カードマジック☆スクランブル ~トラックで轢いたほうが異世界転生~

仁川リア(休筆中)

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第六話・このギルドの受付嬢がウザすぎる!

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 遡ること少し、ミザール王国は首都の街・ゼータの剣術道場で。
『カッ!』
 乾いた木のぶつかり合う音が闘技場に響き、一本の木刀が高速で回転しながら宙を舞う。
「ま、まいりました……」
 しょせんは素人の手習い、しかも吉田の四十すぎの身体は連日のハードな修行に悲鳴をあげていた。
「ヨシダ、だいぶ上達したな。それならEランクも目指せるんじゃないか?」
 吉田も結構鍛えている。むしろ見た目は戦士然としている立派な体躯なのだが、師範と呼ばれた初老の男はそれ以上だ。
 ムキムキと盛り上がった胸筋や上腕二頭筋が、まるでゴリラのようで。
「いーらんく? それって、なんのことです?」
「なんのことって……いまヨシダはFランクなんだろ?」
(Fランて前世でよく耳にしたな。あまりいい意味じゃなかったが)
 高校中退の自分がそれを連想するのは、ちょっと後ろめたい吉田である。だが話の流れでそういうのとは違いそうで、吉田は素直に訊いてみることにした。
「師範、それはなんかのランクなんですか?」
「おいおい、本当に知らないのか?」
「はぁ……」
「ハンターギルドのランクだ。一番上がSSで次がS、そこからABCDEFの順番だな。身分証明になるし上位ランクは税制の優遇もあるから、腕に覚えがある奴はみな登録してるよ」
「なるほど」
(ラノベとかでよくあるやつだな)
 だが、現実世界ではよくあることではない。まさか自分がその異世界で、ギルドに登録しようとは夢にも思わなかった吉田である。
「ヨシダさえよければ、推薦してやるぞ? 初回はFランクスタートになるが、そのFランク……つまり登録してもらうってのも実は難しい」
「そうなんですか?」
 そこらへんは、吉田の知っているラノベやアニメの世界とは違うようだ。
「そりゃそうだ。たとえば野犬一匹にすら負けてしまうような奴を登録してしまったら、万が一の際にハンターギルド側の責任になるんだ」
「そりゃ確かに……」
 自転車しか運転できない人間に、車の免許を与えるわけにはいかないのと同じだろうと吉田は納得する。
「なのでガキとか、見た目がひょろいのとか。初心者ノービスにとって敷居が高いつーか、門前払いがオチなんだ。だが剣術師範のわしの推薦があれば、とりあえず実技試験ぐらいはやってくれるだろうよ」
「あ、無条件で登録じゃないんすね」
「そんなに甘くねーよ! それが叶ったら、ヨシダが不相応な依頼で命を落としたらわしの責任問題になるわっ‼」
「さーせん」
 かくして吉田は、師範に連れられてハンターギルドへ足を運ぶ。扉を開けて中に入ると、そこは吉田がアニメや漫画で見た『いかにも』なギルドの風景。
 ハンターギルドと酒場が一体になったスタイルで、ハンターギルドのカウンターでは真面目に受付嬢とハンターが相対しているかと思えばフロア後方のテーブルではハンターたちが真昼間から酒盛りをしている。
「おう、ヨシダ。こっちだ」
 師範に連れられるままに吉田はあとに続く。そしてカウンターの列に並ぶことしばし。
「いらっしゃいまっほー♫」
(ま、まっほぉ?)
 そのカウンターの受付嬢、それは吉田がこの世界で初めて見るタイプの女性だった。
 クリンクリンとカールした淡いグリーンの緑髪。厚い瓶底眼鏡のはしから見える瞳は、これまたエメラルドを彷彿とさせる透き通った淡い緑色だ。
 その左耳にはエメラルドのピアスが二つ、右に一つ。ペンを持つ手が左手なのは左利きだからだろうか、利き腕ではない右手小指にはこれまた透き通ったペリドットのシンプルなピンキーリングが綺麗なグリーンの虹彩を放つ。
だぁどぉ~もぅ~んっ、初めましてんっ♡ ミザール王国はエータのハンターギルド、万民に愛されるアイドル受付嬢・エメちゃんことエメラルド・ラグーンでぃっす‼」
「は、はぁ……」
 その底抜けに明るいハイテンションに気圧される吉田。少し離れた場所でその様子を見ていた小柄な猫獣人の少女ハンターが、プッと吹き出した。
「おっちゃん、エメちゃんは一事が万事その調子だから早く慣れて?」
「そ、そうか」
「それで本日のご用向きは換金ですかぁ? それともぉ、わ・た・し?」
 妙にスンッとしてしまった吉田、無表情で切り返す。
「いや、ハンター登録にきたんだ。こちらは俺の師匠で……」
(誰だっけ?)
