすまなかった!」
「もういいって、ヨシダ。それより、護身用の武器はなにがいいかな? やっぱ剣?」
「剣は使ったことないんだよなぁ」
「ふーん。じゃあ槍? 斧とかかな」
「いや……この世界を甘く見ているわけじゃないんだが、刃物は使い方を誤ったら大事なものをも傷つけてしまうようで怖いんだ」
「……」
「もっ、もちろん甘い考えだというのは自覚してるよ!」
だがターニーは無言のまま、メモにスラスラと一筆書き入れてそれをふところに戻した。無表情に見えたかのようで、その口角がクッと上がる。
「いいね、その考え方! 嫌いじゃない、むしろ気に入ったよ‼」
「え? あ、いや本当にすまない。仮にも鍛冶師に向かって刃物を否定しちまった」
「ううん、気にしないでヨシダ。刃物の怖さを知っている君だから、なおさらキミの力になってあげたくなったよ」
「そう言ってくれると助かる」
「そうだな、とってもいいことを思いついた!」
そしてターニーは再びメモを取り出して、乱雑にペンを走らせる。その瞳は爛々と輝いていて、職人のそれであった。
「うん、これだな! すぐに取りかかるよ、あぁ早く完成させたいなぁ♡」
うっとりした表情を浮かべるターニーには、完成したそれが見えているのだろう。吉田とナミのことはアウトオブ眼中とばかりに、ぽやぽやとした恍惚の眼差しで。
「あぁ、お願いするな?」
「まかせて! ヨシダの意を汲んでボクが鍛えるのは……」
「鍛えるのは?」
(刃物じゃないとなると、棍とか槌の打撃系かな? スリングとか弓、クロスボウみたいな射撃系かも?)
いずれにしろ、吉田には武具をまとった経験がない。せいぜいがとこ、工具どまりだ。
だがターニーの口から飛び出したのは、吉田は想像だにすらしなかった言葉だった。
「ボクがヨシダに鍛えるのは、『斬れない剣』だよ。『斬らない剣』ともいうかな?」
「えっと……?」
ターニーの言葉をそのまま解釈するなら、それは剣の存在否定だ。まさか刃を潰した剣かとも思ったが、鍛冶師であるターニーの矜持がそれを許さないだろう。
「ま、なんだか知らないけど楽しみに待ってる」
「うん!」
少女鍛冶師との邂逅は、そんな感じで幕を閉じて。そしてターニーが定めた納期の一週間後に、吉田は開陽の塔を単身訪れるのだった。
カウンターに両手をつけて、頭を下げようとしてヨシダは気づく。
(おっと、後頭部が見えるまで頭を下げちゃやばいんだっけ)
だが頭を下げかけてるので、そこは顔をズイッと前に出して回避した。
「なりません! もしこれを通したら、役場がターニー師に怒られてしまうんです‼」
「いやほんとに、届けるだけでいいんだ!」
「だから、それができないと言っているんです。いいですか? こんなわけのわからない理由で、しかも予算‼ この金額だと、カラーゲ食べてエールを呑んだらおしまいじゃないですか。バカにしてますよね⁉」
「いや、ほんとに金がなくて……」
ほとほと弱り果てたヨシダ、力なく手を差し出して突き返された書類を受け取……ろうとして、それを受け取ったのはヨシダじゃなかった。
「なに怒ってんの?」
少年のような少女のような、中性的な声。だが声はすれども姿は見えず――。
「ん?」
視界の下にふと目をやると、そこには十代前半くらいの少年……いや少女が突き返された申請書に目を落として見入っていた。
ヨシダは一八〇センチを超す長身なので、その少女は目測で一三〇センチくらいだろうか。クリンクリンでブラウンの少年のようなショートヘアー、翡翠のような深緑の大きな瞳。
身体が小さいのでそれらは吉田の大きな手のひらにすっぽり入るサイズではあったものの、見た目には巨乳に映る。
その外見の幼さとは裏腹に意外とある胸部だけ隠して肩とおへそが『こんにちは』している露出の高いトップスと、少しもこもこしたショーパン。
