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騎士様は魔女を放さない
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結局、最初に見せられた馬から一頭をエルートが選んでくれ、私はそれに乗ることになった。頭の片隅にはあの黒馬のことがあったけれど、まずは目の前のことに取り組まないといけない。
乗馬の練習を重ね、いよいよその日がやってきた。エルート達から離れた、初討伐。寒さの極みを迎えた、木枯れる季節の最中である。
「よろしくお願い致します」
同行する騎士に挨拶をすると、向こうも礼を返してくれた。彼らは、鍛錬場で共に鍛錬していた騎士だ。話したことはないし、名前も知らないけれど、真剣に鍛錬に励む姿はよく知っている。
私は馬に乗り、手綱を掴んだ。厚い灰色の上着に顔を埋め、フードを被った。吹き付ける鋭い風から、どうにかして肌を守る。
討伐のために、王都を遠く離れて走るのは初めてだ。周りに騎士がいるから補助はしてくれるとは言え、心配である。何より、エルートがいないことが不安だ。
「行きましょう」
ひとりの騎士の合図で、私たちは進み始めた。
いつかは、こういう日が来ると分かっていた。いつまでも、安心できるエルートの傍に居させては貰えない。王宮騎士であるエルート達の役目は、魔獣討伐だけではない。
不安な心を抑えるつもりで、馬上の身のこなしに集中する。この不安は、私が責任を持って引き受けるべきものだ。
今日の討伐は、王都から少し離れた南側の街からの要請だという。街の人々に挨拶を済ませ、早速森へ向かう。
街によって多少の差はあれど、王都から半日ほどの街は、どこもカプン程度に栄えている。王都と、その周囲の街を囲むようにして、広い森が存在している。この森の向こうに、魔獣がいるのだ。カプンの森とこの街の森は離れているように見えるが、広い視野で見れば、どこかで繋がっているらしい。
「お詳しいんですね」
「騎士の試験のために、皆そういったことを学ぶんです」
冬の森は、あまりにも静かだった。会話をしていないと、寒さと静けさが身に染み込み、どんどん心細くなる。騎士達はその気持ちを汲んでくれたのか、少しずつ言葉を交わしてくれた。森のことを教えてくれたのも、この若い騎士達である。
「初めてお聞きする話ばかりで、興味深いです」
「僕達同士では当たり前のことですから、そう言って頂けるのは新鮮ですね」
騎士は柔らかく目を細めた。
「……なら、次は商隊護衛の話をしよう。異国に行ったことは?」
「ありません」
別の騎士が話を継ぐ。
ぽつり、ぽつりと。周囲を探索する妨げにならない程度に、いろいろなことを教えてくれる。異国の人々の不思議な風習や言語のことは、聞くだけで面白かった。
馬で行けるところまでは馬で進み、そこからは徒歩。街からの要請は、街付近に出た魔獣に対して行われるので、そう離れないところで出くわすはずだ。
私は、両手で盾の持ち手を握る。馬に持たせていた盾を、降りた時に持ってきた。ここからは必ず、匂いの向く方向に、盾を向けて歩く。重たい盾だが、鍛錬の成果があって、運ぶのはさほど苦痛ではない。
「迷いなく進むんですね」
「はい。魔獣のいる方向はわかるので」
「嘘かと思っていたが、目の当たりにするともう疑えないな。素晴らしい魔法だ」
私は、騎士達の放つ匂いを追って、森の奥に進んで行く。
冬の森は、足元の落ち葉が乾き、ぱりぱりとした感触がする。会話が止むと、落ち葉を踏み砕く足音だけが、妙に響き渡る。息の音が、大きく聞こえる。森の奥に進むにつれ、話している時間より、沈黙の方が長くなった。
「爪痕がありますね」
傍の樹の幹に、大きな爪の痕跡を見つけた。いよいよだ、という妙な緊張感が、私たちを包む。隣を歩く騎士が、剣に触れようとした。
ふっ、と匂いが斜め上に逸れた。咄嗟に、盾を動かす。エルートと練習した通りに、匂いの方向に、素早く向ける。
ガン、と音がした。強い衝撃に、手が痺れる。そのまま私は、後ろに尻餅をついた。ざっ、と落ち葉を強く踏み込む音がする。盾にかかっていた重みが、なくなる。
「ケエェン!」
甲高い声を上げ、のけぞる狐の魔獣。漆黒の毛並みに、真っ赤な目がぎらぎらと燃えている。上向いた鼻先に、騎士がもう一撃喰らわせた。狐は背中から倒れ込みそうになり、体勢を整えて飛び退く。
そこからは、騎士と魔獣のめくるめく攻防であった。唸って構える狐に、騎士が剣を突き出す。身を翻した狐の尾が剣先に触れ、ぱっと黒い霧が上がる。今度は狐がジャンプして飛びかかり、それを騎士が盾で防ぐ。もうひとりが横から斬りかかると狐は鮮やかに飛びのき、また剣先が僅かに触れる。
騎士達は私と魔獣の間に巧みに位置し、高く跳躍することのできる魔獣が、こちらに跳んでくることは一度もなかった。私はただ、盾を魔獣に向けて構えながら、戦いの行く末を見守っていた。
騎士がつけた傷から、黒い霧が立ち上る。一筋、また一筋と。その数が増えていき、魔獣の動きが徐々に鈍くなった。遂に騎士の剣が、魔獣の首に届く。最後の霧が立ち上り、そして、魔獣は消えた。
「時間がかかると思っただろ?」
真っ赤な魔獣の心臓を鞄にしまった騎士が、こちらを振り向くと、そう言った。
「いえ……」
「気遣いは無用ですよ。あなたは、先輩方の討伐に同行していたのでしょう? 王宮騎士の諸先輩方の手際は、新人の僕達とは比べ物になりませんから」
「これでもかなり腕は上がったけど、王宮騎士に選ばれる人たちにはまだ全然及ばないよね」
確かに、彼らと比較すると、エルート達は討伐までの時間が短く、魔獣の初撃をいなしてから、そのまま魔獣を霧にする流れを何度か見た。騎士たちに言わせると、あれは努力の賜物で、並大抵の連携ではなし得ないことらしい。
エルート達のことを口にする騎士の瞳は、尊敬の色に輝いていた。私が今まで行動を共にしていた三人がどれほど凄い存在なのか、改めて感じさせられる。
「まあ、魔女さんに怪我なく討伐が終わったから、首尾は上々って訳だ」
「口ぶりが、商人の影響を受けていますよ」
「ああ……つい。良くないな」
騎士は咳払いをして誤魔化す。
街から依頼があったのは、まさにこの狐の魔獣である。目的を果たし、馬を止めた場所まで戻る道のりは、息よりも雰囲気が緩んでいた。私たちは来た道を、そそくさと歩く。日が傾き、木々の間を吹き抜ける風が、どんどん冷たくなっていく。手袋をしていても、盾の金具の冷たさがしみ通り、指先がかじかむ。
歩きながら、私は藪になる実に目を留めた。赤くて小さな実が、あちこちの藪に生えている。採って食べると酸っぱくて甘く、小さい頃好んで食べていたものだ。
果実らしい甘酸っぱい味を思い出すと、お腹が空いてきた。ただ歩いていても寒いのに、空腹まで加わると、ひもじい気持ちになる。私は歩きながら、そっと果実を摘んだ。口に放り込むと、思い出の通りの甘酸っぱい香りが広がる。噛み潰すと、薄い皮の向こうから、みずみずしい果汁が溢れた。少量ではあるが、ごくんと飲み干すと、爽やかな甘みが残る。
ひとつ食べると余計にお腹が空いて、私はもうひとつ、実を摘んで食べた。歩くのに邪魔にならないよう、隙を見て、もうひとつ。
「……魔女さん、さっきから何を食べてるの?」
「げほっ」
気付かれないようにこそこそ食べていたのだけれど、しっかり捕捉されていたらしい。気まずい質問に、私はむせてしまった。咳が止むのを待って、もう一度騎士が同じことを聞いてくる。
「すみません、幼い頃によく食べていた木の実を見つけてしまったんです。食べたら懐かしくて、美味しくて、つい……お腹も空いてきたので……」
我ながら、なんて幼稚な行為なんだろう。話していたら、今更恥ずかしくなって、耳に熱が集まった。この寒いのに、頬もかっと熱くなる。
「美味しいの? これ?」
「美味しいですが、素朴な味なので、そう目新しくはないかもしれません」
「あ、おいしーい」
赤い木の実を口に放り、食べた騎士が明るく感想を述べる。
「どれ。……ああ、なるほど」
「故郷を思い出す味がしますね」
残りの二人も、それぞれが躊躇なく木の実を口にした。
「え……」
「何を驚いているんだ」
「私が勧める物なんか、騎士様は食べないんじゃないんですか」
驚きのあまり、飾らない言葉が口から飛び出た。