 師範としか呼んでないから、名前を失念した吉田である。もちろん名前ぐらいは、一度は聞いてるはずなのだが。
「あっらーん? シハンさんじゃないですかぁ」
「おう、エメちゃん。久しぶりだな!」
「名前もシハンなのかよ‼」
 吉田は、思わずツッコみを入れずにはいられない。
 だが、『師範』というのはあくまで吉田の世界での言葉で、翻訳補正がかかっている。だから実際には『しはん』読みではないのだが、その師範の名前が『シハン』という読みなのはまったくの偶然だった。
「こいつ、ヨシダってんだがなかなか剣の腕前では見込みがある奴なんでな。訊いたらハンター登録してないっていうじゃないか、だからわしの推薦で試験を受けさせにきた」
 吉田のツッコミは両者にスルーされたあげく、
(実技試験やるのは決定なのか)
 と少しばかりヨシダの気も重い。
「うーん、ちょうどいま試験官が出払っているんですよね、どうしましょうか」
 急に受付嬢が真剣な表情と言葉遣いになるのに、
「ちょっと、エメちゃん! キャラ忘れてる‼」
 と先ほどの猫獣人の少女が小声で囁いた。それを受けてエメもハッとした表情になり、
「困りました~んっ、そうですねぇん」
 と再びクネりだす。
「キャラでやってんのかよ!」
 そんな吉田のツッコミはまたしてもスルーされ、
「じゃあエメちゃんが試験官やりますねぇ?」
「そーすか」
 キャラで演ってるとわかって、吉田の返答も機械的だ。だがそのエメの発言を受けて、シハンが真っ青な顔で震え上がった。
「ま、待て待ってくれエメちゃん! いくらなんでもそれはオーバーキルだ‼」
「なんでですかぁ~?」
「お、おい、シハン?」
 するとさっきまでニヤニヤとその様子を眺めていた猫獣人少女を始めとするギャラリーが、いつのまにか静まり返っているのに吉田は気づく。それどころか、シハン同様に青い顔をしている者もいるのだ。
「大丈夫、ちゃんと手は抜きますよ。ただしシハンさん、あなたが紹介してきたコイツがろくでもない奴ならば……この実技試験で命を落とすかもしれませんが、そちらは大丈夫ですか?」
「急にキャラやめるなよ、エメちゃん……」
 厚い瓶底眼鏡でわかりにくいが、それでも鋭い眼光をエメが発しているのが吉田にはわかった。そして、肌にビリビリとくるこれは殺気だろうかと。
「私が手を抜いても、大丈夫な相手なんでしょうね?」
「エメちゃんがどれだけ手を抜いてくれるかにもよるんだ……」
 先ほどからエメとシハンの間でかわされているそれが、どうしようもなく不気味で吉田は背筋が震え上がる。
「な、なぁシハン。このエメさんというのは強いのか?」
 小声でそう問う吉田に、
「俺が千人いても無理な相手だ。吉田、ここは出直そう」
「へっ?」
 だが吉田には、それを否定する気にはなれなかった。といっても否定できないというのは、シハンが千人がかりでも無理という部分だ。
(まるで獅子の群れに囲まれた気分だぜ……)
 明らかにそのエメと自称する二十代前半らしき女性からは、百獣の王さながらの凄みを感じる。先ほどの会話の流れからして、このエメが吉田の実技試験の試験官として務めるのは本当の意味での『役不足』なのだろう。
 だが吉田としても、怖いからといって逃げ回るのも癪だった
「俺はいいぜ、エメさんだったか。試験をぜひお願いしたい」
「ふーん……相手の力量を見誤るというのは、ハンターにとって致命的なんですけどね」
「見誤ってるのは自覚している。だがだからと言って、窮地で獅子に背を向けるのは命とりだ」
「なるほど?」
 そこまで殺気走った雰囲気だったエメが、ふたたびニッコリと笑顔を浮かべてみせた。
「そういうことならぁ~ん、私もはりきってお相手つかまつりますねぇ?」
「あ、あぁ。お手柔らかに?」
 かくしてこの謎の受付嬢・エメと、吉田は相まみえることになってしまった。エメに促されるがまま、ハンターギルドの地下にある闘技場へ向かう。
(でかいな……)
 吉田の身長は、一八〇センチ台の半ばだ。そしてエメの身長もほぼ同じくらいで、悲しいかな股間の高さは吉田のが低い。先導するエメのスカートのすそからチラ見えるふくらはぎの腓腹筋、それはキックボクサーのごとく鍛え上げられているのが一目瞭然だった。
「なぁ、シハン」
「なんだ?」
「彼女がとんでもなく強いってのはわかるんだが……」
「うむ。受付嬢をやるかたわら、時間が空いた土日のみでハンター業をやって三ヶ月でAランクに昇格した正真正銘のバケモノだよ」
 聴かれちゃやばいとばかりに、シハンが声をひそめる。
「SランクはAランクの経験が二年必要なんだが、その縛りがなければとっくにSランクになってるだろうな」
「それほどまでに……なんで受付嬢なんかやってんだ?」
 不意にエメがピタッと立ち止まって振り返る。
「シハンさん、聴こえてますよ」
「ひえぇっ!」
 震えあがるシハンだったが、エメはそれをスルーして吉田に向かってニコッと微笑んでみせた。
「それに受付嬢をやる理由はですねぇ、収入が安定しているからです」
「なるほど」
「ボーナスに退職金、年金と充実していますからね公務員は。自由業ハンターなんて、暇を持て余した一攫千金を夢見る戦闘狂ジャンキーのお遊戯ままごとですよ」
「仮にもハンターはあんたの顧客だろ」
 エメのそのドライな発言に、吉田は苦笑を禁じ得ない。そしてなぜか先ほどまで二人を観察していた猫獣人の少女がついてきていて、『くれぐれも! 絶対に殺しちゃダメですよ⁉』とエメに耳打ちしていた。
(この二人は親しいのかな? というか実技試験で殺される可能性あんのかよ!)
 だがもう逃げるわけにはいかない、吉田は覚悟を決めた。
 やがて一行は、地下の闘技場に案内される。一応もうしわけ程度に観客席のようなものがあるものの、あくまで鍛練用の広場といった塩梅だ。
「ではそうですね、制限時間は三十分。その間に、私に指一本でも触れることができたら合格にしますね♡」
 そう言いながら、エメは吉田に木刀を手渡す。そしてエメは……なんと丸腰だ。
(丸腰な上に防具もなしかよ!)