褐色の肌は健康的で艶光りしていて、浮いた腹筋もご立派なもの。長くてやや尖った耳が、髪の間から飛び出ていた。
履いているアウトドア仕様の革靴は立派な装いで、かなり年期の入った革製のオープンフィンガーグローブの拳頭には金属らしき部品が埋め込んであって。
(これで殴られたら、子ども相手だろうが痛いだろうな)
実際にそんなことをされたら吉田の顔面は砕け散るのだが、それを今は知る由もない。両肩に彫っている幾何学模様のタトゥーは身体強化魔法の触媒となっているので、その拳は巨象すらいとも簡単に殴り殺せるのだ。
「えっと?」
「ふむふむ……え、クロス様⁉」
少女は、その記述に驚いて顔を上げる。
「おっちゃん、クロス様に会ったことあるのかい⁉」
「あ、あぁ」
「へぇ~。元気そうにしてた?」
「ムカつくほどにな」
「あはははは!」
なにが面白いのか、少女は破顔一笑だ。
「もういいだろう、返してくれ」
そう言って少女が持つ申請書を取り上げようとする吉田だったが、少女は意地悪っぽそうに笑いながらパッとそれを回避する。
「なんでだい?」
「なんで、って……それは俺んだ」
「でもボクに提出したかったんでしょ?」
「なんでお前みたいな小便くさいガキんちょに、提出しなきゃいけないんだよ」
吉田は気づいていなかった。受付嬢のダークエルフが気の毒なくらい真っ青な顔で両目に涙を浮かべ、ガクガクと震えているのを。
「言ってくれるね?」
少女は、ちょっとムッとした表情を見せる。
「じゃあ誰に提出するつもりだったのさ」
「お前には関係ないだろ」
「あるかもよ?」
(チッ……)
そのとき、ダークエルフのお姉さんに限界がきたのだろう。バッターンと椅子ごと後ろに倒れて、哀れにも泡を吹いて失神してしまったのだ。
「大丈夫ですか?」
ナミがカウンターに身を乗り出して叫び、ほかの職員たちがお姉さんを介抱するべく駆け寄ってくる。吉田はそれを横目に、
「ターニー師だよ、ターニー師‼ この国でその名も高いドワーフの『長老』に出すやつだ、返せよ!」
それを聞いて、少女は目をパチクリさせる。
「ちょ、長老⁉ あ、いや……年齢なら四千歳を超えてるからそうかもしれないけど」
「あん?」
「いや、ターニー師を長老て呼ぶ人を初めて見たからさ」
「違うのか? ドワーフの賢者なんだろ?」
「そうだよ? おっちゃんはターニー師をどんな人だと思ってるのさ」
「見たことはねーが、ドワーフだから身長は低いものの筋骨隆々。立派な髭を生やして、毎晩のように強い酒をストレートで煽ってて……頑固で自分が気に入った仕事しか引き受けないけど、心を許した人には気さくな『お爺さん』だろ」
「あっははははははははははははははははははは‼」
吉田の前世日本でのイメージを彷彿とさせるステレオタイプな想像に、少女はまるで堰を切ったように笑い始めた。ぽろぽろ涙をこぼしながら両手でお腹を押さえて床を転げまわってる様は、はた目で見ると苦痛で七転八倒しているようにも見えるくらいだ。
「ひっ、ひぃ~っ、おっ……お腹が痛い、ゲホッ! ゲホッ!」
もう少女は笑いすぎて、床に倒れたままグロッギー気味である。
「なにが可笑しいんだか」
そう言って吉田は少女の手から強引に申請書をもぎ取ると、踵を返そうとして。
「ナミさん、今日のところは引き返そう……ナミさん?」
「まさか……まさか⁉」
ナミが青い顔をして、少女の元に駆け寄りしゃがみこむ。
「やっぱり‼ ヨシダ、なんてことをしてくれたんですか!」
そして般若の表情で吉田の前まで来ると、フルスイングで思いっきりビンタ……ではなく右拳のストレートを炸裂させる。
「ぐわぁっ‼」
不意打ちだったのもあって、女性の細腕とはいえ腰の入ったパンチでもあったことから吉田は後方へ吹っ飛んでしまった。
「痛て……ナミさん、なんで」