私の勧める木の実など、騎士が進んで食べるはずがなかった。庶民の、怪しい魔女の木の実。誰が好んで食べるだろう。
「何で?」
「食堂の薬草も、どなたも召し上がらないじゃありませんか」
「食堂の薬草……?」
「瓶に入って、机の上にある」
「ああ、あれ」
木の実をもう一つ摘み取り、騎士は口に放った。
「あれ、魔女さんが用意したんだ。どうやって食べるの?」
「アテリアさんのお肉にかけるんです」
「そうだったんですね。何だろう、と疑問に思ってはいたんですよ」
そうだったのか、と目から鱗が落ちる思いがした。私はてっきり、自分が疎まれているから誰も薬草を食べないのだと思っていた。もちろん、アイネンのようにそういう例もあるとは思うが、そもそも何だかわからない場合もあったのだ。
「食べてみようかな」
「いいんですか? 魔女の薬草なんて、得体の知れないもの……」
「自分で用意しといて、そんな言い方するんだ」
私の懸念は、気さくな騎士にあっけらかんと笑われる。
「見知らぬ人だったらともかく……もう魔女さんの人となりも、わかりましたからね」
「そうと決まれば、早く飯を食いに帰ろう。こんな木の実では腹は満たない」
「そうだね」
今度こそ馬達の待つ場所へ戻り、街の人々 へ討伐の報告を済ませ、私たちは王都に帰る。相変わらず騎士と共に行動する私への視線は冷たいが、それも意識しないようにした。
私が、騎士団で活動することを決めたのだ。その結果として起こる周りの反応も、覚悟して引き受けなければならない。
自分のしたいことをして、その結果も引き受ける。当たり前のことだが、漸く、その心持ちが得られた。
「良かったら、一緒に夕飯を食わないか?」
「あ……ええと」
食堂の前で騎士に誘われ、私は辺りを見回した。ここへ来てから、夕食はいつもエルートと取っていた。ところが今は、どこを見ても彼はいない。
「先輩達は、今日は王城警護だっけ」
「ああ。レガット先輩が喜んでいたな」
「なら、今日は帰りが遅いだろう」
曰く、王城警護に出た騎士は、貴族にあれこれと声をかけられて相手をする羽目になるらしい。引き止められて時間がかかると教わったので、私はそのまま、彼らと食事を取ることにした。
「おや! 今日は珍しい組み合わせじゃないか」
「僕達が、討伐に同行させて頂いたんですよ」
「そうかい。良い子だろう、この子は?」
アテリアは私の背を軽く叩き、屈託なく褒めてくれる。
「そうですね。何より、素晴らしい能力ですよ、魔獣を見つけられるというのは。お陰様で、夕飯に間に合いました」
「そうかい。さ、疲れただろう、今日もたんとお食べ!」
四人がけの席に座った私たちの目の前に、それぞれ、大盛りの肉が置かれる。
「それ、食べ切れます?」
「いえ……」
「ですよね。いつもエルート先輩が代わりに食べていますから。宜しければ、先に貰いますよ」
肉を取り分けてから、挨拶をして食べ始める。私が薬草の小瓶を手に取ると、自然、視線が手元に集まった。
薬草を振りかける手つきに注目され、落ち着かない気持ちになる。
「貰ってもいい?」
「どうぞ」
手渡すと、騎士は肉に薬草を振りかけた。遠慮がちに、恐る恐る、一振り。肉を口に運ぶと、目を丸くした。
「うまっ! いつもの肉も美味いけど、なんていうか、香りが良くなるな」
「どれ、ちょっと貸してよ」
残りのふたりも肉に薬草を掛けると、各々、肯定的な反応を返してくれた。やはり、美味しいのだ。彼らにならい、私も肉を食べ進める。
「時々振りかけると、肉がくどくない」
「ですね。最後まで美味しく頂けます」
「他にはないの? 種類はこれだけ?」
薬草にはいろいろな種類があり、他にも用意することはできる。そう伝えると、彼らの目が明らかに輝いた。
「なあ、これ掛けて食った方が良いよ」
「ええ……何なんだよこれ」
「魔女さんの薬草。肉に掛けて食うと、旨いよこれ」
私の目の前で、彼らが親しい様子の騎士に、薬草の食べ方を広めていく。その騎士も、また近くの騎士へ。やがて、あちこちから称賛の声が上がるようになった。
「……ありがとうございます」
たくさんの騎士が、喜んで薬草を食べている。予想もしなかった光景に、お礼が出るまで、随分かかった。
