魔法のマスク

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魔法のマスク

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 やれ外出自粛だのテレワークの推進だので、電車の中も街中もすっかり人が少なくなっていた。いつもならこの時間帯には「お兄さん一軒どうですか!?」なんて100メートル歩くうちに何人ものキャッチに声を掛けられるのに、今は閑散としていて時折僕と同じような仕事帰りのサラリーマンが足早に通り過ぎるだけだ。
 程なくして高架下に差し掛かる。薄暗いトンネルのようなそこは、普段でさえ気味が悪いというのに人の少ない今は一層その不気味さを増している。一度迷い込んだら抜け出せない魔界の入り口がぽっかりと口を開けて待っていた。だいぶん遠回りになるけれど迂回して明るい道から帰ろうか。ただもうクタクタだし、早く帰ってビールでも飲んで寝たい。迷った挙句、僕はその暗闇へと足を踏み入れる事にした。できるだけ周りを見ないようにして走って駆け抜ければすぐにまた明るい場所に出られる……

「もし……」
「ぎゃっ!?」
 不意にかけられた声に心臓が飛び出そうになる。
 何だ、まさかオバケか? 逃げ出したいのに足がすくんで動けない。
「もし……買っていかんかね、お兄さん……」
 震えながら声のする方向を覗き見る。ホームレス? じめっとしたコンクリートの壁に老婆がもたれこむようにして佇んでいた。
「買っていかんかね……」
 再び老婆の声。買うって何を買うんだ……?
 20センチほどの段ボールの切れ端に、ミミズの這うような字。
「……マスク?」
 確かにこのご時世、マスクを買うのも一苦労だ。コンビニやドラッグストアをまわっても売り切れ売り切れ。僕は運よく花粉症に備えて買っておいたマスクを切り詰めながら、洗っては使い回してしのいでいた。
「はい、マスクでございます」
 その老婆は恭しい口調で答えた。マスクが品薄の中、街中にはいかにもな怪しい露天商が法外な値段でマスクを売っているのを何度か見かけたことがある。このお婆さんもその類だろうか。
 それにしても、何日も洗っていないのであろうか頭皮の脂でベッタリと固まってフケだらけの髪、袖のあたりがほつれて所々穴の開いているツギハギの服、そして加齢臭どころか腐敗臭と呼ぶに相応しい悪臭。とっとと無視して走り去ってしまおうか、それとも警察にでも突き出してやろうか。
 それなのに、そのしわくちゃな顔とは対照的に、満月の様に爛々と光るその目に身竦められて、僕の両足はいう事を聞かなかった。
「……い、いくら、ですか?」
 きっと僕がマスクを買うまではこの場からは逃げられない。何故だか本能的にそう感じていた。まあいいさ、この哀れな老人に僅かな施しをしてやったと思えばいい。この身なりからするに、悪質な転売屋という訳では無いだろう。この数百円で今晩の空腹を凌げるならば安いもんじゃないか。
「はい、こちらは5000円でございます。」
 え、なんて言った。
「は、はい? えっと、何枚入りですか?」
 せいぜい2、300円だろうと思っていたから面食らってしまった。5000円という事は100枚入り、せめて50枚は欲しいところだ。
「この1枚限りでございます。」
 このクソババア調子に乗りやがって! 目の前に差し出されたマスクはどう見たって普通のマスク。しかも包装すらされておらず、節くれだった垢だらけの指で持っている。
 このまま怒鳴り散らしてやろうか、それとも警察に突き出してやろうか。少しでも哀れんだ僕がバカだった。
「これは魔法のマスクなのでございます。」
「はぁ?」
 素っ頓狂な声が出る。魔法、今魔法とか言ったのか?
「え、あの、なんて」
「これは特別な力を持つ、魔法のマスクでございます。」
 聞き間違いでは無かった。
「このマスクを着ければ、念じただけでマスクの中が思いの場所に繋がるのでございます。」
 ああ、そういうことか。途端に膨れ上がっていた怒りの波が引いていく。可哀想に。きっとボケてしまっているんだろう。こんなホームレスみたいな事をしているんだ、きっと家族に捨てられたのかもしれない、大切な人を亡くして気が狂ってしまったのかもしれない。夢も現実も区別が付かなくなって、こうして詐欺まがいの事をして生きながらえているのだろうか。
「……はい、5000円」
 どうせ飲み会も無くなったし、遊びに行く予定だって全部パアになってしまった。まあ、ドブに捨てたと思えばいいさ。そうして財布からなけなしの五千円札を取り出して老婆に手渡した。
「ひひ、毎度あり……」


 上着のポケットに入ったしわくちゃのマスク。帰り道のゴミ箱にでも捨ててしまおうと思ったけど、最近は街中のゴミ箱も撤去されて捨てる事もできず、結局家に持ち帰ってしまった。
「魔法のマスク、ねぇ」
 手に取り出して眺めてみる。至って普通のマスク。むしろあの不潔な老婆が持っていたと思うとあまり触るのも憚られる。鼻先に近づけて匂いを嗅いでみる。不思議と嫌な匂いはしない。でもなぁ、こんな得体の知れないマスクを着けると逆に病気になりそうだしなあ。
「……意外と悪くないな」
 そう、意外と悪くない。好奇心に負けて着けてみると、口元をすっぽりと覆うようにフィットする。ゴム紐もキツすぎず緩すぎず、まるでマスクを着けているのを忘れてしまうほどだった。丁寧に洗ってから使うのも悪くはないかもしれない。
「……富士山の山頂」
 ぼやくように呟く。
「っ!? 痛って! さっむ!!」
 口元にロックアイスを投げつけられたような衝撃。慌ててマスクを脱ぎ捨てる。唇に手を当てると凍えたように冷たかった。
 恐る恐る、投げ捨てたマスクを拾って見てみる。何の変哲もないマスク。
 もう一度着けてみる。何も感じない。ただのマスクだ。少しだけ期待を込めて、心の中でハワイの砂浜と念じてみる。刹那、じめっとした空気。口まわりが汗ばんでしまいそうな熱。甘い柑橘と潮の匂い。……マジ?
 そっとマスクを外してみると、そこにはただ白い布地が見えるだけ。今度はそうだな、空気が綺麗であまり寒くない所……六甲山の山頂なんてどうだ。ああ素晴らしい、しんとした引き締まった空気、濡れた新緑の匂い。深呼吸すると不思議と背筋が伸びていく。
 これは凄い物を手に入れたぞ。これならマスクをしていても世界中の新鮮な空気、浄化された安全な空気を吸うことが出来る。まさしく魔法のマスクの名に違わない。これさえあれば、うんざりだった通勤もきっと楽しいものになる。通勤、通勤、ああそうだ。
 その時の僕はこの上なく気持ち悪い悪魔の様な笑顔だっただろう。