だがそこはタフな吉田だ。尻餅をついた状態で上半身を起こすのだが、その目前にとんでもない光景が展開されていた。
「もうしわけありませんでしたぁーっ‼」
なんとナミが笑い死んでいる少女に対し、床にカエルのように這いつくばって土下座をしているのだ。
「ヨシダは知らなかったんです、本当です! ご無礼は私が変わってお詫びします、お詫びしますのでどうかっ……」
「ちょっ、ナミさん⁉ その謝り方は‼」
そう、この後頭部をいかようにしてもいいからというこの世界独特の謝罪方法だ。しかも土下座だから、究極ともいっていいだろう。
そして少女が床に横になってるからこそ見えた、その立派な革靴の裏。吉田はそれがアダマンタイトとは知らなかったものの、とても固い金属版が覆っているのを見てとれた。
くわえて、かの拳頭に金属片を仕込んだオープンフィンガーグローブである。 パンチだろうが蹴りだろうが、ナミの後頭部が無事ですむ保証がなかった。
「ヨシダ、ひらに! ひらにぃっ‼」
「へ?」
ナミが土下座をしたまま、泣き顔で振り向いて叫ぶ。
「恐れ多くもこちら、ターニー師でいらっしゃいます‼」
「え……えぇっ⁉」
そして吉田は合点が行く。さきほど受付嬢のダークエルフが青い顔で倒れて失神したこと、そしてナミがいま土下座をしているという現況に。
「うっ、嘘だろ?」
呆然としている吉田の目に、両手両ひざ額を床につけて謝っているナミの姿が目に入る。
「やっ、やべぇ‼」
吉田は高速でターニーに対し、見事なスライディング土下座を決めた。
「もうしわけありませんでしたっ‼ 無礼を働いたのは俺です、ナミさんは無関係なんです! だから罰は俺だけにしてくれ‼」
吉田は必死で叫ぶ。そして土下座している手で押さえつけている申請書が、少女によって再び取り上げられた。
「いや、おっちゃん面白かったよ! ええとなんだっけ、身長が低くて筋骨隆々? うん、合ってるね。おっちゃんも立派な体躯だけど、ボクも筋肉には自信があるよ。ただチビなのは、ボクのコンプレックスなんだよねぇ?」
「も、もうしわけ……」
床に額をつけたまま、蚊の鳴くような声で吉田が応える。ナミは吉田の隣で、無言で土下座をしたまま固まっていた。
その衆目を集める騒動で、ほかの利用客たちが遠巻きながら取り囲み始める。誰もがハラハラとしながら、騒動の行方を固唾を呑んで見守ることしかできない。
「立派な髭は残念ながら生やしてないな、これでも女の子なんだ」
「はい、すいませんでした……」
「でも、毎晩のように強い酒をストレートで煽ってるのは合ってる」
「ありがとうございます」
なぜお礼を言ったのか吉田には自分でもわからなかったが、それを受けてターニーが軽く噴き出した。
「頑固でってのはどうだろう。自分が気に入った仕事しか引き受けないってのは、まぁそういう部分もあるけど必ずしもそうじゃないかな」
「ですよね、みんなそうです」
社会人としての悲哀だ。吉田が同調してみせたのだが、ターニーは噴き出したそうに唇をプルプルと震わせていた。
「心を許した人には気さくになるって、これは誰しもそうじゃない?」
「ターニー師のおっしゃるとおりです」
もう思いっきりへり下っている吉田に、ターニーは苦笑いを禁じ得ない。
「でも残念ながらお爺さんではないね」
「すいません、ドワーフと聞いて勝手なイメージを膨らませてて……」
「いや、半分以上は当たってたからね」
そう言ってターニーは、拳で軽く『コン、コン』と吉田とナミの後頭部を叩いて、
「謝罪、受け入れました。二人とも立ってよ」
そしてようやく立ち上がる二人。周囲がホッと安堵の表情を見せて、その人垣も崩れていく。
「とりあえずお話しをしよう。ギルマス、いる?」
「はっ、ただいま‼」
カウンター内側から心配そうに騒動を見守っていた中年男性が、慌てて飛んできた。
(ギルマス?)
