3匹のクズぶた

文月みつか

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手はずは完璧 サブローの家

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 サブローは超がつくほどの慎重派で、何事に対してもくそ真面目に取り組む。そのことで兄弟からバカにされることもあったが、備えあれば憂いなしというのが彼の信条だった。

 まずは土地選び。交通の便のよさ、買い物のしやすさ、地震や洪水などの被害を受けにくい場所、それから景観のよさ。それらをクリアする土地を探すのに1か月以上かかった。

 次に設計図。間取りはシンプルに。だが心配性のサブローは風水への関心も強く、風水的にいい間取りを求めるあまり方向性を見失い、途中でイライラして爆発しそうになるという愚行を何度か繰り返した。ようやく設計図が完成したときには2か月が経過していた。

 続いて地鎮祭。土地の神に工事の無事を祈る。神様をなめてはいけない。祟りとか消えた年金とか仮想通貨とか、見えない相手が一番怖いのだ。権威ある神主を探し当て大安を待ち、やっと儀式が完了したころには3か月が経っていた。

 そしてようやく、基礎工事に入る。土台がしっかりしていなければ夜も安心して寝られない。目印のロープをずれないように慎重に張りめぐらせ、ショベルカーで地面を掘り起こす。そこへ細かく砕いた石を敷き、転圧機で地面を締め固める。

 防湿シートを敷きつめて捨てコンクリートを流し込み、平らにならす。鉄筋を1本1本組み立て、コンクリートが漏れ出さないように型枠を組む。それから、いよいよコンクリートを流し込む。隙間ができぬよう、丁寧に。

 サブローは額に浮かぶ汗をぬぐった。新しい家はゆっくりとだが、着実に完成へと向かっている。コンクリートが固まるまで3日間ほどあるから、そのあいだしっかり体を休め、次の手順を確認しておこう。

 そう考えてテントに引き上げようとしたときだった。

「サブロー! 助けてくれ!」

「ぼくたち、オオカミに追われているんだ!」

 イチローとジローがぶひぶひ言いながら転げるように走ってきた。

 サブローは突然の出来事に言葉を失った。

「……ってなんじゃこりゃ!! 家がねえ!!」

「もしかして、これから建てるところ?」

 ジローの質問にサブローは小さくうなずく。

「おいおい、冗談だろ? おれたちが家を追い出されてから、もう半年だぜ? そのあいだお前、何してたんだよ?」

「別にのんびりしてたわけじゃないよ。おいら末永く暮らしていけるような最高の住まいづくりをしようと思って……」

 サブローの声は尻すぼみになる。ガサツなイチロー兄を前にすると、どうにも委縮してしまうのだ。

「なんてこった! おれたち全員、オオカミに食われてあの世逝きだよ」

「まあまあ兄さん、ちょっと落ち着こうよ。サブローが困ってるじゃないか。そうだ、近くの交番にかけこもう。サブロー、案内してくれよ」

「別にいいけど……」

「それにしても、さっきから足が動かないんだ。なんでだろう?」

「ああ、そいつはおれも疑問に思ってたんだ。どうしてかぴくりとも動かねえ」

 イチローとジローは足首から下を包みこむ灰色の沼を眺めた。

「……それは兄ちゃんたちが、コンクリの中に足を突っこんじゃったからさ」

 サブローはため息をついた。

「せっかくいい感じに仕上げたのに、またやり直しかぁ」

「おい、ため息ついてる場合か。どうすりゃいいんだよこれ」

 サブローの中に何かが芽生えた。ひょっとして今、自分が兄たちの命運を握っているのではあるまいか?