 7時53分発の野洲行きの新快速。すっかり通勤客も少なくなったとはいえ、僕のようなテレワークの出来ない社畜はそれなりにいる。ただいつもならすし詰めの車内も、今は四人がけのボックスシートに悠々と座れるのは数少ない利点といった所だろうか。
 目の前に座るくたびれたサラリーマン。マスクで口元が覆われているが、恐らくはオオカミだろうか。オオカミと言えば、イヌ科の中でも頭が良く忠誠心にも優れているため、警察や自衛隊でも活躍している種族だ。しかし目の前のオオカミは目尻の下がった人の良さそうな顔で、目の周りの隈取りのような模様がパンダを彷彿とさせる。擦れてテカテカになったスーツ。ヨレヨレになって所々ハゲている革の鞄。崇高で高潔なオオカミのイメージとは裏腹に、目の前のオオカミからは情けない顔で尻尾を振りながら上司に媚びる姿が容易に想像できた。
 この気の弱そうなオオカミなら獲物におあつらえむきだな。僕はマスクの中で舌舐めずりをした。
「きゃんっ!?」
 オオカミが生娘のような声を上げて飛び上がる。
 周りの乗客は何事かとそのオオカミに注目するが、すぐに興味を失って各々スマートフォンに視線を戻す。オオカミはきょろきょろと周りを見た後、バツが悪そうに咳払いをしてまた座席に腰掛ける。
 僕は、口元に広がるイヌくさい匂いを堪能しながら、ふっと息を吹きかける。
「ヒッ!?」
 オオカミは今度は飛び上がるのをなんとか堪えた。
「あの、大丈夫ですか?」
 心配げに声をかけると小さく、すみません大丈夫ですと答えが返ってきた。
 冷や汗をかいているのだろうか、僕の鼻先にはムッとした蒸れた汗の匂い。深呼吸してその臭気を肺いっぱいに吸い込むと、今度は舌を伸ばして毛に覆われたそれに触れる。
「ッ! グッウッ……!!」
 ビクビクと身体を跳ねさせながらも、声を出すまいと必死に耐えている様子。パンツの中に虫でも入ったと思ったのか、慌ててズボンをはたいてみせるも、明らかに不審者を見る周囲の白い目線に気がついたのか、謝罪を込めるように軽く手を上げて大丈夫だと意思を示して、軽く咳払いをしてから視線を窓の外に移した。
 なかなか強情だな、ならば。
 チュッ、ピチュッ……
 だらりと垂れたオオカミのちんぽを舌で手繰り寄せて、亀頭を唇でやわやわと挟む。オオカミは石膏像の様に身体を硬直させて、この悪夢が去るのを念じながら俯いて目を瞑り耐えている。
 れちゃっ、ちゅくっ、ちゅちゅっ
 あまり派手に音を立てないように、裏筋を舌で舐め上げる。口内のちんぽが物理的な刺激によって徐々に体積を増して、いやらしいちんぽの匂いと共に口の中いっぱいに広がっていく。
「ハウッ……うぅんっ……っ!」
 鞄を抱きしめて身をかがめ、食いしばった牙の間から苦しげな吐息が漏れる。周囲からは腹痛に耐えて苦しんでいるようにしか見えないだろう。
 くぽっくぽっ、ちゅるっ
 唇をすぼめてカリ首を刺激し、舌先を尖らせて尿道口を穿るととぷとぷと塩辛い先走りが溢れてくる。ああオオカミのちんぽがこんなに美味しかったなんて。僕のちんぽはもうガチガチに勃起して、鞄で隠していなければスーツのズボンが先走りで染みているだろう。
 がぽっ、じゅっこちゅこ
「んぶっ!?」
 喉を突かれて思わず声をあげてしまう。オオカミが手に抱えた鞄を相手にまるで交尾するかのように、周囲の目線も気にせずにカクカクと腰を小さく振ってくる。
「んっ、はぁっ……あ、ぁっ……」
 側から見たら異様な光景だろう。上気してひたすら腰を振るオオカミと、同じく顔を真っ赤にしながら苦しそうに喘ぐ人間。
 ぐっぽぐっぽびゅっ、びゅぶっ、じゅこっびゅーっ
 オオカミの勃起ちんぽが喉奥までがっちりと突き刺さった状態で、大量の精液が噴き出した。むせ返ってしまいそうになるのを必死に堪えながら、飲んでも飲んでも溢れてくるザーメンに窒息しながらなんとか息をする。
 びゅっ……ぴゅ
 尿道に残る最後の一滴まで絞り出そうと、オオカミのちんぽが名残惜しげに舌に擦り付けられた。未だに硬さを失わないイヌくさいちんぽを吸い上げてから、労るように亀頭にキスをする。そうしてちんぽを口から離すと、頭の中で念じてマスクを元に戻す。
 舌を出して呆然と天を仰いでいたオオカミは、股間を濡らす唾液と精液の残渣の感触にハッとして大きく目を見開いた。きっといつの間にか眠っていて、盛大に夢精をしてしまったと思い込んだのだろう。
 電車が駅に着くと、オオカミは一目散にトイレへと駆け込んでいった。


