49 / 82
第四章
幼い日々 3
しおりを挟む
「透くん、京くん。お仕事だったのに来てくれて嬉しいわ。・・・・久しぶりね、京くん。」
晶子の青い瞳が、嘉月を真っ直ぐと見つめる。その青は決して冷ややかなものではなく、暖かな灯火のようで、学生の頃から嘉月の心を和らげるものであった。
「あの、今日は家族水入らずの時間なのに、お招き頂きありがとうございます。」
嘉月がぺこりと頭を下げると、晶子の柔らかな笑い声が聞こえた。
「京くん、そんなに気遣わなくていいのよ。いつでもここに来てくれていいの。私は今、とても嬉しいのだから。」
「さあ、嘉月先生!今日は晶子さんの美味しいお料理が待っていますよ!僕、全員で食卓を囲むこと、とっても楽しみにしていたんですから!」
晶子と透の心遣いは、嘉月の弱った心にじんと痛みをもたらす。けれどもそれは、多幸感に溢れた痛みであった。
「ありがとうございます。」
今にも声が震えてしまいそうで、小さな声でお礼を言った。けれども二人は、にっこりと微笑んで嘉月を迎え入れてくれた。
◇◇◇
「嘉月、来てくれたんだな。サンキュ!」
モリス調の客間に通されると、隆文が優雅に膝を組みソファで本を読んでいた。それでも、嘉月に気がつくとすぐに顔を上げて、少し軽薄な隆文らしい挨拶をしてくれる。彼らしいこの重くない態度が、自分には酷く心地がよくて、ちょっぴり初恋の感傷に浸ってしまう。
「今日は、この部屋で食卓囲むんだ。嘉月と透は仕事もあって疲れただろうからソファに座って。」
「「え!何か手伝うよ。」」
隆文の提案に、謀らずも透と声が重なり、二人で顔を見合わせた。
「あ・・・・ふふっ」
嘉月が思わず笑ってしまうと、透は少し驚いたように目を丸くさせてから、すぐにへにゃっと笑った。
「えへへ。じゃあ嘉月先生は僕と一緒にお皿の準備をしましょうか。」
「まったく。二人は働き者だな。」
やれやれと肩をすくめた隆文もまた、言葉とは裏腹に穏やかに微笑んでいた。
◇◇◇
「さあさあ!召し上がってちょうだい!もう秋だけれども、彩りがとっても良かった夏野菜が残っていたの。だから今日はラタトゥイユよ~!」
客間のソファに合わせた猫脚のローテーブルに沢山のご馳走が並んでゆく。ラタトゥイユの他にも、白身魚のバターソテー、マカロニサラダ、ミルクスープなど盛り沢山だ。
優しい香りに、過敏になった神経がゆっくりと正常になってゆく心地がした。何故だか、隆文の食卓へ招かれると、心臓から緩やかに血液が循環されていき、身体がほっと暖かくなる。
この幸せを御神と紡ぐことはできたのだろうか?
ここ何日か、自身が実験体であった頃の夢を見たり、フラッシュバックのように思い出したりする。それは、ヒートに浮かされて本能的に番を求めてしまった故からなのか?それとも、まだ自分が人並みの幸せを掴めると期待しているからなのだろうか?
(でも、俺は誰かの人生を狂わせてしまいそうだ。)
今、目の前に広がる隆文のような家庭も、アオと佐伯のような優しい生活も、嘉月には手の届かないもののように見えた。ただ、彼らの生活の一部を分けてもらい、確かに自分もまた、幸せのような感覚を知ることができると思っている。
それで、充分ではないか。
「嘉月・・・・?」
ぼんやりとして食が止まった嘉月を見て、皆なが心配そうに自分を伺っていた。隆文と透、そして隆文の両親でさえも。
「あっ・・・・すみません。ちょっと考え事を・・・・」
しどろもどろに応えて俯けば「京くん」と晶子の穏やかな声音が、顔を上げさせた。晶子は、悲しそうに嘉月を見て、それから言葉を続けようとした。その瞬間。
ピピピピピピピッ
電子音が食卓に響いた。
「すまない。呼び出しだ。・・・・はい、一色。」
音の正体は隆文の携帯だった。
「バイタル安定しないのか?・・・・なあ、それ急性腎不全起こしてないか?・・・・え?酢酸リンゲル入れたの?馬鹿か!!落ち着け!一号液入れろ!・・・・ああ、わかった。今すぐ向かう!」
隆文は今日、非番ではなくオンコールであった。
バタバタと慌ただしく支度をする隆文に、透がてきぱきと鞄を渡したりしている。番ならではの連携プレイだ。隆文の両親は、そんな二人を見ていることしかできない現状に、歯痒さを感じているようだった。
「大丈夫ですよ。彼は優秀な外科医ですから。」
気休め程度の言葉をかければ、晶子も力強く肯いた。
「ありがとう。京くん。」
「そんな!・・・・でも少しでも、お二人がご安心できたのなら、俺も安心します。」
柔らかくなった空気にほっと息を吐くと、隆文に呼ばれた。
「嘉月!おまえ、助手に入ってくれ!」
「・・・・は?」
それは、予想外の展開だ。
晶子の青い瞳が、嘉月を真っ直ぐと見つめる。その青は決して冷ややかなものではなく、暖かな灯火のようで、学生の頃から嘉月の心を和らげるものであった。