「ちょ、ちょっと待ってくれ。あんたは」
「エメちゃんでっす」
「エメ殿は、その制服のままで戦うのか?」
「だからエネちゃん……」
「エメだろうが! どっちなんだよ」
 そのやり取りを耳にして、猫獣人の少女とシハンの二人が噴き出した。
「エメ殿はスカートだし、足元だってパンプスだ。とてもじゃないが、木刀を持った男と対峙する格好じゃねぇ」
「そう言われましてもぉ~ん、ダイジョブなのれす!」
「なんだかスッキリしないが……」
 吉田としては当然だろう。吉田は未婚ではあるが、エメとは親子ほどの差があるのだ。
「ではいつでもよろしいですよ?」
 そして三十分後、闘技場には脱水症状寸前にまで汗だくで倒れている吉田と涼しい顔のエメ。こちらは吉田とは対照的に、汗ひとつかいていないのだ。
「うーん、シハンさん?」
 エメが呆れたように倒れている吉田を一瞥すると、ジロリと責めるような視線をシハンに送る。
「いやだから手を抜いてやってくれよ、ヨシダは修行を始めて1ヶ月も経ってないんだ!」
 猫獣人の少女が、倒れた吉田の口元に回復用のポーションを流し込む。
「ヨシダだっけ、大丈夫?」
「あ、あぁすまねぇ。えっと、あんたは?」
「私はシトリンといいます。あのエメちゃんと一緒に住んでるんです」
「へぇ」
 二人のそんな会話を見届けて、エメちゃんがしばし思案顔で口を開いた。
「ヨシダは魔法は使えるのですか?」
「いや、使ったことないな」
(そもそも、魔法がある世界なのか)
 吉田はシトリンに身体を起こしてもらいながら、飲みかけのポーションの小瓶を受け取って飲み干した。
「そうですか、まぁ剣術ではFランクはちょっと厳しいというか……ほかに戦う手段があるのなら考えなくもないんですけどね」
 「と言われてもなぁ……あ!」
 ふと思い出すのは、ポケットの中に忍ばせている七枚のカード。
「えっと、『式』ってのが出せるカードを持っているんだが……」
「‼」
「これってインチキだよなぁ?」
「いえ全然? というかもっと早く言ってくださいよぅ、プンプン!」
「へっ?」
 エメは少し興味ありげな視線を吉田に向けながら、
「『魔獣使いテイマー』さんは一定数いらっしゃるんですが、『召喚士サモナー』の職業ジョブって珍しいんですよ。本人はクソよえーくせに『式』の強さに頼る他力本願で最低な職業ですからね、なりたがる人も少ないんです」
「言い方!」
(こいつ、本当に受付嬢なのか?)
「そういうことなら、試験はやり直しましょう。ヨシダと召喚獣一匹とで一対二で」
「え、いいのか?」
「はい♡ ただしルールは同じく、『ヨシダが私に指一本でも触れたら』です。再試験、どうしますか?」
「もちろん、やらせてもらう!」
 そしてしばしのインターバル。闘技場の壁際で、吉田は七枚のカードを広げる。
(ハルは空中からの攻撃で重宝しそうだな。陽動にも使えそうだ)
 しかし吉田は悩む。なぜならば……。
「やっぱ女の子を戦わせるのもなぁ」
 それは自身の矜持プライドもあるが、一種の父性愛にも似た感情だった。
「ドールは戦闘要員じゃないからここは……そうだな、こいつにしよう(強そうだし)」
 吉田は、白銀の狼が描かれているカードを手に取る。それはヴァナルガンド――別名をフェンリルという、北欧神話に登場する魔狼だ。
「出ろ、ヴァナルガンド!」
 カードにキスをして、前方に投げる。カードが(中略)吉田の尻の割れ目に戻ってきた。
「もういいって……」
 ベルトをカチャカチャいわせてゆるめると、お尻から白紙になったカードを取り出す。
「へ、変態……」
 そうつぶやいたのはエメだかシトリンだかはわからないが、吉田の耳に遠くから女性の声が聞こえた。
 そしていま、吉田の目の前には虎ほどの大きさもある白銀の魔狼・ヴァナルガンド。
(名前は、とりあえず保留だ。感情が宿っちまうからな……下手に情が移っちまったら、戦わせづらくなる)
 なんといってもその中身は、年端のいかない七人の子どもたちの誰かなのだから。