 次の日、また同じ電車。……いた! あのオオカミだ。
 僕はまたオオカミの向かいに腰掛ける。オオカミは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに平静を装った。
「あの、昨日は大丈夫でした? すごく体調悪そうでしたけど」
「へ? え、あ! だ、大丈夫、れひゅっ!」
 舌を噛みながらたどたどしく答えるオオカミ。昨日の事を思い出して、夢精したのがバレていないかヒヤヒヤしているんだろう。
「夜とかまだ寒いからお腹壊しやすいですしね」
 そう助け舟を出してやると、人懐っこい笑顔でうんうんと頷く。その顔を見るとずくりと心臓に針が刺さる。これは罪悪感か、それとも興奮か。
 さて、今日僕が着けているマスクはあのマスクじゃない。何故なら……
「ふむ゛っ!?」
 流石に口に付けるものをこんな所に貼り付けるのには多少抵抗が無かった訳ではない。それでも好奇心には勝てなかったし、何よりもどうなるか試してみたくて仕方がなかったのだ。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
 オオカミは眉間にシワを寄せながらも、引きつった笑顔でこくりと頷いた。
 平気な筈無いだろう。鼻先にちんぽがあるんだから。オムツのようにマスクを貼り付けたパンツを履く時は、あまりのバカバカしさに自分を殴ってやりたいぐらいだったが、今ならあの時の自分を肩を叩いて称賛したいぐらいだ。
 陰毛が湿った鼻息でくすぐられる。オオカミは小蝿でも追い払うかのように頭をぶんぶんと振ってみせるが、そんなものでどうにかなるはずもない。おまけに誰もがマスク着用を義務とせんばかりの同調圧力がかかっている今、この気の弱いオオカミにマスクを外すなんて選択肢は無いはずだ。目的の駅に着くまでの43分間、たっぷりと僕のちんぽの匂いを楽しんでもらわないとな。
 すん……クンクンッ
 オオカミが、いつだったかテレビで見た麻薬探知犬ばりに鼻を動かす。表情を窺い見ると、どこか恍惚とした顔でちんぽの匂いを楽しんでいるようだ。
 これは嬉しい誤算だな。てっきり悪臭と吐き気に耐えて泣きそうな表情をじっくりと拝めると思っていたが、目の前のオオカミは今にも尻尾を振りだしてしまいそうな様子。嬉しさと興奮が混じってにわかに僕のちんぽは勃起し始める。
 ハッ……すーはーっ、すんすんっ
 湿った熱い吐息が股間を蒸らす。あーあ、そんなヨダレ垂らしちゃいそうな顔しちゃって、そんなにちんぽの匂いが好きなのかな。てっきりノンケだと思っていたけど、もしかしたらコッチの気があるのだろうか。
「っ……くっ……」
 不覚にも思わず声が出てしまった。オオカミが先走りを垂らす僕の亀頭を舐め上げたのだ。下手すると食いちぎられるかもしれないと思って、腰を引き気味にしていたのだが伸ばされた長い舌がちんぽを撫で上げる。
 ピチャッ……れちゅ、ぺちゃっ
 ああ、そんなにちんぽが好きなのかこの変態オオカミめ。だったらお望み通りちんぽ食べさせてやるからな。
 にゅぶぶっ……
 思い切り腰を突き出すと、まるでちんぽを収めるためにそこに存在したかのようにちんぽケースもといオオカミのマズルがいとも容易くちんぽを飲み込んでいく。気持ちよさのあまり声が出てしまいそうだ。当のオオカミは顔を赤らめてうっすらと目尻に涙を溜めて喜んでいる。
 にゅぼっ……じゅぶぶ、じゅっぼ
 腰を突き出す度に、マスクの上からでもわかるくらいにオオカミの頬がちんぽの形に沿って膨らむ。そんなに顔を蕩けさせて。ちんぽ美味しくて嬉しいね?
 ぐぽっ、ぐっぽぐっぽ
 時折周囲の乗客が訝しそうな視線を寄せるが、知ったこっちゃない。どうせ他人の事になんかてんで興味がない連中だ。オオカミは鼻をヒクヒクとさせて、ちんぽの匂いと味に酔いしれている。目的の駅までもう間も無く。もっと楽しんでいたい所だが、僕もそろそろ限界が近づいている。
 ちゅぼっ、ぢゅっこ、ぬぶぶっ
 ああ、いきそう、いっちゃいそう……!
 ぬこっ、じゅっこぶっぷっ
 いく、いくいくっ! 全部飲めよっ!
 びゅーっ、びゅっびゅっ……ごくっびゅーっ……ごくっ
 あああ、電車の中で口内射精しちゃってる。
 オオカミも僕も、もはや人目を憚らずに射精をし、そして出されたちんぽ汁を喉を鳴らして飲み干していく。オオカミは半ば白目を剥いて小刻みに痙攣しながら口の中に溜まったザーメンを味わいながら飲み込んでいった。
——まもなく三ノ宮、三ノ宮です。
 そのアナウンスに現実に引き戻された僕は、慌ててオオカミの口からちんぽを引き抜いて、降りる身支度をする。あのまま余韻に浸っていたらあやうく乗り過ごしてしまう所だった。未だに呆然とアホ面を晒しているオオカミをよそに、僕は開いたドアから急いで降りる。
「ちょっと、君っ!」
 不意に掴まれた右腕。スーツが破れそうな程に食い込む爪。オオカミの鋭い双眸が僕を睨みつけている。あ、これ終わったか……?


 あれから、あの魔法のマスクは何処を探しても見当たらなかった。
「……ねえ」
 夢か、幻だったんだろうか。あの高架下にも何度か足を運んでみたけれど、ついぞ老婆を見つけることはできなかった。
「ねえってば」
 全く未練が無いかと言われれば嘘になるかもしれないけど。
「……もう……」
 それでも僕は、今とっても幸せなんだ。あのマスクがもう二度と手に入らなくても。
「遅刻しちゃうぞ、ねぼすけさんっ」
 最愛のヒトと一緒になれたんだから。
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