「あの、今日は家族水入らずの時間なのに、お招き頂きありがとうございます。」
嘉月がぺこりと頭を下げると、晶子の柔らかな笑い声が聞こえた。
「京くん、そんなに気遣わなくていいのよ。いつでもここに来てくれていいの。私は今、とても嬉しいのだから。」
「さあ、嘉月先生!今日は晶子さんの美味しいお料理が待っていますよ!僕、全員で食卓を囲むこと、とっても楽しみにしていたんですから!」
晶子と透の心遣いは、嘉月の弱った心にじんと痛みをもたらす。けれどもそれは、多幸感に溢れた痛みであった。
「ありがとうございます。」
今にも声が震えてしまいそうで、小さな声でお礼を言った。けれども二人は、にっこりと微笑んで嘉月を迎え入れてくれた。
◇◇◇
「嘉月、来てくれたんだな。サンキュ!」
モリス調の客間に通されると、隆文が優雅に膝を組みソファで本を読んでいた。それでも、嘉月に気がつくとすぐに顔を上げて、少し軽薄な隆文らしい挨拶をしてくれる。彼らしいこの重くない態度が、自分には酷く心地がよくて、ちょっぴり初恋の感傷に浸ってしまう。
「今日は、この部屋で食卓囲むんだ。嘉月と透は仕事もあって疲れただろうからソファに座って。」
「「え!何か手伝うよ。」」
隆文の提案に、謀らずも透と声が重なり、二人で顔を見合わせた。
「あ・・・・ふふっ」
嘉月が思わず笑ってしまうと、透は少し驚いたように目を丸くさせてから、すぐにへにゃっと笑った。
「えへへ。じゃあ嘉月先生は僕と一緒にお皿の準備をしましょうか。」
「まったく。二人は働き者だな。」
やれやれと肩をすくめた隆文もまた、言葉とは裏腹に穏やかに微笑んでいた。
◇◇◇
「さあさあ!召し上がってちょうだい!もう秋だけれども、彩りがとっても良かった夏野菜が残っていたの。だから今日はラタトゥイユよ~!」
客間のソファに合わせた猫脚のローテーブルに沢山のご馳走が並んでゆく。ラタトゥイユの他にも、白身魚のバターソテー、マカロニサラダ、ミルクスープなど盛り沢山だ。
優しい香りに、過敏になった神経がゆっくりと正常になってゆく心地がした。何故だか、隆文の食卓へ招かれると、心臓から緩やかに血液が循環されていき、身体がほっと暖かくなる。
この幸せを御神と紡ぐことはできたのだろうか?
ここ何日か、自身が実験体であった頃の夢を見たり、フラッシュバックのように思い出したりする。それは、ヒートに浮かされて本能的に番を求めてしまった故からなのか?それとも、まだ自分が人並みの幸せを掴めると期待しているからなのだろうか?
(でも、俺は誰かの人生を狂わせてしまいそうだ。)
今、目の前に広がる隆文のような家庭も、アオと佐伯のような優しい生活も、嘉月には手の届かないもののように見えた。ただ、彼らの生活の一部を分けてもらい、確かに自分もまた、幸せのような感覚を知ることができると思っている。
それで、充分ではないか。
「嘉月・・・・?」
ぼんやりとして食が止まった嘉月を見て、皆なが心配そうに自分を伺っていた。隆文と透、そして隆文の両親でさえも。
「あっ・・・・すみません。ちょっと考え事を・・・・」
しどろもどろに応えて俯けば「京くん」と晶子の穏やかな声音が、顔を上げさせた。晶子は、悲しそうに嘉月を見て、それから言葉を続けようとした。その瞬間。
ピピピピピピピッ
電子音が食卓に響いた。
「すまない。呼び出しだ。・・・・はい、一色。」
音の正体は隆文の携帯だった。
「バイタル安定しないのか?・・・・なあ、それ急性腎不全起こしてないか?・・・・え?酢酸リンゲル入れたの?馬鹿か!!落ち着け!一号液入れろ!・・・・ああ、わかった。今すぐ向かう!」
隆文は今日、非番ではなくオンコールであった。
バタバタと慌ただしく支度をする隆文に、透がてきぱきと鞄を渡したりしている。番ならではの連携プレイだ。隆文の両親は、そんな二人を見ていることしかできない現状に、歯痒さを感じているようだった。
「大丈夫ですよ。彼は優秀な外科医ですから。」
気休め程度の言葉をかければ、晶子も力強く肯いた。
「ありがとう。京くん。」
「そんな!・・・・でも少しでも、お二人がご安心できたのなら、俺も安心します。」
柔らかくなった空気にほっと息を吐くと、隆文に呼ばれた。
「嘉月!おまえ、助手に入ってくれ!」
「・・・・は?」
それは、予想外の展開だ。
0
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
愛を知らない少年たちの番物語。
あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。
*触れ合いシーンは★マークをつけます。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる