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2 真相解明! 砂漠の行き倒れ
2-14.教会との交渉
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「こんにちは。神父様とお話したいのですが……」
「……お名前をお伺いしても?」
教会の前を掃き清めていた女性に声をかける。見慣れぬ私たちに突然声をかけられたからか、怪訝そうな表情で問うてくる彼女との会話は、ニコに任せた。こういうときの心象は、私が話すよりニコの方が良いことを、私はわかっている。
それに、知らない人と話すのは、得意じゃない。
「ニコラウス・ホワイトです。こちらはイリス。砂出し隊長のゴードンさんに言われて、神父様に会いにきたのですが」
「あぁ、砂出しの。最近頑張ってらっしゃいますよね。どうぞ」
ゴードンの名前を出したのが良かったのか、ニコの人当たりの良い笑顔が良かったのか定かではないが、彼女の怪訝そうな表情は緩み、私たちは教会の中へ案内される。
静かな空間だ。左右対称に作られた教会の側面にはステンドグラスがあり、カラフルな光が降り注いでくる。舞う埃がそれぞれの色に光り、神々しい雰囲気だ。赤い絨毯の最奥に備えられたモチーフは、神を意味するもの。
国王などが祈るための、最上級の教会は、王都の奥に位置しているという。ここは庶民のための教会だが、それでも王都の教会ということで、なかなか立派なつくりをしている。
室内へ入る時に手で祈りを示した女性に倣い、私たちも頭を下げて簡単に祈ってから、中へ入った。
「……神父様。お客様です」
「どうぞ」
扉をノックして女性が告げると、たっぷりとした落ち着きのある声が返ってくる。扉を開けた先には、声の通りの、恰幅の良い優しそうな男性が座っていた。丸い腹と垂れた目尻が、柔和さを演出している。それでいて、神に仕えることを示す装束は、彼に威厳も与えていた。
「どうされましたか」
机の上に広げていた何かの書類を片付け、柔和な笑みをこちらに向ける。こちらが何を話すかもわからないうちから、自分のしていたことを中断し、話を聞こうとする。教会に関わる人たちの、こうした相手を尊重する態度というのはなかなか真似できるものではない。
私なんか、研究に没頭していた時期は、今思えばひどいものだった。全ての会話を、本を読みながらか何か書きながらか、で片手間に済ませていた覚えがある。
「砂出し隊長の、ゴードンさんの紹介で参りました」
「ああ、彼ですか。最近は砂出しの活躍が目覚ましくて、教会で砂を処理する必要がなくなりましてねえ。本来あるべき場所に人を割けるようになって、ありがたく思っているんですよ」
ただでさえ垂れている目尻が、さらに引き下げられる。
「……ああ、もしかして、砂出しの皆に魔法を教えたっていうのが、おふたりなのですか?」
「はい」
「そうです」
「それは素晴らしい、どんな方々だろうと、気にかけていたんです」
差し出された手を、私とニコは、順に握る。ふっくらした、柔らかい手。
「……申し遅れました。私は、この教会の神父である、オットー。ええと……」
「ニコラウス・ホワイトです」
「イリスです」
「ニコラウスさんに、イリスさん。よろしくお願いします」
名乗りを終え、私たちは、オットーと向かい合う形で席に座る。
「それで、何かお困りごとでも?」
ニコが、私をちらりと見る。どう切り出したらいいのか、迷っているのかもしれない。私は頷いて、オットーの目を見つめた。濁りのない瞳だ。利他を重んじる教会にふさわしい、澄んだ眼差し。
「ゴードンさんから、教会は、王都の皆のためになることには力を貸してくださる、と伺って来たんです」
「ええ。王都に住む方だけでなく、人のためになることをするのが、我々ですから」
ゆったりとした動作で、首を縦に振る。
「神父様は、初代国王の像があることを、ご存知ですか?」
「もちろんです。私の若い頃は、あの辺りは綺麗な広場だったんですがねえ。原因不明の砂漠化が進んでからは、見る影もありません」
見たところオットーは、ゴードンと同じくらいの年齢に見える。ゴードンが働き出した頃に砂漠化したという話だったから、オットーも、かつての王都を知っているのだ。
それならば、話は早そうだ。
「私たちは、あの周りに、昔のような美しい広場を復元したいと思っているんです」
「おふたりが?」
「はい。昔あの広場は、緑豊かで、池があって、美しい場所だったじゃありませんか」
「そうですが……まるで見てきたように語られるのですね。砂漠化以前の話など、もう老人しかしませんよ」
しまった。私は口元を押さえる。うっかり、自分のことをそのまま喋ってしまった。
「……俺たちは、外から来たので。砂漠化の理由を聞く中で、昔の話を聞いたんです」
「そうでしたか。王都の住人は、もう慣れてしまいましたから、今更その話もしなくなりましたよ」
「そうなんですね」
「ええ。原因は不明ですし、考えても改善しないことを話すより、目の前の変化に適応することで精一杯だったんでしょうねえ」
私の読んだ歴史書から推測するに、砂漠化が進んだのは、ほんの数年の間。オットーの説明からは、王都の住人がその変化に、限界まで追われていたのだということが伝わってくる。
そうだろう。一般市民が、これほど大きな原因の究明に乗り出せるはずはない。本来ならばそれは、王城から命を受けた魔導士の役目であったはずだ。
とにかく、ニコのおかげで、私のうっかりした発言は流された。
「私たちは、改めて国王の像を手入れして、あの場を憩いの空間にしたいと思っているのです」
「以前の姿を取り戻すことができたら、それは昔を知る者には、希望を与えるでしょうが……できるなら既に、されているのではないですか」
オットーくらいの人物でも、魔法でできることの範囲のイメージは、あまり広くないらしい。私たちの後世の魔導士は、本当に、魔法の使い方の普及を怠っていたと見える。
「私たちには、できるんです」
きっぱり言い切る。それは、事実だからだ。私の勢いに少し圧されたようで、オットーが顔を若干遠ざける。
「それに実のところ、像と池は既に、整備したんです。定期的に水が吹き上がるところは再現できなかったのですが、かなり綺麗になりました」
「ほう……それはそれは。見てみたいものです」
オットーが、つるんとした顎を撫でて言った。
「あとは周りに、ベンチや、日除けためのひさしを置きたいのですが……」
「そうでしょうね」
「私たちには、そのための材料を買うお金が、ないんです」
「ああ、なるほど」
腑に落ちた、という顔で、オットーが手を打つ。
「その援助を頼みに来たのですか」
「はい」
「そうですか……そうですねえ……」
オットーは人差し指を頬に添え、とんとんと叩きながら、何か考え込んでいる。眉間に皺の寄った、難しい顔。
「実のところ教会にも、金銭の余裕はないのですよ。砂漠化の影響で家や仕事を失った方もいますし、炊き出しを始めとした援助は、してもし足りないほどなので。広場の復旧は、人々に希望を与えるという点で大いに意義のあることだと思いますが、命に関わるわけではありません」
「……そうですか」
命に関わるわけではないと言われてしまえば、たしかにそうである。昔の憩いの場を蘇らせたいことの動機には、私自身の郷愁も多分に含まれている。
「話は変わりますが、おふたりは、この教会のステンドグラスはご覧になりましたか」
「はい。色とりどりの光が差し込んで、綺麗でしたね」
ここはニコが受け答えする。オットーは、「そうでしょう」と満足げに頷いた。
「放っておくと砂が付きますから、あれは、教会のものが定期的に水で流しているのです。高いので、梯子をかけて」
「そうなんですね」
「そうです。ところが先日、梯子の上で作業をしていた者が、落ちて腰を打ちましてね。幸い、命に別状はありませんでしたが、まだ安静にしているのです」
想像して、私は顔を顰めた。痛そうだ。高いところから落ちて腰を打つなんて、可哀想に。
「我々は高所作業の専門家ではありませんから、やはり危険だったのですよ。そこで、高所での作業も請け負っている者に声をかけてみたのですが、近頃は王城の整備の仕事などもあるとのことで、値段も高騰していますし、何より予定が空かない」
だんだん、話が読めてきた。つまり、こういうことだ。
「私たちが教会の壁面の清掃をすれば、そこに当てる予定だったお金を、分けていただけるということですね」
「その通りです。可能でしょうか? 危険な作業になりますが」
危険なのは、水を遠くに飛ばすことも、空を飛ぶこともできないからだ。
魔法を使うのはニコなので、私は一応ニコを見る。彼は、すぐに頷いた。
「可能です。俺にお任せください」
当然だ。今のニコなら、教会ひとつ綺麗にするくらい、朝飯前であろう。
「でしたら、金額についてですが……」
ベンチや日除けの材料にかかるのが、大体いくら。リックたちに支払うべき謝礼が、大体いくら。その辺りの金銭感覚は現代を生きるニコの方が詳しいと思い、私は黙っていた。オットーも、足元を見るようなタイプでもなかろう。
「この金額なら、リックが大工で受け取ってたくらいのお金を、しばらくはリックとジャックに払えると思うけど、どうかな」
「材料費は?」
「ここには含まれてないけど、俺たちも砂出しでかなり稼いだから、当面はそれと」
「教会の方から、それは寄付という形で、物自体を贈らせていただければと」
実際の物品と、リックたちに払うお金さえ揃えば、あとは何とでもなる。すぐに大金を儲けるために、やりたいわけでもないのだ。
私が頷くと、「では、それで」と交渉は成立した。
「あ、それともう一つ」
「なんでしょうか」
「教会の鐘の間を、夜間私たちに、貸し出していただけないでしょうか」
お金を引き出すのと、場所を借りるだけなら、後者の方が負担は少ない。大きな交渉の後に、小さな要望を伝える。そうすると、後者は通りやすいというのが、私の体感としてある。
「あそこは、基本的には教会外の方の立ち入りは禁じているのですが……なんでまた、そんな」
「実は……」
砂漠で不本意に行き倒れる人を、減らしたいと思っている。そのために、西側の壁を見張りたい。そういうようなことを説明すると、オットーは「また大層な話ですねえ」と目を見開いた。
「構いませんよ。ただし……」
鐘には触れない。口外しない。最初と最後は教会の人に断る。など、いくつかの条件が付されて、鐘の間の貸し出しは許可された。
「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ」
互いに頭を下げ、オットーの部屋を出る。ニコが私の肩を軽く叩いた。
「なに?」
「俺、教会の掃除、ぱっとやって行ってもいいかな? 少しかかると思うけど、体力保つ?」
「大丈夫」
「良かった。いいことは、早い方がいいからね」
というわけで、ニコは教会の上から大量の水を降らせて砂を綺麗に洗い流し、風を吹かせて乾燥させることで、新たに砂が付着しにくい状態にした。手際の良さに感動するオットー(私も感心した)を後に、私たちは、弁当を取りにオアシスに向かうのだった。
「……お名前をお伺いしても?」
教会の前を掃き清めていた女性に声をかける。見慣れぬ私たちに突然声をかけられたからか、怪訝そうな表情で問うてくる彼女との会話は、ニコに任せた。こういうときの心象は、私が話すよりニコの方が良いことを、私はわかっている。
それに、知らない人と話すのは、得意じゃない。
「ニコラウス・ホワイトです。こちらはイリス。砂出し隊長のゴードンさんに言われて、神父様に会いにきたのですが」
「あぁ、砂出しの。最近頑張ってらっしゃいますよね。どうぞ」
ゴードンの名前を出したのが良かったのか、ニコの人当たりの良い笑顔が良かったのか定かではないが、彼女の怪訝そうな表情は緩み、私たちは教会の中へ案内される。
静かな空間だ。左右対称に作られた教会の側面にはステンドグラスがあり、カラフルな光が降り注いでくる。舞う埃がそれぞれの色に光り、神々しい雰囲気だ。赤い絨毯の最奥に備えられたモチーフは、神を意味するもの。
国王などが祈るための、最上級の教会は、王都の奥に位置しているという。ここは庶民のための教会だが、それでも王都の教会ということで、なかなか立派なつくりをしている。
室内へ入る時に手で祈りを示した女性に倣い、私たちも頭を下げて簡単に祈ってから、中へ入った。
「……神父様。お客様です」
「どうぞ」
扉をノックして女性が告げると、たっぷりとした落ち着きのある声が返ってくる。扉を開けた先には、声の通りの、恰幅の良い優しそうな男性が座っていた。丸い腹と垂れた目尻が、柔和さを演出している。それでいて、神に仕えることを示す装束は、彼に威厳も与えていた。
「どうされましたか」
机の上に広げていた何かの書類を片付け、柔和な笑みをこちらに向ける。こちらが何を話すかもわからないうちから、自分のしていたことを中断し、話を聞こうとする。教会に関わる人たちの、こうした相手を尊重する態度というのはなかなか真似できるものではない。
私なんか、研究に没頭していた時期は、今思えばひどいものだった。全ての会話を、本を読みながらか何か書きながらか、で片手間に済ませていた覚えがある。
「砂出し隊長の、ゴードンさんの紹介で参りました」
「ああ、彼ですか。最近は砂出しの活躍が目覚ましくて、教会で砂を処理する必要がなくなりましてねえ。本来あるべき場所に人を割けるようになって、ありがたく思っているんですよ」
ただでさえ垂れている目尻が、さらに引き下げられる。
「……ああ、もしかして、砂出しの皆に魔法を教えたっていうのが、おふたりなのですか?」
「はい」
「そうです」
「それは素晴らしい、どんな方々だろうと、気にかけていたんです」
差し出された手を、私とニコは、順に握る。ふっくらした、柔らかい手。
「……申し遅れました。私は、この教会の神父である、オットー。ええと……」
「ニコラウス・ホワイトです」
「イリスです」
「ニコラウスさんに、イリスさん。よろしくお願いします」
名乗りを終え、私たちは、オットーと向かい合う形で席に座る。
「それで、何かお困りごとでも?」
ニコが、私をちらりと見る。どう切り出したらいいのか、迷っているのかもしれない。私は頷いて、オットーの目を見つめた。濁りのない瞳だ。利他を重んじる教会にふさわしい、澄んだ眼差し。
「ゴードンさんから、教会は、王都の皆のためになることには力を貸してくださる、と伺って来たんです」
「ええ。王都に住む方だけでなく、人のためになることをするのが、我々ですから」
ゆったりとした動作で、首を縦に振る。
「神父様は、初代国王の像があることを、ご存知ですか?」
「もちろんです。私の若い頃は、あの辺りは綺麗な広場だったんですがねえ。原因不明の砂漠化が進んでからは、見る影もありません」
見たところオットーは、ゴードンと同じくらいの年齢に見える。ゴードンが働き出した頃に砂漠化したという話だったから、オットーも、かつての王都を知っているのだ。
それならば、話は早そうだ。
「私たちは、あの周りに、昔のような美しい広場を復元したいと思っているんです」
「おふたりが?」
「はい。昔あの広場は、緑豊かで、池があって、美しい場所だったじゃありませんか」
「そうですが……まるで見てきたように語られるのですね。砂漠化以前の話など、もう老人しかしませんよ」
しまった。私は口元を押さえる。うっかり、自分のことをそのまま喋ってしまった。
「……俺たちは、外から来たので。砂漠化の理由を聞く中で、昔の話を聞いたんです」
「そうでしたか。王都の住人は、もう慣れてしまいましたから、今更その話もしなくなりましたよ」
「そうなんですね」
「ええ。原因は不明ですし、考えても改善しないことを話すより、目の前の変化に適応することで精一杯だったんでしょうねえ」
私の読んだ歴史書から推測するに、砂漠化が進んだのは、ほんの数年の間。オットーの説明からは、王都の住人がその変化に、限界まで追われていたのだということが伝わってくる。
そうだろう。一般市民が、これほど大きな原因の究明に乗り出せるはずはない。本来ならばそれは、王城から命を受けた魔導士の役目であったはずだ。
とにかく、ニコのおかげで、私のうっかりした発言は流された。
「私たちは、改めて国王の像を手入れして、あの場を憩いの空間にしたいと思っているのです」
「以前の姿を取り戻すことができたら、それは昔を知る者には、希望を与えるでしょうが……できるなら既に、されているのではないですか」
オットーくらいの人物でも、魔法でできることの範囲のイメージは、あまり広くないらしい。私たちの後世の魔導士は、本当に、魔法の使い方の普及を怠っていたと見える。
「私たちには、できるんです」
きっぱり言い切る。それは、事実だからだ。私の勢いに少し圧されたようで、オットーが顔を若干遠ざける。
「それに実のところ、像と池は既に、整備したんです。定期的に水が吹き上がるところは再現できなかったのですが、かなり綺麗になりました」
「ほう……それはそれは。見てみたいものです」
オットーが、つるんとした顎を撫でて言った。
「あとは周りに、ベンチや、日除けためのひさしを置きたいのですが……」
「そうでしょうね」
「私たちには、そのための材料を買うお金が、ないんです」
「ああ、なるほど」
腑に落ちた、という顔で、オットーが手を打つ。
「その援助を頼みに来たのですか」
「はい」
「そうですか……そうですねえ……」
オットーは人差し指を頬に添え、とんとんと叩きながら、何か考え込んでいる。眉間に皺の寄った、難しい顔。
「実のところ教会にも、金銭の余裕はないのですよ。砂漠化の影響で家や仕事を失った方もいますし、炊き出しを始めとした援助は、してもし足りないほどなので。広場の復旧は、人々に希望を与えるという点で大いに意義のあることだと思いますが、命に関わるわけではありません」
「……そうですか」
命に関わるわけではないと言われてしまえば、たしかにそうである。昔の憩いの場を蘇らせたいことの動機には、私自身の郷愁も多分に含まれている。
「話は変わりますが、おふたりは、この教会のステンドグラスはご覧になりましたか」
「はい。色とりどりの光が差し込んで、綺麗でしたね」
ここはニコが受け答えする。オットーは、「そうでしょう」と満足げに頷いた。
「放っておくと砂が付きますから、あれは、教会のものが定期的に水で流しているのです。高いので、梯子をかけて」
「そうなんですね」
「そうです。ところが先日、梯子の上で作業をしていた者が、落ちて腰を打ちましてね。幸い、命に別状はありませんでしたが、まだ安静にしているのです」
想像して、私は顔を顰めた。痛そうだ。高いところから落ちて腰を打つなんて、可哀想に。
「我々は高所作業の専門家ではありませんから、やはり危険だったのですよ。そこで、高所での作業も請け負っている者に声をかけてみたのですが、近頃は王城の整備の仕事などもあるとのことで、値段も高騰していますし、何より予定が空かない」
だんだん、話が読めてきた。つまり、こういうことだ。
「私たちが教会の壁面の清掃をすれば、そこに当てる予定だったお金を、分けていただけるということですね」
「その通りです。可能でしょうか? 危険な作業になりますが」
危険なのは、水を遠くに飛ばすことも、空を飛ぶこともできないからだ。
魔法を使うのはニコなので、私は一応ニコを見る。彼は、すぐに頷いた。
「可能です。俺にお任せください」
当然だ。今のニコなら、教会ひとつ綺麗にするくらい、朝飯前であろう。
「でしたら、金額についてですが……」
ベンチや日除けの材料にかかるのが、大体いくら。リックたちに支払うべき謝礼が、大体いくら。その辺りの金銭感覚は現代を生きるニコの方が詳しいと思い、私は黙っていた。オットーも、足元を見るようなタイプでもなかろう。
「この金額なら、リックが大工で受け取ってたくらいのお金を、しばらくはリックとジャックに払えると思うけど、どうかな」
「材料費は?」
「ここには含まれてないけど、俺たちも砂出しでかなり稼いだから、当面はそれと」
「教会の方から、それは寄付という形で、物自体を贈らせていただければと」
実際の物品と、リックたちに払うお金さえ揃えば、あとは何とでもなる。すぐに大金を儲けるために、やりたいわけでもないのだ。
私が頷くと、「では、それで」と交渉は成立した。
「あ、それともう一つ」
「なんでしょうか」
「教会の鐘の間を、夜間私たちに、貸し出していただけないでしょうか」
お金を引き出すのと、場所を借りるだけなら、後者の方が負担は少ない。大きな交渉の後に、小さな要望を伝える。そうすると、後者は通りやすいというのが、私の体感としてある。
「あそこは、基本的には教会外の方の立ち入りは禁じているのですが……なんでまた、そんな」
「実は……」
砂漠で不本意に行き倒れる人を、減らしたいと思っている。そのために、西側の壁を見張りたい。そういうようなことを説明すると、オットーは「また大層な話ですねえ」と目を見開いた。
「構いませんよ。ただし……」
鐘には触れない。口外しない。最初と最後は教会の人に断る。など、いくつかの条件が付されて、鐘の間の貸し出しは許可された。
「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ」
互いに頭を下げ、オットーの部屋を出る。ニコが私の肩を軽く叩いた。
「なに?」
「俺、教会の掃除、ぱっとやって行ってもいいかな? 少しかかると思うけど、体力保つ?」
「大丈夫」
「良かった。いいことは、早い方がいいからね」
というわけで、ニコは教会の上から大量の水を降らせて砂を綺麗に洗い流し、風を吹かせて乾燥させることで、新たに砂が付着しにくい状態にした。手際の良さに感動するオットー(私も感心した)を後に、私たちは、弁当を取りにオアシスに向かうのだった。
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