「他の味も楽しみにしてるよ」
爽やかな笑顔で言われると、頑張る意欲が湧いてくる。
自分の望む方向に進み、その結果を、責任を持って引き受ける。悲壮感を持ってその覚悟をしていたが、こんな風に後から報われることもあるのだ。
やって良かったと純粋に思えたことが、嬉しかった。
乗馬の練習を重ね、いよいよその日がやってきた。エルート達から離れた、初討伐。寒さの極みを迎えた、木枯れる季節の最中である。
「よろしくお願い致します」
同行する騎士に挨拶をすると、向こうも礼を返してくれた。彼らは、鍛錬場で共に鍛錬していた騎士だ。話したことはないし、名前も知らないけれど、真剣に鍛錬に励む姿はよく知っている。
私は馬に乗り、手綱を掴んだ。厚い灰色の上着に顔を埋め、フードを被った。吹き付ける鋭い風から、どうにかして肌を守る。
討伐のために、王都を遠く離れて走るのは初めてだ。周りに騎士がいるから補助はしてくれるとは言え、心配である。何より、エルートがいないことが不安だ。
「行きましょう」
ひとりの騎士の合図で、私たちは進み始めた。
いつかは、こういう日が来ると分かっていた。いつまでも、安心できるエルートの傍に居させては貰えない。王宮騎士であるエルート達の役目は、魔獣討伐だけではない。
不安な心を抑えるつもりで、馬上の身のこなしに集中する。この不安は、私が責任を持って引き受けるべきものだ。
今日の討伐は、王都から少し離れた南側の街からの要請だという。街の人々に挨拶を済ませ、早速森へ向かう。
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「お詳しいんですね」
「騎士の試験のために、皆そういったことを学ぶんです」
冬の森は、あまりにも静かだった。会話をしていないと、寒さと静けさが身に染み込み、どんどん心細くなる。騎士達はその気持ちを汲んでくれたのか、少しずつ言葉を交わしてくれた。森のことを教えてくれたのも、この若い騎士達である。
「初めてお聞きする話ばかりで、興味深いです」
「僕達同士では当たり前のことですから、そう言って頂けるのは新鮮ですね」
騎士は柔らかく目を細めた。
「……なら、次は商隊護衛の話をしよう。異国に行ったことは?」
「ありません」
別の騎士が話を継ぐ。
ぽつり、ぽつりと。周囲を探索する妨げにならない程度に、いろいろなことを教えてくれる。異国の人々の不思議な風習や言語のことは、聞くだけで面白かった。
馬で行けるところまでは馬で進み、そこからは徒歩。街からの要請は、街付近に出た魔獣に対して行われるので、そう離れないところで出くわすはずだ。
私は、両手で盾の持ち手を握る。馬に持たせていた盾を、降りた時に持ってきた。ここからは必ず、匂いの向く方向に、盾を向けて歩く。重たい盾だが、鍛錬の成果があって、運ぶのはさほど苦痛ではない。
「迷いなく進むんですね」
「はい。魔獣のいる方向はわかるので」
「嘘かと思っていたが、目の当たりにするともう疑えないな。素晴らしい魔法だ」
私は、騎士達の放つ匂いを追って、森の奥に進んで行く。
冬の森は、足元の落ち葉が乾き、ぱりぱりとした感触がする。会話が止むと、落ち葉を踏み砕く足音だけが、妙に響き渡る。息の音が、大きく聞こえる。森の奥に進むにつれ、話している時間より、沈黙の方が長くなった。
「爪痕がありますね」
傍の樹の幹に、大きな爪の痕跡を見つけた。いよいよだ、という妙な緊張感が、私たちを包む。隣を歩く騎士が、剣に触れようとした。
ふっ、と匂いが斜め上に逸れた。咄嗟に、盾を動かす。エルートと練習した通りに、匂いの方向に、素早く向ける。
ガン、と音がした。強い衝撃に、手が痺れる。そのまま私は、後ろに尻餅をついた。ざっ、と落ち葉を強く踏み込む音がする。盾にかかっていた重みが、なくなる。
「ケエェン!」
甲高い声を上げ、のけぞる狐の魔獣。漆黒の毛並みに、真っ赤な目がぎらぎらと燃えている。上向いた鼻先に、騎士がもう一撃喰らわせた。狐は背中から倒れ込みそうになり、体勢を整えて飛び退く。
そこからは、騎士と魔獣のめくるめく攻防であった。唸って構える狐に、騎士が剣を突き出す。身を翻した狐の尾が剣先に触れ、ぱっと黒い霧が上がる。今度は狐がジャンプして飛びかかり、それを騎士が盾で防ぐ。もうひとりが横から斬りかかると狐は鮮やかに飛びのき、また剣先が僅かに触れる。
騎士達は私と魔獣の間に巧みに位置し、高く跳躍することのできる魔獣が、こちらに跳んでくることは一度もなかった。私はただ、盾を魔獣に向けて構えながら、戦いの行く末を見守っていた。
騎士がつけた傷から、黒い霧が立ち上る。一筋、また一筋と。その数が増えていき、魔獣の動きが徐々に鈍くなった。遂に騎士の剣が、魔獣の首に届く。最後の霧が立ち上り、そして、魔獣は消えた。
「時間がかかると思っただろ?」
真っ赤な魔獣の心臓を鞄にしまった騎士が、こちらを振り向くと、そう言った。
「いえ……」
「気遣いは無用ですよ。あなたは、先輩方の討伐に同行していたのでしょう? 王宮騎士の諸先輩方の手際は、新人の僕達とは比べ物になりませんから」
「これでもかなり腕は上がったけど、王宮騎士に選ばれる人たちにはまだ全然及ばないよね」
確かに、彼らと比較すると、エルート達は討伐までの時間が短く、魔獣の初撃をいなしてから、そのまま魔獣を霧にする流れを何度か見た。騎士たちに言わせると、あれは努力の賜物で、並大抵の連携ではなし得ないことらしい。
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「まあ、魔女さんに怪我なく討伐が終わったから、首尾は上々って訳だ」
「口ぶりが、商人の影響を受けていますよ」
「ああ……つい。良くないな」
騎士は咳払いをして誤魔化す。
街から依頼があったのは、まさにこの狐の魔獣である。目的を果たし、馬を止めた場所まで戻る道のりは、息よりも雰囲気が緩んでいた。私たちは来た道を、そそくさと歩く。日が傾き、木々の間を吹き抜ける風が、どんどん冷たくなっていく。手袋をしていても、盾の金具の冷たさがしみ通り、指先がかじかむ。
歩きながら、私は藪になる実に目を留めた。赤くて小さな実が、あちこちの藪に生えている。採って食べると酸っぱくて甘く、小さい頃好んで食べていたものだ。
果実らしい甘酸っぱい味を思い出すと、お腹が空いてきた。ただ歩いていても寒いのに、空腹まで加わると、ひもじい気持ちになる。私は歩きながら、そっと果実を摘んだ。口に放り込むと、思い出の通りの甘酸っぱい香りが広がる。噛み潰すと、薄い皮の向こうから、みずみずしい果汁が溢れた。少量ではあるが、ごくんと飲み干すと、爽やかな甘みが残る。
ひとつ食べると余計にお腹が空いて、私はもうひとつ、実を摘んで食べた。歩くのに邪魔にならないよう、隙を見て、もうひとつ。
「……魔女さん、さっきから何を食べてるの?」
「げほっ」
気付かれないようにこそこそ食べていたのだけれど、しっかり捕捉されていたらしい。気まずい質問に、私はむせてしまった。咳が止むのを待って、もう一度騎士が同じことを聞いてくる。
「すみません、幼い頃によく食べていた木の実を見つけてしまったんです。食べたら懐かしくて、美味しくて、つい……お腹も空いてきたので……」
我ながら、なんて幼稚な行為なんだろう。話していたら、今更恥ずかしくなって、耳に熱が集まった。この寒いのに、頬もかっと熱くなる。
「美味しいの? これ?」
「美味しいですが、素朴な味なので、そう目新しくはないかもしれません」
「あ、おいしーい」
赤い木の実を口に放り、食べた騎士が明るく感想を述べる。
「どれ。……ああ、なるほど」
「故郷を思い出す味がしますね」
残りの二人も、それぞれが躊躇なく木の実を口にした。
「え……」
「何を驚いているんだ」
「私が勧める物なんか、騎士様は食べないんじゃないんですか」
驚きのあまり、飾らない言葉が口から飛び出た。
私の勧める木の実など、騎士が進んで食べるはずがなかった。庶民の、怪しい魔女の木の実。誰が好んで食べるだろう。
「何で?」
「食堂の薬草も、どなたも召し上がらないじゃありませんか」
「食堂の薬草……?」
「瓶に入って、机の上にある」
「ああ、あれ」
木の実をもう一つ摘み取り、騎士は口に放った。
「あれ、魔女さんが用意したんだ。どうやって食べるの?」
「アテリアさんのお肉にかけるんです」