「そうだなぁ、兄ちゃんたちをロープにくくりつけて車で引っ張るとか? ちょっとお隣さんに車借りてくるよ」

「うわぁぁ待って行かないで! そんなことしてるうちにオオカミ来ちゃうって!」

 ふたりの兄が顔を真っ青にして慌てふためいているところへ、それはやってきた。

「俺のこと、呼んだかよ?」

 2匹の体に戦慄が走る。のしのしと焦らすような足取りで近づいてきたオオカミは、にやりと笑ってきらめく牙を見せた。

 サブローはひとり素早く材木の裏へ隠れる。臆病ものだけに、逃げ足は速い。

「チクショウ! もう来たのかよ」

「俺様の嗅覚をなめてもらっちゃ困るね。それにしてもお前たちはアホなのか? こんなところに突っ立っていたら丸見えじゃないか。子ヤギだってもっと上手に隠れるぞ」

「ぼ、ぼくたちは逃げも隠れもしない。オオカミなんか怖くない!!」

 ジローは実のところ全力で逃げ出したかったが、とある事情で一歩も引けない。

「ほう、言ってくれるじゃねえか。それなら怠け者の兄のほうから先に食ってやろう。それを見ても逃げ出さずにいられるかな?」

「ちょちょちょっと待て! おれは脂肪がたっぷりあって美味いぞ。おいしいものは後に残しておいたほうがよくないか?」

「たしかに、一理あるな」

「えぇぇひどいよ兄さん! ねえ君、もしもぼくを生かしておいてくれたらタダで何体でも彫刻を彫ってあげるよ。ブタだけじゃない、かわいらしい子ヤギやスタイル抜群の美オオカミ、なんだってやるよ!」

「ほほう、それは捨てがたいな」

 オオカミは思案する。

「抜けがけはよせジロー。あの、おれあんたにはいろいろ借りがあるんで。炊事洗濯掃除なんでもやりますから。どうか弟を先にお納めください」

「なんてこと言うんだ兄さん!」

「うるせえ! おれは長男だぞ! こんなところで死ぬには惜しいブタなんだよ!」

「ぷー太郎のくせに!」

「黙れ美少女フィギュアオタク!」

「ハッハッハ! なんて醜い争いだ!」

 オオカミは大きな口を開けて高らかに笑った。

「兄弟のくせに互いをおとしいれようとするとはな。面白いものを見せてくれた礼に、お前らふたりとも公平に食ってやるとしよう。腹の中で再会したら、今度は仲良くやるんだぜ」

 オオカミは2匹のブタのあいだに踏み込んだ。

「さて、まずはしっぽからいくか。どちらにしようかなっと……って、なんだこいつは。足が動かねえ!!」

 オオカミは腰のあたりまでずぶずぶと灰色の沼に沈んだ。体重があるぶん、沈みやすいらしい。

「くっそ、謀ったなお前ら!!」

 すると、材木の陰からひょっこりサブローが現れた。

「さっき通報したから、もうじきパトカーが来るよ」

 サブローは身動きが取れなくなっている3匹のまわりをぐるりと歩く。

「みんながおいらの家づくりを手伝ってくれるというなら、119番もするけどどうする?」

「……もし断ったら?」

 ジローがおそるおそるうかがう。

「コンクリートの材料なら、まだいっぱいあるんだ。みんなが新しい家の土台になりたいというなら、それもいいけれど」

「おい、あいつあんなキャラだったか?」

 イチローが青い顔でつぶやく。サブローはその鼻先にビシッとシャベルを突きつけた。

「わかってる? 今はおいらが兄ちゃんたちの命を握っているんだよ。せっかくここまでの工程は順調に進んでいたのに、とんだ邪魔が入ってすごく迷惑してるんだ。もう一度聞くよ。わかってる?」

「はい……すみません」

 サブローはスコップを肩に担ぎ、再び行ったり来たりする。

「まあおいらも鬼じゃないからね。家が完成したあかつきには、自由に出入りしてもらってかまわない」

「お、それって俺も含まれてるのかい?」

 オオカミが目を輝かせる。

「ああ、あんたはこれから警察に引き渡すから手伝いはしなくていいよ。もし刑務所から出てこられる日があれば、遊びにきてもいいけど。ただ、先日のヤギの一家殲滅せんめつ事件の犯人があんたなら、そう簡単には出てこられないだろうね」

「あっ、貴様なぜそれを!?」

 オオカミはうっかり口を滑らせた。


 まもなくパトカーとレスキュー隊がやってきて、オオカミと2匹のブタはコンクリから救い出された。

 オオカミは連行され、イチローとジローはすっかり見る目が変わってしまった弟に深く謝罪した。


「その、悪かったよ急に押しかけて巻き込んじゃってさ。でもまさか、お前があんなに、なんていうか……やるときはやる奴だとは思わなかったよ」

「気にしないでイチ兄ちゃん。おいらもひとり立ちして少しは成長できたってことかな」

「ぼくもサブローを見習わなくちゃな。一生懸命手伝うから、ほんと、全然、なんなりと申しつけてよ」

「ありがとうジロ兄ちゃん。そうさせてもらうよ」


 こうして、3匹は協力して立派な家をつくり、完成させた。

 出所したオオカミに襲われていなければ、今も一緒に仲良く暮らしているだろう。


 いやぁ……それはないか。
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