 吉田はヴァナルガンドの背後に回り、その股間をチェック。立派なゴールンデンボールが二つ、ぶら下がっていた。
「男の子か。あの三人のうちの誰かだな」
 かの七人、ノエルを含む女児が四人と男児三人。現在のところ、ハルとドールが女性であると思われる。
「まぁ『式』にもともとの性別が影響するかどうかは知らんが……おい、ヴァナルガンド」
『はっ!』
「これは……口からしゃべっているわけじゃないのか」
『念話でございます。主もまた、口に出さずとも念話で私に指示ができますれば』
「なるほどな。とりあえず、あそこにいるでけーねーちゃんと模擬試合をするんだ。俺が指一本でも触れたら試験に合格ということになっている」
『主が、ですか? 私もではなく』
「あぁ。だからお前に陽動してもらい、俺はそのすきを突く戦法でいきたい」
『かしこまりました』
 そして再び戦いの火ぶたが幕を切って落とされる。さすがに魔狼だけあって、ヒラリヒラリと蝶のように舞いながらかわすエメにも顔汗が浮かんだ。
 だがその表情は余裕しゃくしゃくで、ときおり笑みも浮かべてみせるのだ。
「へぇ、魔狼とはね! ごっきげんじゃないですか‼」
「ちっ、戦闘狂ジャンキーがっ」
 そして吉田の木刀は先ほどの試合と同様に、相変わらず空を切るのだ。しかも爪と牙を立てて襲いかかってくる魔狼を、同時に相手しながらである。
 そんな二人の戦いぶりを見ながら、
「エメちゃんの強さは知ってるつもりだったが、はんぱねーな……」
 そう言ってシハンが嘆息すれば、
「彼女は十二歳のときに、ワイバーン七匹とズメイを一人で同時に相手して倒してますからね」
 とシトリンが相槌をうつ。シハンはポカーンとした表情で思考停止におちいるものの、
「いやちょっと待ってくれ、十二歳? しかもズメイって……あの体長が五十メートルを超す古代竜の亜種の?」
「ですよ?」
「そんなの……SSランクハンターなみじゃねーか!」
 この大陸にはたった二人しかいない、超越者のランクがSSである。並みのSランクハンターでは、単騎でズメイ討伐はどう足掻いても不可能であった。
「……ヨシダ、お前の骨は拾ってやるよ」
 シハンが力なき声で、縁起でもない言葉をつぶやいた。
「ヴァナルガンドッ、これは試験だ。殺すなよ!」
「あら、殺す気で来ないとあなたたち……死にますよ ?」
 はたから見れば、猛獣と木刀を持った男性が丸腰の女性に襲いかかっているように見える(いや、そのとおりなのだが)。だがよくよく見ると、女性一人に木刀を持った男性と猛獣が翻弄されているのだ。
 そして魔狼はやはり魔狼である。その野獣の直感で、ついにエメの片腕に噛みつくことに成功した。だが――。
「ヴァナルガンドッ、すぐに離れろ!」
 だがその吉田の命令をヴァナルガンドが聞き届けるよりも早く、エメの左拳がヴァナルガンドの腹にめり込む。
「グオゥッ……」
 哀れヴァナルガンド、泡を吹きながらその場に昏倒して気を失ってしまった。
「ヴァナルガンドッ⁉ 畜生!」
 そして我を失った吉田が、これまで女性だからと遠慮していたエメに初めて木刀で突きを試みる。
「こういうとき大事なのは、冷静さを欠かないことなんですよん♡」
 そうおちょくりながらエメが、人差し指一本で剣先をピタッと止めてみせた。
「なっ⁉ 指一本で! くそっ‼」
 カウンターを警戒して、吉田はバッと後ろに飛びのく。
「あら、なかなか勘がいいんですね?」
 そう言ってエメは、ニヤリと不敵な笑みを見せて。だがその表情が、次の瞬間たちまちのうちに凍り付いた。
「はい、それまでですエメちゃん!」
「え、シトリン⁉」
「へ?」
 シトリンのそのかけ声に、エメと吉田が戸惑いながらも動きを止める。そして、
「指一本、触れましたよね?」
 そう言って、シトリンがエメをチラリと見やった。
「……え、そうだっけ」
「アホですか、あんたは」
 気まずそうにすっとぼけるエメと、呆れ顔のシトリン。
「え、どういうことだ」
 戸惑う吉田に、
「ヨシダの勝ちですよ。エメちゃんの自爆とはいえど、ヨシダの木刀による突きがエメちゃんの指先に触れました」