「そうだったんですね。何だろう、と疑問に思ってはいたんですよ」
そうだったのか、と目から鱗が落ちる思いがした。私はてっきり、自分が疎まれているから誰も薬草を食べないのだと思っていた。もちろん、アイネンのようにそういう例もあるとは思うが、そもそも何だかわからない場合もあったのだ。
「食べてみようかな」
「いいんですか? 魔女の薬草なんて、得体の知れないもの……」
「自分で用意しといて、そんな言い方するんだ」
私の懸念は、気さくな騎士にあっけらかんと笑われる。
「見知らぬ人だったらともかく……もう魔女さんの人となりも、わかりましたからね」
「そうと決まれば、早く飯を食いに帰ろう。こんな木の実では腹は満たない」
「そうだね」
今度こそ馬達の待つ場所へ戻り、街の人々 へ討伐の報告を済ませ、私たちは王都に帰る。相変わらず騎士と共に行動する私への視線は冷たいが、それも意識しないようにした。
私が、騎士団で活動することを決めたのだ。その結果として起こる周りの反応も、覚悟して引き受けなければならない。
自分のしたいことをして、その結果も引き受ける。当たり前のことだが、漸く、その心持ちが得られた。
「良かったら、一緒に夕飯を食わないか?」
「あ……ええと」
食堂の前で騎士に誘われ、私は辺りを見回した。ここへ来てから、夕食はいつもエルートと取っていた。ところが今は、どこを見ても彼はいない。
「先輩達は、今日は王城警護だっけ」
「ああ。レガット先輩が喜んでいたな」
「なら、今日は帰りが遅いだろう」
曰く、王城警護に出た騎士は、貴族にあれこれと声をかけられて相手をする羽目になるらしい。引き止められて時間がかかると教わったので、私はそのまま、彼らと食事を取ることにした。
「おや! 今日は珍しい組み合わせじゃないか」
「僕達が、討伐に同行させて頂いたんですよ」
「そうかい。良い子だろう、この子は?」
アテリアは私の背を軽く叩き、屈託なく褒めてくれる。
「そうですね。何より、素晴らしい能力ですよ、魔獣を見つけられるというのは。お陰様で、夕飯に間に合いました」
「そうかい。さ、疲れただろう、今日もたんとお食べ!」
四人がけの席に座った私たちの目の前に、それぞれ、大盛りの肉が置かれる。
「それ、食べ切れます?」
「いえ……」
「ですよね。いつもエルート先輩が代わりに食べていますから。宜しければ、先に貰いますよ」
肉を取り分けてから、挨拶をして食べ始める。私が薬草の小瓶を手に取ると、自然、視線が手元に集まった。
薬草を振りかける手つきに注目され、落ち着かない気持ちになる。
「貰ってもいい?」
「どうぞ」
手渡すと、騎士は肉に薬草を振りかけた。遠慮がちに、恐る恐る、一振り。肉を口に運ぶと、目を丸くした。
「うまっ! いつもの肉も美味いけど、なんていうか、香りが良くなるな」
「どれ、ちょっと貸してよ」
残りのふたりも肉に薬草を掛けると、各々、肯定的な反応を返してくれた。やはり、美味しいのだ。彼らにならい、私も肉を食べ進める。
「時々振りかけると、肉がくどくない」
「ですね。最後まで美味しく頂けます」
「他にはないの? 種類はこれだけ?」
薬草にはいろいろな種類があり、他にも用意することはできる。そう伝えると、彼らの目が明らかに輝いた。
「なあ、これ掛けて食った方が良いよ」
「ええ……何なんだよこれ」
「魔女さんの薬草。肉に掛けて食うと、旨いよこれ」
私の目の前で、彼らが親しい様子の騎士に、薬草の食べ方を広めていく。その騎士も、また近くの騎士へ。やがて、あちこちから称賛の声が上がるようになった。
「……ありがとうございます」
たくさんの騎士が、喜んで薬草を食べている。予想もしなかった光景に、お礼が出るまで、随分かかった。
「他の味も楽しみにしてるよ」
爽やかな笑顔で言われると、頑張る意欲が湧いてくる。
自分の望む方向に進み、その結果を、責任を持って引き受ける。悲壮感を持ってその覚悟をしていたが、こんな風に後から報われることもあるのだ。
やって良かったと純粋に思えたことが、嬉しかった。
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