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4章 気づいたフィリス
幕間1 望まれぬ襲撃者 in ネフィリア王国
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「騎士団長! 騎士団長はまだか!」
「局長様、もう暫くお待ちください」
「もう待てぬわい! こうして苛立っている間に、生まれるはずだった閃きの種を取り落としているのかもしれぬのじゃぞ!」
「お待たせしました、マデル殿」
「おおっ、やっと来たか。随分待ったぞ」
「それはそれは」
騎士団長アラバは、意図的に謝罪しなかった。テントの椅子に踏ん反り返る小男は、この国の研究局長マデルである。何度か配達鳥を寄越して来たのを無視していたら、遂に乗り込んで来たらしい。分厚い眼鏡のレンズの向こうでは、小さな目がぎらぎらと睨むように光っている。
(戦地には来ないと思ったのだがな)
アラバは己の読みの甘さを反省する。研究局の者達が魔石に向ける執着心は、毎度アラバの予想を上回ってくるのだ。
「マデル殿は相変わらずお元気ですね。このような危険な場所までいらっしゃるとは思いませんでした」
「ええい、まどろっこしい挨拶などしてやるものか。魔石が足りぬ! この国の魔導具研究が、おぬしらのせいで頓挫してもよいのか?!」
「我々は全力を尽くしております」
「全力を尽くしておるなら、なぜ今までの半分しか魔石が手に入らぬようになるのじゃ!」
聖女フィリスが居なくなったからだ。
その事実について、騎士の間には固い緘口令が敷かれている。魔獣に対して絶大な力を発揮する聖女が居るからこそ、皆戦争のことを忘れて平和に暮らせるのだ。聖女を失ったことが知れたら、民に不安が広がり国中が不安定になりかねない。アラバとしても、聖女の件の他言無用には賛成であった。上記の理由に加え、自分の失策が明るみに出ないのだから当然である。
研究局長は国王の諮問会に参加する、国内でも有数の権力者であるが、それでも聖女の件は伏せられている。
「魔獣の数が減ったのですよ」
聖女の件を知らないマデルを説き伏せるため、アラバはそう口にした。
「魔獣が減った? なぜじゃ」
「原因はわかりません」
魔獣の数が減ったのは本当である。原因がわからないのも事実だ。魔獣の現象により、群れの数は騎士だけでも対応ができる程度になり、怪我人はぐんと減った。
アラバが伏せたのは、「もし魔獣が増えても聖女が居ないから魔石の回収量は増えない」という部分である。現状手立てが見つかっていないことをわざわざこの小男に伝えて、騒ぎを大きくするべきではない。
「魔獣が減ったのなら、こちらから攻め込んでやれば良い! 城にいるという魔人どもにも魔石はあるのじゃろうが!」
「騎士団への命令権は陛下がお持ちです」
「まどろっこしいことを言うでない! 魔石を集めてこその騎士じゃろうが!」
「我々の存在意義は国を守ることにあります」
「そんな建前など聞いておらぬのじゃ!」
夢中になったマデルが喚き散らかすと、口角に泡となった唾液が溜まる。見苦しい。アラバはひどく不快な気分になったが、それを顔に出すと余計に話が長くなるとわかっているので無表情を貫いた。
「そもそも、国を守っているのはわしらじゃろう! 魔導具なしにどう生活するのじゃ? この国の礎を築いたのはわしら研究者なのじゃぞ!」
「お言葉ですが、我ら騎士が魔獣を退けるからこそ研究にうつつを抜かしていることができるのではありませんか」
「魔石がなければ研究はできぬ! そうじゃ、魔石を寄越せ、魔石を!」
噛み合っているようでずれている会話に、頭が痛くなりそうだ。どうやって撃退してやろうか。対処法が複雑な分、魔獣よりも厄介かもしれない。
「……研究局用の魔石ならば、お渡しできるものがありますが」
「なんじゃ、それならそうと早く言え! どこじゃ。わしの拡張鞄で持って帰ろうぞ」
(そういった魔導具に魔石を大量に使うから足りないのでは?)