「そっ、それは違くて!」
「往生際が悪いですよ、エメちゃん」
「あうぅ……」
 その二人のやり取りを見ながら、吉田は状況についていけないでポカーンとしていた。
「えっと、俺の勝ち……てか、試験は合格ってことでいいのか?」
 そんな吉田の前に、エメちゃんが苦虫を口いっぱいにほおばったような表情で歩み寄る。
「えぇ、私としては甚だ不本意ですがっ‼」
「なんで俺、怒られてんだよ」
 そうボヤきながら、吉田は倒れているヴァナルガンドを見やって。
「聴こえるか、ヴァナルガンド。戻れ!」
 すると、シュッと音がしてヴァナルガンドの体躯が消える。そして、
「うひゃあっ⁉」
 と素っ頓狂な声をあげる吉田だ。エメとシトリン、そしてシハンがつられてびっくりした表情を見せる。
(くっそ、忘れてた)
 吉田はベルトを外してズボンを下ろし、尻の割れ目に移動したヴァナルガンドのカードを引き抜くべく自分のパンツに手を突っ込んで――。
「変態‼」
 エメの左拳とシトリンの右拳が吉田の顔に埋まったのは、当然といえば当然かもしれなかった。
 そして場所を移動して、一行はふたたびハンターギルドのカウンター。吉田の両頬は女性二人の鉄拳(冤罪?)をくらい、真っ赤に腫れあがっている。
「はい、こちらギルドカードになります。Fランクスタートですが、職業は『召喚士』ですね。剣士としては残念ながら、登録基準を満たしませんでしたので」
「エメちゃん、厳しすぎるだろ……」
 シハンが苦虫を噛み潰したような表情でボヤくが、エメはどこ吹く風である。
「とりあえず、その七枚のカードをヨシダの武器として登録します。……っね~ん♡」
「あんたいま、自分のキャラ忘れてただろ!」
「だからエネちゃんですってば」
「エメだろ、結局どっちなんだよ⁉」
 吉田のツッコミに少し顔を赤くして照れながらも、エメはそれをスルーして。
「もし剣とか物理的なのをご使用になる場合、同じく武器登録してくださいな♡」
「武器登録?」
「はい。たとえば盗難にあったり、『それは俺の武器だ、お前が盗ったんだろ』なんていちゃもんをつけてくる人がいるんですね」
「世知辛いな、そりゃ」
「そんなとき、ギルドに武器が登録されていたら所持照明になるんです」
「なるほど! わかった、頭に置いとくよ」
「はい! ではヨシダのハンターとしての旅路が、少しでも明るい道程であるようにお祈りいたします。……っね~ん!」
「それはもういいから」
 とまぁそんな経緯があって、吉田の三枚目のカードはヴァナルガンドなんである。
「すっかり忘れてたな」
 いまこのログハウスでは、ハルが二つあるベッドの片方で寝ている。ドールは人形ゆえに寝る必要がないとのことなので、本人の希望もありカードに戻した。
(確か戻さなくても六時間経ったらカードに戻るんだよな。で、三時間は呼び出し不可なんだっけ)
 夢でも見ているのか、ときおり寝言を口にしつつ幸せそうに寝ているハルの寝顔を見ながらそんなことを思い出す吉田。
「名前、つけてやんねーとな」
 吉田はハルを起こさないように静かに外に出ると、ヴァナルガンドのカードを具現化させる。お尻からカードを取り出す間、ヴァナルガンドは静かに吉田の前で『伏せ』の態勢で待機していた。
「ヴァナルガンドって、つまりフェンリルだよな。よし、お前の名前は『フェン』だ」
 相変わらず吉田の命名センスは壊滅的だ。だが、
『フェンか、かっこいいなぁ‼ ありがとう、主!』
 さっきまで厳かな魔狼の雰囲気を闇夜の下で漂わせていたヴァナルガンド改めフェンが、まるで子犬のように嬉しさを隠そうともせずに吉田の周囲をスキップして回る。
「お前は男の子だよな」
『そうだよ、主!』
「人間だった記憶は残っているか?」
『人間? ボクはヴァナルガンド、ヴァナルガンドのフェンだよ!』
(だよなぁ……ハルやドールと同じことを言いやがる)
 だがそれは想定内のことなので、吉田に失望はない。
『それより主!』
「なんだ?」
『ごめんよ、ボク。あの試合で役に立たなかった……』
 見てて気の毒なくらい、フェンが落ち込んで顔を伏せる。だが吉田は優しく笑みを見せてフェンの頭をかいぐり回して。
「落ち込むな、ありゃバケモノだ」
 同時刻、自宅で歯磨きをしていたエメが大きくくしゃみをした。歯磨き粉の泡を、派手に噴いてしまう。
「汚いなぁ、エメちゃん。風邪でもひいた?」
「ごめんごめん、シトリン。誰かが私のことを噂しているのかも……」
 そしてガラガラペッして口を拭いて、その猫獣人・シトリンと唇を重ね合わせて濃厚なキス――。
『主!』
「どうした?」
『囲まれているよ‼』
「なんだって⁉」
 吉田は周囲を見回す。確かになにかいるような気配はするのだが、薄暗い森の中でしかも深夜だ。
「見えないな……」
『小型の狼だね、二十匹ぐらいいる』
「マジか。フェン、中に避難しよう。このハウスは魔獣よけの香草が外壁に塗ってあるんだ」
 そう言って踵を返す吉田に、
『主、待ってよ。ボクに汚名挽回のチャンスをちょうだい!』
「汚名を挽回してどうする、フェン。それを言うなら名誉挽回だ」
『難しいことはよくわからないけど、今日は主にみっともないところを見せた。だから……』
 吉田が『ハウスに戻る』という決断を下した以上、その眷属であるフェンは従わざるを得ない。だがそこを曲げて、吉田に自らの手で処置することを欲するフェンである。
「なるほどな、男のそして魔狼としての矜持ってわけだ」
『主……』
「いいだろう、フェン。『狩って』こい!」
『かしこまり!』
 そして嬉々として闇の中に消えていくフェン。間髪を入れず、
『ギャオッ⁉』
 と悲鳴にも似た魔獣の声、そして肉を斬り骨を断つ鈍い音が周囲に響き渡る。そしてそれは、五分とかからなかった。
 しばらくして、その白銀の被毛を返り血で染めたフェンが帰還してきた。
『全部倒したよ、主!』
「よくやった、フェン‼ すぐに身体の汚れを落としてやる……お湯は平気か?」
 フェンは、しばしの間なにか考えこむような表情を見せた。
「フェン?」
(ボクは『式』だから、いったんカードに戻ったら身体は綺麗になるんだけど……)
 だがフェンとしては主である吉田が身体を洗ってくれようというのである、この好機を逃して後悔はしたくなかった。
『うん、お願いするね!』
「おぅ」
 そして一人と一匹、ハウスに戻って。浴室でたらいに張ったお湯でフェンの毛並みをシャンプーしていると、背後に人の気配……ではなく羽音がした。
「主、そいつは?」
「あ、ハル。悪い、起こしちゃったか?」
「大丈夫だ、トイレに起きただけだから」
「トイレの概念あるのかよ、お前」
(『式』だよなぁ? っても、今日はおやつを美味しそうに食べてたしな)
 それにハルは女の子だ。あまりそういう話題も避けたほうがいいだろうと吉田は判断する。
「こいつはフェンだ、ハル。そしてフェン、こいつはハルだ。お互い仲良くな」
『ボクはフェンだよ、よろしくねハル姉ちゃん!』
「ハ、ハル姉ちゃん⁉」
 思いもしなかった呼び方に、ハルの顔が照れで染まった。
「なぁ、主。このヴァナルガンド……フェンだっけ、まだ子狼なのか?」
「みたいだな。てか俺からすりゃハルも子どもだ」
「……大人だもん」
「え?」
「あ、いやなんでもない」
 もし吉田にその機微があったら、ハルが自分に向ける熱い視線の意味を察することができただろう。ただ残念ながら、吉田はそっち方面に鈍いのであった。
「もう一人ドールってお姉ちゃんがいるんだが、そいつは明日紹介するよ。フェンは俺と一緒のベッドな、さすがにハルと一緒は教育上よくない」
「考えすぎだってば」
 そう言って苦笑いしきりのハルだが、
(年ごろの女の子だって、主は認識してくれているのかな)
 とまんざらでもなさそうだった。そしてフェンはフェンで、
(カードに戻すんじゃなくて、同じベッドで寝るのかぁ‼)
 こちらは目をキラキラさせて。この無自覚な人たらしの吉田に、またあらたな『我が子』が誕生したのだった。
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