吉田はその言葉に聞き覚えがあった。
「ナミさん、ギルマスってのは」
「ギルドマスターの略ですね」
「だよな。ここってギルドなのか?」
「はい、役場ギルドです。この役場の長ですね、あの方は」
「なるほど」
そこでギルマスの男性が、吉田たちの元へ歩み寄ってくる。
「商談の場を用意いたしますので、どうぞこちらへ」
「はぁ……」
見ると、ターニーは勝手知ったるとばかりに一人でテクテクとカウンター内側に入っていく。そして奥にある扉に手をかけて、一人で中に入ってしまった。
ギルマスに先導されるがまま、吉田とナミは遅れて続く。その扉には『応接室』と彫られたプレートがかかっていた。
「改めて初めまして、ボクがターニーです。ターニー師なんてかしこまらないで、普通にターニーでいいよ? 言葉遣いも普段どおりでお願いしたいな」
「申し遅れた。私……俺は吉田ってもんだ。こっちがナミさん、俺の居候先の奥さんだ」
「ちょっとヨシダ、口の利き方!」
ナミが諫めるのへ、いいからとばかりにターニーがジェスチャーで制する。
「とりあえず申請書の続き、読ませてもらうね?」
「どうぞ」
そして改めてターニーは申請書に目を落として……怪訝そうに顔を上げた。
「ところでこの金額、単位を書き忘れてるよ。百万? 千万? 億じゃないよね」
(来たっ‼)
吉田とナミ、生唾をゴクリと呑んで横目で見つめあう。
「いや、そのターニー師……いや、ターニー殿」
「ん?」
「お金はそれだけしか出せないんだ」
「へ?」
「お金を稼ぐ仕事はしていないので、持ち合わせがなくてですね……へへ」
かなり後ろめたいので、吉田は卑屈な表情でへこへこと笑ってみせるが内心はドッキドキである。さっきから、冷や汗が止まらない。
「え、でもこの金額だと……ラメーンとハンチャー食って終わりでしょ?」
本当に心の底から不思議そうな顔で漏らすターニーに、ナミが泣きそうな顔で無言でコクコクとうなずく。
「こっちの料理や物価はよく知らないのだけど、信じられないかもしれないが俺の全財産なんだ。だから足りない分は働いて返す! なんだったら奴隷同然の使用人として一生ただ働きでこき使ってくれても構わない‼」
「そんなキンタマ臭い使用人はいらないかな」
「あんたもそれ言うんかい」
吉田の慇懃無礼な応答っぷりに、ナミは青い顔である。
「ふむ……まぁ金額の話はあとにしよう。まず『カードに閉じ込められた子ども』ってなんの話?」
「これだ」
吉田は、七枚のカードをポケットから出した。同時に、
(尻の間に移動してなくて助かったぜ)
そんなことに、安堵しながら。
「手に取っても?」
「どうぞ」
ターニーはそのカードを手に取り、一枚一枚をじっくりと観察する。
「これは……『式』のカードだね。召喚士が使うやつ」
「知っているのか?」
「こう見えてもボク、四千年は生きてるんだよ。だからキミが言ってた『長老』てのもあながち間違いじゃない。ボクより長生きしているドワーフはいないからね」
「それは失礼した、俺のほうが若輩だったんだな」
「そういうこと。そういう意味ではお爺さんじゃなくてお婆さんだな」
意地悪っぽくそう言うターニーに、
「勘弁してくれ」
と吉田は平身低頭だ。
「で、気になるのがヨシダ……だっけ? ヨシダがクロス様と出会ったってなんで? どこでどういうきっかけがあったの?」
「それは……」
「それは?」
吉田は、ナミの顔をチラリと見る。そしてナミも、キュッと口を結んだまま静かにうなずいてみせた。
「実は――」
そして吉田は、すべてを話した。自分が異世界で死んだこと、世界のはざまでクロスに出会い転生させてもらったこと。
当初はナギ宅で居候しながら農作業を手伝ったり、孤児院を手伝ったりしてスローライフを送っていたこと。その孤児院が火事になってからの顛末も、すべて。
「……なるほど、子どもたちがこのカードの『式』になってしまったと?」
「あぁ。それで元の姿に戻す、カードから出す方法を探しているんだ」
「クロス様は不可能だって言わなかった?」
「そうなんだ。そうなんだけど同時に、そのカードの作成者ならできるとのことでな」
「ふむ。それって誰なんだい? 知り合いに一人だけ作れる人がいるけど、その人の作でもなさそうだ」
「リリィディアっていうそうだ」
「……え」
「ん?」
「もういちど。誰だって?」
「リリィディアだ。知っているのか?」
「……まさかその名前を、ここで聞くとは思わなかったな」
見ればターニーは、殺気立った表情を浮かべている。それは吉田に対してではなく、もちろんナミに対してでもない。
「それでリリィディアってのはまだ眠ってる?とかで。七人の塔の賢者ならなんとかなるかもしれない、と」
「クロス様が、だよね」
「あぁ。ターニー殿、なんとかなりそうか?」
「うーん、って言われてもなぁ。確かにボクもリリィディアの欠片ではあるんだけど」
「え?」
「あ、いやなんでもない。残念だけどボクにはカードに関しては力になれそうもないや、ごめんね」
「いや、謝らなくていい。クロスも可能性の話として言ってただけだしな」
そう言いつつも、吉田は苦渋の表情だ。ターニーでダメなら、ほかの賢者もダメなんじゃないかとイヤな予感だけが脳裏をかすめる。
だがターニーは安心させるように笑みを浮かべると、
「でもほかの六人の誰かなら知ってるかも。なぜそう言い切れるかの理由は明かせないけど、その可能性は非常に高いよ」
「本当か‼」
「うん、スムーズに会えるように紹介状を書いてあげるね」
「それは助かる、ありがたい‼」
興奮のあまり吉田はガッと立ち上がり、ターニーの両手を自身の両手で強引に包み込むとブンブンと振って握手をしてみせた。ターニーは苦笑いを浮かべながら、それでもされるがままで。
「それと旅の道具、だよね。あと武器や防具もいるのか」
「あぁ、後払いになるが……というか正直に言うが、後払いできるアテもない」
「あははは、正直すぎるでしょ!」
ターニーは気さくに笑ってみせると、
「お金はそうだね、できたときでいいよ。お金じゃなくてお酒をたらふく奢ってくれたらそれでチャラ。どう?」
「え、いいのか?」
「だってヨシダが言ったんだよ? 『毎晩のように強い酒をストレートで煽ってて、頑固で自分が気に入った仕事しか引き受けないけど、心を許した人には気さく』だって。残念ながらお爺さんじゃないけどね?」
そう言って、ターニーは悪戯っぽく笑う。
「そうだな、納期は一週間先。どうかな?」
「すまない、恩に着る! お金、いやお酒はとびきり上手いのを見つけてくるよ」
「期待して待ってるよ。ところでお願いがあるんだけど、一つ確認しておきたい」
「なんだ?」
「そのカードの式の誰かに会わせてくれないかな?」
「式に?」
「うん。ヨシダの話を疑うわけじゃなくて、ただの好奇心だけどさ。ダメかな」
「いや、是非もない」
そして吉田はカードを取り出して、
(ハルにするかな……いや、ハルは俺に忠実すぎてターニー殿に失礼なことをやらかす可能性がある。となると?)
一番手前になっていたハルピュイアのカードを、一番後ろに重ねる。そして二枚目のカードに描かれていたその絵は、
「『からくり人形』?」
「ん?」
「あ、いや。ちょっと待っててくれ」
そのカードに書かれていたのは、よく見ればからくり人形だ。前世日本で古くから伝わる、着物の女の子がお盆に乗せた湯飲みをカタカタと動きながら運んでくるあれである。
思えばハルピュイア以外のカードを、吉田はじっくりと観察したことがなかった。
(今度の『子』は誰なんだろうな)
そんなことを思いながら、吉田はカードにキスをしてそれをピッと投げる。シューッと白煙がカードから立ち込め、白紙になったカードはパッと消失した。
そして白煙が晴れたあとには……。
「なんだこれ⁉」
ターニーが、素っ頓狂な声をあげる。
身長は、そのターニーより少し低い一メートル超。木製と思われる顔には白粉と紅で化粧が施されていて、おかっぱ頭に赤い着物と草履がよく似合っていた。
そして丸いお盆を片手で小脇に抱えている。その顔は人形であるせいか、無機質で無表情だ。
「だからなんなんだよ、この設定はよ⁉」
一方で吉田はそうボヤきながら、ズボンに手を突っ込みお尻の割れ目から白紙になったカードを引き抜いていた。
「なんのこと?」
「いや、こっちの話で……へへ」
不思議そうに問うターニーだったが、それには笑ってごまかす吉田だ。
「えっと……名前はあるのかな?」
「いや、まだないな。このカードは呼び出すのも初めてなんだ」
「ふーん」
(そういや名前を付けたら感情が宿るんだっけか)
「名前、名前……そうだな、からくり人形だからお前の名前は 『ドール』だ」
ハルピュイアにはハル、そしてからくり人形にはドールと安易なネーミングではある。だが、おっさんの命名センスなんてこんなものだ。
すると、そのドールと名付けられたからくり人形がカタカタと音を立てながら吉田に歩みよってきた。歩み寄ってきたとは言っても足が機械的に動いているように見えるだけで、実際の動力となっている部分は着物の裾で見えない。
「アルジ、ハジメマシテ」
「あ、あぁ。初めまして」
可愛い女の子の声ではあるが、どこかスピーカーを通しているような機械的な音声にも聴こえる。吉田は戸惑いながら、
「えっと、ちょっと聞くが」
「ハイ、ナンナリト」
「人間だったときの記憶、あるか?」
「ニンゲン? ワタシハ、オートマタ。オートマタノ、ドールデス」
「だよなぁ……」
(ハルと同じ反応だな……あの七人のうち、誰だろうか。感情が宿っていても人形だから表情変わらんしで、性格がさっぱり読めん!)
その様子を見ていたターニーが興味深そうに立ち上がって歩いてくると、ドールの顔を覗き込む。
「かわいいお人形さんだね」
「オニンギョ、チガイマス。ワタシ、ドール」
「あ、ごめんごめん。ドールちゃんだね、初めまして。ボクはターニーだよ」
そう言ってターニーが右手を差し出す。だがドールは困ったような仕草で、吉田を振り返って指示待ちのなのかピタッと停止した。
「どうしたの?」
怪訝そうにターニーが吉田に問う。
「さぁ……あ、もしかして! ドール、構わないから握手してあげなさい」
「カシコマリマシタ、アルジ」
その吉田の許可を受けて、ドールは再びターニーに向き合いその木製の腕を機械的に動かせて差し出した。
「へぇ、ヨシダに忠実なんだね」
ターニーが感心したように、その腕を握り返す。そして再びソファに着座すると、
「ヨシダの眷属ということだよね、この子。ドールちゃんにはどんな能力があるんだろう」
「なんだろう、俺もわからないな」
吉田はドールのほうへ振り向くと、
「おいドール、お前はなにが得意なんだ?」
「オチャ、イレマス」
「お茶?」
「ハイ。オカシモ、アリマス」
「オカシモ? あぁ、お菓子な。じゃあとりあえず俺とターニー殿、ナミさんの三人をもてなしてくれるか?」
「カシコマリ、マシタ」
さっぱりわけがわからないまま、吉田はドールにそう命じた。そしてこれからなにが起こるのかと、吉田含め三人が興味深くドールを見守る。
『カタカタカタカタッ』
なにか歯車が高速で回るような音がしたかと思うと、
『ボワッ‼』
とドールを中心に白煙があがる。
「お、おい⁉」
慌てて吉田が立ち上がる。ターニーとナミも、目を白黒させていて。
(やべぇ、オーバーヒートか?)
だが白煙が、
『シュゴーッ』
とまるで掃除機で吸い取っているかのように、ドールの赤くて小さな唇(を模した穴)に吸い込まれていった。するとさっきまで小脇に抱えていたお盆を両手で水平に前に差し出すように持っていて、その上にはティーセットが三つとお茶菓子が入った皿。
シュガーとミルクらしき物が入った小瓶も見える。ティーカップからは、熱々の湯気が立ち上っていた。
そしてカタカタと音を立てながら、器用にそれを机上に置く。
「オサトウハ、オイレシマスカ?」
「いや、結構だ。それは紅茶かな?」
「ハイ。コーヒーニ、シマスカ?」
「紅茶でいい。ミルクもなしだ」
「カシコマリマシタ」
そしてドールは三人の前にカップを置くと、再びカタカタと数歩うしろに下がっていく。
「ボクたちには聞かないんだね?」
ターニーは思わず苦笑いだ。
「ヨシダの眷属だから、でしょうか」
ナミも、思わずほっこりしてしまう。
「あ……お二方、相済まない! おいドール、お客様に対しても俺と同じようにサービスをしてやってくれないか」
「カシコマリ、マシタ」
そしてターニーとナミの好みを聞き分け、砂糖とミルクを投入してかきまぜるドール。
「この場において、お客様はヨシダたちのほうなんだけどね?」
そう言ってターニーが、面白そうに笑った。
「で、お茶を淹れるだけなのかな? あ、意地悪で言ってるんじゃないよ」
ティーカップに口をつけながらターニーが疑問を提起する。それは吉田も感じていたので、
「ドール、君はほかになにができる?」
「メイレイ、アラバ、ナンデモシマス」
「って言われてもなぁ。掃除や洗濯はできるか?」
「マカセテ、クダサイ。トクイ、デス」
「なるほど……」
(あの七人の中で、一番最年長の女の子が家事得意だったな。でもノエルも得意だったしなぁ?)
これはいくら考えても詮無きことだ、吉田はとりあえずドールに関してそれは諦めることにした。そしてターニーが思案顔で言うには、
「家政婦がわりになるってことなのかな」
「みたいだな」
「眷属だけど、戦闘要員じゃないんだね。でも旅のおともというか、野営にはとても重宝しそうだ。ドールちゃんがいるなら、ボクはドールちゃんではできない道具を用意するだけでいいね」
そう言いながらターニーが、メモ帳らしきものを手に取ってなにごとかを書き始める。
「飲料、食料は心配いらなさそうだね……するとテントかな? いや、ドールちゃんが動き回れる大きさがいるから、うーん」
などと、独り言をぶつぶつと漏らしながら。そしてナミが小声で、
「ヨシダ、よかったですね」
「はい、ナミさん。運が良かったです」
「それだけじゃないでしょう」
「え?」
ナミは慈愛の笑みをたたえてターニーをチラと見やると、
「ヨシダの優しさゆえに、ターニー師が応えてくれたのです」
「そんなわけが」
ナミのそんなフォローに吉田が戸惑っていると、ターニーがメモの手を休めずに口を開く。
「否定はしないよ。本来ならば門前払いの案件だしね」
「そ、そりゃすまなかった!」
「もういいって、ヨシダ。それより、護身用の武器はなにがいいかな? やっぱ剣?」
「剣は使ったことないんだよなぁ」
「ふーん。じゃあ槍? 斧とかかな」
「いや……この世界を甘く見ているわけじゃないんだが、刃物は使い方を誤ったら大事なものをも傷つけてしまうようで怖いんだ」
「……」
「もっ、もちろん甘い考えだというのは自覚してるよ!」
だがターニーは無言のまま、メモにスラスラと一筆書き入れてそれをふところに戻した。無表情に見えたかのようで、その口角がクッと上がる。
「いいね、その考え方! 嫌いじゃない、むしろ気に入ったよ‼」
「え? あ、いや本当にすまない。仮にも鍛冶師に向かって刃物を否定しちまった」
「ううん、気にしないでヨシダ。刃物の怖さを知っている君だから、なおさらキミの力になってあげたくなったよ」
「そう言ってくれると助かる」
「そうだな、とってもいいことを思いついた!」
そしてターニーは再びメモを取り出して、乱雑にペンを走らせる。その瞳は爛々と輝いていて、職人のそれであった。
「うん、これだな! すぐに取りかかるよ、あぁ早く完成させたいなぁ♡」
うっとりした表情を浮かべるターニーには、完成したそれが見えているのだろう。吉田とナミのことはアウトオブ眼中とばかりに、ぽやぽやとした恍惚の眼差しで。
「あぁ、お願いするな?」
「まかせて! ヨシダの意を汲んでボクが鍛えるのは……」
「鍛えるのは?」
(刃物じゃないとなると、棍とか槌の打撃系かな? スリングとか弓、クロスボウみたいな射撃系かも?)
いずれにしろ、吉田には武具をまとった経験がない。せいぜいがとこ、工具どまりだ。
だがターニーの口から飛び出したのは、吉田は想像だにすらしなかった言葉だった。
「ボクがヨシダに鍛えるのは、『斬れない剣』だよ。『斬らない剣』ともいうかな?」
「えっと……?」
ターニーの言葉をそのまま解釈するなら、それは剣の存在否定だ。まさか刃を潰した剣かとも思ったが、鍛冶師であるターニーの矜持がそれを許さないだろう。
「ま、なんだか知らないけど楽しみに待ってる」
「うん!」
少女鍛冶師との邂逅は、そんな感じで幕を閉じて。そしてターニーが定めた納期の一週間後に、吉田は開陽の塔を単身訪れるのだった。
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