マデルが持つ鞄は一見普通に見えるが、内部は見た目よりもかなり広い。拡張鞄と名付けられたそれを発明したのはマデルだそうで、彼は事あるごとに自慢げに見せびらかす。
「おっ、そうじゃそうじゃ。騎士諸君に土産を持って来たのじゃ。白パンなど久しく食べてないじゃろう? 日持ちしないからな。しかし見ろ、わしの鞄に入れておくと普通の倍長持ちするのじゃよ! ほっほ、すごいだろう」
ほら、また始まった。鞄の中から大量のパンを取り出し始めたマデルを見て、傍に控えた騎士は目を丸くする。そうか、こいつはこれを見るのは初めてか。この鞄を維持するために、どれだけの魔石が必要か後で教えてやろう。目が飛び出るに違いない。
研究局の連中は、魔石をひとつ得るのに騎士がどれだけの危険を冒しているのか理解していない。時には人の命を犠牲にした結果として得られる魔石を、湯水の如く使うのだ。それも魔獣討伐に役立つ兵器を作るならまだしも、研究範囲が多岐に渡るものだから腹が立つ。
「マデル殿を倉庫へご案内しろ。研究局用の魔石を渡しお帰りいただく」
「ほっほ、そうさせてもらうぞ。魔石の量が増えるように頑張ってくれよ、騎士団長!」
「あなたなどに言われずとも全力を尽くしますので」
嫌味も通じないほどのご機嫌でテントを出て行くマデルを見送り、アラバはため息をついた。どうにか角を立てずに撃退することに成功した。全く、研究者ほど厄介な存在馬いない。
(また配達鳥が乱舞するかもしれんな)
マデルに持たせる魔石は、今度研究局に宛てて送るはずだったものである。つまり彼は魔石を先に手に入れただけ。届くはずの魔石は届かないことになる。そのタイミングで大量の配達鳥が自分目掛けて飛んでくる図が、既にアラバには見えていた。
人間相手に煩わされるのは面倒だ。アラバはもう一度ため息をつき、水で唇を潤し心を整える。
小うるさい男に気持ちを乱されてはならない。あくまでも、魔石は副産物。魔獣を倒し国の平和を守ることこそ、自分達の使命なのだから。
「局長様、もう暫くお待ちください」
「もう待てぬわい! こうして苛立っている間に、生まれるはずだった閃きの種を取り落としているのかもしれぬのじゃぞ!」
「お待たせしました、マデル殿」
「おおっ、やっと来たか。随分待ったぞ」
「それはそれは」
騎士団長アラバは、意図的に謝罪しなかった。テントの椅子に踏ん反り返る小男は、この国の研究局長マデルである。何度か配達鳥を寄越して来たのを無視していたら、遂に乗り込んで来たらしい。分厚い眼鏡のレンズの向こうでは、小さな目がぎらぎらと睨むように光っている。
(戦地には来ないと思ったのだがな)
アラバは己の読みの甘さを反省する。研究局の者達が魔石に向ける執着心は、毎度アラバの予想を上回ってくるのだ。
「マデル殿は相変わらずお元気ですね。このような危険な場所までいらっしゃるとは思いませんでした」
「ええい、まどろっこしい挨拶などしてやるものか。魔石が足りぬ! この国の魔導具研究が、おぬしらのせいで頓挫してもよいのか?!」
「我々は全力を尽くしております」
「全力を尽くしておるなら、なぜ今までの半分しか魔石が手に入らぬようになるのじゃ!」
聖女フィリスが居なくなったからだ。
その事実について、騎士の間には固い緘口令が敷かれている。魔獣に対して絶大な力を発揮する聖女が居るからこそ、皆戦争のことを忘れて平和に暮らせるのだ。聖女を失ったことが知れたら、民に不安が広がり国中が不安定になりかねない。アラバとしても、聖女の件の他言無用には賛成であった。上記の理由に加え、自分の失策が明るみに出ないのだから当然である。
研究局長は国王の諮問会に参加する、国内でも有数の権力者であるが、それでも聖女の件は伏せられている。
「魔獣の数が減ったのですよ」
聖女の件を知らないマデルを説き伏せるため、アラバはそう口にした。
「魔獣が減った? なぜじゃ」
「原因はわかりません」
魔獣の数が減ったのは本当である。原因がわからないのも事実だ。魔獣の現象により、群れの数は騎士だけでも対応ができる程度になり、怪我人はぐんと減った。
アラバが伏せたのは、「もし魔獣が増えても聖女が居ないから魔石の回収量は増えない」という部分である。現状手立てが見つかっていないことをわざわざこの小男に伝えて、騒ぎを大きくするべきではない。
「魔獣が減ったのなら、こちらから攻め込んでやれば良い! 城にいるという魔人どもにも魔石はあるのじゃろうが!」
「騎士団への命令権は陛下がお持ちです」
「まどろっこしいことを言うでない! 魔石を集めてこその騎士じゃろうが!」
「我々の存在意義は国を守ることにあります」
「そんな建前など聞いておらぬのじゃ!」
夢中になったマデルが喚き散らかすと、口角に泡となった唾液が溜まる。見苦しい。アラバはひどく不快な気分になったが、それを顔に出すと余計に話が長くなるとわかっているので無表情を貫いた。
「そもそも、国を守っているのはわしらじゃろう! 魔導具なしにどう生活するのじゃ? この国の礎を築いたのはわしら研究者なのじゃぞ!」
「お言葉ですが、我ら騎士が魔獣を退けるからこそ研究にうつつを抜かしていることができるのではありませんか」
「魔石がなければ研究はできぬ! そうじゃ、魔石を寄越せ、魔石を!」
噛み合っているようでずれている会話に、頭が痛くなりそうだ。どうやって撃退してやろうか。対処法が複雑な分、魔獣よりも厄介かもしれない。
「……研究局用の魔石ならば、お渡しできるものがありますが」
「なんじゃ、それならそうと早く言え! どこじゃ。わしの拡張鞄で持って帰ろうぞ」
(そういった魔導具に魔石を大量に使うから足りないのでは?)
マデルが持つ鞄は一見普通に見えるが、内部は見た目よりもかなり広い。拡張鞄と名付けられたそれを発明したのはマデルだそうで、彼は事あるごとに自慢げに見せびらかす。
「おっ、そうじゃそうじゃ。騎士諸君に土産を持って来たのじゃ。白パンなど久しく食べてないじゃろう? 日持ちしないからな。しかし見ろ、わしの鞄に入れておくと普通の倍長持ちするのじゃよ! ほっほ、すごいだろう」
ほら、また始まった。鞄の中から大量のパンを取り出し始めたマデルを見て、傍に控えた騎士は目を丸くする。そうか、こいつはこれを見るのは初めてか。この鞄を維持するために、どれだけの魔石が必要か後で教えてやろう。目が飛び出るに違いない。
研究局の連中は、魔石をひとつ得るのに騎士がどれだけの危険を冒しているのか理解していない。時には人の命を犠牲にした結果として得られる魔石を、湯水の如く使うのだ。それも魔獣討伐に役立つ兵器を作るならまだしも、研究範囲が多岐に渡るものだから腹が立つ。
「マデル殿を倉庫へご案内しろ。研究局用の魔石を渡しお帰りいただく」
「ほっほ、そうさせてもらうぞ。魔石の量が増えるように頑張ってくれよ、騎士団長!」
「あなたなどに言われずとも全力を尽くしますので」
嫌味も通じないほどのご機嫌でテントを出て行くマデルを見送り、アラバはため息をついた。どうにか角を立てずに撃退することに成功した。全く、研究者ほど厄介な存在馬いない。
(また配達鳥が乱舞するかもしれんな)
マデルに持たせる魔石は、今度研究局に宛てて送るはずだったものである。つまり彼は魔石を先に手に入れただけ。届くはずの魔石は届かないことになる。そのタイミングで大量の配達鳥が自分目掛けて飛んでくる図が、既にアラバには見えていた。
人間相手に煩わされるのは面倒だ。アラバはもう一度ため息をつき、水で唇を潤し心を整える。
小うるさい男に気持ちを乱されてはならない。あくまでも、魔石は副産物。魔獣を倒し国の平和を守ることこそ、自分達の使命なのだから。
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